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第14話
(16)
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「自分の兄貴に会って不安になっているお前が、実家の件で俺に頼みごとをすることも、予想しているだろ。――お前は、自分が蛇みたいな男のオンナだってことをよく自覚するべきだな。蛇の執念深さは、凄まじいぞ」
このとき和彦の脳裏を過ったのは、賢吾の代理で結婚披露宴に出席したとき、父親の同僚と出会ったのは、本当に偶然だったのだろうかということだった。
佐伯家が和彦になんの関心を持っていないのであれば、父親の同僚とは、あの場で他愛なく挨拶を交わして、穏便に別れられたはずだ。しかし現実は、そうならなかった。
佐伯家は、和彦を捜している。しかも、父親に近しい存在とはいえ、他人までもがそのことを把握しているのだ。父親が話したにしても、外聞にこだわる人間がそこまでする理由が気にかかる。
そしてもう一つ気にかかるのは、賢吾の思惑だ。どうしてもこう考えてしまう。
賢吾は、佐伯家の反応を知るために、和彦そのものを餌に使ったのではないか、と。
緩やかに動いていた思考が、ここで一気に苛烈さを増し、頭の芯が不快に疼く。
「大丈夫か」
ふいに鷹津に声をかけられ、和彦は我に返る。無防備に見つめ返すと、鷹津は相変わらずの嫌な笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。和彦も、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目を覗き込む。
ふと、こんな問いかけをぶつけていた。
「……今夜ここに来たのは、ぼくを心配してくれたからか」
意表をつかれたように目を見開いた鷹津だが、すぐに皮肉っぽい表情となり、和彦の頬にてのひらを擦りつけるように触れてきた。
「いや。餌をもらいに来ただけだ」
鷹津の顔が近づいてきて、強く唇を吸われる。この瞬間、嫌悪感が体を駆け抜けるが、それは強烈な肉の疼きにも似ていると、初めて和彦は気づいた。
密かにうろたえる和彦にかまわず、鷹津は何度となく唇を吸い上げ、熱い舌で歯列をまさぐってくる。粗野で強引な求めに、和彦は呆気なく屈した。
鷹津の舌を柔らかく吸い返し、唇に軽く噛み付いたところで、余裕のない鷹津はすぐに和彦を貪ってくる。和彦を感じさせようとは思っていない、自分の欲望をぶつけてくるだけの口づけだ。
昼間味わった、千尋との甘い口づけとはまったく違う。それでも和彦は、ゾクゾクするような心地よさを感じていた。
気を抜くと、手に持ったカップを落としてしまいそうだ。必死に一欠片の理性を保ちながら、差し出した舌を鷹津と絡め合う。一方で鷹津は、片手で痛いほど和彦の尻を揉んでくる。
餌をもっとくれと、この男は言いたいのだ。
和彦は口づけの合間に、しっかりと言い含める。
「――……餌は、キスだけだ。仕事をしていない番犬に、これ以上、何もやらないからな」
「まあ、仕方ないな」
不遜に応じた鷹津が口腔に舌を押し込んできて、和彦は拒むどころか、きつく吸い上げてやる。
雪に吹きつけられながらの鷹津との口づけは、激しく、長かった。
デパートで買ったフルーツの詰め合わせを差し出した和彦に対して、柔らかく艶やかな雰囲気をまとった秦は、優しい笑みを向けてきた。
先日、この男の前でさんざん痴態を晒した身としては、女性客を魅了するであろうその笑みを直視できず、やや視線を逸らしてしまう。
「……世話になっておきながら、ぼくから礼を言わないのも、落ち着かないから……、よかったら食べてくれ」
今日の午前中、和彦は一つの大きな仕事を片付けた。クリニックに雇い入れるスタッフの面接だ。賢吾からは、落ち着くまで延期していいと言われてはいたのだが、和彦一人の事情で、他人を振り回すのは本意ではない。それに、精神的にもう大丈夫だと確認するためにも、なるべく人に会いたかった。
午後からこうして秦と会っているのも、そのためだ。
朝のうちに、今日会いたいと連絡を取ったところ、夕方までなら時間が取れると言われたため、すっかり馴染みとなったホストクラブにこうして出向いてきた。
店にはすでに数人の従業員が出勤しており、ホールの掃除をしていた。そんな彼らの、まるで女性客に対するような甘い挨拶を受けて、和彦はVIPルームに通されたのだが、居心地が悪いことこのうえなかった。
「先生をお世話したどころか、わたしとしては、かなりいい思いをさせてもらったと思っています。むしろこちらが、お礼をしないと」
秦の言葉の意味が、嫌になるほどわかっている和彦は、顔を熱くしながら睨みつける。すると秦は、ふっと目元を和らげた。
「先生は、わたしがあのとき言った秘密を、誰にも話していないんですね」
秘密、と口中で反芻した和彦は、唇に指を当てながら、慎重に秦に問いかけた。
「――どの秘密のことを言っている?」
このとき和彦の脳裏を過ったのは、賢吾の代理で結婚披露宴に出席したとき、父親の同僚と出会ったのは、本当に偶然だったのだろうかということだった。
佐伯家が和彦になんの関心を持っていないのであれば、父親の同僚とは、あの場で他愛なく挨拶を交わして、穏便に別れられたはずだ。しかし現実は、そうならなかった。
佐伯家は、和彦を捜している。しかも、父親に近しい存在とはいえ、他人までもがそのことを把握しているのだ。父親が話したにしても、外聞にこだわる人間がそこまでする理由が気にかかる。
そしてもう一つ気にかかるのは、賢吾の思惑だ。どうしてもこう考えてしまう。
賢吾は、佐伯家の反応を知るために、和彦そのものを餌に使ったのではないか、と。
緩やかに動いていた思考が、ここで一気に苛烈さを増し、頭の芯が不快に疼く。
「大丈夫か」
ふいに鷹津に声をかけられ、和彦は我に返る。無防備に見つめ返すと、鷹津は相変わらずの嫌な笑みを浮かべ、顔を覗き込んできた。和彦も、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目を覗き込む。
ふと、こんな問いかけをぶつけていた。
「……今夜ここに来たのは、ぼくを心配してくれたからか」
意表をつかれたように目を見開いた鷹津だが、すぐに皮肉っぽい表情となり、和彦の頬にてのひらを擦りつけるように触れてきた。
「いや。餌をもらいに来ただけだ」
鷹津の顔が近づいてきて、強く唇を吸われる。この瞬間、嫌悪感が体を駆け抜けるが、それは強烈な肉の疼きにも似ていると、初めて和彦は気づいた。
密かにうろたえる和彦にかまわず、鷹津は何度となく唇を吸い上げ、熱い舌で歯列をまさぐってくる。粗野で強引な求めに、和彦は呆気なく屈した。
鷹津の舌を柔らかく吸い返し、唇に軽く噛み付いたところで、余裕のない鷹津はすぐに和彦を貪ってくる。和彦を感じさせようとは思っていない、自分の欲望をぶつけてくるだけの口づけだ。
昼間味わった、千尋との甘い口づけとはまったく違う。それでも和彦は、ゾクゾクするような心地よさを感じていた。
気を抜くと、手に持ったカップを落としてしまいそうだ。必死に一欠片の理性を保ちながら、差し出した舌を鷹津と絡め合う。一方で鷹津は、片手で痛いほど和彦の尻を揉んでくる。
餌をもっとくれと、この男は言いたいのだ。
和彦は口づけの合間に、しっかりと言い含める。
「――……餌は、キスだけだ。仕事をしていない番犬に、これ以上、何もやらないからな」
「まあ、仕方ないな」
不遜に応じた鷹津が口腔に舌を押し込んできて、和彦は拒むどころか、きつく吸い上げてやる。
雪に吹きつけられながらの鷹津との口づけは、激しく、長かった。
デパートで買ったフルーツの詰め合わせを差し出した和彦に対して、柔らかく艶やかな雰囲気をまとった秦は、優しい笑みを向けてきた。
先日、この男の前でさんざん痴態を晒した身としては、女性客を魅了するであろうその笑みを直視できず、やや視線を逸らしてしまう。
「……世話になっておきながら、ぼくから礼を言わないのも、落ち着かないから……、よかったら食べてくれ」
今日の午前中、和彦は一つの大きな仕事を片付けた。クリニックに雇い入れるスタッフの面接だ。賢吾からは、落ち着くまで延期していいと言われてはいたのだが、和彦一人の事情で、他人を振り回すのは本意ではない。それに、精神的にもう大丈夫だと確認するためにも、なるべく人に会いたかった。
午後からこうして秦と会っているのも、そのためだ。
朝のうちに、今日会いたいと連絡を取ったところ、夕方までなら時間が取れると言われたため、すっかり馴染みとなったホストクラブにこうして出向いてきた。
店にはすでに数人の従業員が出勤しており、ホールの掃除をしていた。そんな彼らの、まるで女性客に対するような甘い挨拶を受けて、和彦はVIPルームに通されたのだが、居心地が悪いことこのうえなかった。
「先生をお世話したどころか、わたしとしては、かなりいい思いをさせてもらったと思っています。むしろこちらが、お礼をしないと」
秦の言葉の意味が、嫌になるほどわかっている和彦は、顔を熱くしながら睨みつける。すると秦は、ふっと目元を和らげた。
「先生は、わたしがあのとき言った秘密を、誰にも話していないんですね」
秘密、と口中で反芻した和彦は、唇に指を当てながら、慎重に秦に問いかけた。
「――どの秘密のことを言っている?」
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