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第11話
(14)
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すかさず賢吾が応じる。
「俺も嫌いだ。だが一応、あの男の悪党っぷりを、俺なりに評価もしている」
よく考えればいいと囁いて、賢吾が再び律動を刻み始める。悔しいが、和彦は乱れずにはいられない。
内奥深くに逞しいものを突き込まれるたびに、身を捩り、声を震わせる。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾がひっそりと呟いた。
「鷹津は、オトすどころか、オトされたがっているかもな、先生に――」
大きなてのひらに頬を撫でられて、和彦は自ら頬をすり寄せ、大蛇に媚びた。
長嶺の本宅で一泊した和彦は、気だるい体を引きずるようにして、なんとか昼前には身支度を整える。
本来はもっと早くに目が覚める性質なのだが、夜更けまで賢吾が解放してくれなかったのだから、仕方ない。当の賢吾は、朝早くに出かけてから、和彦が眠っている間にまた戻ってきて、数人の客と会っていたらしい。
組員からそのことを聞かされた和彦は、賢吾のスタミナに、素直に呆れた。昨夜さんざん和彦を貪り、嬲っておきながら、午前中にそれだけ動けるのだ。ヤクザの組長すべてがこうなのか、賢吾が特別なのか、あえて知りたくはない。
昼食の誘いを断り、和彦が玄関に向かうと、ちょうど靴べらを手にした秦と出くわした。
細身のグレーのスーツを身につけており、スカイブルーのワイシャツがよく映え、芝居がかった爽やかさは、ヤクザの組長の本宅には似つかわしくない存在感を放っている。あくまで、一見して、の話だが。
艶やかな笑みを浮かべて秦が頭を下げてくる。差し出された靴べらを受け取り、和彦も靴を履きながら話しかける。
「すっかり、この家の馴染み客になったようだな」
「まさか。呼ばれるたびに、心臓が悲鳴を上げてますよ。今日こそは無事に帰れないかもしれない、と思って」
ふうん、と声を洩らした和彦は、さりげなく、しかし鋭い問いかけをしてみた。
「――組長と、何を企んでいるんだ」
ドキリとするような流し目を寄越してきた秦が、澄ました顔で応じた。
「レクチャーですよ。長嶺組が、わたしの経営手腕を買ってくださっているそうなので、後ろ盾になっていただいているお礼……というのもおこがましいですが、まあ、そういうことです」
あからさまに疑わしいが、組と怪しい男が絡む事情など、ロクなことではない。深入りしたところで、和彦が清々しい気持ちになることはないだろう。それでなくても今は、自分自身が心配事を抱えているのだ。
「先生?」
何も聞かなかったことにして、黙々と靴を履く和彦を、秦が気遣うようにうかがってくる。
「……ぼくに教える必要があると考えれば、組長から何か言ってくるだろ。わざわざ、君から聞かなくてもいい」
「素っ気ないですね。一応、組長公認の、先生の遊び相手なんですから」
顔をしかめた和彦は、組員に靴べらを手渡してから玄関を出る。あとに秦も続いたが、すでに門扉の前には和彦を送るための車が待機していた。『遊び相手』と仲良く過ごす時間はないようだ。
本宅近くの駐車場に車を停めているという秦と、門扉の前で別れるつもりだったが、車のドアを開けて待つ護衛の組員と、立ち去る秦の後ろ姿を交互に見た和彦は、気が変わる。反射的に秦を呼び止めていた。
「――頼みたいことがあるんだ」
引き返してきた秦に、和彦はこう切り出した。
ハンドルを握る秦は、上機嫌といった面持ちだった。和彦は少々複雑な心境で、秦の横顔をちらりと一瞥する。
「嬉しいですね。先生が、わたしに頼みごとをしてくださるなんて」
「他に、適任者がいないんだ。今のところ、ぼくの周囲にいるのは、ヤクザ者ばかりだからな。頼みごとができて、普通の勤め人に見える人間となると、君しかいない。……悲しいことに」
和彦の言葉に、気を悪くした様子もなく秦は短く噴き出す。とても笑う気にはなれない和彦は、そっと背後を振り返る。秦の車の後ろから、本来なら和彦を乗せるはずの護衛の車がぴったりとついてきていた。
一般人の秦を伴っているという設定のため、いかつい護衛の車に乗るわけにはいかないのだ。
「――しかし、先生から頼みごとをされるのも意外ですが、頼みごとの内容も、意外なものですね」
「そっちはそっちで事情を抱えているように、ぼくも、ささやかに事情を抱えているんだ」
秦は前を見据えたまま、淡い微笑を唇に刻む。常に人目を意識したような秦の物腰の柔らかさは、商売柄というより、しっかりと教育を受け、躾けられてきた人間特有の育ちのよさがうかがえる。
その印象とは裏腹に、鷹津から聞かされたのは、秦が若い頃、警察に目をつけられるほど素行に問題があったというものだ。
「俺も嫌いだ。だが一応、あの男の悪党っぷりを、俺なりに評価もしている」
よく考えればいいと囁いて、賢吾が再び律動を刻み始める。悔しいが、和彦は乱れずにはいられない。
内奥深くに逞しいものを突き込まれるたびに、身を捩り、声を震わせる。そんな和彦を見下ろしながら、賢吾がひっそりと呟いた。
「鷹津は、オトすどころか、オトされたがっているかもな、先生に――」
大きなてのひらに頬を撫でられて、和彦は自ら頬をすり寄せ、大蛇に媚びた。
長嶺の本宅で一泊した和彦は、気だるい体を引きずるようにして、なんとか昼前には身支度を整える。
本来はもっと早くに目が覚める性質なのだが、夜更けまで賢吾が解放してくれなかったのだから、仕方ない。当の賢吾は、朝早くに出かけてから、和彦が眠っている間にまた戻ってきて、数人の客と会っていたらしい。
組員からそのことを聞かされた和彦は、賢吾のスタミナに、素直に呆れた。昨夜さんざん和彦を貪り、嬲っておきながら、午前中にそれだけ動けるのだ。ヤクザの組長すべてがこうなのか、賢吾が特別なのか、あえて知りたくはない。
昼食の誘いを断り、和彦が玄関に向かうと、ちょうど靴べらを手にした秦と出くわした。
細身のグレーのスーツを身につけており、スカイブルーのワイシャツがよく映え、芝居がかった爽やかさは、ヤクザの組長の本宅には似つかわしくない存在感を放っている。あくまで、一見して、の話だが。
艶やかな笑みを浮かべて秦が頭を下げてくる。差し出された靴べらを受け取り、和彦も靴を履きながら話しかける。
「すっかり、この家の馴染み客になったようだな」
「まさか。呼ばれるたびに、心臓が悲鳴を上げてますよ。今日こそは無事に帰れないかもしれない、と思って」
ふうん、と声を洩らした和彦は、さりげなく、しかし鋭い問いかけをしてみた。
「――組長と、何を企んでいるんだ」
ドキリとするような流し目を寄越してきた秦が、澄ました顔で応じた。
「レクチャーですよ。長嶺組が、わたしの経営手腕を買ってくださっているそうなので、後ろ盾になっていただいているお礼……というのもおこがましいですが、まあ、そういうことです」
あからさまに疑わしいが、組と怪しい男が絡む事情など、ロクなことではない。深入りしたところで、和彦が清々しい気持ちになることはないだろう。それでなくても今は、自分自身が心配事を抱えているのだ。
「先生?」
何も聞かなかったことにして、黙々と靴を履く和彦を、秦が気遣うようにうかがってくる。
「……ぼくに教える必要があると考えれば、組長から何か言ってくるだろ。わざわざ、君から聞かなくてもいい」
「素っ気ないですね。一応、組長公認の、先生の遊び相手なんですから」
顔をしかめた和彦は、組員に靴べらを手渡してから玄関を出る。あとに秦も続いたが、すでに門扉の前には和彦を送るための車が待機していた。『遊び相手』と仲良く過ごす時間はないようだ。
本宅近くの駐車場に車を停めているという秦と、門扉の前で別れるつもりだったが、車のドアを開けて待つ護衛の組員と、立ち去る秦の後ろ姿を交互に見た和彦は、気が変わる。反射的に秦を呼び止めていた。
「――頼みたいことがあるんだ」
引き返してきた秦に、和彦はこう切り出した。
ハンドルを握る秦は、上機嫌といった面持ちだった。和彦は少々複雑な心境で、秦の横顔をちらりと一瞥する。
「嬉しいですね。先生が、わたしに頼みごとをしてくださるなんて」
「他に、適任者がいないんだ。今のところ、ぼくの周囲にいるのは、ヤクザ者ばかりだからな。頼みごとができて、普通の勤め人に見える人間となると、君しかいない。……悲しいことに」
和彦の言葉に、気を悪くした様子もなく秦は短く噴き出す。とても笑う気にはなれない和彦は、そっと背後を振り返る。秦の車の後ろから、本来なら和彦を乗せるはずの護衛の車がぴったりとついてきていた。
一般人の秦を伴っているという設定のため、いかつい護衛の車に乗るわけにはいかないのだ。
「――しかし、先生から頼みごとをされるのも意外ですが、頼みごとの内容も、意外なものですね」
「そっちはそっちで事情を抱えているように、ぼくも、ささやかに事情を抱えているんだ」
秦は前を見据えたまま、淡い微笑を唇に刻む。常に人目を意識したような秦の物腰の柔らかさは、商売柄というより、しっかりと教育を受け、躾けられてきた人間特有の育ちのよさがうかがえる。
その印象とは裏腹に、鷹津から聞かされたのは、秦が若い頃、警察に目をつけられるほど素行に問題があったというものだ。
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