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エピローグ ジェイデンside

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俺は机を立った。
そして周りを見回した。
すごく長い間ここにいたような気がする。
しかしたった五、六年だったのか。
思い出はいっぱいあるがここに未練はない。

『さあ、行こうか。』
『ああ。』

王宮の中の神聖な神殿の奥の泉にある聖なる木。
そこから神聖力がいろいろな場所に巡らされていると言われていた。
だから俺たちはそこを選んだ。
気休めだと思う。
要は気力。帰りたいと思う気持ち。
帰りたいと思うなら帰れるはずだ。

俺たちはその木の幹に手を当てた。
さあ、帰ろう。

『今までありがとう。楽しかったよ。』

ある程度の化学の知識は俺の中のジェイデンに渡してある。
実験資料や考察などもちゃんと残してある。

『心配するな。大丈夫だよ。』
『お前なら大丈夫だな。』

彼らには今朝会ってきた。
「兄上、おはよう。」
俺は兄上の執務室に足を運んだ。
昨日、卒業式が終わったばかりなのにもう机に向かって仕事をしていた。
以前に比べて机の上にある書類の山は低くなっていた。
まあ頑張ってとしか言えないな。

「ジェイデン、どうした?めずらしいなお前から来るなんて。」
「兄上の様子を見にきたんだ。」
「ようやく手伝ってくれる気になったか!」
「明後日からやるよ。」
「明後日?半端だな。まだ薬ができないのか?」
「そっちはもう大丈夫。終わったよ。明後日からは俺も手伝うね。ラティも休んでもらわないといけないからね。」
「ああ、どういう風の吹き回しかわからないが頼むよ。」
「あ、ジェイデン様、少し待ってていただけますか?すぐにお茶いれますね。」
「ああ、すぐ行くからいいよ。顔が見たかっただけ。」
「は?なんだ?変なやつだな。熱でもあるんか?」
「それじゃあね。」
「ジェイデン様?」
「ふふふっ、何だかいいね。こんな感じは…」
「は?」

次に陛下の執務室、母上の部屋に顔をだした。

そしてジェイの部屋に入った。
「カーラ?どうしたんだ?」
ジェイの部屋の本棚でカーラが立っていた。
「昨日、お嬢様から教えていただいたので、早速ジェイ様の部屋の本棚を整理してました。しかし分類がよくわからなくて…本がありすぎます!」
「はははっ。少しずつ覚えればいいよ。」
カーラはにこりと笑った。
俺は…というよりジェイがカーラを抱きしめた。
「ジェイ様?」
「カーラはずっと側にいてね。」
「突然何ですか?大丈夫です。私はあなたの側にずっといます。離れてと言っても離しませんから覚悟して下さいね。」
「ありがとう。」

すっとカーラから体を離してジェイは
「少し出てくるよ。また後でね。」
「はい。」
カーラは笑った。
この笑顔がずっとジェイを包んでいてくれることを願う。

そして今俺たちは聖なる木の前で目を閉じた。
木の葉がすれる音を静かに聞いていた。

『元気でな。』
『お前も…』

まさに防御壁を展開させて魔力を高めていると、

「ジェイデン様!」

かすかに声が聞こえた。
魔力を止めて後ろを振り返る。

ラティディアが走ってきた。
「駄目じゃないか。走ったら。兄上に怒られるよ。転んだらどうするんだ。」
「ごめんなさい。」
「こんなところまでどうしたの?兄上が心配して探してない?カーラには言ってある?」
「帰るのね?」
「は?」
「私もあなた達にお別れをしたかった。」

ラティディアはやはり知っていた。

「どうして?知って?」

ラティディアはしおりが挟んであったこげ茶の皮の手帳を出して広げた。

最後のページに

『ありがとう。』

と書かれている。
それも日本語だ。
読めないだろ。

そのページを見せてからラティディはページを一枚前にめくった。
今度はこの国の字で書いてある。

「私は記憶喪失ではなかったんですね。五年間、美月さんが私の中にいたんですね。」

“ラティディアへ

これを読んでいるってことはあなたはあなたに戻ったのね。“

と始まるそのページには
爆発に巻き込まれて気づいたらこの世界、ラティディアの中にいたこと。
この世界が読んだ小説に似ていること。
婚約破棄されたくてわざと悪役令嬢を演じていたこと。
そして自分のこと。
父さんや俺のこと。

まだ続いているらしい。
俺は前のページを開けようてした、

「待って!その先は駄目。」
ラティディアは手帳をパタンと閉じて俺の手からそれを取り上げた。
「駄目って?」
「秘密よ。私と彼女だけの。ふふふ。」

美月さんは何を書いたんだ?

「どうしてもお礼を言いたかったの。
ありがとう。エディスとちゃんとやっていくわ。
彼女にも言わせて。」

俺は手に持っていた指輪を差し出した。
銀色のリングに黄色のシトリンが光る。
ラティディアはそれを受け取り両手で握り締め、大事そうに胸元にもっていった。
そして目を閉じた。

少しそのまま時間が過ぎていった。
ラティディアは美月さんに伝えたいことがたくさんあったのだろう。
やがてゆっくり目を開けた。

少し水色の瞳が潤んでいた。

「ありがとう。」

両手に指輪を載せて俺の前に差し出した。
俺はそれを受け取った。

「もともとそんな色だったのね。」
「ああ。」
「綺麗ね。」
「今からいろいろ大変だ。申し訳ないけどエディシスフォードへのフォローは頼むよ。あとジェイとカーラのことも。」
「任せておいて!」
「なんだか心配しかないな・・・。」
「あらひどいわね。」

俺は上を見上げた。
聖なる木の葉が青々と茂り、風に揺れていた。
今日は白い月が青い空に見えている。

「いろいろごめん。でもありがとう。」
「あまり引き留めてもいけないわね。」

ラティは突然抱きついてきた。
「ありがとう。また会いましょう。」
「おいおい、またなんてあるか。」
少しラティディアの肩が震えていたような気がする。
俺はこくりとうなづいてラティディアの髪に顔を埋めた。

ラティディアが離れると魔法を展開させた。

「ジェイ、ありがとう。お前でよかったよ。」
「ああ、翔。頑張れよ。」

ジェイの魔力が爆発を起こした。
青白く光中でラティディアが泣きながら笑っているのが見えた。
ジェイは見えているかのようにずっと俺を見ていたような気がした。
ジェイの紫の髪とラティディアの銀の髪が風に揺れていた。

「翔、ありがとう。」



すっと手を下げて防御壁を解いた。
俺とラティディア嬢は黙ってずっと空を見上げていた。

しばらくしてラティディア嬢が口を開いた。
「行っちゃった…。」
「そうだね。」
「寂しくなるわね。」
「ようやくプライベートが戻ってきたよ。」
「やだやだ、寂しいくせに。」
ラティディア嬢に見透かされているようだった。
何だかすっきりはしていたが喪失感の方が大きかった。

「いつか会いに行けるといいわね。」
「ああ、そうだね。」

翔、出来ればお前と普通に会いたかったよ。
いい友達になれたよな。
笑ってバカやって…そんな風になりたかった。

遠い空の下、お前の幸せを願っている友がいるのを忘れないでくれ。

翔、離れていても俺たちはいつも一緒だよ。
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