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第5話
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嫌という生易しい感覚ではなかったが、さんざん快感を与えられ続けた体は、蜜を含んだように重く、思考もまた、同じような状態だった。
「―― 俺の〈オンナ〉の中を、指できれいにしてやってくれ。お前も、まったく知らない場所じゃないだろ。うちの組で、俺と千尋以外に先生の尻を開いてやったのは、お前だけだ」
ビクリと腰を震わせて、一瞬だけ和彦は抵抗しようとしたが、三田村の指が内奥に挿入されたとき、賢吾の腕の中で悶え、溶けていた。
長嶺の本宅で、布団に横になっていた和彦は、三田村の手を取って胸元に押し当てさせ、手を握り合った。その様子を、賢吾に見られた。どんな報復を受けるのかと和彦は恐怖に震えたが、一方の三田村は、すべてを受け入れる殉教者のような静かな表情を崩さなかった。
しかし賢吾は、薄い笑みを残し、何事もなかったように立ち去ってしまった。
賢吾は、何も言わない。和彦と三田村の間に何があったのか、関係を疑っているのか、尋ねてさえこない。その代わり、和彦のプライドを嬲り、三田村の忠誠心を試すような行動を取った。
自分と和彦のセックスに、三田村を屈辱的な形で参加させたのだ。
何があった――と問いかけることが、賢吾の組長としての、男としての自尊心を著しく傷つけると考えているのか、それとも単に、和彦と三田村の反応を楽しんでいるのか。想像はしてみるが、何も浮かばない。それだけ賢吾は、掴みどころがなかった。
また、あんなことをするつもりだろうか――。
かつてないほど刺激的で淫らで、同時に、プライドの軋む音を楽しむような残酷な交わりを思い出し、和彦は小さく身震いする。着ているトレーニングウェアが汗でぐっしょりと濡れるほど体は熱くなっているというのに、急に肌寒さを感じた。
『欲しいものがあったら、なんでも言え』
賢吾は何度も和彦にそう囁いてくる。この言葉の裏を返すなら、それ相応のものを和彦に求めるということだ。肝に銘じているはずだったが、あんな形で賢吾の怖さを思い知らされ、和彦の心は萎縮していた。
本当は部屋でおとなしく閉じこもっているのが無難なのだろうが、そうなると、和彦の神経はあっという間に滅入ってしまい、ベッドからすら出られなくなる。寝込んでもいいが、立ち直るときの大変さを、もう味わいたくはなかった。
結局、賢吾のリアクションを待つしかない自分の状況に、歯がゆさを覚える正常な感覚すら失ってしまいそうだ。
大きく息を吐き出したとき、和彦が使っているランニングマシーンの傍らに誰かが立つ。反射的にそちらを見て、目を見開いた和彦は慌ててマシーンを止めた。
「どうして……」
和彦が声を洩らすと、タオルを首からかけた中嶋はちらりと笑った。
「今日から通うと聞いていたんで、俺も、ちょっと早めに寄ってみたんです。先生にここを紹介したのは俺ですから、反応が気になるんですよ」
Tシャツ姿の中嶋は、場所のせいもあってか、常に漂わせていた静かな迫力も影を潜め、どこにでもいそうな青年に見えた。平均を上回るハンサムであるが、それでも強烈に人目を惹くというほどではない。千尋の個性に比べれば、ずいぶん控えめに見えるほどだ。
「見かけによらず、世話焼きなんだな」
「先生は特別な人ですから。長嶺組だけでなく、総和会にとっても」
苦い表情で返した和彦は、ランニングマシーンから降りる。こんな場所に来てまで組に関する話はしたくないが、そもそも走りながら考えていたのが、その組に関することなので、なんとも複雑な心境だ。
エアロバイクに移動すると、しっかり中嶋も隣のマシンを使い始める。平日の昼間といえど閑散としているわけではないが、近くに人がいないこともあり、二人は声を抑えながら、やや物騒な会話を交わす。
「先生にこのスポーツジムを勧めたのは、客層がいいっていうのもあるけど、けっこう組関係の人間が使っているというのもあるんですよ」
「……今の話に、とてつもない矛盾があった気がしたが……。組関係の人間が出入りしていて、客層がいいって表現はどうなんだ」
まじめな顔で和彦が指摘すると、中嶋は普通の青年の顔で説明してくれた。
「客層がいいっていうのは、金を持っている、という意味です。組関係とはいっても、いろいろありますしね。いかにも強面の人間もいれば、物腰が柔らかな人間もいる。ヤバげな仕事をしている人間もいれば、金集め専門の、下手なエリートビジネスマンより頭が切れる人間もいる。見た目だけじゃ、組関係だとわからないもんですよ、意外に」
「刺青も、見つからないようにすれば問題なし、か」
「ですね。……と、俺はまだ入れてませんよ。そのうちに、とは考えてますけど」
「―― 俺の〈オンナ〉の中を、指できれいにしてやってくれ。お前も、まったく知らない場所じゃないだろ。うちの組で、俺と千尋以外に先生の尻を開いてやったのは、お前だけだ」
ビクリと腰を震わせて、一瞬だけ和彦は抵抗しようとしたが、三田村の指が内奥に挿入されたとき、賢吾の腕の中で悶え、溶けていた。
長嶺の本宅で、布団に横になっていた和彦は、三田村の手を取って胸元に押し当てさせ、手を握り合った。その様子を、賢吾に見られた。どんな報復を受けるのかと和彦は恐怖に震えたが、一方の三田村は、すべてを受け入れる殉教者のような静かな表情を崩さなかった。
しかし賢吾は、薄い笑みを残し、何事もなかったように立ち去ってしまった。
賢吾は、何も言わない。和彦と三田村の間に何があったのか、関係を疑っているのか、尋ねてさえこない。その代わり、和彦のプライドを嬲り、三田村の忠誠心を試すような行動を取った。
自分と和彦のセックスに、三田村を屈辱的な形で参加させたのだ。
何があった――と問いかけることが、賢吾の組長としての、男としての自尊心を著しく傷つけると考えているのか、それとも単に、和彦と三田村の反応を楽しんでいるのか。想像はしてみるが、何も浮かばない。それだけ賢吾は、掴みどころがなかった。
また、あんなことをするつもりだろうか――。
かつてないほど刺激的で淫らで、同時に、プライドの軋む音を楽しむような残酷な交わりを思い出し、和彦は小さく身震いする。着ているトレーニングウェアが汗でぐっしょりと濡れるほど体は熱くなっているというのに、急に肌寒さを感じた。
『欲しいものがあったら、なんでも言え』
賢吾は何度も和彦にそう囁いてくる。この言葉の裏を返すなら、それ相応のものを和彦に求めるということだ。肝に銘じているはずだったが、あんな形で賢吾の怖さを思い知らされ、和彦の心は萎縮していた。
本当は部屋でおとなしく閉じこもっているのが無難なのだろうが、そうなると、和彦の神経はあっという間に滅入ってしまい、ベッドからすら出られなくなる。寝込んでもいいが、立ち直るときの大変さを、もう味わいたくはなかった。
結局、賢吾のリアクションを待つしかない自分の状況に、歯がゆさを覚える正常な感覚すら失ってしまいそうだ。
大きく息を吐き出したとき、和彦が使っているランニングマシーンの傍らに誰かが立つ。反射的にそちらを見て、目を見開いた和彦は慌ててマシーンを止めた。
「どうして……」
和彦が声を洩らすと、タオルを首からかけた中嶋はちらりと笑った。
「今日から通うと聞いていたんで、俺も、ちょっと早めに寄ってみたんです。先生にここを紹介したのは俺ですから、反応が気になるんですよ」
Tシャツ姿の中嶋は、場所のせいもあってか、常に漂わせていた静かな迫力も影を潜め、どこにでもいそうな青年に見えた。平均を上回るハンサムであるが、それでも強烈に人目を惹くというほどではない。千尋の個性に比べれば、ずいぶん控えめに見えるほどだ。
「見かけによらず、世話焼きなんだな」
「先生は特別な人ですから。長嶺組だけでなく、総和会にとっても」
苦い表情で返した和彦は、ランニングマシーンから降りる。こんな場所に来てまで組に関する話はしたくないが、そもそも走りながら考えていたのが、その組に関することなので、なんとも複雑な心境だ。
エアロバイクに移動すると、しっかり中嶋も隣のマシンを使い始める。平日の昼間といえど閑散としているわけではないが、近くに人がいないこともあり、二人は声を抑えながら、やや物騒な会話を交わす。
「先生にこのスポーツジムを勧めたのは、客層がいいっていうのもあるけど、けっこう組関係の人間が使っているというのもあるんですよ」
「……今の話に、とてつもない矛盾があった気がしたが……。組関係の人間が出入りしていて、客層がいいって表現はどうなんだ」
まじめな顔で和彦が指摘すると、中嶋は普通の青年の顔で説明してくれた。
「客層がいいっていうのは、金を持っている、という意味です。組関係とはいっても、いろいろありますしね。いかにも強面の人間もいれば、物腰が柔らかな人間もいる。ヤバげな仕事をしている人間もいれば、金集め専門の、下手なエリートビジネスマンより頭が切れる人間もいる。見た目だけじゃ、組関係だとわからないもんですよ、意外に」
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「ですね。……と、俺はまだ入れてませんよ。そのうちに、とは考えてますけど」
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