血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
200 / 1,262
第11話

(2)

しおりを挟む
 和彦が思いつくまま簡単に述べると、秦は軽く拍手した。思わず睨みつけた和彦だが、すでに包帯が巻かれていない秦の右手のてのひらに、大きな絆創膏を貼ってあるのが見えた。和彦の視線に気づき、秦はてのひらを差し出してくる。
「先生が何度も忠告してくれたので、病院に行って胸のレントゲンを撮ってもらったんです。そのとき、抜糸もしてもらいました。もう少し早く来いと怒られましたが、傷の縫い目がきれいだとも言われましたよ」
「別に……、特別丁寧にしたわけじゃない。そういう縫い方が身についてるんだ」
「肋骨のほうは、しっかり固定して、静かに日常生活を送っていたので、完治も間近だそうです。すべて、先生のおかげです」
「感謝なら――」
 中嶋くんにしてくれ、と言おうとして、和彦は反射的に口元に手をやる。先週、その中嶋と自分が何をしたのか思い出したのだ。
 欲情を刺激されないくせに、不快どころか、心地よさを覚える不思議なキスだ。やましい気持ちがないからこそ、罪悪感とも無縁だ。だが、誰にも言えない。
「先生、どうかしましたか?」
「あっ、いや……。君を診るよう頼んできたのは、中嶋くんだ。そうじゃなかったら、ぼくは君と関わる気はなかった。感謝の言葉なら、彼にかけてやってくれ」
「もうたっぷり、メシを奢らされました。それに――」
 ソファの背もたれに体を預けた秦が、ふっと唇に笑みを刻む。甘いだけではない、わずかな苦さを含んだ笑みに見えた。
「自分に感謝しているなら、本当の名前を教えてくれと言われましたよ。それどころか、わたしを襲った人間を捜し出したいから、心当たりがあったら、全部話してくれとも。わたしは今までにも何度もヤバイ目に遭ってきて、そのことを中嶋も知っているんですが、こんなことを言われたのは初めてです。さすがに、面食らいました」
 秦の言葉から、中嶋の中で起こりつつある変化を知った。
 和彦は無意識にソファに座り直し、先日、中嶋がスポーツジムで言っていたことを思い出していた。あのとき中嶋は、秦の個人的なことは詮索しないと言っていた。だからこそ秦は、自分の存在を気楽に感じているのかもしれないとも。
 その中嶋が、秦の本当の姿を知りたがったというのは、大きな変化なのだ。
「……見た目はともかく、中嶋は中身は、筋金入りのヤクザですよ。自分が身を置く組織への忠義と野心が程よくバランスが取れて、情なんていくらでも切り売りできる。そういう人種です。――と、わたしはいままで思っていたんですが……」
「教えてやればいいじゃないか。本当の名前ぐらい。君は謎が多い人間なんだろ。だったら、いくつかの秘密を中嶋くんに話したところで、惜しくもないんじゃないか」
「先生は、中嶋の味方なんですね」
 思わず咳払いした和彦は、ムキになって言い返した。
「違うっ。君がどんな男だろうが、慕っている人間からすれば、せめて名前ぐらい知りたいと思っても、当然じゃないかと言いたいんだ」
「――秦静馬が、わたしの本名ですよ。生まれた頃から」
 ウソをつけと、非難がましく鋭い視線を向ける。そんな和彦に対して秦は、やっと真剣な表情を見せた。
「わたしの秘密は、長嶺組長の所有となりました。――野心をたっぷり抱えた中嶋にとっては、わたしの秘密なんてむしろ毒であり、邪魔になりますよ。奴は、わたしに深入りしないほうが、まっとうなヤクザとして生きていける。……ああ、この表現は変ですかね」
「だったらどうして、もっと早くにそう言ってやらなかった」
「ヤクザである中嶋は、利用できるからです。現に、暴行されたわたしを匿ってくれたのは、あいつだ」
 あまりに簡単に言われ、和彦は咄嗟に声が出なかった。
 中嶋も、秦を利用するつもりでいる。だから秦が、中嶋を利用したところで、お互い様の一言で片付く。しかし和彦は釈然としない。秦の芝居がかったような話し方のせいか、どこからどこまでが本心であり、偽りなのかわからないのだ。
 ムキになるなと自分に言い聞かせ、深く息を吐き出す。
「……別に、君らの関係なんてどうでもいいんだ。ぼくを巻き込まない限りは」
「どうでしょうね。中嶋は、先生を気に入ってますよ。もちろん、わたしも」
 和彦がぐっと唇を引き結んで黙り込むと、ノックもなしにいきなりドアが開き、賢吾が入ってきた。不機嫌そうな和彦の顔を見るなり、ニッと笑いかけてくる。
「ずいぶん、会話が盛り上がっているようだったな」
「そんなことはない……」
「そう素っ気ない返事をするな。この男は仮にも、先生の浮気相手だろ」
 睨みつける和彦とは対照的に、賢吾はどこまでも楽しそうだ。和彦の隣にドカッと腰を下ろすと、当然のように肩を抱いてくる。
「おいっ――」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

ニューハーフ極道ZERO

フロイライン
BL
イケイケの若手ヤクザ松山亮輔は、ヘタを打ってニューハーフにされてしまう。 激変する環境の中、苦労しながらも再び極道としてのし上がっていこうとするのだが‥

【R18】メイドのリリーは愛される

茉莉
恋愛
【R18】メイドのリリーがいろいろな人といたすお話。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

短編エロ

黒弧 追兎
BL
ハードでもうらめぇ、ってなってる受けが大好きです。基本愛ゆえの鬼畜です。痛いのはしません。 前立腺責め、乳首責め、玩具責め、放置、耐久、触手、スライム、研究 治験、溺愛、機械姦、などなど気分に合わせて色々書いてます。リバは無いです。 挿入ありは.が付きます よろしければどうぞ。 リクエスト募集中!

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

血と束縛と 番外編・拍手お礼短編

北川とも
BL
連載中の小説「血と束縛と」の番外編、拍手お礼の短編を更新しています。

処理中です...