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第13話 まずは大きく深呼吸?

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 (でも……)

 カモミールティーをいただいて、気分が落ち着いてくると、今度は違うことが心を占め始める。

 (神殿の方たち、殿下とミサキさまのご結婚を望んでいらっしゃるのかしら)

 先ほどの、殿下のお話。
 殿下は、お嬢さまとの結婚を取りやめる気はないとおっしゃってくださったけど。

 (本当に大丈夫なのかな)

 ミサキさまは、稀有な力をお持ちの聖女だ。治癒魔法に特化されたそのお力。触れたものすべてを癒される、その御業。そして、見たことないけど、ミサキさまの胸には、女神のご加護の証である聖痕があるのだという。(誰が確認したんだろう)
 政治的な利権もあるから、お嬢さまとの結婚はやめられない。お嬢さまのお父さま、カルティミラル公爵さまは、この国の筆頭貴族だし。その一人娘を無下に扱えば、混乱は免れない。
 けど、聖女を妻にすると言えば、世俗の権力は異を唱えることは出来なくなるのでは?
 公爵令嬢より、聖女の方が、ずっと価値のある存在だろうし。神殿がミサキさまを推しているのなら、王室も断りずらいのでは?
 あの殿下だから、お嬢さまのおっしゃっていた、最悪な結末は避けてくださるだろうけど。それでも、婚約破棄された女性として、お嬢さまの人生の汚点となってしまうに違いない。

 (もしかして、これも「らぶらぶ」への「るぅと」の一つ……なのかな)

 お嬢さまから渡された紙には書いてなかったけど、気づかなかっただけで、その道筋に入っていたのかもしれない。

 ――攻略ルートっていうのは、例えるなら、川のようなものなの。最初は大したことのない小さな流れだけど、いくつかの分岐点を越えると、もう、怒涛のように流れて止めることが出来ないのよ。

 そう、お嬢さまは、「るぅと」について説明してくださった。
 一度流れていった水は止まることも、戻ることも出来ず、ただ、その先へと流れていくだけ。川のなかで、誰がどうあがこうが、流れは変わらず、押し流されるしかない。

 (ということは。あたし、「殿下攻略るぅと」で流されてる!?)

 あたしが身代わりを務め、お嬢さまのことを説明して理解していただいても、それはムダなあがきで。どんぶらこっこどんぶらこっこと、その「らぶらぶ」という終着点にむけて流されてる? 最悪の事態だけは免れて、どうにか溺れずにいるかもしれないけど、それでもアップアップの水没一歩手前。

 (あわわわ。ど、どうしよう……)

 こうなっちゃったのも、あたしが何か失敗したからかな。
 ああ、そうだ。二人っきりにしちゃいけなかったのに、やっちゃったし。魔法使えば、ぶっ倒れるし、身代わりも上手く出来ないし。
 手にしたカップが、カチャカチャ小刻みにイヤな音を立てる。
 ダメだ。もっとしっかりしないと。

 「おい、どうした!?」

 アウリウスさまが、声を上げた。

 「え? ああ、すみません。ちょっとだけ、お部屋の掃除を」

 席から立って、部屋をうろつく。
 落ち着きたい。落ち着いて対策を考えたい。
 でも、考えれば考えるほど頭のなかでいろんなことがグルグルと渦を巻く。
 こういう時は、掃除が一番だ。
 部屋がキレイになるころには、冷静になれるだろう。きっと。
 ヨロヨロと歩いて、雑巾を探す。
 箒も必要ね。バケツはどこにあるのかしら。
 ああ、あそこの窓も拭いたほうがいいかな。少しくすんでる。
 雑巾、見当たらないな。仕方ない、とりあえず、このハンカチで拭いておこうかな。

 「おい、しっかりしろ」

 窓にかけた手をグイッとつかまれる。

 「落ち着いてゆっくり休めと、殿下からも言われただろうが」

 手をつかんだのはアウリウスさま。後ろから身体ごと押さえられる。

 「でも、こういう時、何かをしていないと落ち着かなくって……」

 「だからといって、掃除はないだろう」

 仮にも公爵令嬢のフリをしているんだぞ。そうアウリウスさまは言いたいらしい。

 「では、繕い物でも。刺繍でもいいです」

 とにかく無心になって手を動かしたい。

 「繕い物も、刺繍もナシだ」

 「じゃあ、じゃあ、……アウリウスさまの髪でいいので梳かせてください」

 その短さでも我慢しますから。

 「はあ!? そんなことしなくてもいい」

 秀麗な眉を思いっきり捻じ曲げられた。

 「リュリ、これでも飲んで落ち着きなよ」

 ルッカさまが二杯目のカモミールティーを淹れてくれた。

 「あ、ありがとうございます」

 立ったまま手渡され、そのまま口にする。
 やっぱり、このカモミールティー、おいし……い…。

 あ……れ…!?

 瞼が重い。身体から力が抜ける。

*     *     *     *

 「やっと眠ったか」

 グッタリと力のないリュリの身体をアウリウスが受け止めた。手放したカップは、ルッカが受け取る。

 「二杯目で、効果が出ましたね」

 先ほどから、お茶に睡眠薬を仕込んでいたのだが、リュリはなかなか眠らなかった。

 「まったく、世話の焼ける娘だ」

 その身体をソファにそっと下ろしてやる。ローゼリィの姿のままでは、何か悪いことをしているような気になったので、首元のペンダントを勝手に外す。
 光が膜を作り、一瞬で、ローゼリィがリュリに変化する。
 18歳の外見になったというわりに、あまり変化の見られない容姿。
 神殿からの帰り道、ずっと青ざめていた。魔法を使った疲れではない。おそらく、ナディアードに、ミサキとの縁談話が持ち上がったからだろう。そのことを聞いてからずっと、思いつめてたような顔をしていた。
 おそらく、自分の主とナディアードのことで、心を痛めていたのだろう。
 先ほど握った手も、小刻みに震えていた。つかんだ手に残る、彼女の震え。

 (こう見えても、まだ15の小娘だからな。無理もない)

 大事な主のために、一生懸命な幼い少女。
 主の身代わりというだけでも大変だというのに、この娘は、主とその周囲の未来に関しても気を配ろうとしている。常に緊張し、背伸びをしている。
 だから、殿下も彼女を休ませるように、暗にルッカに伝え、睡眠薬を盛らせたのだろうが。
 少し乱れた砂色の髪を撫でてやる。

 (休養を取らせた方がいいだろうな)

 でなければ、主であるローゼリィ嬢が帰ってくるまでに、衰弱してしまいそうだ。

 「ルッカ、席を外すから、後のことは頼む」

 そう言い残して、殿下の後を追い、王宮に足をむける。
 これからのことを、殿下とも、もう少し話したほうがいい。どうも、話が聞いていたのと違い、おかしな方向に流れているような気がする。
 そして、リュリに休みを取らせるように進言したほうがよさそうだ。
 足早に回廊を進みながら、アウリウスはそんなことを思った。
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