上 下
4 / 18

4.ロマンス小説

しおりを挟む
 「へえ、そんな本を読むんだ」

 自分より背の高い書架。そこから、軽く背伸びをして選んだ本を見て、彼が感心したような顔をした。

 「女性の選ぶものだから、もっと恋愛小説を取るかと思ったよ」

 意外だな。
 まあ、それが普通の意見だと思う。
 私が手にしたのは、『ロビンソンクルーソー』。無人島での暮らし、食人族との戦いなど子ども、それも男の子からは喜ばれそうだけど、奥さまのような年配のマダムに薦めるには、どうかと思う内容だ。
 奥さまの言う、『レイの選んだ本、一冊』という要望は、一見簡単なようで、その実難しい。
 彼とともに貸本屋に訪れていることは、奥さまだって承知の上。そこで互いに本を選ばせ、それをキッカケに話を弾ませようという魂胆だろうけれど。
 わかっているから。わかっているからこそ、そういった恋愛から遠い本を選んだ。子どもっぽいと思われてもいい。こういう冒険モノが好きなのだということにしておけば、余計なドキドキは味あわなくてすむ。
 そういう彼はどんな本を選んだのだろう。
 気になって、彼の手のなかに収まってる本を見る。

 (……狼王……ロボ!?)

 思わず首をかしげてしまう。彼が私の視線に気づいて、本を軽く持ち上げた。

 「読んだこと、ある?」

 「ええ、まあ」

 動物の、野生の狼の行動習性に詳しい本で、一般的に女性が読むとは思われにくい内容だ。どちらかというとこれも男の子向きだと思う。
 それを、奥さまに?

 「大伯母上に、『ゼンダ城の虜』なんて渡しても、“ありきたり”とか言って、ガッカリされそうだからね。少し変わった視点から恋愛モノを薦めようと思ったんだ」

 「恋愛……?」

 『狼王ロボ』が?

 「この物語、最後にロボが死ぬだろう?」

 「はい」

 「それまで勇敢で知恵の回るロボが、妻であるメスのブランカを殺されてから普段の冷静さを失い、捕らわれてしまう。出された食事にも手をつけず餓死するさまは、ある意味悲恋の物語だと思うんだ」

 一途に一匹のメスだけを想い、死んだロボ。最愛のメスを亡くし、ロボが壊れていくさまは、確かに悲恋小説に通じるものがあるとは思うけれど。

 「僕は、この小説を通じて大伯母上に僕の想いについて考えて欲しいと思ってるんだ」

 彼の視線が真っすぐに、私を捕らえた。

 「僕にとって、昨夜の彼女はブランカそのものだ。僕もロボのように、彼女なしではこの先を生きてゆけない」

 「え……、どうしてそこまで」

 どうして私を想ってくれるの?
 問いかけが、グッと喉の奥までせり上がってくる。

 どうしてそんなに入れ込むの?
 わずか一曲。バルコニーで少し踊っただけの相手よ?
 名前も、立場も何も知らないのに。
 性格だってわからない。
 今だって、髪の色、服装を変えただけで気づかれないような相手を、どうして?

 「自分でも、よくわからないんだ。でも、彼女ともっと親密な仲になりたいと、そう願っている。許されるなら、彼女ともう一度ゆっくり話したい」

 話しながら、彼がクシャッと前髪をかき乱した。

 「多分、これが一目ぼれってヤツなんだろうな。自分でどうしようもないぐらい、彼女に惹かれている」

 言って恥ずかしくなったのか、彼が赤くなった顔を背けた。

 理由なんてわからない。たった一度会っただけの相手を恋い慕う想い。
 その一途な想いを告げられて、私はうつむくしかなくなってしまう。
 彼が恋した相手は、今こうして目の前にいる。
 土色の髪をメイドらしくひっつめて、藍色の地味なドレスを身にまとって。
 薄暗いバルコニーじゃない。明るい昼間だというのに、彼はそのことに気づきもしない。
 まるで、シンデレラ。
 魔法が解けてしまえば、そこにいる灰かぶりがガラスの靴の落とし主だとは気づかれない。
 シンデレラは王子のもとにガラスの靴を残したけれど、私は何も残していない。
 気づかれたくない。気づかれちゃいけない。
 こんな身分下となった女に惚れたなんて、彼にとってはとても不名誉な真実だろう。
 そう思うのに。
 なぜか、うつむいたままの心が軋んだ。

*     *     *     *

 ―― レイ、アナタがキースの世話をして頂戴。

 町から戻ると、奥さまから私にとんでもない命令が下された。

 「わ、私がですか?」

 「彼女がですか?」

 彼と息の合った驚きの声を上げてしまう。

 「そうよ。本来は従僕フットマンを配するべきなんでしょうけど、この家に従僕はいないから」

 困ったわねえと、奥さまが頬に手を当てる。

 「では、執事バトラーにお世話をしていただくというのは」

 この屋敷でお仕えしてるのは、私と家政婦長のマーサさん、それと執事のジョンソンさん。
 男性の身の回りの世話は基本、男性の使用人がするもの。だから、従僕がいないのであれば、執事に頼めば……。
 
 「それもねえ。ジョンソンにはわたくしの仕事を手伝ってもらわなければいけないから」

 やんわりと断られた。

 「マーサは高齢だし、他は料理長と通いの園丁と。これでは、誰もキースのお世話を出来ないわ」

 私を除いて。

 「もちろん、男性にしかできないお世話はジョンソンたちに頼んでくれて結構よ。それではいけないかしら、キース」

 「まあ、大伯母上がそれでいいとおっしゃるなら……」

 彼もかなり困惑しているようだった。チラリとこちらに視線を向けられる。

 「なら決まりねっ! さっそくだけどレイ、キースのこと、よろしくね!」

 「はい」

 パンッと手を叩きうれしそうな奥さまに対して、反論する余地はない。
 命じられるまま、彼とともに客用寝室へと向かう。
 留守の間に整えられた部屋は、カーテンを開け放たれ、夕方のオレンジ色の光に包まれていた。
 
 「済まなかったな」

 部屋に落ち着くなり、彼が切り出した。

 「僕が従僕フットマンなりなんなり、伴を連れてこればよかったんだが」

 朝早く、誰も伴をつけないで出かけてしまうぐらい、彼は急いでいたのだろうか。私を求めて。

 「家から従僕を呼び寄せるまで、しばらく頼むよ、……えっと」

 「レイと申します。キースさま」

 「そうか。よろしく頼むよ、レイ」

 「はい」

 彼の笑顔に、軽く頭を下げて応じる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax
恋愛
たとえ世界が終わっても…最後まであなたと共に 恋愛×現代ファンタジー×魔法少女×魔法男子×学園 魔物が出没するようになってから300年後の世界。 祖母や初恋の人との約束を果たすために桜川姫歌は国立聖歌騎士育成学園へ入学する。 そこで待っていたのは学園内Sクラス第1位の初恋の人だった。 しかし彼には現在彼女がいて… 触れたくても触れられない彼の謎と、凶暴化する魔物の群れ。 魔物に立ち向かうため、姫歌は歌と変身を駆使して皆で戦う。 自分自身の中にあるトラウマや次々に起こる事件。 何度も心折れそうになりながらも、周りの人に助けられながら成長していく。 そしてそんな姫歌を支え続けるのは、今も変わらない彼の言葉だった。 「俺はどんな時も味方だから。」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します

縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。 大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。 だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。 そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。 ☆最初の方は恋愛要素が少なめです。

宮花物語

日下奈緒
恋愛
国の外れにある小さな村に暮らす黄杏は、お忍びで来ていた信寧王と恋に落ち、新しい側室に迎えられる。だが王宮は、一人の男を数人の女で争うと言う狂乱の巣となっていた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...