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第10話 敵は油断した時にこそやってくる。
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そして、本日にいたる。
あの夜会以来、特になにもなかったので油断していた。
イルゼとユリアナを招いて、ミネッタの試作品「たいっぽい魚型焼き㏌カスタード」を食してた時、突然、屋敷の扉がノックされた。
「今日は二人以外、誰も招待してないのに?」
不審に思いながらもミネッタに対応をお願いする。都に用意した屋敷には、ミネッタ以外の使用人がいないので、彼女はちょっとしたなんでも係だった。(食事とか掃除とかなら、わたしでも手伝えるしね。経費削減しなくちゃ、都会では暮らせません)
「珍しいわね、アデルの家に誰か訪ねてくるなんて」
イルゼが「たいやきっぽい魚型焼きinカスタード」、略して「たい焼き(カスタード)」を頬張りながら言った。
「失礼ね、ウチにだって誰か来ることぐらいあるわよ」
「誰かって、誰よ」
「それは……、その……。郵便とか、そういうの……」
語尾が小さくなっていく。
郵便屋さんは客じゃないと、イルゼからの正論攻撃にシュンとなるわたし。まあまあと、場をなだめてくれるユリアナ。
いつもの展開。いつもの風景。
そして、再びたい焼きを食べ始めて数秒。
「おっ、お嬢さまぁ~っ!!」
廊下からミネッタの叫び声が響き渡った。
「なっ、なにっ!?」
驚き吹き出しそうになったたい焼きをなんとか飲み下して立ち上がる。
慎ましやかにちぎって食べていたユリアナも、すでに食べ終わって名残惜しそうに指まで舐めていたイルゼも、つられるように立ち上がる。
わたしたちのいる部屋へと近づいてくる足音。それも二つ。
やや大股な足音。その後を追いかけるような、ミネッタの足音。
「お待ちくださいっ!!」という切羽詰まったようなミネッタの声も聞こえる。
誰!?
思う間もなく、正解が扉を開けた。
正解は、真っ赤なバラ……ではなく、真っ赤なバラを持った人。
「会いに来たぞ、乙女よっ!!」
穏やかだった午後の部屋に、バラの花びらがキラキラと一緒に舞った(ような気がする)。
「舞踏会以来、なかなか会う機会も作れず。寂しい思いをさせてしまった」
キラキラのなかに響き渡る、後悔をにじませたような声。
「で、殿下……!?」
バラを抱えたまま、かすかに目じりに涙をにじませ床に片膝をつく男性。それはまぎれもなく、あの王子殿下。
ちょっと演技くさいというか、自分に酔いしれてる感があるけど。それでも、そこにいるのはまぎれもなく、あの王子だった。
「きみのことを思うと、胸が苦しく、夜も眠れなかった。さあ、今日は心ゆくまで互いのことを語り合おうではないか」
………………………………。
……………………。
…………。
……。
「………………は!?」
素で、ひっくり返ったような声が出た。
いきなり、なにを言い出すのよこの王子は。
会いに来た!?(ダレニ)
乙女!? 寂しい!?(ダレガ)
胸が苦しい!? 眠れない!?(病気か)
真っ赤なバラって。告白っていったらバラだよな。……いやいやいや。
いつ、わたしとこの王子は親密に語り合うような仲になったのだね!?
正直、ドン引き。
本気で言ってるにしても、演出が過剰すぎやしないかい!?
これで後ろに羽根(!?)とかバッサバッサ背負ってたら、ヅカだよな~。『ベルばら』だよな~。(ヅカとオスカルに失礼な発言)
だけど、こっちの世界では、これでも普通の枠内に入るらしく。
「ま、まあ。これはこれは殿下」
「すてきなバラですわ」
ちょっと待って、イルゼ、ユリアナ。
アンタたち、これ、受け入れるの? マジで?
「ああ、ご友人が来ていたのだな」
これは失礼したと、王子が二人にそれぞれ軽く挨拶をする。二人が声を上げるまで、その存在に気づいていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。
(どんだけ、わたししか見てないのさ)
「ねえ、アデル」
挨拶を終えたイルゼがこっそりわたしの脇腹をつつく。
「あたしたち、お邪魔なようだから今日は帰らせてもらうわ」
えっ!?
「そうね、せっかく殿下がこうして会いにいらっしゃったんですもの。失礼させていただくわ」
ちょっ、ちょっと、ユリアナッ!? イルゼッ!?
引き留めようと手を伸ばすわたしを尻目に、二人は殿下に「ごきげんよう」とかなんとかお嬢さま別れ言葉を述べて、そそくさと部屋を出ていった。
フフフっとわらった顔をしていたけど、内心は「ニヤニヤ」なんだろうな、二人とも。
こうなった以上、ミネッタも二人を見送りに行かなくてはいけない。
パタリと閉まる扉。
部屋に残るは、演技過剰な王子とバラとわたし(とたい焼き)。
気まずい沈黙。
一。
二。
三。
四。
「さて」
先に声を上げたのは王子のほうだった。
けど。
(…………は!?)
わたしは何度も目をしばたかせる。
「やっとこれで二人きりになれたようだな」
言葉だけだと、すてきなロマンスの始まりのように感じられるけど……。
ドカッと擬音つきで椅子に座った王子。ぞんざいに机に放り出されたバラ。吐き出された声も、心なしか低くなってる。
「二人きりになれたようだね」ではない。「二人きりになれたようだな」だし。
「この間のこと、いろいろ話してもらおうか(アアン!?)」
あ、え~~~~っと。
「こ、この間とはなんのことでしょう……」
こういう時は、しらばっくれるに限るっ!! というか、その180度ひっくり返ったような態度の変化についていけないっ!!
「ほほう。しらを切るつもりか(ア゛ア゛ン!?)」
あ、あの~。
さっきから、語尾に妙なものを感じ取れちゃうんですけど……。
えっらっそうに机に頬杖をつかれ、大げさなまでにふり回して組まれた足。不遜すぎる、こちらを睥睨するような視線。
さっきまでのヅカ風王子な態度はドコイッタ!?
あの夜会以来、特になにもなかったので油断していた。
イルゼとユリアナを招いて、ミネッタの試作品「たいっぽい魚型焼き㏌カスタード」を食してた時、突然、屋敷の扉がノックされた。
「今日は二人以外、誰も招待してないのに?」
不審に思いながらもミネッタに対応をお願いする。都に用意した屋敷には、ミネッタ以外の使用人がいないので、彼女はちょっとしたなんでも係だった。(食事とか掃除とかなら、わたしでも手伝えるしね。経費削減しなくちゃ、都会では暮らせません)
「珍しいわね、アデルの家に誰か訪ねてくるなんて」
イルゼが「たいやきっぽい魚型焼きinカスタード」、略して「たい焼き(カスタード)」を頬張りながら言った。
「失礼ね、ウチにだって誰か来ることぐらいあるわよ」
「誰かって、誰よ」
「それは……、その……。郵便とか、そういうの……」
語尾が小さくなっていく。
郵便屋さんは客じゃないと、イルゼからの正論攻撃にシュンとなるわたし。まあまあと、場をなだめてくれるユリアナ。
いつもの展開。いつもの風景。
そして、再びたい焼きを食べ始めて数秒。
「おっ、お嬢さまぁ~っ!!」
廊下からミネッタの叫び声が響き渡った。
「なっ、なにっ!?」
驚き吹き出しそうになったたい焼きをなんとか飲み下して立ち上がる。
慎ましやかにちぎって食べていたユリアナも、すでに食べ終わって名残惜しそうに指まで舐めていたイルゼも、つられるように立ち上がる。
わたしたちのいる部屋へと近づいてくる足音。それも二つ。
やや大股な足音。その後を追いかけるような、ミネッタの足音。
「お待ちくださいっ!!」という切羽詰まったようなミネッタの声も聞こえる。
誰!?
思う間もなく、正解が扉を開けた。
正解は、真っ赤なバラ……ではなく、真っ赤なバラを持った人。
「会いに来たぞ、乙女よっ!!」
穏やかだった午後の部屋に、バラの花びらがキラキラと一緒に舞った(ような気がする)。
「舞踏会以来、なかなか会う機会も作れず。寂しい思いをさせてしまった」
キラキラのなかに響き渡る、後悔をにじませたような声。
「で、殿下……!?」
バラを抱えたまま、かすかに目じりに涙をにじませ床に片膝をつく男性。それはまぎれもなく、あの王子殿下。
ちょっと演技くさいというか、自分に酔いしれてる感があるけど。それでも、そこにいるのはまぎれもなく、あの王子だった。
「きみのことを思うと、胸が苦しく、夜も眠れなかった。さあ、今日は心ゆくまで互いのことを語り合おうではないか」
………………………………。
……………………。
…………。
……。
「………………は!?」
素で、ひっくり返ったような声が出た。
いきなり、なにを言い出すのよこの王子は。
会いに来た!?(ダレニ)
乙女!? 寂しい!?(ダレガ)
胸が苦しい!? 眠れない!?(病気か)
真っ赤なバラって。告白っていったらバラだよな。……いやいやいや。
いつ、わたしとこの王子は親密に語り合うような仲になったのだね!?
正直、ドン引き。
本気で言ってるにしても、演出が過剰すぎやしないかい!?
これで後ろに羽根(!?)とかバッサバッサ背負ってたら、ヅカだよな~。『ベルばら』だよな~。(ヅカとオスカルに失礼な発言)
だけど、こっちの世界では、これでも普通の枠内に入るらしく。
「ま、まあ。これはこれは殿下」
「すてきなバラですわ」
ちょっと待って、イルゼ、ユリアナ。
アンタたち、これ、受け入れるの? マジで?
「ああ、ご友人が来ていたのだな」
これは失礼したと、王子が二人にそれぞれ軽く挨拶をする。二人が声を上げるまで、その存在に気づいていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。
(どんだけ、わたししか見てないのさ)
「ねえ、アデル」
挨拶を終えたイルゼがこっそりわたしの脇腹をつつく。
「あたしたち、お邪魔なようだから今日は帰らせてもらうわ」
えっ!?
「そうね、せっかく殿下がこうして会いにいらっしゃったんですもの。失礼させていただくわ」
ちょっ、ちょっと、ユリアナッ!? イルゼッ!?
引き留めようと手を伸ばすわたしを尻目に、二人は殿下に「ごきげんよう」とかなんとかお嬢さま別れ言葉を述べて、そそくさと部屋を出ていった。
フフフっとわらった顔をしていたけど、内心は「ニヤニヤ」なんだろうな、二人とも。
こうなった以上、ミネッタも二人を見送りに行かなくてはいけない。
パタリと閉まる扉。
部屋に残るは、演技過剰な王子とバラとわたし(とたい焼き)。
気まずい沈黙。
一。
二。
三。
四。
「さて」
先に声を上げたのは王子のほうだった。
けど。
(…………は!?)
わたしは何度も目をしばたかせる。
「やっとこれで二人きりになれたようだな」
言葉だけだと、すてきなロマンスの始まりのように感じられるけど……。
ドカッと擬音つきで椅子に座った王子。ぞんざいに机に放り出されたバラ。吐き出された声も、心なしか低くなってる。
「二人きりになれたようだね」ではない。「二人きりになれたようだな」だし。
「この間のこと、いろいろ話してもらおうか(アアン!?)」
あ、え~~~~っと。
「こ、この間とはなんのことでしょう……」
こういう時は、しらばっくれるに限るっ!! というか、その180度ひっくり返ったような態度の変化についていけないっ!!
「ほほう。しらを切るつもりか(ア゛ア゛ン!?)」
あ、あの~。
さっきから、語尾に妙なものを感じ取れちゃうんですけど……。
えっらっそうに机に頬杖をつかれ、大げさなまでにふり回して組まれた足。不遜すぎる、こちらを睥睨するような視線。
さっきまでのヅカ風王子な態度はドコイッタ!?
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