コンプレックス×ノート

石丸明

文字の大きさ
上 下
19 / 31

19.内緒

しおりを挟む
 あんなふうに言ってもらったのに、私は翌日、練習をサボった。

 行きたい気持ちはあったけど、どんな顔をして行けばいいのか、特に太陽先輩に何て言えばいいのか、わからなくて休んでしまった。ただの、言い訳だけど。

 一回休むと余計に気まずくて、次の日も、その次の日もサボってしまった。もともとの気まずさに、サボりの気まずさがどんどん加算されていく。

 あの練習の日から四日後。今日行かなかったらこのまま、もうずっと行けないかもしれない。そんな不安を抱きながら、でもどうしても行くと決められない。

 帰りのホームルームが終わって、やっぱり今日も家に帰ろうと教室を出ると、清水くんが立っていた。

「今日も、行かないの? 練習」

 清水くんは普段通り、ただ淡々と喋っている。それに冷たさを感じさせるのは、私の中にある後ろめたさだ。

「うん、ちょっと頭痛くて」

 瑛斗先輩に送ったメッセージと同じ内容を口にする。

「じゃあ、俺も休もうかな。付き合ってよ」

 私が「はい」とも「いいえ」とも答えないうちに、清水くんは背を向けて歩き始めた。仕方なく、それについてく。

 無言で歩く清水くんに、無言でついていく。階段をおりて、渡り廊下を渡って、辿り着いたのは特別棟の空き教室だった。しんと静かで、雨のせいで湿気が立ちこめている。

 清水くんは手近な椅子に座って、私にも座るよううながした。私は彼の斜め前の席に座って、向き合った。

「瑛ちゃんに言われた。結月ちゃんを連れてこい、って」
「迷惑かけて、ごめん」
「それは、別に。ただ俺、説得とか向いてないから。話聞くくらいしか、出来ないけど」

 二人の間に、沈黙が流れた。雨音がBGMみたいに響く。

「清水くんは」

 何か喋らないと、と思って声を出してみたけど、なんて続けたらいいかわからない。

 うん? と清水くんが少しだけ首をかしげてこちらを見る。

「……清水くんは、どう思った? 橘先輩にその……言われた時」

 感情が乗ってない。音楽、好き? って言われた時、なんて言えなくて曖昧にする。

「ああ。感情が乗ってなくて、音楽好き? ってやつ」

 清水くんはなんでもないことのように言った。なんでもない風を装っているというかんじではなく、本当になんとも思ってなさそうで、私は驚いて彼を見つめた。

「正解。って思ったよ」
「正解?」

 予想外の答えだった。

「うん、正解。俺、別に音楽、そんなに好きじゃないから。あの人、言い方は下手だけど、ちゃんと聴いてるね」
「……じゃあ、なんで音楽やってるの?」
「瑛ちゃんが好きだから。瑛ちゃんに必要とされたくて、一緒にいたくて、やってる。あ、これ、内緒ね」

 清水くんは口の端を少しだけ上げて、ふっ、と笑った。愛おしそうにも、寂しそうにも見える表情に、胸がぎゅうっとなる。

「佐倉さんは? なんで音楽やってるの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。 しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ! だけどレオは、なにかを隠しているようで……? そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。 魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説! 「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。

ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。  一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。  ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。 カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

【完結】てのひらは君のため

星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。 彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。 無口、無表情、無愛想。 三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。 てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。 話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。 交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。 でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...