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六、風早。 (かざはや。風が強く吹くこと。風の激しい土地)

(一)

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 秋には見事な金色の波となるススキも、この季節はまだ葉を青くし、風にそよいでいる。もう一月も経てば、白い穂が出るのだろうけど、今はまだ葉しかない。

 「こんなところにあったのか」

 「さすがに、ここは捜さなかったよね。人の子が出たっていう山からは遠すぎるもん」

 ノスリとカリガネ。
 ボクについてきた二人が言った。
 そう。忍海彦おしみひこに会った山と、この素珥山そにやまは、ボクらの翼で飛んでも半日以上かかる距離にある。だから、こんなところに捜しているものがあるなんて、思いもしなかった。

 「ソイツ、ほんとに捜す気あったのかな」

 ノスリが疑問を投げかける。

 「さあ。あそこからもっと山に分け入るつもりだったのかもしれないし」

 「単なる迷子かもしれないけどね」

 カリガネが茶化した。
 メドリが見つけるまで、忍海彦おしみひこは山をさまよっていたみたいだから、案外迷子が正解なのかもしれない。
 今となってはどうでもいいことだけど。

 「ねえ、あれ、本当に抜くの? ハヤブサ」

 「なんだよ。もう怖気づいたのかよカリガネ」

 「だってさ……」

 興味本位でついてきた二人。
 カリガネが怖気づくのもわかる。

 青々としたススキの群れのなか、剣の突き立ったそこだけは、ススキが生い茂っていない。刈り取られたんじゃない。風にそよぎ、剣に触れたことで、その葉が焼け焦げて枯れていた。
 剣は、正しい持ち主でないものが触れると、雷を発する。それはススキの葉に対しても同じだったらしい。今も、風に飛んだ虫でも触れたのだろうか。バチッという音と、青白い光が剣にまとわりついた。

 「なんか、おっそろしい剣だな」

 「でしょ? だから大丈夫かなって思ったんだよ」

 「というか、あんま不穏なこと言うなよ。オレはこれからあれを引き抜くんだぞ」

 言葉には力がある。悪い言葉を使われると、そのまま悪い未来を引き寄せそうで怖い。

 「ごめん」

 カリガネが短く謝った。

 「大丈夫だ。なんかあったらオイラたちが骨だけは拾ってやる」

 「いや、それ、一番言われたくない言葉だ。不吉すぎる」

 ノスリに対して、思いっきり顔をしかめる。

 「とりあえず、オレは行くけど、二人はこのまま離れてろ」

 ススキの茂みに二人を残す。距離にして十歩。これだけ離れていたら、万が一、ボクに雷が落ちても二人に影響はないだろう。

 「気をつけてね」

 「がんばれよ」

 励ましを背に受け、剣の前に立つ。

 (この剣が、人の神宝かんだから……)

 鉄は磨きもせずに放置すると、赤茶色に錆びるという。もともと鉄は土の中から生まれたものだから、土に還ろうと赤茶色になるのだと聞いた。
 けれど、目の前に突き立った剣は、赤茶どころか、磨き上げたばかり玉石のように、鈍く陽光をはね返し、輝いている。サビなんてどこにもない。ついさっき、人がここに持ってきて、突き立てていったかのよう。

 (これをメドリの父親が……)

 父さんの話だと、ここでメドリの父親は絶命した。同族である、人の軍に射られて亡くなった。
 どういう事情で、これを持って家族で逃げてきたのは知らない。けど、メドリの父親はここに剣を残すことで娘を守ったんだろう。自分の死を悟って、父さんに娘を託したんだろう。

 剣を前に、大きく息を吸い、腹の底の空気まですべて吐き出す。それを何回かくり返し、静かに目を閉じ、剣に語りかける。

 (ボクは、メドリを、妹を助けたい。鳥人を守るため、人のもとに去ってしまった妹を取り返したい)

 声に出す必要はない。語りかける相手は神宝かんだからであり、それに宿るメドリの父親の心なのだから。

 (鳥人のボクが人の神宝かんだからを手にするのは、間違っているかもしれない。でも、メドリを救うためには、これが必要なのです)

 落ち着けたはずの心が、一つ大きく脈打った。

 (ボクが剣にふさわしくないと思うのならば、雷を撃ってくれてかまわない。けれど、メドリのため、力を貸してくれるのであれば、この手に剣を取らせたまえ!)

 心のなかで叫ぶ。息を止め、グッと柄を握りしめる。

 「ああっ!」
 「ハヤブサッ!」

 二人の叫び声。同時に、青白い光がドーンッと叩き潰すような音とともに天から降り注いだ。
 
 「だ、大丈夫かっ!」
 「ハヤブサッ!」

 二人が駆け寄ってくる。

 「あ、うん……。なんとか」

 自分でも無我夢中だった。気づけば、ボクは剣を抜き、その切っ先を天に向け、高く掲げて立っていた。

 「剣に選ばれたんだね、ハヤブサ」

 「さっきの雷、すごかったもんなあ。ドーン、バリバリーッ! ってさ」

 さっきの、身を包んだ青白い光は雷だったんだろう。どこも焦げてないけど、少しだけ羽根のあたりがピリピリした。
 
 「でもこれでメドリを助けに行けるよな」

 「そうだね」

 「おい、お前ら、ついてくるつもりなのか?」

 この剣を得たからって、無事に帰れる保証はないんだぞ?

 「当たり前じゃないか」

 「せっかく面白くなってきたのに、見逃す手はないってね」

 二人が、ニカッと笑う。

 (まったく。コイツら……)

 心強いというのか、軽すぎて不安というのか。

 〝オオーイ。ワシラモ忘レテモラッテハ困ルゾ〟

 バサバサと、どこか不格好に飛んできた黒い影。

 「わっ、大鷹オオタカじゃん! 元気になったのか?」

 腕に大鷹オオタカを止まらせたノスリが驚いた。

 〝当タリ前ジャ。メドリ姫ノタメナラ、アンナ傷、ナントモナイワイ〟

 先日よりはよくなったのだろう。翼はとてもキレイに広がった。

 〝ソレヨリ、ホレ。メドリ姫救出ノ仲間ヲ連レテキテヤッタゾ〟

 「仲間?」

 「うわっ! なんだあれ!」

 〝ミナ、メドリ姫ノタメニ協力シタイト申シテオル。小サイガ、頼リニナル仲間ジャ〟

 西から東から北から南から。
 それは沸き立つ雲のように群れをなしてやってくる。

 「スッゲー」

 「こんな光景、僕、初めて見た」

 「ボクもだ」

 驚きで言葉が出ない。
 〝鳥寄せ〟したわけでもないのに集まってくる小鳥の群れ。それが、青かった空を一面埋め尽くす。

 〝サテ。メドリ姫奪還作戦ダッカンサクセンノ始マリジャ〟

 大鷹オオタカが、ひときわ大きな声で鳴いた。
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