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本編

60.「狐狸流忍術・秘奥義……!!」

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白狐は追い詰められていた。
蛇紅の攻撃を辛うじて回避するも、すぐに次の攻撃が襲ってくる。
その速度は白狐よりも遥かに速く、とてもではないが反撃に転じる事が出来ない。
このままではいずれ体力の限界を迎え、力尽きてしまうだろう。


「ほらぁ、どうしたのぉ?逃げてるだけじゃ勝てないわよぉ?」


蛇紅は挑発するようにそう言うと、白狐を追い立てるように尾を振り回した。


「うっ……!?」


白狐は紙一重でそれを回避するも、完全に避ける事は叶わずに身体のあちこちに傷が増え、二本の尻尾は萎びて細くなっていた。

このままでは勝てない。このままでは……
白狐は唇を噛み締めると、"アレ"を使うしかないか?と自問自答する。
忍術も通じない。身体能力も、自分よりも遥か格上だ。

しかし一つだけ可能性があるとすれば―――


「あらぁ、どうしたのぉ?もうお終いなのかしらぁ……?」


ニヤリと笑う蛇紅。その表情を見て白狐は覚悟を決めた。
今しかない……!今、この時こそが最後のチャンスなのだ!


「っ!!」


白狐は意を決して印を結ぶ。そして自らの身体に流れる妖力を練り上げ、術を発動させた。


「狐狸……流……忍術……!奥義!」


白狐の身体が眩い光に包まれる。萎びていた白狐の尻尾が、艶のある太いキツネの尻尾に膨らんだ。
その光景を目の当たりにして蛇紅は目を細め、口元を歪める。


「狐王拳・参!」


と地面を踏み鳴らし、白狐は両手を地面に付けた。溢れ出る妖力の奔流が辺り一帯を吹き飛ばす。


「あらっ……!?」


突然の事に驚く蛇紅。だがその隙を逃すまいと白狐は地を蹴って跳躍した。今までの白狐の速度とは一線を画した速度で、蛇紅に迫る。


「はあああっ!!」


白狐の渾身の右ストレートが蛇紅の顔面に炸裂した。蛇紅は大きく仰け反り、そのまま地面に倒れ込んだ。


「……!?」


それで終わりでは済まなかった。白狐は空中でくるくると回転しそのまま倒れ込む蛇紅の腹に全体重を掛けた蹴りを叩き込む。


「ぐぅっ!?」


腹部に強烈な衝撃を受け、蛇紅は苦悶の声を上げた。白狐はそのままの勢いで地面に着地すると、蛇紅が起き上がる前に追撃を行う。


「狐狸流忍術・雷霆狐!!」


白狐は右手をバチバチと放電させながら手刀の形を作り、倒れたままの蛇紅の心臓を狙って突き刺す様に腕を突き出した。
音速を遥かに超えた一撃が周囲の空気を震わせ、衝撃波と共に蛇紅に襲いかかる。
蛇紅は咄嗟に腕を組み防御せんと試みるも、白狐の放った技はそれを打ち砕き、蛇紅の腕をボロボロにしながら胸へと到達。


「ぐっ……ああぁぁぁっ!?」


白狐の雷を纏った貫手が蛇紅の胸に深々と突き刺さる。同時に凄まじい雷撃が蛇紅を襲い、彼女の全身を駆け巡った。
だが、蛇紅は苦悶とも快感とも知れぬ表情を浮かべると白狐の腕を掴み、グイッと自分の方へ引き寄せた。


「あぁ……!!さいっこぉよぉぉ!!!」


白狐の首筋に蛇紅の牙が突き刺さる。鮮血が飛び散り、白狐は顔を歪めるがすぐに妖気を解放した。


「狐王拳・駟!」


命を削り、限界以上の力を引き出す白狐の必殺技、狐王拳。
最初は妖力を三倍にまで引き上げていたが、それでも蛇紅には届かなかった。

―――ならば、四倍だ。

だがそれは諸刃の剣であった。自らの力を使い果たし、意識を失いそうになる白狐。だが彼はそれに抗った。
ここで自分が気絶すれば、信根も殺される。それだけは絶対に阻止しなければならない。

白狐の金色の瞳が煌めき、燃える。
今度は先程よりも更に速く、力強く、白狐は蛇紅の顎目掛けてアッパーカットを放った。


「っ!」


一瞬反応が遅れた蛇紅だったが、ギリギリでそれを察知して首を傾けて回避する。
しかし完全ではなかった。風圧によって蛇紅の身体が宙に舞う。

今だ……!全てを懸けて、この一撃を放つんだ……!


「狐狸流忍術・秘奥義……!!」


白狐は両腕を大きく広げ、天に向かって叫ぶ。


「天照大狐!!」


白狐の頭上に出現した太陽を思わせる球体から強烈な熱量を誇る光線が発射される。
それは蛇紅を飲み込み、その身を焼き尽くさんと降り注ぐ。


「あ、あぁぁぁぁぁ!!!」


蛇紅の絶叫が響き渡る。光の奔流が辺り一面を覆い尽くす中、白狐は力尽きてその場に崩れ落ちた。
やがて光が収まり、周囲は再び静寂を取り戻す。そこには焦げ臭い匂いと焼け野原になった大地が広がっていた。

光の後には倒れ伏す蛇紅と、白狐の姿が在った。

物音一つしない静かな空間で、信根はただ一人立ち尽くす。


「や、やったの……?」


動かない蛇紅を見て、恐る恐る近付く信根。どうやら今の一撃で倒せたようだ。彼女は安堵の息を漏らすと、蛇紅に背を向けた。


「白狐、やりましたわ!白狐のお陰であの女を……」


喜び勇んで白狐の方へ向かおうとしたその時だった。信根の目にうつ伏せに倒れる白狐の姿が入り、彼女の足を止める。


「白狐……?」


身動ぎ一つしない白狐。 嫌な予感を覚えつつ、ゆっくりと白狐に歩み寄る。
そしてその傍らに膝を付き、そっと彼の身体に触れた。

温かい―――

まだ、生きている。その事実に信根はホッと安堵の息を吐く。

しかし……白狐の白い尻尾は萎びて、キツネの耳もへにょりと垂れ下がっていた。
信根はそれを見て彼女の妖力が尽き掛けてる事を悟った。
このままでは死んでしまうかもしれない。


「そ、そんなの、駄目ですわ!白狐、しっかりなさい!折角ワタクシを助け出し、あの蛇を倒したというのに!」 


白狐を抱き抱え、必死に声を掛ける信根。
だが白狐は目を覚まさない。信根は涙ぐみながら白狐の頬をペチペチと叩いた。


「起きなさいってば!ねえ、ねぇってばぁ!!」

「うっ……」


信根の悲痛な叫び声に反応したのか、白狐は僅かに眉を動かし、瞼を開くとぼんやりとした視線で信根を見上げた。


「あ……」


信根は小さな呟きを漏らす。同時に白狐の顔にぽたりと涙が零れ落ちた。


「帰ったら……お茶と、菓子を……御用意しましょうね……」


信根が泣いているのを見て白狐は掠れた声でそう言った。
女の子の涙はすぐに止めるべきだ。姉を思い出してしまうから……


「生意気……なのよ……」


泣きじゃくる信根を見て白狐は困ったように笑うと、再び瞼を閉じる。

少し、休もう。

ガチャガチャと鎧を着込んだ人達がこっちに向かってくるのが聞こえてくる。先程の光を見て本陣を守る湾織波の精鋭が、様子を見に来たのだろう。
後は彼女らに任せれば問題ないだろう。

だから今は……少しだけ……眠ろう……


『―――お前はよく乳を飲むなぁ。よく寝て、よく育つんじゃぞ』


何時か遠い日に聞いた幻魔の……母の声が聞こえたような気がした。



―――――――――



「信根様!ご無事ですか!?」


鎧を着込んだ武者が慌ただしい様子で駆け寄ってくる。騎馬に乗った者もおり、皆本陣付近から光が立ち昇ったのに気付き、急いで駆け付けたのだ。


「えぇ……この通り、大丈夫ですわ」


信根は袖で涙を拭い、微笑む。それを見た兵士達は安心した表情を浮かべた。


「それにしても、これは一体……?何があったのですか?」


辺りを見渡すと、木々が薙ぎ倒され、焼け焦げているのが分かる。
明らかに自然現象ではない。誰かが妖術、或いは忍術を使った跡だ。


「そこの蛇の忍者がワタクシを攫おうとしましたの。でも、この護衛の子が護ってくれましたのよ……」


信根はスゥスゥと寝息を立てて眠る白狐の頭を優しく撫でる。


「な、なんと……!?」


兵達は倒れ伏す蛇紅と白狐を交互に見て驚愕する。


「すぐにこの者を拘束せよ!」


指揮官らしき武将が指示を出す。すると数人の兵が蛇紅の元へ近付いた。
だが、その瞬間であった。蛇紅の指がピクリと動いたかと思うと、彼女の身体から凄まじい妖気が流れ出す。


「なっ……!」

「気を付けろ!コイツはまだ抵抗してくるぞ!!」



兵士の一人が叫んだ時には既に遅かった。
蛇紅はいきり立ったように立ち上がると両手を空高く掲げ、叫んだ。


「うふ……うふ……ふ……私はまだ……やれる……わよぉ……!!忍法・火遁【大焦熱】」


掲げられた掌の上に巨大な火球が出現した。それはみるみると巨大化していき、やがて直径5メートル程の大きさになると、蛇紅はそれを地上にいる信根達目掛けて投げ付けた。

信根も、兵達もその立ち竦み、ただ迫り来る脅威を眺めていた。
何も、出来ない。誰もが死を悟ったその時だった。

しかし、その炎が信根達に届く事は無かった。


「ハァーッッ!!」


何者かが馬を駆り、火球の前へと躍り出た。それは一振りの刀を携えた侍。
彼女は馬上で抜刀すると、剣閃を走らせる。
次の瞬間、蛇紅の放った大焦熱の火球は真っ二つに両断されていた。炎は空中で分解し、消滅した。


「な……に……?」


蛇紅は目を見開き、驚きのあまり動きを止めてしまった。
火遁【大焦熱】。自身が使える忍法で最大火力を誇る技である。それを事も無さ気に切り裂いた人物に、蛇紅は戦慄を覚えた。
そして、その騎馬武者が身に付けている黒い母衣を見て、彼女はその人物が何者かを理解した。


「秀菜様が本陣に私を寄越すものだから何事かと思ったが……成程、理解したよ」


―――黒母衣衆。

秀菜の側近である馬廻衆の中でも、最精鋭の者達を指してこう呼ばれる。
背中に広がる黒い母衣は彼女達の誇りであり、強さの証でもある。戦場では余りにも目立つその姿は、狙われても返り討ちに出来るという自身と余裕の現れでもあった。
そして今、蛇紅の前に立つ騎馬武者もまた、その一人。


「黒母衣……!」


その姿を認めた蛇紅はギリリ、と歯噛みし、憎々しげにその言葉を呟いた。


「貴様は……蔡藤家との戦でよく見掛けたな。龍ヶ峰三忍衆の一人、蛇紅……」


黒母衣を纏った騎馬武者は刀をヒュンヒュンと回転させると、静かに蛇紅を見据えた。


「ふん、覚えられていたとは忍者失格ねぇ……私も……」


蔡藤家とは蒼鷲地方の北に位置する龍ヶ峰地方を支配する大名家である。蔡藤家と織波家は代々犬猿の仲にあり、度々領地を巡って争っていた。
そんな状況で蛇紅は度々織波家との戦に参加しており、黒母衣衆と何度か交戦していたのだ。


「何故蔡藤家に仕える貴様が織波同士の争いの場にいる?答えろ」


騎馬武者から凄まじい覇気が放たれ、蛇紅を威圧する。ビリビリと大気が震え、蛇紅の頬を一筋の汗が流れた。
蛇紅は確かに凄腕の忍者だ。だが、あくまで忍者は奇襲や搦手を使うのが常であり、英傑相手に正面から立ち向かう事はあまりしない。
まして相手は黒母衣衆――つまり、秀菜の側近中の側近。力の差は歴然であった。


「さぁねぇ……私も色々と訳ありなのよ。忍者って辛いわよねぇ」


蛇紅は不敵に笑うと、やれやれと肩を竦めた。


「ならば貴様を捕えた後で拷問なりなんなりして聞き出してやろう。覚悟しろ」

「あぁら怖い。でもね、アンタじゃ私は捕らえられないわよ」


黒母衣衆は確かに強い。蛇紅が手負いでなくとも一対一で勝てるかどうか怪しいだろう。
だが、それでも尚、蛇紅は自信満々な態度で言い放つ。


「戯言を!」


馬が地を蹴り、蛇紅へ斬り掛かる。
蛇紅はそれを間一髪で躱すと、口を大きく開け、緑色の煙を吐き出した。


「シャアァ!!」

「むっ!?これは……!」


煙に包まれ、視界が塞がれる。ピリピリと肌が焼ける感覚を覚え、騎馬武者は咄嵯に後方へと飛び退いた。

毒霧か……!

英傑自身は耐えれるが、乗っている馬は違う。もし馬まで毒が回った場合機動力が大きく削がれるのは間違いない。

暫くして霧が晴れた時、蛇紅の姿は何処にも無かった。騎馬武者は舌打ちすると、馬の手綱を操り辺りを見渡す。


「逃したか……」


舌打ちをし、騎馬武者は蛇紅を追うか思案する。半化生の忍者に追いつくのは幾ら騎馬であっても厳しいが、奴は手負いのようであった。
今から疾走すれば追い付けるやもしれん。だが……
彼女はチラリと信根を見る。信根は白狐を抱き締めたまま小さく震えていた。

もしも蛇紅がここに戻ってきたら信根の身が危険だ。騎馬武者は追うのを諦め、信根の側にいる事を選択した。


「信根様、ご無事ですか」


馬を信根に寄せ、信根の安否を確認する。だが彼女は信根の顔を見た瞬間、ギョッと目を丸くした。
信根は泣いていた。涙を流し、歯を噛み締め、拳を握りしめて悔しさを露わにしている。


「わ、ワタクシが……いるから……貴女は奴を追えなかったのですね……!」


信根は嗚咽混じりにそう言うと、顔を手で覆った。


「これ程自分の弱さが憎いと思った事はありませんわ……!織波の姫が、この程度の力しか持たない自分が、情けない……!」

「信根様……」


騎馬武者は信根の言葉に少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静な顔付きに戻ると、無言で横に侍る。
何も言わない方がいい時もあるものなのだ。

信根のむせび泣く声が辺りに響く中、遠くの方からは戦の音が鳴り響いていた。
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