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第8話
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「わかっている。だから俺は、先生がいなくなったあと、真っ先にここに来た。先生は、俺の……俺たちの手の届かないような場所に一人ではいかないと、信じていた」
こちらに歩み寄ってきながらの三田村の言葉に、ふっと心が軽くなる。ヤクザの言葉なんて信じないと言い続けていた和彦だが、本当はずっと、信じたかった。だから、三田村の言葉は信じられる。三田村だけではない。千尋や、何度も騙されて悔しい思いをしていながらも、賢吾の言葉ですらも。
目の前に立った三田村に頭を引き寄せられ、素直に肩に顔を埋める。
和彦はやっと、しっくりくる答えを見つけ出せた。元の生活に戻ることにためらいを覚えるほど、今の生活に愛着を抱いているのではない。自分を求めてくれている男たちを――愛しいと感じているだけだ。
「先生がここにいるとわかったら、それでいい。俺は外で待っているから、気が済むまで――」
「もう、いいんだ。もう、一人はいい……」
次の瞬間、三田村にきつく抱き締められ、和彦も両腕をしっかりと三田村の背に回してしがみつく。
「三田村、話したいことがある」
「ああ。だったら……俺たちの部屋に行こう。明日の朝までは、ずっと一緒にいられる」
和彦はちらりと笑みをこぼしてから、三田村に肩を抱かれてこの場を移動する。
本当はゆっくりと腰を落ち着けて話すのがいいのだろうが、勝手だと自覚しながらも和彦は、今は一刻も早く、抱えた秘密を自分の中から追い出したかった。
「……鷹津に言われたんだ。自分なら、ぼくからヤクザを引き離せると。少し、心が揺れた」
エレベーターを待ちながらの和彦の告白に、三田村は口元に淡い笑みを浮かべた。
「正直だな、先生は」
「怖く感じたんだ。あの男の言葉に、すぐに飛びつかなかった自分が。最初は、こんな生活は冗談じゃない、逃げだしたいと思っていたはずなのに、その気持ちが薄らいでいた」
エレベーターに乗り込み、扉が閉まったところで、和彦はくしゃくしゃと自分の髪を掻き乱す。
「先生?」
「違うっ……。鷹津のことじゃない。その前に、秦のことだ。ぼくは、あの男と――」
「先生っ」
三田村に乱暴に頭を引き寄せられ、間近で見つめられる。一階に着いたエレベーターの扉が一度開いたが、三田村が片手を伸ばして素早くボタンを押し、扉を閉めてしまう。
和彦は、痛い棘を吐き出すように告げた。
「……ぼくは、秦と寝そうになった」
三田村の返事は、感情をぶつけてくるような激しい口づけだった。
それは間違いなく、嫉妬という感情だ。
熱い吐息をこぼしながら和彦は、三田村の逞しい欲望に舌を這わせる。何度も根元から舐め上げ、ときおり舌を絡みつかせ、吸い付き、ひたすら三田村の快感のために尽くす。
三田村にこの愛撫を施すのは、初めてだった。いままで、和彦のものを丹念に愛してくれながら、三田村は自分がされることを望まなかったのだ。なんだか申し訳ない、という理由は、いかにも三田村らしいと言える。だが今日は、和彦が頑として聞き入れなかった。
最初は慣れていない様子でベッドの上にあぐらをかいて座り、緊張している素振りすら見せていた三田村だが、欲望の高ぶりとともに、和彦の愛撫を受け入れる気になったらしい。
何度も優しい手つきで髪を梳いてくれていたが、その手が後頭部にかかり、わずかに力が込められる。三田村の求めがわかった和彦は、透明なしずくが滲んだ先端を丹念に舐めてから、ゆっくりと三田村のものを口腔に呑み込んでいく。濡れた粘膜で包み込み、吸引しながら、唇で締め付ける。興奮した三田村のものが、口腔で力強く脈打つ。和彦はゆっくりと頭を上下させながら、三田村の欲望を愛してやる。
部屋に移動するまでの間に、抱えた秘密はすべて三田村に話した。中嶋に頼まれて、秦の怪我の手当てをしたこと。そのときキスをされたのに、また部屋に出かけて、今度は体を重ねそうになったこと。どうしてそうなったのか、会話の流れも正直に話した。
自分の中で都合よく出来事を継ぎ接ぎするより、すべてを三田村――そして賢吾へと伝えて、客観的に判断されるほうが正確だ。和彦にはわからない事実が、〈怖い男たち〉には見えているかもしれない。
和彦は口腔深くまで三田村のものを呑み込み、ただ舌を添えて動きを止める。三田村が深い吐息を洩らし、その反応に胸が疼かされる。すると、あごの下をくすぐられ、頬に手がかかった。
「先生、もう――……」
ようやく顔を上げた和彦は腕を掴まれ、やや性急にベッドに押し付けられる。先に情熱的な愛撫を与えられて解された内奥に、再び三田村の指が挿入された。
「あうっ」
こちらに歩み寄ってきながらの三田村の言葉に、ふっと心が軽くなる。ヤクザの言葉なんて信じないと言い続けていた和彦だが、本当はずっと、信じたかった。だから、三田村の言葉は信じられる。三田村だけではない。千尋や、何度も騙されて悔しい思いをしていながらも、賢吾の言葉ですらも。
目の前に立った三田村に頭を引き寄せられ、素直に肩に顔を埋める。
和彦はやっと、しっくりくる答えを見つけ出せた。元の生活に戻ることにためらいを覚えるほど、今の生活に愛着を抱いているのではない。自分を求めてくれている男たちを――愛しいと感じているだけだ。
「先生がここにいるとわかったら、それでいい。俺は外で待っているから、気が済むまで――」
「もう、いいんだ。もう、一人はいい……」
次の瞬間、三田村にきつく抱き締められ、和彦も両腕をしっかりと三田村の背に回してしがみつく。
「三田村、話したいことがある」
「ああ。だったら……俺たちの部屋に行こう。明日の朝までは、ずっと一緒にいられる」
和彦はちらりと笑みをこぼしてから、三田村に肩を抱かれてこの場を移動する。
本当はゆっくりと腰を落ち着けて話すのがいいのだろうが、勝手だと自覚しながらも和彦は、今は一刻も早く、抱えた秘密を自分の中から追い出したかった。
「……鷹津に言われたんだ。自分なら、ぼくからヤクザを引き離せると。少し、心が揺れた」
エレベーターを待ちながらの和彦の告白に、三田村は口元に淡い笑みを浮かべた。
「正直だな、先生は」
「怖く感じたんだ。あの男の言葉に、すぐに飛びつかなかった自分が。最初は、こんな生活は冗談じゃない、逃げだしたいと思っていたはずなのに、その気持ちが薄らいでいた」
エレベーターに乗り込み、扉が閉まったところで、和彦はくしゃくしゃと自分の髪を掻き乱す。
「先生?」
「違うっ……。鷹津のことじゃない。その前に、秦のことだ。ぼくは、あの男と――」
「先生っ」
三田村に乱暴に頭を引き寄せられ、間近で見つめられる。一階に着いたエレベーターの扉が一度開いたが、三田村が片手を伸ばして素早くボタンを押し、扉を閉めてしまう。
和彦は、痛い棘を吐き出すように告げた。
「……ぼくは、秦と寝そうになった」
三田村の返事は、感情をぶつけてくるような激しい口づけだった。
それは間違いなく、嫉妬という感情だ。
熱い吐息をこぼしながら和彦は、三田村の逞しい欲望に舌を這わせる。何度も根元から舐め上げ、ときおり舌を絡みつかせ、吸い付き、ひたすら三田村の快感のために尽くす。
三田村にこの愛撫を施すのは、初めてだった。いままで、和彦のものを丹念に愛してくれながら、三田村は自分がされることを望まなかったのだ。なんだか申し訳ない、という理由は、いかにも三田村らしいと言える。だが今日は、和彦が頑として聞き入れなかった。
最初は慣れていない様子でベッドの上にあぐらをかいて座り、緊張している素振りすら見せていた三田村だが、欲望の高ぶりとともに、和彦の愛撫を受け入れる気になったらしい。
何度も優しい手つきで髪を梳いてくれていたが、その手が後頭部にかかり、わずかに力が込められる。三田村の求めがわかった和彦は、透明なしずくが滲んだ先端を丹念に舐めてから、ゆっくりと三田村のものを口腔に呑み込んでいく。濡れた粘膜で包み込み、吸引しながら、唇で締め付ける。興奮した三田村のものが、口腔で力強く脈打つ。和彦はゆっくりと頭を上下させながら、三田村の欲望を愛してやる。
部屋に移動するまでの間に、抱えた秘密はすべて三田村に話した。中嶋に頼まれて、秦の怪我の手当てをしたこと。そのときキスをされたのに、また部屋に出かけて、今度は体を重ねそうになったこと。どうしてそうなったのか、会話の流れも正直に話した。
自分の中で都合よく出来事を継ぎ接ぎするより、すべてを三田村――そして賢吾へと伝えて、客観的に判断されるほうが正確だ。和彦にはわからない事実が、〈怖い男たち〉には見えているかもしれない。
和彦は口腔深くまで三田村のものを呑み込み、ただ舌を添えて動きを止める。三田村が深い吐息を洩らし、その反応に胸が疼かされる。すると、あごの下をくすぐられ、頬に手がかかった。
「先生、もう――……」
ようやく顔を上げた和彦は腕を掴まれ、やや性急にベッドに押し付けられる。先に情熱的な愛撫を与えられて解された内奥に、再び三田村の指が挿入された。
「あうっ」
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