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第10話
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『天気もいいことだし、会うのは外だ。人目があれば、いくら俺でも、〈あんなこと〉はしないぜ? お前の飼い主と違って、人が見ていると萎える性質なんだ』
知るか、と口中で吐き出した和彦は、視線を襖に向ける。この襖の向こうで、総和会の男二人が待ち構えている。密室で二人がかりで説得されては、どんな迂闊なことを口走るかわからない。
人と会うというのは、この場を穏便に抜け出すためには、いい口実なのかもしれない。
「――会ってやってもいいが、会ったら、一発殴らせろ」
『殴ってもいいが、次の瞬間に、お前にキスするぞ。濃厚なのを。……俺とのキスは、感じただろ?』
和彦はギリッと唇を噛んでから、込み上げてくる怒りと嫌悪感をどうにか堪える。
「……こっちも事情があるから、今日はあんたの頼みを聞いてやる」
『そうこないとな』
待ち合わせ場所を告げられ、和彦はここからの移動時間を素早く計算する。三十分で行けることを告げ、二人は会う約束を交わした。
鷹津と待ち合わせをしたのは、いかにも女性ウケしそうな、シャレたオープンカフェだった。本当は、この近くの居酒屋を指定されたのだが、和彦がささやかな意趣返しとして、この店に変更させたのだ。しかも、通りに面したテラス席に座るよう付け加えて。
中嶋を伴って和彦が現れると、イスにふんぞり返って座った鷹津は、睥睨するようにこちらを見た。すでに定番になりつつある、黒のソリッドシャツにジーンズという格好で、今日はその上からブルゾンを羽織っているが、服装どうこうの問題ではなく、鷹津の存在そのものが物騒で、テラス席で異彩を放っている。
店としては、華やかな女性客が大半を占めているテラス席に、この男を座らせたくなかっただろう。通りを歩いているときから、鷹津の姿は悪目立ちしていた。
傍らに立った和彦と中嶋を、じろじろと舐めるように見つめた鷹津は、皮肉っぽく鼻先で笑った。
「今日は、連れている番犬が違うな。これまた、えらく爽やかなサラリーマンに見えるが……、こいつもヤクザか?」
和彦は遠慮なく、テーブルの下の鷹津の足を蹴りつけてから、中嶋に謝罪する。
「すまない。無礼な男で」
「いえ……」
首を横に振りながら中嶋が、わずかに好奇心を覗かせた目を鷹津に向ける。
「先生のご友人ですか?」
「――冗談じゃない」
答えたのは鷹津だ。それはこっちの台詞だと、心の中で呟いてから和彦は、端的に説明する。
「この男は、刑事だ。しかも君らの天敵ともいえる、暴力団担当係」
さすがの中嶋も驚いたらしく、目を見開いて、和彦と鷹津を交互に見る。もっとも、切れ者ヤクザらしく、即座に澄ました顔で鷹津に一礼した。
「先生は、変わったお知り合いがいますね」
「……つきまとわれているんだ。長嶺組長も把握している。なんなら、総和会にも報告していいが」
中嶋はちらりと笑みを浮かべ、今度は和彦に一礼すると、ウェートレスに声をかけて店内の空いたテーブルへと案内される。
やはり、中嶋の態度はいままでとは違う。中嶋の背を見送りながら、和彦は思う。
急用が入ったからと言って、藤倉との食事を切り上げて中座したのだが、ここに来るまでの車中、中嶋とは必要最低限の会話しか交わせなかった。言いたいことがあれば言ってもらったほうが和彦としては楽なのだが、ヤクザにとっては、それは弱みを握られるのと同義なのかもしれない。
「なかなか、イイ男だな」
和彦がイスに座ると、嫌な笑みを浮かべて鷹津が呟く。そんな男を睨みつけてから、コーヒーを注文した。
「あれも、長嶺のオンナか?」
そう問いかけきた鷹津の足を、和彦はもう一度蹴りつける。鷹津は悪びれた様子もなく、それどころか下卑た笑みを浮かべた。和彦を刺激するためにわざと、和彦が嫌がる表情を見せるのだ。
こんな男に体に触れられたのだと思うと、怒りや屈辱はもちろん、気分がどん底まで沈み込みそうになる。こうなることがわかっていながら会った理由が、秦の話をするためだというのも、我ながら度しがたいと思う。
「……クラブで会った男について聞きたいなんて、目的はなんだ。まさか今になって、殴られたから訴えたいというわけじゃ――」
「あの男、名前はなんというんだ?」
問いかけてきた鷹津の顔は、これ以上なく真剣だった。いつも、人の神経を逆撫でるために、嫌な笑みを浮かべている印象が強い鷹津だが、こういう顔をすると、それなりに刑事らしく見える。だからといって、感銘を受けるわけではないが。
「秦、静馬……」
「ハタシズマ、か。えらく、ハッタリのきいた名前だな。芸名かなんかか」
知るか、と口中で吐き出した和彦は、視線を襖に向ける。この襖の向こうで、総和会の男二人が待ち構えている。密室で二人がかりで説得されては、どんな迂闊なことを口走るかわからない。
人と会うというのは、この場を穏便に抜け出すためには、いい口実なのかもしれない。
「――会ってやってもいいが、会ったら、一発殴らせろ」
『殴ってもいいが、次の瞬間に、お前にキスするぞ。濃厚なのを。……俺とのキスは、感じただろ?』
和彦はギリッと唇を噛んでから、込み上げてくる怒りと嫌悪感をどうにか堪える。
「……こっちも事情があるから、今日はあんたの頼みを聞いてやる」
『そうこないとな』
待ち合わせ場所を告げられ、和彦はここからの移動時間を素早く計算する。三十分で行けることを告げ、二人は会う約束を交わした。
鷹津と待ち合わせをしたのは、いかにも女性ウケしそうな、シャレたオープンカフェだった。本当は、この近くの居酒屋を指定されたのだが、和彦がささやかな意趣返しとして、この店に変更させたのだ。しかも、通りに面したテラス席に座るよう付け加えて。
中嶋を伴って和彦が現れると、イスにふんぞり返って座った鷹津は、睥睨するようにこちらを見た。すでに定番になりつつある、黒のソリッドシャツにジーンズという格好で、今日はその上からブルゾンを羽織っているが、服装どうこうの問題ではなく、鷹津の存在そのものが物騒で、テラス席で異彩を放っている。
店としては、華やかな女性客が大半を占めているテラス席に、この男を座らせたくなかっただろう。通りを歩いているときから、鷹津の姿は悪目立ちしていた。
傍らに立った和彦と中嶋を、じろじろと舐めるように見つめた鷹津は、皮肉っぽく鼻先で笑った。
「今日は、連れている番犬が違うな。これまた、えらく爽やかなサラリーマンに見えるが……、こいつもヤクザか?」
和彦は遠慮なく、テーブルの下の鷹津の足を蹴りつけてから、中嶋に謝罪する。
「すまない。無礼な男で」
「いえ……」
首を横に振りながら中嶋が、わずかに好奇心を覗かせた目を鷹津に向ける。
「先生のご友人ですか?」
「――冗談じゃない」
答えたのは鷹津だ。それはこっちの台詞だと、心の中で呟いてから和彦は、端的に説明する。
「この男は、刑事だ。しかも君らの天敵ともいえる、暴力団担当係」
さすがの中嶋も驚いたらしく、目を見開いて、和彦と鷹津を交互に見る。もっとも、切れ者ヤクザらしく、即座に澄ました顔で鷹津に一礼した。
「先生は、変わったお知り合いがいますね」
「……つきまとわれているんだ。長嶺組長も把握している。なんなら、総和会にも報告していいが」
中嶋はちらりと笑みを浮かべ、今度は和彦に一礼すると、ウェートレスに声をかけて店内の空いたテーブルへと案内される。
やはり、中嶋の態度はいままでとは違う。中嶋の背を見送りながら、和彦は思う。
急用が入ったからと言って、藤倉との食事を切り上げて中座したのだが、ここに来るまでの車中、中嶋とは必要最低限の会話しか交わせなかった。言いたいことがあれば言ってもらったほうが和彦としては楽なのだが、ヤクザにとっては、それは弱みを握られるのと同義なのかもしれない。
「なかなか、イイ男だな」
和彦がイスに座ると、嫌な笑みを浮かべて鷹津が呟く。そんな男を睨みつけてから、コーヒーを注文した。
「あれも、長嶺のオンナか?」
そう問いかけきた鷹津の足を、和彦はもう一度蹴りつける。鷹津は悪びれた様子もなく、それどころか下卑た笑みを浮かべた。和彦を刺激するためにわざと、和彦が嫌がる表情を見せるのだ。
こんな男に体に触れられたのだと思うと、怒りや屈辱はもちろん、気分がどん底まで沈み込みそうになる。こうなることがわかっていながら会った理由が、秦の話をするためだというのも、我ながら度しがたいと思う。
「……クラブで会った男について聞きたいなんて、目的はなんだ。まさか今になって、殴られたから訴えたいというわけじゃ――」
「あの男、名前はなんというんだ?」
問いかけてきた鷹津の顔は、これ以上なく真剣だった。いつも、人の神経を逆撫でるために、嫌な笑みを浮かべている印象が強い鷹津だが、こういう顔をすると、それなりに刑事らしく見える。だからといって、感銘を受けるわけではないが。
「秦、静馬……」
「ハタシズマ、か。えらく、ハッタリのきいた名前だな。芸名かなんかか」
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