上 下
52 / 120

小話 深呼吸 ※

しおりを挟む
「わざわざ悪かったね。」
「いえ、こちらこそお時間を作っていただきありがとうございました。」
「こちらも先日ルキシスから報告があった。こちらの分も渡しておこう。」
「お手を取らせてしまい申し訳ありません。」

私は今、王太子殿下の執務室に来ていた。
先日の学園での騒動の報告書を届けに来た。

「まあ、だいたいはわかったが、
今度ダマガランの王太子が来るまでにもう少し管理を強くしたいところだな。
おい、ルキシス。この書類に目を通して欲しい。ああ、あと先日の報告書をレイクルーゼ嬢に渡してくれないか?」
「あ、はい。それならここにあります。」

忙しそうだ。
私はシュライン様から報告書をいただいた。

「それでは私はこれで失礼…」

殿下がすっと片手を軽くあげた。
するとドアの近くの使用人が頭を下げて部屋から出て行った。
流れるさりげない仕草にキュンとする。
カッコ良すぎます。

「いま、お茶を持ってきてもらうからしばらく私の休憩に付き合ってくれないかな?」
突然のお誘いにドキッとした。
しかし低く落ち着いた声で答えた。
「私でよければ…」

私は殿下に誘われるがままソファーに座った。
さすが殿下の執務室だ。柔らかすぎ。
かなり座ったところが沈む。
高級品だわ…。
しかしソファーが沈んだのは私のお尻の圧力であるから…
ううっ、ちょっと恥ずかしい。

「その後は何もない?」
「今のところは大丈夫です。」
「来月末には隣国のダマガラン王太子がやってくる。申し訳ないがよろしく頼む。」
「微力ですが、頑張ります。」
私はいつもの完璧な令嬢の仮面をする。
王太子の側妃に選ばれる為にはそのくらいしなきゃ。
私は気づかれないように深呼吸をした。

「殿下…」

隣からシュライン様が話しかけてきた。
何やら書類に不備があったようだ。
「ああ、ここ間違えていたか?
すまない。すぐ直す。あ、ルイクルーゼ嬢、申し訳ないが少し待っててくれないか。」

殿下はソファーから立ち上がり机に向かい直した。

私は暇になった。
紅茶を口にしながらふと窓を見た。
窓に鳥が止まっていた。
青い鳥だ。少し羽の縁に黄色が入っていて可愛い。

そろりとソファーから立ち上がり、近づいた。
そしてそっと手を出した。
その鳥はちゅんちゃんと鳴きながら私の指に乗った。

ん~可愛い。
人懐っこいわね。
ふふふっ。

あまりの鳥のかわいい鳴き声と仕草に私は殿下の部屋にいるという事をすっかり忘れてしまった。

「あら?何か食べる?そういえばテーブルにクッキーがあったわね。そのまま待っていてね。」

私は窓の枠に細かく砕いたクッキーを乗せた。
クチバシでツンツン突いてから小鳥は食べ始めた。

「可愛い。ふふふっ。」

何かちゅんちゅんと鳴くから
思わず前世で好きだった歌を歌っていた。
それも多分日本語。

「ふふふ…ん。」

窓枠に肘を乗せその上に顔を付けた。
そして鳥と見つめあいながら顔を揺らしながら歌い続けてしまっていた。

ん?隣に何か感じる?
殿下~?
もうお仕事終わりましたか?!
いや!
バタンと立ち上がった。
その音で小鳥は飛びたってしまった。
残念。

「あ、すまない。驚かしてしまったな。
しかしレイクルーゼ嬢…どこの言葉だ?」
「へへへ?」
まさか日本とは言えない。
私は笑って誤魔化すパターンを選んだ。

「しかし何だか雰囲気が変わるのだな。この前の時といい。あ、いや。」

踊り子ですか…。
もう忘れていただきたいのですが…。

「そっちの方がいい。」
「へっ?」
「私の前ではあまり気を張らないでくれないか。」

何だか一気に顔が赤くなった。
一推し王太子殿下の爽やか笑顔が目の前にあった。

あ、いや…顔が熱い。

カチャ…
「あ、シュ、シュライン様、私がやります!」

シュライン様が殿下の紅茶のおかわりを注いでいた。

いけない。落ち着かないと。すごくドキドキしてる。
もうやっぱり推しだからってのもあるとは思うが、基本、私は殿下が好きだわ。
もうあんな笑顔しないでよ!
今日寝れないじゃない!

チラッと殿下を見た。
優しい笑みを浮かべてこっちを見ていた。

ガチャン!
「熱っ…」
「レイクルーゼ嬢、大丈夫か?」
「ちょっと触っただけです。大丈夫です。
すみません…」

殿下が慌てて近づいてきた。

「君はしっかりしていると思っていたが
そそっかしいんだな。」

顔が近い!
殿下は少し赤くなった手に触れた。
私はバッとその手を引っ込めた。

「いつもはちゃんとしてます!」
「そう、そう。そうやって返してくれる方が私は好きだな。」

好きって…あ、いや。この場合の文法だと恋とか愛の好きじゃなくて、単に二択で…
でも…あー!その顔反則です。

背中に薔薇何本も背負いすぎですって!

落ち着け!落ち着け!
平常心!平常心だ!
あ、でもゆるく崩さないと!
堅苦しくしないで…ってどうすればいいの!

シャーリーみたいに天然になりたい!

私はパニックになり
少しの間、私は頭の中で右へ左に大変バタバタしていた。

なんとか、大きく深呼吸をして落ち着いた。
しかし何とか…だ。

私は完璧な令嬢なんだ!
しっかりするんだ!

殿下とシュライン様は顔を見合わせて笑っていた。

何だか恥ずかしかった。
何回深呼吸したんだろう…



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...