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このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
第13話 わたしがわたしにナイフを突き立てる。
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――今日から、ワシらがお前の家族だよ。一緒に暮らそう。
――リリー。今日は一緒にパイでも焼こうか。お前の好きなカボチャのパイにしようかね。
――リリーの花好きは誰に似たんだろうね。お父さん譲りなのかしらね。
――何を言う。リリーの花好きは、ジィジのワシに似たんじゃ!! 毎日庭の手入れをてつだってくれるんじゃからの。
――あら、この子の父親だって、植物採集家でしたし。どっちに似ても花好きに育ったんじゃありませんの?
――うるさい、うるさい!! 可愛い娘をたぶらかしたあの男に似てるなんぞ。ワシは認めんぞ!! あんなどこの馬の骨ともしれんヤツなんぞ。
――まあ、おじいさんったら。大丈夫よ、リリー。おじいちゃんはね、お前のパパとママを引きあわせた張本人なんだから。パパを嫌ってなんかいないからね。
――何、よけいなことを言っとるんじゃ、ばあさん!!
――ただね。こんな幼いお前を残して死んだことに怒ってるだけなんだよ。二人そろって流行り病で亡くなるなんて……ねえ。
――フンッ!! 仲良きことはよいことじゃが、連れ立って逝かずともよいだろうに。若いもんが先に天に召されるなど。親としても子としても自覚が足らんのじゃ、あいつらは。
差し伸べられた大きな手。少しゴツゴツしてシワの深く刻まれた手。温かい手。
一人ぼっちになったわたしを受け止めてくれた祖父母の手。
――すまんな、リリー。
――ごめんね、リリー。
祖父は十三の時に、祖母は十五の時に亡くなった。
わたしを残して夫婦仲良く亡くなった両親に怒っていた祖父。亡くなった娘の代わりに母のように愛情深く育ててくれた祖母。
二人も、仲良きことを証明するかのように、相次いで亡くなった。
祖父が王宮の庭師をしていた縁で、王妃さま付きの花師兼侍女としての職にありつき、ここまで生きてこれた。
そして、王妃さまのお声掛かりで、憧れの騎士さまとの結婚まで叶った。
望外の結果。
だけど。
寂しいの。
辛いの。
苦しいの。
醜いの。
ねえ、誰か。
今のわたしを、わたしの心を切り落としてください。
* * * *
「――気がつきましたか?」
わたしが声を発するより前にかけられた言葉。
「エディル……さま?」
次第にハッキリしてくる意識。目の前に、どこか安心したように頬をゆるめたエディルさまのお顔。
(ここは……)
知らない、薄暗い天井。少し顔を動かしてみれば、小さな木枠の窓と木でできた扉が見えた。
「アナタが食堂で倒れたと聞いて……。とりあえず、私の使っている騎士の宿直室に運ばせていただきました」
そっか。
ここ、エディルさまが使われてる部屋なんだ。
あそこで意識を失ったわたしを、ここまで運んでくれた。
「医師の見立てでは、おそらく“過労”だろうと。慣れない生活での疲れが出たんだろうということでした」
「ご心配をおかけしました」
「いえ。アナタがここまで疲れていたことに気づかなかった、私の落ち度です。申し訳ありません」
エディルさまが私に頭を垂れる。
「突然の結婚に見知らぬ家での生活。アナタに負担が大きいことを認識しながら、それを強いてしまった、アナタの優しさに甘えてしまった私の責任です」
真摯な謝罪。
今までのわたしだったら、きっと胸が熱くなっていたと思うのに。
どうしてだろう。
心が異様なほどに凪いで穏やかだ。
「王妃殿下からも、しばらく休暇を取る許可をいただきました。私の家などではご不満かもしれませんが、一度、ゆっくり養生なさってください」
そっか。
エディルさま、王妃さまともお話ししてきたんだ。
わたしを休ませるからと、その許可をいただきに。
凪いだ心に、インクのシミのような感情が浮かび上がてくる。
――わたしを口実に、王妃さまと話してきたんだ。
そんなふうに考えちゃいけない。他人の厚意を曲解してはいけない。僻んではいけない。
そう思うのに、心が歪んでいくのを止められない。
「ありがとうございます。ではそのご厚意に甘えて、しばらく休ませていただきます」
「では、家までお送りいたしましょう」
「大丈夫です。一人で帰れます」
「しかし……」
「大丈夫です。官舎までそう遠くはありませんし、こうして休ませていただいたおかげで、元気になりましたから。エディルさまは、ちゃんと任務を果たしてから戻ってきてください。まだ、お仕事が残っていらっしゃるのでしょう?」
「それは……」
「お気遣いだけありがたくいただきます」
ニッコリ微笑んで寝台から降りる。まだ少しふらついたけど、どうにか普通に立ってるフリはできた。
「私も……。私も早く仕事を終えて家に帰ります。それまで無理をせず、休んでいてください」
「はい。ありがとうございます」
優しい優しいエディルさま。
その責任感から向けられる優しさが、時として人を傷つけるのだということをご存知ない。優しくて残酷な人。
「では……」
軽く頭を下げ、宿直室を後にする。
* * * *
その日。
わたしは、わずかな身の回りの品だけを持って王都から姿を消した。
――アナタ自身が見たこと、感じたことを信じなさい。それがすべてです。
ベネットさん。
わたしは、それができるほど強くありません。
黒く醜く歪んでいく恋心。羨望、嫉妬、猜疑。後悔、焦燥、嫌悪。
恋がわたしを醜悪な笑顔の怪物にしてしまう前に。わたしは、わたしの恋から逃げだした。
そして。
二年の月日が流れた。
――リリー。今日は一緒にパイでも焼こうか。お前の好きなカボチャのパイにしようかね。
――リリーの花好きは誰に似たんだろうね。お父さん譲りなのかしらね。
――何を言う。リリーの花好きは、ジィジのワシに似たんじゃ!! 毎日庭の手入れをてつだってくれるんじゃからの。
――あら、この子の父親だって、植物採集家でしたし。どっちに似ても花好きに育ったんじゃありませんの?
――うるさい、うるさい!! 可愛い娘をたぶらかしたあの男に似てるなんぞ。ワシは認めんぞ!! あんなどこの馬の骨ともしれんヤツなんぞ。
――まあ、おじいさんったら。大丈夫よ、リリー。おじいちゃんはね、お前のパパとママを引きあわせた張本人なんだから。パパを嫌ってなんかいないからね。
――何、よけいなことを言っとるんじゃ、ばあさん!!
――ただね。こんな幼いお前を残して死んだことに怒ってるだけなんだよ。二人そろって流行り病で亡くなるなんて……ねえ。
――フンッ!! 仲良きことはよいことじゃが、連れ立って逝かずともよいだろうに。若いもんが先に天に召されるなど。親としても子としても自覚が足らんのじゃ、あいつらは。
差し伸べられた大きな手。少しゴツゴツしてシワの深く刻まれた手。温かい手。
一人ぼっちになったわたしを受け止めてくれた祖父母の手。
――すまんな、リリー。
――ごめんね、リリー。
祖父は十三の時に、祖母は十五の時に亡くなった。
わたしを残して夫婦仲良く亡くなった両親に怒っていた祖父。亡くなった娘の代わりに母のように愛情深く育ててくれた祖母。
二人も、仲良きことを証明するかのように、相次いで亡くなった。
祖父が王宮の庭師をしていた縁で、王妃さま付きの花師兼侍女としての職にありつき、ここまで生きてこれた。
そして、王妃さまのお声掛かりで、憧れの騎士さまとの結婚まで叶った。
望外の結果。
だけど。
寂しいの。
辛いの。
苦しいの。
醜いの。
ねえ、誰か。
今のわたしを、わたしの心を切り落としてください。
* * * *
「――気がつきましたか?」
わたしが声を発するより前にかけられた言葉。
「エディル……さま?」
次第にハッキリしてくる意識。目の前に、どこか安心したように頬をゆるめたエディルさまのお顔。
(ここは……)
知らない、薄暗い天井。少し顔を動かしてみれば、小さな木枠の窓と木でできた扉が見えた。
「アナタが食堂で倒れたと聞いて……。とりあえず、私の使っている騎士の宿直室に運ばせていただきました」
そっか。
ここ、エディルさまが使われてる部屋なんだ。
あそこで意識を失ったわたしを、ここまで運んでくれた。
「医師の見立てでは、おそらく“過労”だろうと。慣れない生活での疲れが出たんだろうということでした」
「ご心配をおかけしました」
「いえ。アナタがここまで疲れていたことに気づかなかった、私の落ち度です。申し訳ありません」
エディルさまが私に頭を垂れる。
「突然の結婚に見知らぬ家での生活。アナタに負担が大きいことを認識しながら、それを強いてしまった、アナタの優しさに甘えてしまった私の責任です」
真摯な謝罪。
今までのわたしだったら、きっと胸が熱くなっていたと思うのに。
どうしてだろう。
心が異様なほどに凪いで穏やかだ。
「王妃殿下からも、しばらく休暇を取る許可をいただきました。私の家などではご不満かもしれませんが、一度、ゆっくり養生なさってください」
そっか。
エディルさま、王妃さまともお話ししてきたんだ。
わたしを休ませるからと、その許可をいただきに。
凪いだ心に、インクのシミのような感情が浮かび上がてくる。
――わたしを口実に、王妃さまと話してきたんだ。
そんなふうに考えちゃいけない。他人の厚意を曲解してはいけない。僻んではいけない。
そう思うのに、心が歪んでいくのを止められない。
「ありがとうございます。ではそのご厚意に甘えて、しばらく休ませていただきます」
「では、家までお送りいたしましょう」
「大丈夫です。一人で帰れます」
「しかし……」
「大丈夫です。官舎までそう遠くはありませんし、こうして休ませていただいたおかげで、元気になりましたから。エディルさまは、ちゃんと任務を果たしてから戻ってきてください。まだ、お仕事が残っていらっしゃるのでしょう?」
「それは……」
「お気遣いだけありがたくいただきます」
ニッコリ微笑んで寝台から降りる。まだ少しふらついたけど、どうにか普通に立ってるフリはできた。
「私も……。私も早く仕事を終えて家に帰ります。それまで無理をせず、休んでいてください」
「はい。ありがとうございます」
優しい優しいエディルさま。
その責任感から向けられる優しさが、時として人を傷つけるのだということをご存知ない。優しくて残酷な人。
「では……」
軽く頭を下げ、宿直室を後にする。
* * * *
その日。
わたしは、わずかな身の回りの品だけを持って王都から姿を消した。
――アナタ自身が見たこと、感じたことを信じなさい。それがすべてです。
ベネットさん。
わたしは、それができるほど強くありません。
黒く醜く歪んでいく恋心。羨望、嫉妬、猜疑。後悔、焦燥、嫌悪。
恋がわたしを醜悪な笑顔の怪物にしてしまう前に。わたしは、わたしの恋から逃げだした。
そして。
二年の月日が流れた。
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