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19.内緒
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あんなふうに言ってもらったのに、私は翌日、練習をサボった。
行きたい気持ちはあったけど、どんな顔をして行けばいいのか、特に太陽先輩に何て言えばいいのか、わからなくて休んでしまった。ただの、言い訳だけど。
一回休むと余計に気まずくて、次の日も、その次の日もサボってしまった。もともとの気まずさに、サボりの気まずさがどんどん加算されていく。
あの練習の日から四日後。今日行かなかったらこのまま、もうずっと行けないかもしれない。そんな不安を抱きながら、でもどうしても行くと決められない。
帰りのホームルームが終わって、やっぱり今日も家に帰ろうと教室を出ると、清水くんが立っていた。
「今日も、行かないの? 練習」
清水くんは普段通り、ただ淡々と喋っている。それに冷たさを感じさせるのは、私の中にある後ろめたさだ。
「うん、ちょっと頭痛くて」
瑛斗先輩に送ったメッセージと同じ内容を口にする。
「じゃあ、俺も休もうかな。付き合ってよ」
私が「はい」とも「いいえ」とも答えないうちに、清水くんは背を向けて歩き始めた。仕方なく、それについてく。
無言で歩く清水くんに、無言でついていく。階段をおりて、渡り廊下を渡って、辿り着いたのは特別棟の空き教室だった。しんと静かで、雨のせいで湿気が立ちこめている。
清水くんは手近な椅子に座って、私にも座るよううながした。私は彼の斜め前の席に座って、向き合った。
「瑛ちゃんに言われた。結月ちゃんを連れてこい、って」
「迷惑かけて、ごめん」
「それは、別に。ただ俺、説得とか向いてないから。話聞くくらいしか、出来ないけど」
二人の間に、沈黙が流れた。雨音がBGMみたいに響く。
「清水くんは」
何か喋らないと、と思って声を出してみたけど、なんて続けたらいいかわからない。
うん? と清水くんが少しだけ首をかしげてこちらを見る。
「……清水くんは、どう思った? 橘先輩にその……言われた時」
感情が乗ってない。音楽、好き? って言われた時、なんて言えなくて曖昧にする。
「ああ。感情が乗ってなくて、音楽好き? ってやつ」
清水くんはなんでもないことのように言った。なんでもない風を装っているというかんじではなく、本当になんとも思ってなさそうで、私は驚いて彼を見つめた。
「正解。って思ったよ」
「正解?」
予想外の答えだった。
「うん、正解。俺、別に音楽、そんなに好きじゃないから。あの人、言い方は下手だけど、ちゃんと聴いてるね」
「……じゃあ、なんで音楽やってるの?」
「瑛ちゃんが好きだから。瑛ちゃんに必要とされたくて、一緒にいたくて、やってる。あ、これ、内緒ね」
清水くんは口の端を少しだけ上げて、ふっ、と笑った。愛おしそうにも、寂しそうにも見える表情に、胸がぎゅうっとなる。
「佐倉さんは? なんで音楽やってるの?」
行きたい気持ちはあったけど、どんな顔をして行けばいいのか、特に太陽先輩に何て言えばいいのか、わからなくて休んでしまった。ただの、言い訳だけど。
一回休むと余計に気まずくて、次の日も、その次の日もサボってしまった。もともとの気まずさに、サボりの気まずさがどんどん加算されていく。
あの練習の日から四日後。今日行かなかったらこのまま、もうずっと行けないかもしれない。そんな不安を抱きながら、でもどうしても行くと決められない。
帰りのホームルームが終わって、やっぱり今日も家に帰ろうと教室を出ると、清水くんが立っていた。
「今日も、行かないの? 練習」
清水くんは普段通り、ただ淡々と喋っている。それに冷たさを感じさせるのは、私の中にある後ろめたさだ。
「うん、ちょっと頭痛くて」
瑛斗先輩に送ったメッセージと同じ内容を口にする。
「じゃあ、俺も休もうかな。付き合ってよ」
私が「はい」とも「いいえ」とも答えないうちに、清水くんは背を向けて歩き始めた。仕方なく、それについてく。
無言で歩く清水くんに、無言でついていく。階段をおりて、渡り廊下を渡って、辿り着いたのは特別棟の空き教室だった。しんと静かで、雨のせいで湿気が立ちこめている。
清水くんは手近な椅子に座って、私にも座るよううながした。私は彼の斜め前の席に座って、向き合った。
「瑛ちゃんに言われた。結月ちゃんを連れてこい、って」
「迷惑かけて、ごめん」
「それは、別に。ただ俺、説得とか向いてないから。話聞くくらいしか、出来ないけど」
二人の間に、沈黙が流れた。雨音がBGMみたいに響く。
「清水くんは」
何か喋らないと、と思って声を出してみたけど、なんて続けたらいいかわからない。
うん? と清水くんが少しだけ首をかしげてこちらを見る。
「……清水くんは、どう思った? 橘先輩にその……言われた時」
感情が乗ってない。音楽、好き? って言われた時、なんて言えなくて曖昧にする。
「ああ。感情が乗ってなくて、音楽好き? ってやつ」
清水くんはなんでもないことのように言った。なんでもない風を装っているというかんじではなく、本当になんとも思ってなさそうで、私は驚いて彼を見つめた。
「正解。って思ったよ」
「正解?」
予想外の答えだった。
「うん、正解。俺、別に音楽、そんなに好きじゃないから。あの人、言い方は下手だけど、ちゃんと聴いてるね」
「……じゃあ、なんで音楽やってるの?」
「瑛ちゃんが好きだから。瑛ちゃんに必要とされたくて、一緒にいたくて、やってる。あ、これ、内緒ね」
清水くんは口の端を少しだけ上げて、ふっ、と笑った。愛おしそうにも、寂しそうにも見える表情に、胸がぎゅうっとなる。
「佐倉さんは? なんで音楽やってるの?」
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