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第21話 ワケあり執事は、今日もはなしてくれません?

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 「彼はね、ボクの古い学友で、レオン・キースハルト・フォン・ファーレン侯爵。彼がこちらに遊学中に知り合ったんだ」

 あのあと、本当に用意されていた刑事に、ボードウィンは拘束された。(ちゃんと階下にいたのよ)
 事件が一段落ついたってことで、火事に遭ってない部屋、屋敷の応接間ドローイングルームで一息つく。
 長机を挟んで、兄さまとキースが並んで椅子に腰掛け、アタシはその向かい側に一人で座る。ジュードはそのそばに立つ。
 
 さあ、どういうことか話してもらおうじゃないの。

 ムスッとしたアタシの前に、テオが無言のままお茶を用意してくれた。

 「彼は、エーレンシュタット大公の嫡男でね。遊学後、帰国されてからも手紙などで、やり取りしていたんだが、今回、ボクとキミのことで相談に乗ってもらってたんだよ」

 無言のまま、茶器を片手に、カップのなかの紅茶をすする。
 嫡男は、父親の持っている称号のうち、一番位の高いものを儀礼称号として名乗ることが許されている。エーレンシュタット大公の嫡男、ヴィッセルハルト侯爵レオン・キースハルト・フォン・ファーレン。
 執事ではない。大公の息子。とんでもない身分だけど、それはいい。

 「ボクを殺したことにして、叔父を油断させ、その懐に入ってもらったんだ。彼が狙ってるもの、そのために犯した悪事を暴くためにね。それに、ボクも動けるようになるまで少し時間が必要だったからね」

 兄さまはヒ素を盛られていた。早急に気づけたおかげで、治療も間に合い、回復に向かったようだけど。

 「馬車の事故は、そこのテオに仕込んでもらったことだったんだ。事故死に見せかけて、遺体のない棺を埋め、その間にボクが叔父の周りを調べる。叔父が呼び戻すであろうキミのことは、レオンが執事のフリをして守る。そういう手筈だった」

 「――で?」

 「結果は御覧の通りだよ。叔父が使い込んでいた子爵家の資産。ボクとキミを殺そうとした殺人教唆。いろいろ証拠を取り揃えることができた」

 兄は自分を死んだことにして、水面下で動いていたらしい。(偽装)事故にジュードは関係なく、動いていたのはキースとその子分、テオ。テオは従僕フットマンの格好をしているけど、本当は侯爵に仕える従者ヴァレットなんだそう。大公の一人息子であるレオンを守るため、荒ごとにも長けてるとかなんとか。

 「で?」

 「で?……って。ティーナには悪かったと思ってる。レオンに守ってもらってるとはいえ、キミを勝手に囮にして危ない目に遭わせて。学校から無理やり呼び寄せて悪かった」

 「そうじゃないの!!」
 
 テーブルに叩きつけるように茶器を下ろす。

 「アタシ、兄さまが亡くなったって聞いて、すごく悲しかったの!! 兄妹なんだから、もっといっぱいお話したかったって後悔してたの!! もっと会っておけばって!!」

 「ご、ごめん、ティーナ」

 「これからいっぱい話せるから問題ないじゃないか」

 慌てる兄さま。その隣で、泰然と優雅にお茶を口にするキース。

 「そういう問題じゃないの!!」

 「じゃあ、どういう問題なんだ?」

 だから、謎掛けじゃないっての。

 「ティ、ティーナ、囮にしたこと、怒ってないのかい?」

 おずおずと兄さまが訊ねる。

 「別に。そこは、まあ、コイツが守ってくれたから……」

 いくぶん、声のトーンが落ちていく。勝手に囮にされたことは納得いかないけど、そこは、コイツが命がけで守ってくれたから。その……。

 「じゃあ、やっぱり問題ないじゃないか」

 キースが飲み干した茶器をテーブルに戻す。

 「僕としても楽しいひとときだったよ、ティーナ」

 ――は?
 ナニイイダスノ?

 「危険に晒される令嬢を守る、騎士ナイトのような執事。たとえ令嬢から疑いの目を向けられても、くじけずに命をかける。いやなかなかない経験だったよ。ルドルフ・ラッセンディルの心情を理解できた気がするよ」

 は? 『ゼンダ城の虜』ごっこやってるんじゃないわよ? というか、アンタがルドルフさまなわけ?

 「でも兄さま。兄さまが亡くなったって、他の方もそう思っていらっしゃいますよね?」

 強引に話題を変える。
 確か、伯爵夫人を始めとしたアタシの婿取り応援隊の方々は、兄さまが亡くなったって思っていらっしゃるわよね? 今更、「ボク、実は生きてたんですぅ」って言ったら、卒倒するんじゃない?

 「ああ、それは『亡くなった』じゃなくて、『メイフォード卿は急な任務でパリに赴いてます。彼が不在の間、妹をよろしく頼みます。せっかく兄に会うために学校から戻ってきたのに、寂しがってるから』ってお願いしてあっただけだから。問題ないよ」

 へ?
 って、あれ? そういえば夫人たちは、「大変でしたね」とかおっしゃってたけど、「亡くなった」お悔やみみたいなことは口にしてなかったような……。夫人たちにお会いする時はアタシも普通のドレスを着てたし……。あれ? もしかして、もしかすると、兄さまが死んだって思いこんでたのは、アタシとあのボードウィン……だけ?

 「ふふっ、かわいいね、ティーナは」

 キョトンとするアタシに、クスクス笑うキース。

 「命を狙われてる、僕も悪党の一味だって思い込んでさ、必死に逃げ出そうとするんだもの。かわいいよね、ローランド」

 「え、あ、うん、そ、そうだね……」

 そういう問題じゃないでしょうがあっ!!
 勝手に兄さまに同意を求めるんじゃない!! 兄さま、困ってるし。

 「ねえ、ティーナ」

 ゆっくりと椅子から立ち上がったキースが、こちらに近づいてくると、アタシのすぐ横で胸に手を当てる。

 「キミを守った騎士ナイトに、褒美の一つもいただけないかな?」

 は?

 「キミの花婿候補に名乗りを上げること、許してくれないか?」

 へ?

 「れ、レオン?」

 兄さまも驚いてる。
 っていうかアタシの花婿探しって、伯爵夫人たちの暇つぶしだったんじゃないの? 兄さまもこうして健在だったわけだし。アタシが子爵家を継ぐことはなくなったんだし。当面、伴侶は必要なくなったんだし。

 「一緒にいて、キミのような可愛くて賢明な女の子、素敵だなって思ったんだ」

 騙されやすくて間抜けな女の子の間違いじゃないの? オモチャにするにはちょうどいいチョロい女の子。

 「キミを誰か別の男に取られるのだけは我慢できない。ねえ、ティーナ。この僕に、キミの恋人として名乗りを上げることを許してくれないか?」

 え? は? ちょ、ちょっ……!!

 キースの手が流れるように動いて、アタシの手を持ち上げる。恭しく手を持ち上げ、その甲に顔を近づけ――。

 チュッ……。

 彼の唇が手の甲に触れ、手の甲からありえないほどロマンティックな音がした。
 誰か味方っ!! アタシの味方っ!! 助けて!!
 キョロキョロ探すけど、兄さまは必死によそ見をするだけで役に立たなさそうだし、ジュードはヒュゥって口笛で囃し立ててくる。

 「これからよろしくね、ティーナ」

 執事から侯爵に。そして勝手に花婿候補、恋人に。
 事件は解決しても、コイツから逃れることは難しいかもしれない。
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