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一、碧鳥
(一)
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キレイだなって思った。
単純に。そして純粋に、キレイだって思った。
それを「キレイ」以外の言葉で表せるほどオレは言葉を知らないし、知っていたとしても「キレイ」以外の言葉で表せないと思った。
知り合いのオッサンに連れてこられた皇宮。
荘厳なたたずまい。圧倒されそうなほど大きな建物。案内してくれてるオッサンがいなければ、すぐに迷子になりそうなほどデカくて広い。かくれんぼなんてしたら、一生見つけてもらえない。そんな気がする。
それほど巨大で広大な皇宮。
何度もなんども回廊を曲がって、いくつもいくつも建物を過ぎた先にそれはあった。
明るい日差しを浴びて緑を濃くした庭園。
終りが見えないほど大きな庭なのに、枯れ葉一つ落ちてない。どこまでも色とりどりの花が咲き乱れ、満開の美しさを競い合っている。普段、街の狭い路地や、扱う地味な色の薬草しか見てないオレからしてみれば、そこは楽園。天上の世界のようにも思えた。鳴いてる鳥の声も軽やかで美しく、カラスの「カア」なんて雑な音は、どこからも聞こえてこない。
(天女がいる……)
庭園もさることながら、それよりオレが「キレイ」だと思ったのは、咲き乱れる藤の下にたたずむ人の姿だった。
とても華奢な体。抜けるように白い肌。日の光に輝くつやのある黒髪。
天女みたいだって思ったけど、よく見ればそれは髪を後頭部で結い上げた少年だった。天女のような領巾はなく、袍をまとい、裳のかわりに白袴を穿いていた。線の細い色白の少年。
(うわ……)
きれいなのはその姿だけじゃない。
近づくオレたちに気づいて向けられた視線。その瞳がとんでもなく青くて、透き通ってて。静かな湖面のようで、夏の空のようで。
吸い込まれそうなほどキレイで……。
「誰?」
少年の発した誰何に応えるのを忘れそうで――って。
「お、オレはリュカと言います! 殿下の専属治癒師として、こちらに罷り越しましてございます!」
やっべ。
うっかり口上を忘れるとこだった。あわ食ったせいで、前半部分、「オレ」になっちまったけど。ちょっとカッコつけて「私」って言うんだって決めてたのに。
「殿下と年の近い私なら、殿下もお心安く治療を受けてくださるのではないかと、近侍のセイハ殿の紹介で参りました。年若くはありますが、治癒師である祖父の元で修行しておりましたので、安心してお任せください」
何回も練習しきたとおりに。
そう。
オレがここに来たのは、地上の楽園のような庭を見に来たわけでもなければ、遊びに来たわけでもない。
――俺のお仕えする殿下のお身体を診てあげてほしい。
そう、頼まれたから。
頼んできたのは、じいちゃんの患者、セイハってオッサン。ただの腰痛、胃痛、頭痛持ちのオッサン、万年うだつの上がらない中間管理職だと思ってたら、なんと宮中で働く、皇子付きの近侍だったんだ。
――殿下と同い年で治癒師の男。きみなら、殿下の出した条件にピッタリなんだよ、リュカ。
オッサンの仕える殿下の出したという条件。同い年で治癒師の男。その条件に、オレとじいちゃんはそろって首を傾げた。
――なんで治癒師? 皇宮にはれっきとした医師もいるだろうに。
――それがねえ。殿下が皇宮の医師は嫌だとおっしゃるんだよ。
――なんで男?
――それはねえ。殿下が女はうっとおしいから嫌いだとおっしゃるんだよ。
――なんで十三歳?
――同じ年頃なら、心安くいられると殿下がおっしゃったんだ。高名な治癒師の孫である君なら適任だと思うんだ。
そう言われて悪い気はしない。
実際、オレのじいちゃんは、この国で最高の治癒師だし、そのもとで暮らしてずっとじいちゃんの仕事を見てきたオレも、それなりの腕を持っていると自負している。
皇子殿下の診察、治療。
それがオレの治癒師としての初仕事。
皇子がどんな病を抱えてるのか知らねえけど、じいちゃんから教わった技で、チョチョイっと治してやるぜ。
「殿下、このリュカ殿の腕は、俺が保証いたしますよ」
オレを連れてきた近侍のオッサンがつけ加えた。
「なんたって、俺の万年腰痛、胃痛を治してくださってる高名な治癒師の孫で、最高の弟子ですからね。殿下のお身体の不具合も、あっという間に……」
「――いらない」
は?
「必要ない」
にべもない皇子の言葉。
おい。
それがわざわざここまで足を運んだ者に対する言葉か、コラ。プイッとそむけられた横顔に思わずムッとする。
「殿下、そのようなことをおっしゃらずに。一度、診察だけでもお受けいただいてですねぇ」
メチャクチャ低姿勢なオッサン。取り付く島もない皇子と、カチンときてるオレの、まさしく中間、板挟み。胃痛が再発したのか、無意識にみぞおちに手を当ててる。
「このところ、おかげんもよろしくないようですし。宮廷医がダメならせめて、こちらの治癒師に見ていただくなど……、その……」
皇子にキッと睨まれて、シドロモドロ。オレたちの倍ぐらい生きてそうなのに、カッコ悪。
「セイハ、お前はこんな得体の知れないやつに、僕の体に触れさせようというのか?」
「い、いや、得体は知ってましてですねぇ。私もかかってる高名な治癒師の孫なんですよ。腕のほどは確かだと……」
「お前のその胃痛を完治出来ない程度の腕で高名?」
「いや、これは、その……、クセみたいなものでして……」
オッサンの言い訳を、ハッと皇子が鼻で笑いとばした。
胃痛を治してくれた名治癒師の話をしてて、胃に手を当ててたら、まあその腕を疑われるよな。治ってねえじゃねえか、と。
「僕を診せたいと言うのなら、百歩譲って、その高名な治癒師とやらを連れてこい。胃痛すら治せてない治癒師の孫なんかに診られたくない」
皇子ド正論。
そうだよな。仮に皇子が病気だったとして。診せるなら普通、じいちゃんを頼るよな。オレみたいな若造じゃなくって。
けど、けどさ。
「せっかくここまで出向いてやったのに、何様だ、テメエッ!」
「いや、皇子殿下だけど。この国の第一皇子……」
ブチ切れたオレに、小さくオッサンのツッコミ。
「オッサンの胃痛は、お前が原因だろうがっ!」
オレのじいちゃんは、ちゃんと適切な治癒を行った。行ったけど。
「胃痛の症状は薬で治めることができるけど、その原因を取り除かなきゃ、何度だって再発するんだよ! 胃痛を起こさせてるのは、お前だろうが!」
そう。
オッサンの万年胃痛、頭痛、腰痛の原因はこの皇子だ。
天女のようにキレイだけど、天女と違って辛辣で容赦ない毒皇子。この皇子に仕えてるせいで、オッサンは万年胃痛、頭痛、腰痛持ちになっちまって、じいちゃんのお得意様になってしまっている。
「皇子だなんだって威張りくさるなら、部下の体も守ってやれ!」
言いたいことは言い切った。
フンスッと鼻息を荒らしたオレに、オッサンが「あちゃあ」と、額に手を当て天を見上げた。
あ。今のでオッサン、頭痛も併発した……か?
単純に。そして純粋に、キレイだって思った。
それを「キレイ」以外の言葉で表せるほどオレは言葉を知らないし、知っていたとしても「キレイ」以外の言葉で表せないと思った。
知り合いのオッサンに連れてこられた皇宮。
荘厳なたたずまい。圧倒されそうなほど大きな建物。案内してくれてるオッサンがいなければ、すぐに迷子になりそうなほどデカくて広い。かくれんぼなんてしたら、一生見つけてもらえない。そんな気がする。
それほど巨大で広大な皇宮。
何度もなんども回廊を曲がって、いくつもいくつも建物を過ぎた先にそれはあった。
明るい日差しを浴びて緑を濃くした庭園。
終りが見えないほど大きな庭なのに、枯れ葉一つ落ちてない。どこまでも色とりどりの花が咲き乱れ、満開の美しさを競い合っている。普段、街の狭い路地や、扱う地味な色の薬草しか見てないオレからしてみれば、そこは楽園。天上の世界のようにも思えた。鳴いてる鳥の声も軽やかで美しく、カラスの「カア」なんて雑な音は、どこからも聞こえてこない。
(天女がいる……)
庭園もさることながら、それよりオレが「キレイ」だと思ったのは、咲き乱れる藤の下にたたずむ人の姿だった。
とても華奢な体。抜けるように白い肌。日の光に輝くつやのある黒髪。
天女みたいだって思ったけど、よく見ればそれは髪を後頭部で結い上げた少年だった。天女のような領巾はなく、袍をまとい、裳のかわりに白袴を穿いていた。線の細い色白の少年。
(うわ……)
きれいなのはその姿だけじゃない。
近づくオレたちに気づいて向けられた視線。その瞳がとんでもなく青くて、透き通ってて。静かな湖面のようで、夏の空のようで。
吸い込まれそうなほどキレイで……。
「誰?」
少年の発した誰何に応えるのを忘れそうで――って。
「お、オレはリュカと言います! 殿下の専属治癒師として、こちらに罷り越しましてございます!」
やっべ。
うっかり口上を忘れるとこだった。あわ食ったせいで、前半部分、「オレ」になっちまったけど。ちょっとカッコつけて「私」って言うんだって決めてたのに。
「殿下と年の近い私なら、殿下もお心安く治療を受けてくださるのではないかと、近侍のセイハ殿の紹介で参りました。年若くはありますが、治癒師である祖父の元で修行しておりましたので、安心してお任せください」
何回も練習しきたとおりに。
そう。
オレがここに来たのは、地上の楽園のような庭を見に来たわけでもなければ、遊びに来たわけでもない。
――俺のお仕えする殿下のお身体を診てあげてほしい。
そう、頼まれたから。
頼んできたのは、じいちゃんの患者、セイハってオッサン。ただの腰痛、胃痛、頭痛持ちのオッサン、万年うだつの上がらない中間管理職だと思ってたら、なんと宮中で働く、皇子付きの近侍だったんだ。
――殿下と同い年で治癒師の男。きみなら、殿下の出した条件にピッタリなんだよ、リュカ。
オッサンの仕える殿下の出したという条件。同い年で治癒師の男。その条件に、オレとじいちゃんはそろって首を傾げた。
――なんで治癒師? 皇宮にはれっきとした医師もいるだろうに。
――それがねえ。殿下が皇宮の医師は嫌だとおっしゃるんだよ。
――なんで男?
――それはねえ。殿下が女はうっとおしいから嫌いだとおっしゃるんだよ。
――なんで十三歳?
――同じ年頃なら、心安くいられると殿下がおっしゃったんだ。高名な治癒師の孫である君なら適任だと思うんだ。
そう言われて悪い気はしない。
実際、オレのじいちゃんは、この国で最高の治癒師だし、そのもとで暮らしてずっとじいちゃんの仕事を見てきたオレも、それなりの腕を持っていると自負している。
皇子殿下の診察、治療。
それがオレの治癒師としての初仕事。
皇子がどんな病を抱えてるのか知らねえけど、じいちゃんから教わった技で、チョチョイっと治してやるぜ。
「殿下、このリュカ殿の腕は、俺が保証いたしますよ」
オレを連れてきた近侍のオッサンがつけ加えた。
「なんたって、俺の万年腰痛、胃痛を治してくださってる高名な治癒師の孫で、最高の弟子ですからね。殿下のお身体の不具合も、あっという間に……」
「――いらない」
は?
「必要ない」
にべもない皇子の言葉。
おい。
それがわざわざここまで足を運んだ者に対する言葉か、コラ。プイッとそむけられた横顔に思わずムッとする。
「殿下、そのようなことをおっしゃらずに。一度、診察だけでもお受けいただいてですねぇ」
メチャクチャ低姿勢なオッサン。取り付く島もない皇子と、カチンときてるオレの、まさしく中間、板挟み。胃痛が再発したのか、無意識にみぞおちに手を当ててる。
「このところ、おかげんもよろしくないようですし。宮廷医がダメならせめて、こちらの治癒師に見ていただくなど……、その……」
皇子にキッと睨まれて、シドロモドロ。オレたちの倍ぐらい生きてそうなのに、カッコ悪。
「セイハ、お前はこんな得体の知れないやつに、僕の体に触れさせようというのか?」
「い、いや、得体は知ってましてですねぇ。私もかかってる高名な治癒師の孫なんですよ。腕のほどは確かだと……」
「お前のその胃痛を完治出来ない程度の腕で高名?」
「いや、これは、その……、クセみたいなものでして……」
オッサンの言い訳を、ハッと皇子が鼻で笑いとばした。
胃痛を治してくれた名治癒師の話をしてて、胃に手を当ててたら、まあその腕を疑われるよな。治ってねえじゃねえか、と。
「僕を診せたいと言うのなら、百歩譲って、その高名な治癒師とやらを連れてこい。胃痛すら治せてない治癒師の孫なんかに診られたくない」
皇子ド正論。
そうだよな。仮に皇子が病気だったとして。診せるなら普通、じいちゃんを頼るよな。オレみたいな若造じゃなくって。
けど、けどさ。
「せっかくここまで出向いてやったのに、何様だ、テメエッ!」
「いや、皇子殿下だけど。この国の第一皇子……」
ブチ切れたオレに、小さくオッサンのツッコミ。
「オッサンの胃痛は、お前が原因だろうがっ!」
オレのじいちゃんは、ちゃんと適切な治癒を行った。行ったけど。
「胃痛の症状は薬で治めることができるけど、その原因を取り除かなきゃ、何度だって再発するんだよ! 胃痛を起こさせてるのは、お前だろうが!」
そう。
オッサンの万年胃痛、頭痛、腰痛の原因はこの皇子だ。
天女のようにキレイだけど、天女と違って辛辣で容赦ない毒皇子。この皇子に仕えてるせいで、オッサンは万年胃痛、頭痛、腰痛持ちになっちまって、じいちゃんのお得意様になってしまっている。
「皇子だなんだって威張りくさるなら、部下の体も守ってやれ!」
言いたいことは言い切った。
フンスッと鼻息を荒らしたオレに、オッサンが「あちゃあ」と、額に手を当て天を見上げた。
あ。今のでオッサン、頭痛も併発した……か?
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