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第一章
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しおりを挟む辺りを見渡す。鬱蒼とした木々が生い茂る絵に描いたような森の中、何処か遠くでピーヒョロロ、という鳥の鳴き声が響いていた。
無言で頬を抓る。痛い。普通に痛い。強く抓り過ぎた。
ふと足元に視線を落とす。ぼこぼこと舗装のされていない地面だ。しゃがみ込んで、そっと指を這わす。ざらりとした土独特の感触に「マジかぁ…」と呟く。
「…夢、じゃないよなぁ…何処だ、ここ」
汚れた指先を眺めながら呆然と呟いた。
指先についた土を払い落としながら、混乱する頭で現状整理に思考を巡らせる。
「今日…は仕事は休みで…いつも通り、あの店に行ってヤる事ヤッて帰って…それから…?」
そう、俺は家に帰った。そこまでは確かに覚えてる。
帰ってベッドに腰掛けた瞬間、どうしようもない眠気に襲われて、耐えられなくてそのままベッドに倒れ込んで、それから…?
どれほど考えてもそれ以上の記憶が思い出せない。
(どうして俺はこんな森の中にいるんだ…? ていうか、どうやってここに…?)
バサバサ、と近くで鳥か何かが飛び立つ音がして、びくり、と体が震える。
え、これ…やばくないか…?
見知らぬ森の中、手持ちは何一つない。もし、熊や猪などの獣に遭遇したら、身を守る術がない。
「だ、誰か…」
取り敢えず、この場に留まっていたくなくて、立ち上がると宛てもなくフラフラと歩き出す。
おっかなびっくり慣れない山道を進んでいると何処からともなく水の流れる音が聞こえてきて、川がある! と思い、その方向に向かって足を進める。
ひとまず水さえ確保できれば、なんとかなるだろう。…我ながらすごい楽天的な考えだけれど。
「…あった!」
草むらを掻き分けて、進んでいると川があった。
思わず警戒もなしにその川に歩み寄り、その水を覗き見る。澄み切った美しい水だ。
試しに手頃なサイズの石を退けてみるとその下にいたらしい小さな蟹が慌てた様子で他の石に向かって逃げ出す姿が見えた。
「沢蟹…的な? 火を通せばいけるかな…」
等と考え込んでいると川上の方から何やら人の話し声のような物音が聞こえてくるのに気付いて、やった、人だ!と思い、立ち上がり耳を澄ませる。
(…こっちか)
耳だけを頼り川に沿って、声のする方向に向かって足を進めていると段々と話し声が大きくなる。
「…この辺でよくねぇか?」
「ああ、そうだな。この辺にしとくか」
何か重たい物を運んでいたらしく、どさりと音を立てて、やや乱雑に降ろされる音がした。
こちらから声を掛けるのは様子を見てからにしよう、と草むらから声のする方向の様子を伺う。
声の主は二人組の男のようで、二人共今の時代の日本では考えられないような汚れた見窄らしい服を着ていた。
そう、例えば漫画やゲームでよく見る下級階級の平民が着るような麻で作られた服だ。
二人の男の容姿は俺が言うのもなんだがお世辞にも整っているとは言えず、ぶっちゃけやべえ事に手を染めてます、と言っているような顔をしている。
(…これはダメだな)
声を掛けた所で、この二人が俺を助けてくれる可能性は限りなくゼロに近い。
そんな醜男二人は俺が見ている事など気付きもせず、地面に置いていた大きな布の塊を再度二人で持ち上げて、川に投げ捨てた。
バシャアン!!! と激しい水飛沫を上げて川に落ちた布の塊を数秒眺めた後、男達はゲラゲラと嫌な笑い声を上げる。
「あ~あ、本当あんな姿で生まれてこなくて良かったぜ」
「本当にな! 商品にもならねえわ、まともな顔に生まれもしねえわ、最悪だな!」
「全くだぜ! 挙げ句の果てには俺達の手を煩わせやがって…」
「まあ、それもこれで終わりだけどな! あ~あんな気味悪い顔見なくて済むと思うと清々するぜ!」
「今まで結構な数のブサイク共を見てきたけど、アレはぶっちぎりだったな!」
ゲラゲラ、ゲラゲラと聞いているだけで胸糞悪くなる言葉の数々に顔をしかめていると男達は笑いながら、その場を立ち去っていった。
視界の端に投げ捨てられた布の塊が流れてくるのが見えた。
なんとも胸糞悪い会話だったが、その内容はとてもゴミの不法投棄のものとは思えなかった。
男達が戻ってくる気配がないのを確認すると俺は足早に川に駆け寄り、布の塊に目を凝らす。
すると布の切れ目から人間の腕がはみ出ているのが見えた。
「嘘だろ…っ」
ゴミの不法投棄かと思っていたら人間の死体遺棄の場面に遭遇するなんて夢にも思わないじゃんよ!!
どうしよう、と思っていたら、布の切れ端からはみ出た腕が動いたように見え、その瞬間、俺の体は川の中に飛び込んでいた。
「つめて…っ!」
刺すような水の冷たさに一瞬怯みながらも即座に布の塊に向かって進み、顔があるであろう部分を探りながらも川岸に向かう。
川岸に辿り着くとまず最初に自分が上がった後、布の塊を引き上げる。お、重い…っ!
やっとこさ全身引き上げると布の塊の大きさに驚きながらも布を剥いでいくと中にいたのは美しい銀髪の美男子だった。
「すっげ…」
目は閉じられていたがそれでもその瞼を彩る髪と同色の豊かで長い睫毛、透き通った透明感のある白い肌、つん、と尖った鼻、黄金比率の薄い形の良い唇。
顔だけ見れば何処ぞの王子様かお人形さんか何かかと疑いそうな程、美しい顔立ちなのに顔から下はこれまた鍛えられた筋肉に包まれた肉体があって。通りで重たかった訳だ、と思いつつも俺は自分の胸が高鳴るのが分かった。
なんでかって? この人、俺の超どストライクゾーンなクソ好みのガチムチマッチョ美形だからだよ!!!!!
「…? あれ?」
ふと先程から穴が開くんじゃないかってくらいガン見しているが、この超絶好みのガチムチマッチョさん、もしや息、してない…!?
えっ、待って! こんなクソ好みの男、死なせるなんて勿体無い!!!!
慌てて気道を確保してから、形の良い鼻を摘み、すう、と息を吸い込むと一切の躊躇いもなく唇を重ねる。
人工呼吸だから! 人助けの為だから! 役得とかそんな不埒な事考えてませんから!
等と誰にしているのか分からない言い訳を脳内でしつつ、人工呼吸を行なっていると美形の眉間にシワが寄ったのに気付き、口を離すと美形は勢いよく水を吐き出し、咳き込み始めた。
「げほっ! ごほ、ごほっ!」
(良かった、水を飲んだだけか…)
ほっと一安心しながらも「大丈夫ですか~?」と美形の顔を覗き込みながら声を掛ける。
すると美形はそこで俺の存在に気付いたらしく、宝石のような美しい緑色と青色の瞳が俺を捉える。
「あ、オッドアイだ」
「…っ!!!!????」
ぼんやりと俺を眺めていた美形だが、俺のその声に驚いたように目を見開き、がばっと勢いよく起き上がった。
「え…あ…? 夢、じゃない…?」
聴き心地の良い低音に美形は声まで美形なのか、と感心しながらも俺は美形の問いに答えるように頷く。
すると美形はハッとした表情を浮かべた後、自身の顔をぺたぺたと触り、何故か絶望したような顔をし、慌てて美形が包まれていたぐっしょりと濡れた布を頭から被ってしまった。
突然の行動に驚いて固まっていると美形は折角の美貌を必死で隠しながらもこちらの様子を伺っている事に気付いた。
「あの…?」
声を掛けるとびくり、と体を震わせる美形。
「…な、に」
「えっと、その、大丈夫、ですか? 怪我、とか…」
「…俺、の…事、か?」
「? 他に誰かいます?」
そう聞けば美形は驚いたように口を閉ざす。まあ、布を被っているから、実際の反応は分からないから、あくまで推測でしかないんだけど。
ぽたり、と前髪から水滴が顔に落ちて、それを手で拭っていると美形が口をぱくぱくさせる。
「ん?」
「えっ…? あ、も、もしかして…あん…貴方、が…?」
「え? あ、ああ…とは言っても引き上げたくらいしかしてないんですけど」
いや実際には人工呼吸もしましたよ? でもこんな美形が俺みたいなモブ顔に人助けとはいえキスされたって知ったら気分良くないだろうから黙ってますとも。はい。俺は役得でした。美形の唇はとても柔らかかったです。
そんな事を俺が思っているだなんて夢にも思わないだろう美形は突然俺に向かって頭を下げた。所謂土下座です。
「え、ちょっ!?」
「あ、貴方みたいな御方に俺のような下賤の存在が助けて頂くなんて、なんと御礼を言ったらいいのか…!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
「っ、で、でも」
「あの、俺はたまたま貴方が川に投げ込まれる所を見た訳で、人が川で溺れてたら助けるのは人として当然というか…!」
「でも…っ! お、俺は助けて頂いたのに、何も返せません…! そ、それに貴方の目を汚してしまった…」
目を汚す? 一体何の事だ?と首を傾げると顔を覆い隠す布を掴んだ美形の手が白くなるくらい強く握り締められている事に気付いた。
そこで先程から、ずっと気になっている事について聞いてみる事にした。
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