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一章

21.邪神降臨

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 三階での買い物を済ませた俺たちは、最後に地下へと向かった。
 なんか俺はもうだいぶ疲れてきているのだが、他の三人は平気そうだ。
 おかしい。ポンコツ蜘蛛はともかく、春川さんとレンの体力は俺より低いはずである。やっぱり「病(中)」のバッドステータスのせいだろうか。
 だが疲れたと言って休ませてもらうのは、俺のプライドが許さん。いや、普段ならそんなプライドなどすぐさまドブに投げ捨てられるのだが、ルージュに酷い仕打ちを受けた俺は、少々意固地になっているのかもしれない。
 まぁ、なに、あとは食料を買うだけだ。何かあったら三人に頑張ってもらおう。

 地下に降り立つとすぐさま三人の出番はやって来た。
 ルージュに言われるまでもなく、そいつらは初めからそこにいたのだ。
 地下に着くと、まずフードコートが目の前にあるのだが、そこにびっしりと赤黒い甲羅を持った奴らが蹲っている。
 一言で言うなら馬鹿でかい蟹だ。
 体長は二メートル程だろうか。足を入れたらもっとでかいだろう。
 で、問題はその足だった。
 また例によって、蟹足ではなく、人間の腕である。一体何メートルあるのだろう。それほどに長く巨大な腕が、左右三本ずつ、計六本生えていた。
 あとは巨大な鋏とその目が特徴的だ。
 二本の巨大な鋏はさすが蟹型モンスターといったところなのだが、目がまた人間の目なのである。巨大な斜視を、毛蟹ならぬ手蟹どもは、エスカレーターを下っている俺たちに向けてきた。

 まぁでかいし、強そうだが、こっちにはルージュがいる。あの糞蜘蛛に頼るのは業腹ではあるが、せいぜい働いてもらうとしよう。

「春川さん、そこにいる図体のデカい蜘蛛に、さっさと行って倒して来いって伝えてもらえる?」
「マ、マスター、まだ怒っていらっしゃるのですか? あれは本当に悪気があったのではなく、マスターのことを思ってですね」
「春川さん、春川さん、俺を殺そうとした糞蜘蛛が何か言っているよ」
「八雲さん、私、どう反応したらいいんでしょう……?」
「けんかしないで、たたかおうよ!」

 うぐっ、レンに怒られてしまった。
 だが俺は悪くないぞ。悪いのは馬鹿蜘蛛の奴だ。

 俺たちはまたフォーメーションを組み、手蟹どもと対峙する。
 俺の位置がいつもより後衛よりなのは、きっと気のせいだ。
 それに俺が何もしなくても、またルージュが一掃してくれるだろう。

 そんな風に楽観視していると、また頭の中でメロディが鳴った。

『テテッテッテテー』

 この曲はアレだ。

『ボスバトルが開始されます』

 うん、これだ。
 このタイミングでか?
 むしろこいつらはボスモンスターのお供といったところなのだろうか。
 今度は何だろう。巨大蟹だろうか。

「ええい、仕方ない。ルージュ、お前はボスが出てきたらボスを頼む。俺たちで何とか手蟹と戦ってみる」
「は、はい! お任せください、マスター! いざとなったらホーリースラッシュでまとめて塵に変えてやります!」
「それはやめろ。建物が崩れる。俺たちを生き埋めにする気か」

 とりあえず作戦は決まった。
 しかしボスというのはどこに現れるのだろう。
 この手蟹全てをひっくるめて、ボスと言っているのなら良いんだが。

 そのボスが現れないまま、手蟹どもが動き出した。

――エィテェジュゥドォコォ?
――スォランドゥナァニィ?

 何だ? なんか低くゆっくりな口調でしゃべり始めたぞ。
 何かを訊かれているようにも感じるが、さっぱりわからん。

「マスター、もしかして迷子でしょうか?」
「そう思うんなら、お前が道案内してやればいいだろ?」
「……お断りします」

 俺とルージュは何も問題なく話せていたのだが、残りの二人は違った。

「ひっ」
「あぁ……」

 後ろを振り返ると、またしても春川さんとレンが恐怖に怯えていた。
 厄介なことに、この手蟹どもは精神汚染攻撃を仕掛けて来ているらしい。
 さらに、今回の精神汚染攻撃の効果は、昨日の巨大ワニとは少し違うものだった。

「きゃあああああ!」
「わぁぁぁぁぁ!」

 二人は大声を上げて、上の階に逃げて行ってしまったのだ。

 マ、マジかよ……。

 逃げられるだけ、効果が弱いのかもしれないけど、まだ現れていないボスのこともある。二人が心配だ。

「ルージュ、一人で何とかなるか?」
「問題ありません。マスターは二人を追ってください」
「ああ、任せたぞ」
「はい!」

 はぁ、せめて休憩している時にでも、レベル上げしておけば良かった……。
 俺は走って逃げようとする二人を後から追い掛け、一階へと登って行った。
 すると、二人はまだ外に出おらず、エスカレーターを登った少し先の通路でなぜか並んで立ち止まっている。
 何だ、何かいるのか?

 緊張した様子で立ち止まった二人の先にいたのは、……邪神だった。



~~~



 俺は今全力で逃げていた。
 仲間たちは近くにいない。俺はたった一人で恐怖に震え、ひたすら走り続けている。
 エスカレーターを駆け上り二階に着いた。
 奴はまだ来ていない。
 どこかに隠れよう。そうすべきだ。

 幸い隠れる場所はどこにでもある。
 俺は専門店が立ち並ぶ通りを走り抜け、エオンの服屋が並ぶ一帯の中の水着売り場に辿り着いて、その中にあった試着室の中に身を隠した。

 怖い、怖い、怖い。
 あんなのと戦うなんて俺には無理だ。
 今の俺にできるのなんて、こうやって隠れていることと、逃げることだけである。戦うなんていう選択肢は絶対にない。
 あとはルージュがアイツを倒してくれるのを待つしかなかった。
 春川さんとレンは大丈夫だろう。
 結果として俺があの、あの、……邪神を引きつけてしまったし、手蟹とさえ出会わなければ、他のモンスターは春川さんの魔法で簡単に倒せるはずだ。

 問題は俺だ。
 邪神は俺を追っている。
 いずれ見つかるのも、時間の問題かもしれない。
 嫌だ。戦うどころか、奴の前に立つことすら恐ろしいのだ。
 何であんな悍ましいモンスターが、よりにもよってボスなのだろうか。

 春川さんとレンの行く手を阻んでいたボスと思われるモンスター、それはスーツを着て甲羅のようなものを抱えた松崎し○るかと一瞬思った。
 何でそんなものと見間違えたのだろう。あんな恐ろしいものを。
 そいつの顔は真っ黒なスキンヘッドのにやけた顔をしたおっさんだった。足もスーツを着ているのではなく、ただ真っ黒なだけだった。
 だけどほかに人間らしさはない。
 黒光りしたボディに体から生えたギザギザのある六本の足、そして頭部から生えた二本の触角。
 奴は、そう、名前を呼んではいけないアイツ黒い悪魔だったのだ。

 その正体に気付いた俺は、春川さんとレン以上に怯えた。
 ムカデもナメクジもまだ我慢できる。だけど、アイツだけは駄目なんだ。
 しかもそいつは、三人の中で一番俺が一番怯えているのに気付いたらしく、ガバッと背中(黒い悪魔で言うとお腹だが)を向け、地面に倒れた。倒れたと言っても六本の足で体を持ち上げている。アイツは変身トランスフォームしたのだ。巨大な黒い悪魔と化ビーストモードしたのだ。
 そしてその照準は、完全に俺に定まっていた。

「い、いやぁぁぁぁぁ!!」

 俺は女の子だってそうそう上げない金切り声をあげて、その場から逃げ、ここまで走ってきたのである。

 ああ、嫌だ。
 もう二度とあんな邪神を見たくない。
 嫌な考えばかりが浮かんでくるが、少し落ち着こう。
 ルージュならあの手蟹どもを一瞬で片づけられる。そしてすぐに春川さんたちと合流できるはずだ。そしたら全員で邪神を倒してくれるだろう。そうだ、俺は助かる。

 そう考えたところで、

 トン、トン。

 突如隣の更衣室からノックしてくるような音が聞こえ、俺は震え上がった。
 嘘だろ……?

「あの、そこに誰かいるの?」

 な、なんだ、人か……って、人!?
 それはおそらく、まだ年若い女の子の声だった。


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