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第7話
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射殺されそうな眼差しを鷹津から向けられた。普段の和彦であれば怯むどころか、足が震えるだろうが、今は違う。嫌悪感しか与えてこない鷹津に一撃を与えられたと、ただ確信していた。
今度は和彦が、ニヤリと笑う番だった。ここまでの慇懃な口調をかなぐり捨て、挑発的に言い放つ。
「その様子だと、あんたにも有効みたいだな、この手は。――なら、さっそく見せてもらおうか。一般市民がお茶を飲んでいるところに押しかけてきて、部屋を見せろと言い張る根拠ってやつを」
「一般市民? ヤクザのオンナが、人並みのこと言うな」
「そのことを責めるなら、やっぱり根拠が必要だ。ヤクザと寝ることは犯罪だという、根拠が。一般市民の住居に踏み込むのに、刑事の道徳心を振りかざすだけでどうにかなると思ってるのか、あんた」
和彦と鷹津は睨み合う。先日、秦と一緒にいるところを急襲されたときは、この得体の知れない男相手にどう対処すればいいのかわからなかった。何より、一般人である秦に迷惑をかけられないという思いがあった。
しかし今の和彦は、人一人の命をこの手に預かっている最中だ。だからこそ自分の身を守らなければならない。皮肉だが、和彦のこの姿勢は、部屋で身を潜めている組員たちを守ることにもなる。
冷静に考えてみれば、この場で鷹津に救いを求めれば、何もかも終わるはずなのだ。どれだけ嫌悪していようが、刑事という鷹津の立場は強力だ。和彦を確実に、長嶺組から切り離してくれるだろう。だが、そんなことはできないと、自分でわかっていた。
和彦は、自分が置かれた境遇に愛着にも似た感情を抱き始め、それを簡単には投げ出せない。
「どうしても入りたいと言い張るなら、警察と弁護士立ち会いの下でだ。ここに警察はいる、なんて言うなよ。まともな警察を呼ぶ。……もっとも、まともな警察なら、ぼくじゃなく、あんたを排除すると思うが」
どうする、と低く問いかけると、鷹津は返事をしないまま、ただ和彦を見つめてくる。身を潜めた大蛇のように、ただ静かでひんやりとした賢吾の目とは違い、今日の鷹津の目はドロドロとした感情で澱み、熱を孕んでいる。燃え上がることのない、燻り続けるだけの厄介な熱だ。
患者の容態が気になるが、焦りを読み取られないよう、和彦は必死に強気を装う。すると鷹津は唇を歪めた。
「――今日は、肝が据わった目をしてるな。ヤクザのオンナらしくない、ムカつく目だ」
「なんとでも言ってくれ」
ここで鷹津が、脱ぎかけていた靴を履き直す。そして和彦に笑いかけてきた。
「俺の用は、お前に携帯電話を届けにきただけだからな。友人同士、楽しくお茶を飲んでいたところを邪魔して悪かった」
「いいえ。ご親切にありがとうございました」
たっぷりの皮肉を込めた会話を交わし、このまま鷹津は玄関を出ていくかと思ったが、ふと何かを思い出したように振り返った。思わず舌打ちしそうになった和彦だが、寸前で堪える。
「まだ何か?」
「携帯電話を届けてやったんだから、礼に茶の一杯ぐらい飲ませてもらえないかと思ったんだ。なんなら、ここで飲んでやってもいい」
和彦は、鷹津を睨みつける。さっさと帰れと追い返そうとしたところで、のらりくらりと躱されるだけだと、一瞬にして悟った。
どうするべきか――。そう考えたのは、わずかな間だった。
「お茶なんかより、もっといいものがある」
和彦の提案に、鷹津は薄笑いを浮かべた。
「興味があるな。なんだ」
「――ヤクザのオンナからのキス」
鷹津の表情が凍りついたのを、和彦は見逃さなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。
「滅多にもらえないものだろ。男も女も関係なく、あんたは誰からも好かれそうにないからな。ぼくからの〈好意〉だ。受け取ってくれるだろ?」
鷹津は、何も言わなかった。唇を引き結び、憎々しげに和彦を睨みつけて玄関を出ていく。和彦はドアがゆっくりと閉まるのを見届けてから、即座に鍵をかける。
鷹津がまたやってくるのではないかという危惧もあるが、悠長に身構えている時間はなかった。
この先の対応は、長嶺組の人間で決めてくれと言い置いて、急いで手を洗い直してから患者の元に戻る。
自分の言動が鷹津を刺激したのは確実で、どんな報復があるのだろうかと怖くもあるのだが、今は、手術に集中する。それが和彦の役目で、面倒事の始末は、ヤクザの役目だ。
今度は和彦が、ニヤリと笑う番だった。ここまでの慇懃な口調をかなぐり捨て、挑発的に言い放つ。
「その様子だと、あんたにも有効みたいだな、この手は。――なら、さっそく見せてもらおうか。一般市民がお茶を飲んでいるところに押しかけてきて、部屋を見せろと言い張る根拠ってやつを」
「一般市民? ヤクザのオンナが、人並みのこと言うな」
「そのことを責めるなら、やっぱり根拠が必要だ。ヤクザと寝ることは犯罪だという、根拠が。一般市民の住居に踏み込むのに、刑事の道徳心を振りかざすだけでどうにかなると思ってるのか、あんた」
和彦と鷹津は睨み合う。先日、秦と一緒にいるところを急襲されたときは、この得体の知れない男相手にどう対処すればいいのかわからなかった。何より、一般人である秦に迷惑をかけられないという思いがあった。
しかし今の和彦は、人一人の命をこの手に預かっている最中だ。だからこそ自分の身を守らなければならない。皮肉だが、和彦のこの姿勢は、部屋で身を潜めている組員たちを守ることにもなる。
冷静に考えてみれば、この場で鷹津に救いを求めれば、何もかも終わるはずなのだ。どれだけ嫌悪していようが、刑事という鷹津の立場は強力だ。和彦を確実に、長嶺組から切り離してくれるだろう。だが、そんなことはできないと、自分でわかっていた。
和彦は、自分が置かれた境遇に愛着にも似た感情を抱き始め、それを簡単には投げ出せない。
「どうしても入りたいと言い張るなら、警察と弁護士立ち会いの下でだ。ここに警察はいる、なんて言うなよ。まともな警察を呼ぶ。……もっとも、まともな警察なら、ぼくじゃなく、あんたを排除すると思うが」
どうする、と低く問いかけると、鷹津は返事をしないまま、ただ和彦を見つめてくる。身を潜めた大蛇のように、ただ静かでひんやりとした賢吾の目とは違い、今日の鷹津の目はドロドロとした感情で澱み、熱を孕んでいる。燃え上がることのない、燻り続けるだけの厄介な熱だ。
患者の容態が気になるが、焦りを読み取られないよう、和彦は必死に強気を装う。すると鷹津は唇を歪めた。
「――今日は、肝が据わった目をしてるな。ヤクザのオンナらしくない、ムカつく目だ」
「なんとでも言ってくれ」
ここで鷹津が、脱ぎかけていた靴を履き直す。そして和彦に笑いかけてきた。
「俺の用は、お前に携帯電話を届けにきただけだからな。友人同士、楽しくお茶を飲んでいたところを邪魔して悪かった」
「いいえ。ご親切にありがとうございました」
たっぷりの皮肉を込めた会話を交わし、このまま鷹津は玄関を出ていくかと思ったが、ふと何かを思い出したように振り返った。思わず舌打ちしそうになった和彦だが、寸前で堪える。
「まだ何か?」
「携帯電話を届けてやったんだから、礼に茶の一杯ぐらい飲ませてもらえないかと思ったんだ。なんなら、ここで飲んでやってもいい」
和彦は、鷹津を睨みつける。さっさと帰れと追い返そうとしたところで、のらりくらりと躱されるだけだと、一瞬にして悟った。
どうするべきか――。そう考えたのは、わずかな間だった。
「お茶なんかより、もっといいものがある」
和彦の提案に、鷹津は薄笑いを浮かべた。
「興味があるな。なんだ」
「――ヤクザのオンナからのキス」
鷹津の表情が凍りついたのを、和彦は見逃さなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。
「滅多にもらえないものだろ。男も女も関係なく、あんたは誰からも好かれそうにないからな。ぼくからの〈好意〉だ。受け取ってくれるだろ?」
鷹津は、何も言わなかった。唇を引き結び、憎々しげに和彦を睨みつけて玄関を出ていく。和彦はドアがゆっくりと閉まるのを見届けてから、即座に鍵をかける。
鷹津がまたやってくるのではないかという危惧もあるが、悠長に身構えている時間はなかった。
この先の対応は、長嶺組の人間で決めてくれと言い置いて、急いで手を洗い直してから患者の元に戻る。
自分の言動が鷹津を刺激したのは確実で、どんな報復があるのだろうかと怖くもあるのだが、今は、手術に集中する。それが和彦の役目で、面倒事の始末は、ヤクザの役目だ。
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