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第29話 手を後ろに回されちゃいました。

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 (ん……、なに!?)

 部屋の外が騒がしい。誰かが言い争ってる声がする。
 その音に眠い目をこすりながら、身体を起こす。
 まだ、夜が明けたばかり。窓のむこうは藍色の空が広がっている。
 こんな時間に誰だろう。聞いたことのない声。それと、屋敷の使用人たちの声。時折、「ローゼリィさまは」とか、「まだお休みに」とか、お嬢さまの名前が上がってる。
 扉の向こうのただならぬ雰囲気に、あわててムーンストーンのネックレスをつけてお嬢さまに変身しておく。
 光が収まると同時に、勢いよく扉が開け放たれた。なだれ込んでくるのは、使用人たちと、見知らぬ男性たち。

 誰!? 

 ノックもなしに、まだ眠っているかもしれない令嬢の部屋に押し入って来るなんて。
 寝間着にガウンという、誰にも見られたことのない姿で、闖入者と向き合う。

 「ローゼリィ・カルティミラ嬢。あなたを聖女不敬、および守護獣誘拐隠蔽の罪で拘束します」

 えっ!? それはどういうこと!?

 理解が出来ない。強引に引っ立てられ後ろで手に縄をかけられる。
 というか、あたし、まだ寝間着姿なんですけどっ!?
 状況も理解できてないし。
 聖女不敬とか、守護獣誘拐隠蔽ってなにっ!?

 「キキッ……!!」

 その乱暴さに驚いたセルヴェが、身を隠すように、あたしのガウンのポケットに逃げ込んだ。

 「お嬢さま……」

 殴られたんだろうか。老家令の顔が腫れあがってる。床に倒れこんだままの目にはいっぱいの涙。

 「大丈夫よ。何かの間違いだから」

 廊下に出ると、そこには数人のメイドさんたちの姿。なんとか立ってはいるものの、おそらく、この家令と同じように、お嬢さまの部屋に入らせないように、身体を張って頑張ってくれたんだろう。彼女たちの髪も乱れ、エプロンもよれている。皆さん、あたしのことを本物のお嬢さまだと思って、守ってくださったんだろう。
 大丈夫よ、大丈夫。
 何度も自分に言い聞かせて、引きずられるように歩いていく。
 足、震えるな。目、涙を流すな。
 今のあたしはお嬢さま。毅然と、冤罪に立ち向かうように背筋を伸ばして歩かなきゃ。

*     *     *     *

 「なんだって!? ローゼリィがっ!?」

 朝一番の報告に、ナディアードは食事の手を止めた。

 「間違いありません。正確にはローゼリィさまに変身したリュリがですが。神殿の兵士たちに捕らわれました」

 報告するルッカの声は硬い。

 「罪状は?」

 「詳しくは、まだ。王都の大路を護送馬車に乗せられ神殿に連れていかれたとしか」

 「護送馬車……っ!!」

 あんなもの、囚人を衆目に晒すだけの乗り物だ。柵に囲まれた鉄製の檻。
 まだ、罪も決まっていないだろうに、それに乗っているだけで、「罪人」だと認識されてしまう。それを、承知の上で、大路を通ったのだ。

 「リュリ……」

 ギリッと拳を握りしめる。
 まだ、15になったばかりの幼い少女だ。主であるローゼリィの願いで身代わりを務めていただけの少女。
 そんな彼女に、罪などあるはずがない。

 (これが、ミサキのいう考えなのか)

 怒りがわき起こる。
 守護獣を渡さねば、神殿の、聖女としての権力を行使して、ローゼリィを糾弾するということか。彼女が守護獣とどのような関わりがあるのか、ロクに調べもせずに。

 「今、公爵は領地に戻っているのだったな」

 「はい、連絡をいたしましたが、王都にいらっしゃるには、しばらく時間がかかるかと」

 公爵が不在。そして、リュリの雇い主でもあるローゼリィも不在。

 「仕度を。神殿にむかい、事の真相を確かめる」

 「はいっ!!」

 待ってろ、リュリ。必ず助けてやる。
 ルッカから外套を受け取ると、足早に歩きながら身に着ける。外に控えていたアウリウスと並び、用意されていた馬にまたがる。
 何も知らずに捕らえられ、今頃きっと心細くて泣いてるかもしれない。
 ギリッと奥歯を噛みしめ、馬の腹を蹴る。
 一刻も早く彼女を助け出してやりたい。
 それが、上に立つ者の責務であり、彼女を守る立場の者としての、当然の行動だった。今、彼女を守れるのは自分だけだ。

*     *     *     *

 (はあ……)

 一人、押し込められた部屋で、何度目かのため息を吐きだす。
 朝一番、着替えもさせてもらえずに連れてこられた部屋。お嬢さまのお部屋よりは小さいが、それでも一応、寝台や、机は存在する。地下牢ではなく、塔の最上階。収監されるということで怖かったけど、待遇はそこまで悪くはない。

 (窓、小さいし、高ーい位置にあるけどね)

 飛び上がっても確認できないような高さにある、ちっちゃな窓。あそこから出入りするのは多分不可能。それにここ、塔のテッペンだし。落ちたら死ぬ。
 おそらくだけど、この部屋は貴族用の牢屋なんだと思う。貴族は大なり小なり魔力を有している。そんな彼らを普通の牢に入れたところで、魔法で簡単に突破されてしまう。だから、魔力を封じることの出来る部屋に閉じ込める。そう聞いたことがある。壁の飾り模様みたいなのが、その魔力封じなのだろう。貴人用だから部屋も簡素ながら、いい調度品を使っている。ただ、そのすべてが真っ白という、ちょっと異様な空間ではあるけど。

 (殿下……、お嬢さま……)

 あたしがこんなことになって、皆さまきっと心配していらっしゃるだろうな。
 ズルズルと壁に背をもたれさせてしゃがみこむ。見上げる天井は白。この部屋には白以外の色はない。
 お嬢さまがこんな目に遭わなくてよかったと思うと同時に、収監されたのは、「ローゼリィ嬢」なのだから、お嬢さまの名誉を傷つけてしまったことに申し訳なく思う。
 それに、殿下も。
 中身があたしであっても、捕まったのは婚約者であるお嬢さまなのだから、お立場が悪くなるかもしれない。

 「あたし、役立たずだなあ……」

 誰とはなしに、声を上げる。でないと、自分もこの白の世界に溶けて消えてしまいそうな錯覚を覚える。
 ミサキさまのためにも守護獣を見つけて差し上げたい。こんなことをしなくっても、あたしはもちろん、お嬢さまだって、ミサキさまを困らせるようなことをするつもりもないのに。
 抱えた膝頭に顔を押しつける。
 そうしないと、怖さと申し訳なさが涙となって溢れそうだ。
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