上 下
32 / 83

第9話-4 悪役令嬢は夢を見てはダメです。

しおりを挟む
「お嬢様…お嬢様。」

カーラさんが何か言っている。
泣いている。

視点があわない。
私の視界は白っぽくぼやけている。
まるで水の中にいるみたいだ。
このまま水の泡になってしまいたい。

私は何だ。
何なんだ。
何様なんだ…。

私はエディシスフォード殿下と婚約破棄しようとしていた。
その理由はさっきカーラさんから聞いた。
私はその為、殿下に嫌われるように振る舞っていた。

自分からそう仕向けたのに何を考えていた。
このまま殿下といる夢を見てしまっていた。
あまりにも優しい笑顔をかけてもらえて舞い上がっていた。

私にはそんな資格もない。

記憶は何でなくなったの。
何故五年間の私を失くしてしまったの。
失くさなければよかった。

聞かなければよかった・・・。
カーラさんが責任を感じることはない。
私が無理やり聞き出したんだ。

私には婚約破棄をしなければいけない理由があった。
カーラさんに私が言ったことは本当なの?
お父様のことだけ?
他にもあったんじゃないの?
だってあの赤のアネモネ、紫のアネモネは何?
あのしおりを見るたびに悲しくなる。
カーラさんにも言っていない何かがあった。
そう考えずにはいられない。
私は好きな人がいたの?
先にエディシスフォード殿下を裏切っていたのは私だったの?

もう自分がわからない。
ただ分かるのは
私がエディシスフォード殿下の側にいることはできないということ。
そして今の私はそれはとても苦しくて悲しい気持ちになるということ。

途中エディシスフォード殿下の声がした。
声の方を見るが何も見えない。
淡いもやがかかったように全ての世界がボヤけて見える。

もう殿下に優しくしてもらう必要はない。
彼はダリア様が好きなんだから。
私は邪魔者。
殿下は私と婚約破棄してダリア様と婚約しなおして結婚するんだ。

お願い・・・。
私が勘違いしてしまうから
「もう、私に優しくしないで下さい…」
もう私に微笑まないで…。
優しく微笑まないで。
私に何もしないで。
私の心の中に入ってこないで。

「私に優しくしないで下さい…私に微笑まないで…下さい。」

もう何も考えたくない。
手にペンダントをギュッと握っていた。

どのくらい時間が経った?
分からない。
周りは暗いの?明るいの?
このまま消えてしまいたい。
誰も私のことを構わないで欲しい。

「ラティ…?」
ジェイデン様の声がしたような気がした。

「申し訳ない。こんなことになるとは思わなかったんだ。」

何を言ったの?
よくわからない。
ただ、ジェイデン様の声だとわかる。

「ラティ…君は君の思うように生きていけばいいんだ。
大丈夫。君が幸せになるならどんなことだってするよ。
巻き込んでしまって申し訳ない。」

巻き込む?確かに今そう言った。何を言っているの?

「やはり君には言わなきゃいけなかったのかもしれない。
俺は間違えたのか…。」

そういうと私の手からペンダントを取った。
私は何もなくなった手をボーっと見つめた。

「大丈夫だ…。心配しないで。何とかするよ。」

何か言っている。
誰かに話しかけているみたいだ。

ジェイデン様?
私は声の方を見た。
ぼやけて見える視界には紫がかった髪の色が見えた。
ああ、やっぱりジェイデン様だったんだ。

手にキラリと光るものがあった。
ああ、ペンダントを握りしめているのね。

彼はペンダントに話しかけていたの?
ジェイデン様は私が見ているのに気づいていない。

「絶対に・・ろう・・。」

その言葉の語尾は掠れていた。

何?何を言ったの?
私は顔をまたもとに戻した。

すっとジェイデン様はまた私の手にペンダントを返してくれた。
「ごめんね。」
私はペンダントをギュッと握った。

「ラティ・・・。君はどうしたい?」

どうしたい?私はどうしたいんだろう?

「…の…」
「ラティ?」
「どうしたいの?」

顔を声のする方、ジェイデン様に向けた。

「ラティ、大丈夫?俺がわかる?」
「わたしは・・・。」
「ラティ、何が言いたいの?言ってもいいんだよ。」
「どうしたかったの?」
「…申し訳ない。」

なんでジェイデン様が謝るの?

「どうしたいの?どうすればいいの?」
「ラティ…君の好きなように生きて欲しい。
カーラから聞いたよ。兄上はまだ君に何も話していないんだね。」
「何も聞く必要はない。」
「君は兄上が好きなんだね・・・。」
「ただ間違えていただけ。」
「間違え?」
「私が勘違いしていただけ。」
「ごめん。俺たちのせいで・・・。」
「あなたのせいではない。
 わたしのせい。
 そう私が間違えていた。勘違いをしていた。」
「君の気持ちを一番に考えなきゃいけなかったんだ。」
「私の気持ち?そんなものもういらない。」

そういらない。
エディシスフォード殿下への思いなんていらない。


***

「ジェイデン殿下・・・お嬢様は・・・。」
カーラが心配そうに俺を見た。
彼女もかなりラティの心配をしている。
ラティ同様彼女も寝ていないんだろう。
かなり憔悴している。
「私が余計なことを言ったばっかりに、お嬢様は・・・。」
俺は首を横に振った。
「お嬢様…このままではお嬢様が…」
「カーラ…申し訳ない。君のせいじゃない。
悪いのは俺なんだ。」
カーラは泣きじゃくっている。
「やはり王太子殿下にすべて話して・・・」
「それは…だめだ。兄上がどう出るか…出方によっては状況は悪くなる。」

どうする?
この後ラティは何をどう考える?何をする?
「ジェイデン殿下、じゃあどうすればいいんですか…」
狂ってしまった運命。
全てが悪い方に行っているような気がする。

俺にできることは・・・。
一番いいのは・・・。

この後ラティは多分…。

「カーラ…お願いがある。俺が何とかする。何とかしなくてはいけないんだ。」

カーラに自分の思うことを話して
俺は兄上の執務室に足を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

へっぽこ召喚士は、モフモフ達に好かれやすい〜失敗したら、冷酷騎士団長様を召喚しちゃいました〜

翠玉 結
ファンタジー
憧れの召喚士になったミア・スカーレット。 ただ学園内でもギリギリで、卒業できたへっぽこな召喚士。 就職先も中々見当たらないでいる中、ようやく採用されたのは魔獣騎士団。 しかも【召喚士殺し】の異名を持つ、魔獣騎士団 第四部隊への配属だった。 ヘマをしないと意気込んでいた配属初日早々、鬼畜で冷酷な団長に命じられるまま召喚獣を召喚すると……まさかの上司である騎士団長 リヒト・アンバネルを召喚してしまう! 彼らの秘密を知ってしまったミアは、何故か妙に魔獣に懐かれる体質によって、魔獣達の世話係&躾係に?! その上、団長の様子もどこかおかしくて……? 「私、召喚士なんですけどっ……!」 モフモフ達に囲まれながら、ミアのドタバタな生活が始まる…! \異世界モフモフラブファンタジー/ 毎日21時から更新します! ※カクヨム、ベリーズカフェでも掲載してます。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

処理中です...