血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
28 / 1,258
第2話

(12)

しおりを挟む
 ベッドの傍らに立った賢吾が、自分の息子を見下ろして、苦笑めいた表情を浮かべる。その表情を見た和彦は、賢吾も父親なのだと改めて認識させられた。常識の枠外にいるヤクザの組長は、口では親だと言いながら、実は千尋の存在をさほど気にかけていないのではないかと思っていたのだ。
 和彦の視線に気づいたのか、賢吾は唇を歪めるようにして笑って言った。
「俺のオンナだけじゃなく、今度は千尋の〈母親〉にでもなってみるか、先生?」
「……正気を疑うようなことを言うな」
 起きるよう指先で指示され、仕方なく体を起こす。それでようやく気づいたらしく、千尋も目を開けたあと、うんざりしたようにすぐまた目を閉じた。
「悪夢だ。なんか変なものが見えた……」
「お前も起きろ、バカ息子」
 賢吾が布団を剥ぎ取り、上半身裸の千尋の体が露わになる。獣のような動きで千尋が飛び起き、賢吾を睨みつけた。
「なんの用だよっ。言っておくけど、先生はまだ返さないからなっ」
 千尋が賢吾に食ってかかっている間に、和彦は、当然のように賢吾に付き従っている三田村に問いかけた。
「……どうやってここに入ったんだ。鍵もドアチェーンもかけてあったはず――」
「とっくに合鍵は作ってあるし、チェーンは非常事態ということで切った。あとで修理させておく」
 それを聞いた和彦は、寝乱れた髪を掻き上げて息を吐き出す。傍迷惑な父親と息子のケンカ――というより、千尋の一方的な宣戦布告は、防衛ラインをあっさり突破されて終了したのだ。
 巻き込まれた和彦だけが体力を消耗した気もするが、篭城ごっこは案外楽しかった。
 賢吾に向かって怒鳴っている千尋の頭を撫でながら、和彦は賢吾に視線を向ける。
「それで、仕事っていうのは?」
「よそから回ってきた仕事だ。一人、診てもらいたい人間がいる」
「……言っておくが、ぼくは美容外科が専門だからな。大事の外科手術なんて任せるなよ」
「それは、総和会の人間に言え。外に迎えが来ている。俺は、このバカ息子を迎えに来るついでに、道案内をしただけだ」
 いきなり総和会という名を出され、和彦は体を強張らせる。長嶺組という組織ですら忌々しいのに、その長嶺組が名を連ねているという組織名を出されて、何も感じるなというほうが無理だ。だいたい長嶺組に対してすら、いまだに警戒と嫌悪という感情を持ち続けているのだ。
 よほど怯えているように見えたのか、賢吾が声をかけてきた。
「心配するな。お前は、うちの組の大事な〈身内〉だ。そのお前の手を借りたいと言ってきたんだ。絶対に手荒なことはさせないし、乱暴な言葉も吐かせない。お前は、淡々と自分の仕事をこなしてこい」
 ここまで言われて嫌とは言えない。もっともらしいことを言っているが、賢吾も少し前には、手荒な手段を使い、恫喝して和彦を従わせたのだ。
「……着替えないと… …」
 和彦が呟いてベッドを出ようとすると、すかさず目の前に紙袋が突き出された。三田村を見上げたあと、賢吾に視線を移す。
「パジャマ姿で行きたいなら止めないが、一応着替えを用意してきた。汚れたスーツを着る気にはなれないだろ」
 確かに、玄関での千尋との行為のせいで、和彦が着ていたスーツは汚れてしまった。篭城していたためクリーニングに出すこともできず、丸めたまま放っている。
 三田村の手から袋を受け取ると、傍らでは賢吾が千尋に対し、父親の強権を発動していた。
「お前は、このまま家に帰るぞ。文句を言うなら、ぶん殴っておとなしくさせてから、引きずっていく。そのために人手も用意してきた」
 どうやら賢吾と三田村以外に、部屋の外に組員がいるらしい。千尋に勝ち目はないなと思っていると、何言かのやり取りのあと、千尋は賢吾に屈服させられた。
 和彦が着替えている目の前を、賢吾に小突かれて千尋が歩いていく。思いきりふてくされた顔をしていた千尋だが、和彦と目が合ったときだけは、にんまりと笑いかけてきた。
 先に出ていると言い残して賢吾と千尋が部屋を出ていき、あとには和彦と三田村が残される。いまさら三田村に全裸を見られたところで恥ずかしくもない和彦は、ベッドに腰掛けたままパジャマを脱ぎ捨てる。
「……総和会の仕事には、あんたもついてくるのか?」
 サイズが大きめのコットンパンツを穿きながら問いかけると、三田村は首を横に振る。
「外で待っている車に乗ったら、先生は総和会の客だ。身柄の責任は、向こうが負うことになる」
「言い方を変えるなら、長嶺組は口出しするなということか」
「この先、先生はこういう仕事もこなすことになる。総和会は、十一の組の互助会みたいなものだ。それぞれの組から人を送り込み、手に余ることがあれば総和会が一旦預かって処理される。抗争の仲裁だけじゃなく、物品の仲介、必要な人材すらも紹介し合う。そうやって、組同士の関係を平和的に平等に保つ。 ――表向きは」
 なんとなく聞いていた和彦だが、三田村の物言いに興味をそそられる。
「実際は、平和的でも平等でもないということか」
「今、総和会の会長の座に就いているのは、長嶺組の前組長だ。つまり、総和会の中で長嶺組の発言力が強くなっている。十一も組が集まっていて、すべての組と相性がいいなんてことはありえない」
「ああ、長嶺組が気に食わない組もあるということか。……だったら、総和会を抜けると言い出す組はないのか?」
 和彦はコットンパンツのベルトを締めてからTシャツを取り上げる。
「総和会は互助会であると同時に、互いに監視し合う枠のようなものだ。一つの跳ね返りがいれば、処断は残りの組で。仮に、跳ね返りに賛同する組がいたとしても、総和会の調和を望む組もいる。十一という数は、なかなか絶妙だ。十という数だったら割り切れてしまうが、十一はそうもいかない」
「五分五分に分かれたとき、残り一つの組が数の主導権を握ることになる。ヤクザとしては、他の組にそんな美味しい役目はやれないから、下手に内輪揉めは起こさない、か」
 Tシャツを着込んだ和彦に対して、三田村は無表情に頷き、あまり嬉しくない言葉をくれた。
「先生、ヤクザのものの考え方を理解しているな」
「……それは、けなし言葉だぞ」
 三田村は唇の端をわずかに動かした。本人としては笑ったつもりなのかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

堕ちた父は最愛の息子を欲に任せ犯し抜く

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

兄弟愛

まい
BL
4人兄弟の末っ子 冬馬が3人の兄に溺愛されています。※BL、無理矢理、監禁、近親相姦あります。 苦手な方はお気をつけください。

処理中です...