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第35話 力をお貸しくださいませ。ペコリ。

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 ガタゴトと石畳の振動が伝わる馬車のなかは、少し狭い。
 御者台にルッカさまが座ってくれたとはいえ、殿下、アウリウスさま、オーウェンさまに、先生、ライネルさん、そしてあたしと、6人も乗りこめば、馬車はさすがに狭く感じる。あ、リスのままの守護獣さまもいるけど、彼で狭くなることはないので、数に入れてません。
 それも、このメンツでにこやかな会話……なんてものは状況的に起こることもなく、ちょっと居心地が悪い。

 「ライネルさん、急なお話で、すみませんでした」

 緊張をほぐそうと、隣に座るライネルさんに話しかける。

 「いや、だいたいの説明は聞いたし。ミサキのためなら協力させてもらうよ」

 商人の朝は早い。ゆえに夜寝るのも早いらしく、ライネルさんは、その眠りっぱなに叩き起こされたらしい。身だしなみを整えるだけの余裕はあまりなかったのだろう。髪に少し寝グセが残っていた。

 「ただ、まだ信じられねえんだ。お前が女神の娘で、暗黒竜が復活しかけてて……!? ミサキが操られかけてて、聖女としての力を失いかけてるって」

 (本当のことだ)

 「一番信じられねえのは、このリスが守護獣だってことだ」

 ヒョイッとセルヴェをつまみ上げたライネルさん。

 「どこからどう見ても、ただのリスだぞ……っ痛ぇっ!!」

 ライネルさんの指にしびれが走った。自由になったセルヴェが、あたしの膝の上に華麗に舞い降りる。

 (この姿は、仮のものだ。バカにするでないわ)

 フンッとセルヴェが鼻息を荒くする。
 けど、どう見てもリス……なのよね。

 「でも、どうしてリスなんだ!?」

 殿下から質問が飛んだ。確かに。もっと守護獣らしい仮の姿でもよかったのに。そしたら、みんな疑ったりとかしなかったのに。

 (これは、乙女の印象からだ。乙女が、周囲からどう思われているか。我はそれを体現しただけだ)

 なるほど。
 皆さま、納得されてますが。あたしとセルヴェを交互に見ては頷いてますが。

 あたし、納得出来ませーんっ!!

*     *     *     *

 馬車は、暗く寝静まった学園に到着した。
 こんな夜遅い時間、校舎には誰もいない。いつものあたしなら、とっくに寝てる時間だもん。

 「今夜はここで休むことにする」

 聖女奪還のための具体的な行動は明日から。
 学園を休息場所に選んだのは、殿下。ここなら、夜は人のいない場所だから、敵の目も欺けるんじゃないかっていうのが理由。まあ、そうだよね。普通こんな夜更けに、人がゾロゾロと学園にいちゃあおかしいよね。
 皆さまは、そのまま殿下のお部屋に集まった。

 「さて、これからのことだが……」

 長椅子に腰かけた殿下が口火を切った。聖女奪還と言っても、具体的に何をどうしたらいいのか。それをしっかり考えなくっちゃいけない。
 そのタイミングで、あたしは一人、部屋を出る。

 「リュリ、どこへ行く!?」

 目ざといアウリウスさまに呼び止められた。

 「結界は張ってあるが、それでも独り歩きは危険だ」

 学園全体に、防御魔法が張り巡らされている。許された者しか侵入できなくなっているけど、まあ、守護獣さまのように、アッサリ無視して入ってくるヤツもいるから、気をつけたほうがいい。そう、アウリウスさまはおっしゃりたいようだ。

 「ちょっと厨房に行くだけです」

 ここからそんなに遠い場所じゃないし。ちょっとだけだからって思っていたんだけど。
 アウリウスさまの眉間のシワは取れない。

 「ボクがついていきます。それならいいでしょ?」

 割って入ってくれたのは、ルッカさま。

 (この建物のなかなら、我が異変を察知することも出来る。乙女の自由にしても問題ないぞ)

 守護獣さまも助け船を出してくれた。

 「……気をつけて行け」

 「はい、ありがとございます」

 不承不承といったかんじで、許可をもらえた。心配性だな、アウリウスさま。
 うれしくって、駆け足になりそうなあたしに、ルッカさまがついて来てくださった。

 「まあ、リュリの好きにさせてやればいいよ」

 残った殿下が苦笑する。

 「さて、今しか話せないようなことを相談するとしますか」

 今しか話せないこと。それは、リュリには聞かせられないようなこと。
 レヴィルの言葉に、表情を改め、ナディアードが頷く。
 奪還にはきれいごとだけで成しえない、黒い部分が存在するのも確かだ。純粋すぎるリュリには知らせたくないことも多い。
 それに、たとえ知られて困ることがなかったとしても、今のリュリにこれ以上気負わせたくない。厨房に向かったのが、少しでも気晴らしになればいい。

*     *     *     *

 「さて、と」

 厨房についたあたしは、誰もいないその空間で、少し悩む。
 厨房に向かうと言った手前、皆さま、あたしが戻った時には、そういうものを期待していらっしゃるわよね、やっぱり。

 「で、なにを作るつもりなんだ? リュリ」

 ほら、ルッカさまもそういうつもりで来たんだろって顔してる。
 う~ん。ちょっと気持ちを落ち着けたくて来ただけだからなあ。
 まだ、そこまで考えてなかったんだけど……。期待されたら、やるしかないもんね。
 何か作るっていっても、あんまり厨房の食材を使いたくないし……。だって、ここにある食材は、明日とかに料理長さんたちが使おうとして準備しておいたものだろうし。突然押しかけたあたしたちが、勝手に使って減らしたら悪いな~って思うし。だから、滅多に使われることのない食材をお借りしたほうがいいよね。
 それに、こんな夜遅くだし、消化の良いものの方がいい……。

 「あっ!! おにぎりっ!!」

 ポンッと手のひらを叩いてひらめく。

 「おにぎり?」

 「はいっ!! お嬢さまがよくお夜食で召し上がってたんです、おにぎり」

 「それ、食べ物なのか?」

 「え? 王都で流行りの食べ物とかじゃないんですか? 貴族の方が召し上がる、高級なお夜食とか」

 てっきりそう思ってたんですが。

 「少なくともボクは知らないよ。食べたこともない」

 そうなんだ。となると、お嬢さまはどこであの料理をお知りになったんだろう。
 でもまあ、あれなら、お米とお塩だけで作ることが出来る。お嬢さまはお米料理がお好きでいらっしゃったけど、普通、お米なんて滅多に食べるものじゃない。少しぐらい減っていても、明日の食材で困ることはないだろう。
 食材倉庫のなかから、お米を探しだして水で洗う。
 ルッカさまはお米がどのように調理されるのかご存知ないみたい。不思議そうにこちらを見てる。

 「お米は何度もお水で洗うんです。最初の水は白く濁るので、すぐに捨てます」

 お米まで流れないように気をつけながら、水だけ捨てる。

 「あとは、何回か水を変えながら手のひらを使って洗います。力を入れすぎるとお米が砕けるので注意しながらですが」

 洗っては水を流し、すすぐ。これを三、四回くり返す。

 「水、少し濁ってるぞ。いいのか?」

 「いいんですよ。水が透明になるまで洗うと、今度はお米のおいしさが落ちてしまうんです」

 最初の真っ白な水はすぐに捨てなきゃいけないけど、全く白さのない水になるまで洗ってしまうと、今度はうま味が消えてしまう。
 ほどほど。
 やらなくてもダメ。やりすぎてもダメ。
 お米に必要なのは、そのほどほど加減だった。

 「さて、次はこれを火にかけます」

 ルッカさまに説明しながら作業を進めてく。
 なんか、楽しくなってきた。
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