上 下
19 / 30
四、翅鳥

(四)

しおりを挟む
 「いいか。ここ、芯にシッカリと紐を巻きつけてだな……」

 言いながら、手にした独楽に紐を巻きつけていく。

 「最初の三周はキツめに。あとはゆるくていいから独楽に沿って巻いていくんだ」

 いつもの厨房。独楽を片手に紐を巻くのを上から覗き見てるのはジェス。真剣に、興味深そうに見ているからか、その唇がツンと前に尖っている。

 「出来たら、親指と薬指で独楽を挟んで持って。胸の前で構えて斜め下、地面に向かって押し出すようにっ――!」

 ヒュッ――

 「わっ! 回った!」

 「素早く紐を体の方に引っ張るのが上手く回すコツだ。やってみろ」

 竈の前、硬い地面で回り終えた独楽を取り、ジェスに渡す。オレのやり方を真似て紐を巻き付けるジェス。

 「これでいい?」

 「ああ。あとは前の地面に向けて投げるだけだけど」

 ヒュッ――

 「あれ?」

 投げられはしたものの、そのまま地面にゴロンと転がった独楽。

 「紐を引くのが早いんだ。最初は引くなんて思わないで、前へ出せ」

 地面に落ちる前に勢いよく紐を引っ張ると回転が上がるし、腰のひねりも加えたらもっと勢いよく回るんだけど、さすがに初心者にはムリ。だから、初めてのやつは、単に前に押し出して地面の上で回すことだけを練習する。

 ヒュッ――

 三回目の独楽は、グワングワンと地面の上を転がって、とてもじゃないが「回った」とは言えない終わり方になった。

 「これ、本当に回るのか?」

 ジェスが疑問を投げかける。

 「回る。ほら、もう一回だ」

 ふてくされかけたジェスに代わって独楽に紐を巻きつける。それを半ば無理やり持たせて、後ろから手を添える。

 「いいか。こんなふうに――」

 ヒュッ――

 「回った!」

 独楽回し成功。オレの独楽と違って、それほど速いわけじゃないけど、それでも初めてジェスの手で回せた独楽。よっぽどうれしいのか、こっちを見上げるジェスの顔がパアッと明るくなった。

 「これでルーシュンにも勝てるな!」

 「もうちょっと練習したらな。あっちには、〝独楽打ち名人〟がついてるからな」

 「独楽打ち名人?」

 「オ……わたくしのお父さまですわ」

 「ふうん。じゃあ、お前の父とお前、どっちが上手なんだ?」

 「そりゃあオ……わたくしですわよ」

 ホホホ。
 オレ、街のガキンチョのなかでも、それなりに強かったし。あんな頼りねえオッサンに、負けてるとは思いたくない。

 「さ、殿下。兄上さまとの勝負に向けて、もう少し練習いたしましょうか」

 「その勝負に勝ったら、リュカをもらってもいいか?」

 「あ、それはムリ」

 「どうして」

 「わたくしも参加するからですよ。わたくし、殿下はもちろん、ルーシュン殿下にも負けるつもりはございませんから」

 「じゃあ、お前に勝てたら、お前をもらうぞ」

 「勝てましたら、ね」

 オレが手を添えて、ようやく初成功のやつに負けるとは思えない。だからこその約束。

 「よし! やるぞ!」

 それでも、ジェスがやる気を出したみたいで、自分で独楽に紐を巻きつける。

 (平和な光景だよなあ)

 独楽に夢中になるジェス。
 オッサンに用意してもらった独楽を渡した時は、面食らったような顔してたけど。兄貴が、自分のために用意したってことに驚いたらしい。

 (ここに皇子の野郎もいたらなあ)

 オレじゃなくて、皇子が独楽を渡してあげてたら。
 一緒に遊んだことのない、関わり合いの少ない兄弟。
 勝負でもなんでもいい、一緒に楽しいことを積み重ねていけば。今はムリでも少しずつ少しずつ……って。

 「おわっ!」

 いきなりオレの方にぶっ飛んできた独楽。「回す」なんてもんじゃない。オレが避けると、そのまま机の足や椅子にガンッ、ゴンッとぶつかっていった。

 「紐を早く引っ張り過ぎだ」

 そのせいで、後ろに向かって飛んできた。

 「ちゃんと焦らなくても独楽は回るから。落ち着いて投げろ――って、どうした?」

 「……お前、男みたいな喋り方をするな」

 あ。

 「申し訳ございません。つい。わたくし、街で育ちましたから、あまり言葉がよろしくないんですの」

 ホホホのホ。
 笑ってごまかせ。

 「独楽も上手いし、胸もペッタンコだし」

 う。

 「気は強いし、ズケズケ言うし」

 うう。

 「おおお、男の子たちに混じってよく遊んでおりましたので。男勝りな気性になってしまったんですの」

 そういうことにしておいてくれ。そして。

 「女性にあまり体型のことを、とかやくおっしゃってはいけませんよ。体のことを言われると、女性は男性の何倍も深く傷つきますからね」

 「そういうものか?」

 「そういうものですわ」

 別にオレは傷つかないけど。ペッタンコなのは当たり前だし。

 「おっ、独楽ですか」

 不意にかかった声。隣の厨房から見てたんだろう。ゾロゾロと興味深そうに現れたのは、膳夫のオッサンたちだった。

 「懐かしいですなあ」

 「昔はよくやったもんだよ」

 感慨深そうなオッサンに、ヒュッと投げる真似をするオッサン。

 「もう少し、腰のひねりもあると上手く回りますぜ」

 コツを教えようとするオッサンもいる。
 まあ、独楽回しなんて、男なら誰もが通る道だ。拙いジェスの独楽回しに、なにか言いたくて仕方ないんだろう。

 「お前ら、独楽は得意なのか?」

 「そりゃあ、もちろん!」

 ジェスの問いに、膳夫のオッサンたちが口をそろえて頷いた。

 「ならば、ぼくが独楽打ち勝負に勝てるように、コツを教えろ」

 「あっしらが……ですかい?」

 「そうだ。得意なのだろう?」

 皇子の独楽回し指南役に、自分たちなどでいいのだろうか。困惑した膳夫のオッサンたちの視線に、「大丈夫だ。頼む」と頷いて返す。

 「じゃ、じゃあ、殿下。駒を持つ時は、もっと脇を締めてくだせえ」

 「脇を?」

 「それから、投げる先、地面をちゃんと見るんでさ」

 「あと、力を込めないで、横にスッと流すように投げるんですよ」

 「こう……か?」

 「ああ、違いますよ。腰のひねりはこう!」

 「ちょっと貸してみてください。手本を見せますから!」

 オッサンたちは、口だけじゃなく手まで出す。ジェスと独楽を囲んでああでもない、こうでもないと騒ぎ立てる。

 (街のオッサンもこんな感じだったよなあ)

 街で子どもたちが独楽打ちをしてると、必ず誰かが絡んでくる。子どもの父親だったり、見知らぬ通りすがりのオッサンだったり。最初は勝負のコツを教えてくれるんだけど、そのうち大人の方が夢中になって、最後は子どもから借りっぱなしの独楽で、大人が真剣勝負を始めちゃうっていう。
 目の前で繰り広げられてるのは、まさしく街で見かけるその光景そのものだった。ここにもう一つ独楽があれば、それこそオッサン同士で勝負を始めてしまいそうなぐらい。
 日が暮れるまで。いや、日が暮れても続けられる勝負。それを強制的に止めさせるのは……。

 「――そこで何をしているのです、ジェス」

 夕飯を告げる母親の声……ではなく。

 「母上……」

 ビクッと揺れたジェスの声。
 厨房の入り口。大勢のお付きを従えた一際華やかな衣装の女性。
 そこにいたのは、ジェスの母親、皇后陛下だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…

リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。 乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。 (あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…) 次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり… 前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた… そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。 それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。 じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。 ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!? ※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

プロデューサーの勃起した乳首が気になって打ち合わせに集中できない件~試される俺らの理性~【LINE形式】

あぐたまんづめ
BL
4人の人気アイドル『JEWEL』はプロデューサーのケンちゃんに恋してる。だけどケンちゃんは童貞で鈍感なので4人のアプローチに全く気づかない。思春期の女子のように恋心を隠していた4人だったが、ある日そんな関係が崩れる事件が。それはメンバーの一人のLINEから始まった。 【登場人物】 ★研磨…29歳。通称ケンちゃん。JEWELのプロデューサー兼マネージャー。自分よりJEWELを最優先に考える。仕事一筋だったので恋愛にかなり疎い。童貞。 ★ハリー…20歳。JEWELの天然担当。容姿端麗で売れっ子モデル。外人で日本語を勉強中。思ったことは直球で言う。 ★柘榴(ざくろ)…19歳。JEWELのまとめ役。しっかり者で大人びているが、メンバーの最年少。文武両道な大学生。ケンちゃんとは義兄弟。けっこう甘えたがりで寂しがり屋。役者としての才能を開花させていく。 ★琥珀(こはく)…22歳。JEWELのチャラ男。ヤクザの息子。女たらしでホストをしていた。ダンスが一番得意。 ★紫水(しすい)…25歳。JEWELのお色気担当。歩く18禁。天才子役として名をはせていたが、色々とやらかして転落人生に。その後はゲイ向けAVのネコ役として活躍していた。爽やかだが腹黒い。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

総受けなんか、なりたくない!!

はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。 イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…? どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが 今ここに!!

同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣

彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。 主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。 とにかくはやく童貞卒業したい ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。 美人攻め×偽チャラ男受け *←エロいのにはこれをつけます

処理中です...