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六、風早。 (かざはや。風が強く吹くこと。風の激しい土地)

(四)

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 「さて、と。メドリもつかまえたことだし、帰ろうかって言いたいところだけど……」

 宙にとどまりながら、忍海彦おしみひこたちを見下ろす。
 忍海彦おしみひこも周りの兵たちも、鳥たちの攻撃から立ち直って、こちらをにらみ上げてくる。歯を食いしばって、剣を向けようとしてくる者もいる。

 「何ごとだ」

 「何ごとじゃ、忍海彦おしみひこ

 二つの問いただす声が、それぞれ別の場所からかかった。一つは、年配の男の堂々とした声。一つは中年の女性の品のある声。

 「父上、母上……」

 忍海彦おしみひこが、うめくように呟いた。
 別々に現れた男女。片方、男の方は見覚えがある。あの時、弓を射るように命じた大君だ。

 「……鳥人族。なにゆえ、このようなところに……」

 驚きこちらを見る女。あれが忍海彦おしみひこの母親なんだろう。顔立ちがよく似ていた。

 (人の大君と、その妻、大后か)

 二人の後ろにも兵がいて、当然のようにこちらに向けて身構える。

 「忍海彦おしみひこ、お前にこれを渡す」

 右手にずっと持っていたもの。それを忍海彦おしみひこに向かって放り投げる。

 「――――っ!」

 忍海彦おしみひこの目の前。固く踏みしめられた地面に落ちたそれは、ガラガラと音を立てて回り、止まった。

 「これは……」
 「布都御魂剣ふつみたまのつるぎっ!」

 忍海彦おしみひこより早く、大后が叫んだ。

 「お前が山に入って捜していたものだ」

 二人して、転がった剣を見た後、驚いてこちらを見上げてくる。

 「七年前、メドリの父親が遺したもの。お前が捜していた人の神宝かんだからってのは、これのことだろう?」

 腕のなか、メドリの体がピクッとゆれた。あの剣を、父親が持っていたことを覚えてるんだろうか。そして、その最期を、辛い過去を思い出したんだろうか。
 少しだけ、抱きかかえる腕に力を込めた。

 「見つけたらお前に返すって約束だったからな。鳥人は約定をたがえない」

 人と違って。そうつけ加えたかったけど、メドリを思ってやめておいた。

 「ほら。どうした。約束の品だぞ。拾わないのか?」

 剣に手を伸ばしかけ、そのまま止まった忍海彦おしみひこ。大君も大后も剣を見るだけで、それ以上は動かない。

 「雷が怖いのか? 雷に撃たれたら、普通は死ぬもんなあ」

 「……なぜ、それを」

 なぜ知っている?
 忍海彦おしみひこが鋭く目を細めた。

 「ボクが引き抜いたからに決まってるだろ。素珥山そにやまのてっぺんに突き刺さってるのを持ってきたのはボクだぞ? この剣がいかづちの剣だってことぐらい知ってるよ」

 引き抜いた時、いかづちに撃たれたし。
 痛いとか、熱いとかそういうことはなかったし、覚悟を決めてつかんだんだけど、それでも心臓が止まりそうなぐらい驚いた。

 「雷にビビってるんなら、大丈夫だぞ。剣に触っても、雷に撃たれることはない。だってな――」

 言いながら、空いた右手を、何かをすくうような形にする。

 ――パチッ。

 手のなかに生まれたのは、青白く小さな細い蛇のようないかづち。それが何匹も生まれ、パチパチとぶつかり合っては火花を散らす。

 「その剣は抜け殻だよ。剣の本体、いかづちの力はボクの体に宿ってる」

 「なっ……!」

 忍海彦おしみひこの顔から血の気が引いた。忍海彦おしみひこだけじゃない、大君も大后も顔を白くした。

 「盗人ぬすっと! 力を返すのじゃ! その力は人のためにあるもの! 忍海彦おしみひこに渡すのじゃ!」

 大后が叫んだ。

 「嫌だね。というか、返したくても返し方がわかんないんだよ。勝手に体のなかに入りこんできた力だからな」

 剣をつかんだ時、いかづちの力は、もとからボクの体の一部だったみたいに、スルリと手のひらから体のなかに潜りこんでいった。鳥が自分の巣に戻るように、ボクの体を寝床にして収まっている。血潮と同じように、体のなかを巡っている。
 これを返せと言われても、ボクにだって取り出し方がわからない。

 「……おっと」

 無言のまま、大君が手を上げた。後ろにいた兵に弓を構えよという合図だ。大君の連れていた兵は忍海彦おしみひこのと違って、弓矢をたずさえていた。
 ボクを殺して、力を取り戻す。そういうことなんだろう。

 「ハヤブサ」

 「――下がってろ」

 ノスリとカリガネ、それと大勢の鳥たちが、ボクの背後に下がる。

 「大丈夫だ」

 安心させようと、小さく、メドリにささやくけど。
 ボクを信用しているのか。それとも、この力のことを知っているのか。メドリはおびえることなく、ジッと弓の方を見ているだけだった。

 「お待ち下さい、父上!」

 代わりに焦ったのが忍海彦おしみひこだった。

 「あそこにはまだ姫が――っ!」

 忍海彦おしみひこが言い終わらないうちに、放たれた矢。空を切り裂き、一直線にこちらに向かって飛んでくる。けど。

 バリッ。バリバリバリバリッ。

 ボクの手のひらから出したいかづちに激突した矢。いかづちによって叩き潰されるように、黒焦げになって地面に落ちる。

 「うひょー」

 「すごいね、ハヤブサのいかづち

 地面を見たノスリとカリガネが声を上げる。後ろにいる鳥たちもだ。それぞれがさえずり羽ばたくから、少し騒がしい。

 「ま、こういうことだからさ。矢で射ろうとしてもムダだし、ボクたちを傷つけようなんてムリな話だよ」

 「――姫を返せ」

 低くうなるような忍海彦おしみひこの声。
 大君の兵は、いかづちにひるんだみたいだけど、忍海彦おしみひこは違った。

 「沙那さな姫は、私の妻になるべき人だ! お前のような化け物といっしょにいていいはずがない!」

 「おーお。オイラたち化け物だってさ」

 「言ってくれるねえ。僕らからしたら、森を壊す人間のほうが化け物だってのにさ」

 ノスリとカリガネ。二人が、忍海彦おしみひこをからかう。矢が飛んでこないとわかると、二人とも強気だ。

 「沙那さな姫なんて知らない。ボクが迎えに来たのは妹のメドリだ」

 沙那さな姫というのは、メドリの本当の名前なのかもしれない。けど、「メドリ」とボクがつけた名を呼ぶ。言い切ってメドリを見ると、「ウン」とうなずかれた。それでいいということなのだろう。

 「だが、彼女は人の子だ!」

 「違う! メドリは翼を持ってないだけで、立派な鳥人族、ボクの妹だ!」

 そう。
 メドリは翼を持ってないだけで、立派な鳥人族の娘だ。森が襲われた時、真っ先に森を守るために飛び出していった、勇気あるボクの妹だ。
 翼がないなら、ボクが抱えて空を飛ぶ。翼がなくても、空は飛べる。

 「帰るぞ、メドリ」

 メドリが再びうなずくと、ボクの首に腕を回す。
 クルリと身をひるがえし、先に森へと飛んでいった鳥たち。続いてノスリ、カリガネ、そして大鷹オオタカ

 「待て!」

 向けた背中に、忍海彦おしみひこの声がかかる。

 「おっと。言い忘れてたけど、森へ追ってこようったってムダだからな。ボクたち鳥人族は、遠く人のやって来れないような山の奥へと引っ越す。お前らの足は、とてもじゃないけどたどり着けない場所だよ。それに……」

 パシッと威嚇いかくをこめて、いかづちを放つ。

 「もし追ってきたら、今度は容赦しない。このいかづちに撃たれることを覚悟するんだな」

 ボクが生きているかぎり。この力を持ち続けるかぎり。
 二度と森も鳥人族も侵させやしない。
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