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24.震える想いを伝えて

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 「――落ち着いたか?」

 「はび。ずみまぜん」

 明かりをつけたリビング。そこで、課長と二人並んでソファに腰掛ける。
 課長が無事で、安心して。感情がメチャクチャになって大泣きしたあたし。そのあたしに、怒るでもなく笑うでもなく、ずっと寄り添ってくれた課長。
 涙と感情が収まってくると、少し気恥ずかしい。

 「それにしても。お前、その格好で金沢まで行くつもりだったのか?」

 課長が指摘する。
 白玉ぜんざいっぽいものを作ろうとしてたあたし。着古してよれたルームウェアには、ところどころに白い粉の跡。
 この格好で、あたし、新幹線に乗ろうとしてたの? 足はサンダル履いてたし。

 「それに、金沢まで行ったとして。どうやって俺と会うつもりだったんだ?」

 「えーっと。それはぁ……」

 冷静に考えれば、スマホで連絡を取って――なんだけど。家を飛び出したあたしが持ってたのは、財布の入ったカバンと、あずき缶だけ。スマホは(あずき缶を持ってたせいで)持てずにイライラして放っぽってしまっていた。
 
 (ゔゔ。穴があったら入りたい)

 石川県金沢市と、神奈川県横浜市金沢区を間違えただけでも恥ずかしすぎるってのに。
 いくら心配してたからって、ものすごく慌ててたからって。一生穴に入っていたいぐらいの間抜けっぷり。

 「――ありがとうな」

 「バカでえ、お前」「なにやってんの、ゲラゲラゲラ」
 そんなふうに笑われると思ったのに。
 訪れたのは、優しい感謝の言葉と、そっとあたしの頭を抱き寄せる、課長の手だった。

 「そこまで慌てるほど、俺のことを心配してくれて」

 「課長……」

 あ、ダメだ。また涙が出てきそう。

 「そうだ。金沢の土産がある。食うか? ウサギを型どった和菓子だ。中はお前の好きなアンコだぞ」

 立ち上がった課長。お土産を取りに歩きだすけど。

 「――お土産より、課長をください」

 その服の裾を、必死に掴む。

 「真白、お前……」

 「あたし、課長がいない間、大好きなQUARTETTO!のビデオ見てたんです。推しを思う存分堪能しようって。でも、できなかった……」

 課長が立ち止まり、あたしをふり返る。
 あたしは、その視線を受け止めきれずに、床だけを見つめ続ける。

 「推しをカッコいいって思えなかった。カッコいいんですけど、なんか違うなって。なんか、ずっと胸にポッカリ穴が空いてるっていうのか、ときめかないっていうのか。全然萌えなかったんです。時間が過ぎるのがとっても遅く感じられて」

 あたし、なに言っちゃってんだろ。要旨が全然まとまらない。
 
 「でも今はちょっと違うんです。胸がドキドキして、ちょっと苦しくて。フワフワするような、ワクワクするよな、温かいような、切ないような、落ち着くような、そうでないような。不思議な感じなんです」
 
 もっとキチンとわかりやすいように説明しなくちゃ。課長、きっと呆れてる。なに言ってんだ、わかりにくいぞって呆れてる。

 「あたし、あのニュースを観て、本当に怖かった。課長が戻ってこないんじゃないかって、会えなくなるんじゃないかって、怖くて仕方なかった」

 「真白……」

 「課長。あたしに、課長をください。課長がここにいるんだって、課長が無事なんだって教えて下さい!」

 言った!
 言った、言った、言い切った!
 一番言いたかったこと、ちゃんと言った!
 目だってちゃんと見るもんね! もう、逸らしたりしないもんね!

 「そんなこと言って。止まれないぞ?」

 「止まらないでください」

 ギャーっ! あたしナニ言っちゃってんの! そして、自分から抱きつくなんて、なんて大胆!
 頭パニック。
 体中の血が沸騰しそうなぐらい熱くなってる。耳の奥の血流うるさい。心臓が「オギャーッ!」って暴れまくるし、胸が張り裂けそう。
 でも。
 でも、言っちゃったもんね、あたし!
 言いたかったこと、全部言っちゃったもんね!

 「真白……」

 あたしの名前を呼び、降りてきた唇。
 
 (ああ、課長がいる……)

 唇から伝わる温もり。
 それだけで。
 それだけであたし、涙出そう。
 
*     *     *     *

 チュッ……。チュッ……。

 リビングと違って、暗いままの寝室に濡れたような音が響く。
 ベッドに腰掛けたあたしと課長。隣に座る課長が、あたしにキスしてくれるからだ。

 「真白……」

 キスの合間、課長のかすれた声があたしを呼ぶ。頬に当てられた課長の手。その指の先が、耳に、こめかみの髪に触れる。
 こういう時、あたしも課長の名前を呼んだらいいのかな。わからないでいると、またキスが降り注ぐ。

 「ンッ……」

 どうしたらいいのかわかんなくても、こうしてキスされるのが幸せだってことはわかる。
 幸せで、うれしくて。頭のぼせて、クラクラしてくる。あたし、どうにかなりそう。

 「あっ……、ンンッ」

 頬へ、額へ、耳元へ、首筋へ。
 課長のキスは、唇だけじゃなくて、少しずつ違う場所へと移っていく。おかげで、息もしやすいし、声も出るようになった。

 「ヒャンっ!」

 そのままポテンと、仰向けに押し倒される。
 身を捩って、あたしにのしかかる課長の体。そしてさらに降り注いでくるキスの嵐。
 キスだけじゃない。

 「ンンッ……!」

 課長の舌が、あたしの首筋をなぞる。そして。

 「アッ……」

 耳の下あたりをカプッと甘咬みされた。

 (あたし、食べられちゃう?)

 課長に。
 今のあたし、課長に味見されちゃってる。
 でも、それがイヤとか言うんじゃなくて。怖いけど、「食べていいよ」って気分になってる。
 課長なら。課長なら食べていいよ。食べてください。って。
 
 「あっ、ちょっ、待ってください!」

 蕩けかけた思考、復活。あたしのルームウェアを脱がしにかかった課長を止める。

 「怖いのか?」

 課長が身を起こす。

 「ち、違うんです! あたし、課長に食べられたいって思ってます! でも、その、ブラが、ブラがっ!」

 こういうこと想定してなかったから、なけなしレースしかついてないお子ちゃまブラなんですうぅぅ~~!
 それも、布地はファンシーうさぎのプリント柄。
 胸が小さいのは仕方ないとして。せめてブラぐらい、大人っぽい色っぽいもの着けておけばよかった。ゔゔ。

 「別に。俺はブラジャーなんぞに興味はないぞ」

 へ?

 「そこに中身が収まっていればいい」

 中身って! 言い方!
 少し笑った課長にツッコみたい。

 「――怖い、わけじゃないんだな」

 「え、はい……」

 怖くはないです。
 ドキドキはしてるけど。心臓暴れまくってるけど。怖い……ってのはちょっと違う。

 「なら、自分で脱げ。ブラジャーを見られるのが恥ずかしいのなら、さっさと脱ぐといい」

 そしたら、見られずに済む?

 「あのう。でもその場合、あたしの胸が丸見えですよね?」

 あたしのささやか過ぎる胸がポロン。

 「そうなるな」

 いや、「そうなるな」じゃなくて!

 「着衣のままヤることはできるが。それでいいのか?」

 それでいいのかって。

 「――わ、わかりました」

 脱ぎます! 脱ぎますよ! 脱げばいいんでしょ! 
 いくらなんでも、着衣のままはちょっとイヤ。
 エイヤッと気合いを入れて、ルームウェアもブラも脱ぎ捨てる。
 これでいいですか、課長!
 ムンっと口を曲げ、上半身裸で開き直る。

 「キレイだ……」

 へ? 課長?

 「ひゃあっ……!」

 大型犬に飛びかかられた。
 そう思えるぐらい、グワッとあたしに襲いかかってきた課長。

 「ンッ、ンンッ、はぁっ、ンふッ!」

 今度のキスは、息をする合間もない。息すら課長に食べられてる。

 「覚悟しろ、真白」

 か、覚悟って。

 「あっ、ンンッ……!」

 「お前のすべて、俺がもらう」
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