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31.「美しい……」
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プラネの乗る馬車が貴族街に入ると、そこは下々の街並みとは一線を画した雰囲気の場所であった。
白を基調とした綺麗な道は、馬車が十分すれ違える広さがある。
そして、街並みは整備されて石畳が綺麗に敷かれており、左右には公園のような場所まである。
まるで彫刻品のように整った街並は見る者を感嘆させ、目的を忘れて観光に耽らせるほどのものだった。
「ほぅ、ここは中々に素晴らしいな」
公爵家に産まれ、様々な芸術に触れているプラネも思わず感嘆の声を上げる。
街一つが芸術品のように整っており、これほどの街は帝国にもそうはないだろう。
「なんでも貴族街は様々な国の貴族様達がお金を出し合って造り、維持してるらしいですよ!」
馬車の横を馬で走るミアがそう言った。
様々な国……。そう、ここには帝国も王国も、神聖国も全ての国の貴族が住んでいるのである。
それもこの美しい街並みを見れば頷ける話だろう。ここは人を惹き付ける何かがある。母ミラージュも常日頃からこのラインフィルで余生を過ごしたいと言っているが、ここにきてプラネはようやく母の気持ちを理解した。
「ふむ……確かにここでならば全てを忘れて暮らす事が出来るだろうな」
金さえあればここの暮らしはまさに理想郷と言って良いだろう。
このラインフィルという地は全てが集まる。幻の酒も、万病を治す薬も、絶品料理も、様々な芸術品でさえもだ。
「だが……それ故にこのような場所に住むのは些か私には向いていないな」
プラネは周りを見ながらそう言った。
貴族街は綺麗過ぎるのだ。あまりにも整い過ぎているから逆に落ち着かないのである。
ノーヴァ一族は基本的に散財を好む傾向があり、質実剛健という言葉からは程遠い存在なのだが……プラネだけは違った。
彼女は質素を好み、派手さを嫌う傾向がある。そして、それは彼女の性格に起因していた。
彼女はあまり感情を表に出さない寡黙なところがある。その見た目もあり、冷たいと思われる事も多いが、本質はおおらかで優しい。
波紋一つ立たない水面のように穏やかで、そして激しい感情によって揺れ動く事が殆ど無い。
冷静沈着という言葉が相応しいだろう。
そんな彼女は、質素を好む傾向があり、派手さを嫌っていた。。
「プラネ様はまことに清貧でおられますね!私も見習いたいものです!」
横で話を聞いていたミアがそう言った。ミアからすれば貴族は皆一様に豪華さを求めるものだと思っていたので、プラネの考えは新鮮に映るらしい。
実際、プラネの考え方は珍しいのだ。
「そうかね。単に欲がないだけさ」
プラネには欲というものがない。好きな物もなければ、嫌いなものもない。
それが彼女にとっては普通なのだ。欲に左右される事がそもそも少ないのである。
「ところでノーヴァ公爵家の邸宅はまだ着かないのか?もう貴族街の検問所を過ぎてからかなり経つと思うのだが」
「えーっと……まだ掛かりそうですね。ここは皇国や神聖国の邸宅が多い場所なので」
ミアの言葉を聞き、プラネは奇妙な感覚に捕らわれた。
何故なら皇国と神聖国というのは王国と帝国以上に犬猿の仲で知られる国家同士であるからだ。
互いに互いを殲滅目標として掲げ、常日頃から殺し合いをしているのだが……その二つの国の貴族が肩を並べて暮らしているというのは何とも奇妙である。
「おかしなものだな。色々な国の貴族が仲良くここで暮らしているなど」
「はっ!私もそう思います!しかしラインフィルとはそういう場所と割り切るしかありませんね!」
ミアの元気な声と共に、空を行く古代兵器の飛行音が辺りに響き渡った。
「……」
監視の上で……いや、下で暮らす、歪な街。この都市を造った古代文明は、何を考えていたのか。
プラネは空を横断する物騒な古代兵器を見ながらそう思った。
♢ ♢ ♢
「ようやく着きました!ここがノーヴァ公爵家の邸宅です!」
「ほう」
プラネは目の前に広がる豪勢な邸宅に見上げる。
それは、今まで見た邸宅の中で群を抜いて豪華な造りであった。
白を基調とした柱や壁は汚れ一つなく、屋根には巨大で華やかな装飾が施されている。その屋敷の大きさも相当なもので、帝国でも滅多に見ないような大きさであった。
しかし、プラネははぁと溜め息を吐く。別邸だというのにこんな無駄に豪華な屋敷を建てる必要がどこにあるのか。
無論、他の貴族たちにノーヴァの権勢を見せつける目的もあるだろうが、それにしてもやりすぎだ。そもそもノーヴァの名は知れ渡っているのだからまさに無駄金としか言いようがない。
「流石はノーヴァ公爵邸ですね!帝国の威信を体現したかのような外観です!」
「無駄に金の掛かった屋敷の間違いだろう。よくもまあこんな無駄な事ばかりするものだ。まぁいい、では、行こうか」
プラネはそう言うと馬車を降り、門に向かって歩いていく。
「あれ?門番がいませんね。前に来た時もいませんでしたが……」
普通こういった貴族の屋敷には門番がいるものなのだが、ここには何故か門番がいなかった。
奇妙なものだ。まるで無人の屋敷のように辺りは静まり返り、人の気配が全くしない。
ミアによると前も門番がいなかったという。それは偶然門番がいなかったという話ではない。しかも門が開きっぱなしではないか。
不用心極まりない話だが、貴族街に賊が出るとは思えないしこれはラインフィルの習慣なのかもしれない……。
「……とにかく中に入ってみるか」
「はっ!!」
ミアと共に中に入ると、そこには美しい庭が広がっていた。それはまるで絵画のような光景であり、幻想的な風景であった。
無駄な浪費を嫌うプラネではあるが、これ程までに美しい庭はそうはないだろうしこれになら価値があると納得も出来る。
庭の草花は丁寧に手入れがされており、花壇には色取り取りの花々が咲き乱れている。
「中庭はここよりもっと素晴らしいとの噂ですよ!」
「ほう、随分と優秀な庭師がいるようだな」
そんな話をしながら二人は屋敷の玄関口にまでやってくる。豪勢な造りの扉だが、やはりここにも使用人の姿は見られない。
妙だな……とプラネが思っていると、ミアがおもむろに扉に手を掛ける。
「失礼致します!帝国軍第三師団所属の騎士であるミア・ロトナイトであります!!!本日付けでこの屋敷に配属となりました!!!誰かおられないでしょうか!!!!」
そう大声で叫ぶミア。
横にいるプラネは思わず耳を塞ぐほどの音量だったが、それでも返答はない。
「誰もいないのでしょうか?もしや執事殿や侍女殿が居られるかと思い呼び大声で叫びましたが、やはり反応はありませんね……困りました」
ミアは困ったように肩をすくめるとプラネに向き直る。
「いかがなさいましょうか?」
「そうだな……」
どうしたものかと考えるプラネだったが、とりあえずは散策するしかないだろう。まさか賊に入られて皆殺し、という訳ではあるまい。
あの姉の住んでいるところに賊が入るとは思えないし、仮に賊が来たとしてもアイリスと出会った瞬間に粉々に砕け散るだろう。
「別々に分かれて散策しよう。私はこっちを探すからお前はあっちを探せ」
「はっ!了解であります!」
敬礼するミアが軍隊式な返答を返した所で、二人は別れて捜索を開始したのである。
プラネは早速屋敷の中を調べる事にした。
天井のシャンデリアは煌びやかで美しい細工がされており、壁には立派な絵画が飾られている。
階段の手すりには細やかな彫刻が施されており、廊下には高価そうな壷や甲冑などが丁寧に並べられている。
やはり見渡す限り人気は全くなく、静寂だけが支配する空間であった。この広い屋敷に自分以外誰もいないような錯覚に陥る。
「どうなっているのだ、一体」
プラネが知る限りこの屋敷には相当な数の使用人がいたはずだが、その誰もが一人も見当たらない。
この広い屋敷には人の気配が全くないのだ。まるで何かが起こっているかのように。
「ん……?」
プラネがそんな事を考えていると、ふと廊下の奥の方から物音が聞こえたような気がした。
「誰かいるのか?」
そう呟くが、反応はない。しかし確かに物音は聞こえたのだ。プラネは足音を立てず静かに、その音がする方に近づいていくと……それは物音というよりかは何かの声であった。
まるで歌うようなその声は、少しずつ大きくなっていく。
「これは……男の……声か?」
女とは違う、少し低いその声は徐々に大きくなっていく。少年のような、少女のような、あどけない声。
一体誰だ。誰がいるのだ?プラネは辺りを警戒すると、声の正体を探し求めるべく屋敷の奥に向かっていく。
───男。
何故この屋敷に男がいるのだ。プラネは姉・アイリスの事を幼少期から知っている。
彼女は男に対して極端に消極的で、彼女に仕える使用人も女性ばかりである。
戦場では猛将であるアイリスだが、男を前にすると挙動不審になりまともに話す事などできない。
男も男で、一騎当千を誇るアイリスを前にすると恐怖のあまり大体の男は固まってしまい、そして逃げてしまう。
故にアイリスという人物は、適齢期の公爵だというのに男の影すらないのである。
そんな姉に男……?一体どういう事なのか。もしや奴隷の青年でも買ったのだろうか?
いや、あの姉は奴隷の男にすら強気に出れないチキンな女だ。そんな勇気のある女ではない。
だとすると一体……。
「ここか」
そんな事を考えているうちに、声がする場所についたようだ。
それはこの屋敷の中庭にあたる場所だった。白いテーブルに白い椅子が並び、花壇には色鮮やかな花々が咲き乱れていた。
外の庭も素晴らしく綺麗であったが、この中庭も負けず劣らず美しい。まるで絵画の中に入り込んだかのような錯覚すら覚える。
そんな美しい中庭に佇む少年の姿が、プラネの視界に入った。
それは美しい顔立ちをした金髪の青年であった。年は自分と同じくらいだろうか?まだ幼さが少し残っているものの、その顔つきは整っており、可愛らしいという言葉が相応しいだろう。
一目見て、その美しさはこの世のものではないと錯覚してしまうほどの美貌である。
神々しささえ感じさせるその青年に、プラネは自然と目が釘付けになった。
「~♪」
青年は、歌を歌っていた。
綺麗なテノールで、透き通るような透明感のある声だ。それはとても心地よく、聞いているだけで癒されてしまいそうな……そんな声だった。
これは何の曲なのだろうか?聞いたことのない歌だが、まるで子守歌のような不思議なメロディーと旋律にプラネは自然と引き込まれてしまう。
光に誘われる虫のように、まるで魔力に吸い寄せられるようにプラネは自然と歩を進める。
青年はこちらに気づかないまま歌を歌っていた。
「美しい……」
思わずプラネの口からそんな言葉が漏れるほど、その青年の姿は美しかったのだ。
まさに天使のような輝きを放つその青年は、幼い顔立ちであるが故か女性的な魅力はあまり感じさせないが、それでも時折見せる表情や仕草などが女性らしさを醸し出しているようにも感じる。
まるで性別のない神の化身のようなそんな人物を目の当たりにして……プラネの心に衝撃が走った。
「(なんだ……この感情は)」
アイリス程でもないが、プラネもまた男性には奥手なタイプであった。別に男が怖い訳ではない。
彼女はこの世界の女性には珍しく、あまり男への執着がないのである。
故にプラネは今まで一度も男に興味を持ったことがなかったのだ。
それが今、プラネはその青年に心奪われていたのである。
「(この気持ちは……一体)」
この歌を聞くと、何故か脳が痺れるような感覚がする。今まで感じたことのない、不可思議な感覚だ。
そしてそれと同時に、自分の中に湧き上がってくる不思議な感情があった。それは今まで経験した事のない未知の感情であり、プラネの脳は混乱し始めていたのである。
もっと……いや、永遠にこの心地の良い歌を聞いていたい。しかし、この心地の良い歌は何故ここまで自分の心を掻き乱すのか?
その青年は美しい歌を、どこか寂しげな表情で歌っている。
その表情と歌声に、プラネの胸が締め付けられる。
「(あぁ……そうか)」
この謎の感情は何なのか?どうすれば良いのだろうか。その答えにたどり着いた時、プラネは自然と口を開いていた。
「素晴らしい歌だった」
そう、素直な賞賛の言葉を彼に投げかけていた。
白を基調とした綺麗な道は、馬車が十分すれ違える広さがある。
そして、街並みは整備されて石畳が綺麗に敷かれており、左右には公園のような場所まである。
まるで彫刻品のように整った街並は見る者を感嘆させ、目的を忘れて観光に耽らせるほどのものだった。
「ほぅ、ここは中々に素晴らしいな」
公爵家に産まれ、様々な芸術に触れているプラネも思わず感嘆の声を上げる。
街一つが芸術品のように整っており、これほどの街は帝国にもそうはないだろう。
「なんでも貴族街は様々な国の貴族様達がお金を出し合って造り、維持してるらしいですよ!」
馬車の横を馬で走るミアがそう言った。
様々な国……。そう、ここには帝国も王国も、神聖国も全ての国の貴族が住んでいるのである。
それもこの美しい街並みを見れば頷ける話だろう。ここは人を惹き付ける何かがある。母ミラージュも常日頃からこのラインフィルで余生を過ごしたいと言っているが、ここにきてプラネはようやく母の気持ちを理解した。
「ふむ……確かにここでならば全てを忘れて暮らす事が出来るだろうな」
金さえあればここの暮らしはまさに理想郷と言って良いだろう。
このラインフィルという地は全てが集まる。幻の酒も、万病を治す薬も、絶品料理も、様々な芸術品でさえもだ。
「だが……それ故にこのような場所に住むのは些か私には向いていないな」
プラネは周りを見ながらそう言った。
貴族街は綺麗過ぎるのだ。あまりにも整い過ぎているから逆に落ち着かないのである。
ノーヴァ一族は基本的に散財を好む傾向があり、質実剛健という言葉からは程遠い存在なのだが……プラネだけは違った。
彼女は質素を好み、派手さを嫌う傾向がある。そして、それは彼女の性格に起因していた。
彼女はあまり感情を表に出さない寡黙なところがある。その見た目もあり、冷たいと思われる事も多いが、本質はおおらかで優しい。
波紋一つ立たない水面のように穏やかで、そして激しい感情によって揺れ動く事が殆ど無い。
冷静沈着という言葉が相応しいだろう。
そんな彼女は、質素を好む傾向があり、派手さを嫌っていた。。
「プラネ様はまことに清貧でおられますね!私も見習いたいものです!」
横で話を聞いていたミアがそう言った。ミアからすれば貴族は皆一様に豪華さを求めるものだと思っていたので、プラネの考えは新鮮に映るらしい。
実際、プラネの考え方は珍しいのだ。
「そうかね。単に欲がないだけさ」
プラネには欲というものがない。好きな物もなければ、嫌いなものもない。
それが彼女にとっては普通なのだ。欲に左右される事がそもそも少ないのである。
「ところでノーヴァ公爵家の邸宅はまだ着かないのか?もう貴族街の検問所を過ぎてからかなり経つと思うのだが」
「えーっと……まだ掛かりそうですね。ここは皇国や神聖国の邸宅が多い場所なので」
ミアの言葉を聞き、プラネは奇妙な感覚に捕らわれた。
何故なら皇国と神聖国というのは王国と帝国以上に犬猿の仲で知られる国家同士であるからだ。
互いに互いを殲滅目標として掲げ、常日頃から殺し合いをしているのだが……その二つの国の貴族が肩を並べて暮らしているというのは何とも奇妙である。
「おかしなものだな。色々な国の貴族が仲良くここで暮らしているなど」
「はっ!私もそう思います!しかしラインフィルとはそういう場所と割り切るしかありませんね!」
ミアの元気な声と共に、空を行く古代兵器の飛行音が辺りに響き渡った。
「……」
監視の上で……いや、下で暮らす、歪な街。この都市を造った古代文明は、何を考えていたのか。
プラネは空を横断する物騒な古代兵器を見ながらそう思った。
♢ ♢ ♢
「ようやく着きました!ここがノーヴァ公爵家の邸宅です!」
「ほう」
プラネは目の前に広がる豪勢な邸宅に見上げる。
それは、今まで見た邸宅の中で群を抜いて豪華な造りであった。
白を基調とした柱や壁は汚れ一つなく、屋根には巨大で華やかな装飾が施されている。その屋敷の大きさも相当なもので、帝国でも滅多に見ないような大きさであった。
しかし、プラネははぁと溜め息を吐く。別邸だというのにこんな無駄に豪華な屋敷を建てる必要がどこにあるのか。
無論、他の貴族たちにノーヴァの権勢を見せつける目的もあるだろうが、それにしてもやりすぎだ。そもそもノーヴァの名は知れ渡っているのだからまさに無駄金としか言いようがない。
「流石はノーヴァ公爵邸ですね!帝国の威信を体現したかのような外観です!」
「無駄に金の掛かった屋敷の間違いだろう。よくもまあこんな無駄な事ばかりするものだ。まぁいい、では、行こうか」
プラネはそう言うと馬車を降り、門に向かって歩いていく。
「あれ?門番がいませんね。前に来た時もいませんでしたが……」
普通こういった貴族の屋敷には門番がいるものなのだが、ここには何故か門番がいなかった。
奇妙なものだ。まるで無人の屋敷のように辺りは静まり返り、人の気配が全くしない。
ミアによると前も門番がいなかったという。それは偶然門番がいなかったという話ではない。しかも門が開きっぱなしではないか。
不用心極まりない話だが、貴族街に賊が出るとは思えないしこれはラインフィルの習慣なのかもしれない……。
「……とにかく中に入ってみるか」
「はっ!!」
ミアと共に中に入ると、そこには美しい庭が広がっていた。それはまるで絵画のような光景であり、幻想的な風景であった。
無駄な浪費を嫌うプラネではあるが、これ程までに美しい庭はそうはないだろうしこれになら価値があると納得も出来る。
庭の草花は丁寧に手入れがされており、花壇には色取り取りの花々が咲き乱れている。
「中庭はここよりもっと素晴らしいとの噂ですよ!」
「ほう、随分と優秀な庭師がいるようだな」
そんな話をしながら二人は屋敷の玄関口にまでやってくる。豪勢な造りの扉だが、やはりここにも使用人の姿は見られない。
妙だな……とプラネが思っていると、ミアがおもむろに扉に手を掛ける。
「失礼致します!帝国軍第三師団所属の騎士であるミア・ロトナイトであります!!!本日付けでこの屋敷に配属となりました!!!誰かおられないでしょうか!!!!」
そう大声で叫ぶミア。
横にいるプラネは思わず耳を塞ぐほどの音量だったが、それでも返答はない。
「誰もいないのでしょうか?もしや執事殿や侍女殿が居られるかと思い呼び大声で叫びましたが、やはり反応はありませんね……困りました」
ミアは困ったように肩をすくめるとプラネに向き直る。
「いかがなさいましょうか?」
「そうだな……」
どうしたものかと考えるプラネだったが、とりあえずは散策するしかないだろう。まさか賊に入られて皆殺し、という訳ではあるまい。
あの姉の住んでいるところに賊が入るとは思えないし、仮に賊が来たとしてもアイリスと出会った瞬間に粉々に砕け散るだろう。
「別々に分かれて散策しよう。私はこっちを探すからお前はあっちを探せ」
「はっ!了解であります!」
敬礼するミアが軍隊式な返答を返した所で、二人は別れて捜索を開始したのである。
プラネは早速屋敷の中を調べる事にした。
天井のシャンデリアは煌びやかで美しい細工がされており、壁には立派な絵画が飾られている。
階段の手すりには細やかな彫刻が施されており、廊下には高価そうな壷や甲冑などが丁寧に並べられている。
やはり見渡す限り人気は全くなく、静寂だけが支配する空間であった。この広い屋敷に自分以外誰もいないような錯覚に陥る。
「どうなっているのだ、一体」
プラネが知る限りこの屋敷には相当な数の使用人がいたはずだが、その誰もが一人も見当たらない。
この広い屋敷には人の気配が全くないのだ。まるで何かが起こっているかのように。
「ん……?」
プラネがそんな事を考えていると、ふと廊下の奥の方から物音が聞こえたような気がした。
「誰かいるのか?」
そう呟くが、反応はない。しかし確かに物音は聞こえたのだ。プラネは足音を立てず静かに、その音がする方に近づいていくと……それは物音というよりかは何かの声であった。
まるで歌うようなその声は、少しずつ大きくなっていく。
「これは……男の……声か?」
女とは違う、少し低いその声は徐々に大きくなっていく。少年のような、少女のような、あどけない声。
一体誰だ。誰がいるのだ?プラネは辺りを警戒すると、声の正体を探し求めるべく屋敷の奥に向かっていく。
───男。
何故この屋敷に男がいるのだ。プラネは姉・アイリスの事を幼少期から知っている。
彼女は男に対して極端に消極的で、彼女に仕える使用人も女性ばかりである。
戦場では猛将であるアイリスだが、男を前にすると挙動不審になりまともに話す事などできない。
男も男で、一騎当千を誇るアイリスを前にすると恐怖のあまり大体の男は固まってしまい、そして逃げてしまう。
故にアイリスという人物は、適齢期の公爵だというのに男の影すらないのである。
そんな姉に男……?一体どういう事なのか。もしや奴隷の青年でも買ったのだろうか?
いや、あの姉は奴隷の男にすら強気に出れないチキンな女だ。そんな勇気のある女ではない。
だとすると一体……。
「ここか」
そんな事を考えているうちに、声がする場所についたようだ。
それはこの屋敷の中庭にあたる場所だった。白いテーブルに白い椅子が並び、花壇には色鮮やかな花々が咲き乱れていた。
外の庭も素晴らしく綺麗であったが、この中庭も負けず劣らず美しい。まるで絵画の中に入り込んだかのような錯覚すら覚える。
そんな美しい中庭に佇む少年の姿が、プラネの視界に入った。
それは美しい顔立ちをした金髪の青年であった。年は自分と同じくらいだろうか?まだ幼さが少し残っているものの、その顔つきは整っており、可愛らしいという言葉が相応しいだろう。
一目見て、その美しさはこの世のものではないと錯覚してしまうほどの美貌である。
神々しささえ感じさせるその青年に、プラネは自然と目が釘付けになった。
「~♪」
青年は、歌を歌っていた。
綺麗なテノールで、透き通るような透明感のある声だ。それはとても心地よく、聞いているだけで癒されてしまいそうな……そんな声だった。
これは何の曲なのだろうか?聞いたことのない歌だが、まるで子守歌のような不思議なメロディーと旋律にプラネは自然と引き込まれてしまう。
光に誘われる虫のように、まるで魔力に吸い寄せられるようにプラネは自然と歩を進める。
青年はこちらに気づかないまま歌を歌っていた。
「美しい……」
思わずプラネの口からそんな言葉が漏れるほど、その青年の姿は美しかったのだ。
まさに天使のような輝きを放つその青年は、幼い顔立ちであるが故か女性的な魅力はあまり感じさせないが、それでも時折見せる表情や仕草などが女性らしさを醸し出しているようにも感じる。
まるで性別のない神の化身のようなそんな人物を目の当たりにして……プラネの心に衝撃が走った。
「(なんだ……この感情は)」
アイリス程でもないが、プラネもまた男性には奥手なタイプであった。別に男が怖い訳ではない。
彼女はこの世界の女性には珍しく、あまり男への執着がないのである。
故にプラネは今まで一度も男に興味を持ったことがなかったのだ。
それが今、プラネはその青年に心奪われていたのである。
「(この気持ちは……一体)」
この歌を聞くと、何故か脳が痺れるような感覚がする。今まで感じたことのない、不可思議な感覚だ。
そしてそれと同時に、自分の中に湧き上がってくる不思議な感情があった。それは今まで経験した事のない未知の感情であり、プラネの脳は混乱し始めていたのである。
もっと……いや、永遠にこの心地の良い歌を聞いていたい。しかし、この心地の良い歌は何故ここまで自分の心を掻き乱すのか?
その青年は美しい歌を、どこか寂しげな表情で歌っている。
その表情と歌声に、プラネの胸が締め付けられる。
「(あぁ……そうか)」
この謎の感情は何なのか?どうすれば良いのだろうか。その答えにたどり着いた時、プラネは自然と口を開いていた。
「素晴らしい歌だった」
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