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第13話 デキる執事は一味違う。

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 ――違った。

 「気晴らしにダンスの練習などいかがでしょう。ランチェスター伯爵夫人から、舞踏会への招待状を預かっております」

 思いっきり違った。キースの提案は普通に普通のことだった。
 っていうか、ランチェスター伯爵夫人? 舞踏会?

 「舞踏会って、あの舞踏会よね? 戦ったり、ブドウを採りに行ったりするんじゃなくて」
 
 舞踏会って言ったら舞踏会。「武闘会」でもなければ「ブドウ狩り」でもない。
 紳士淑女がフフフ、ホホホと集まって、ズンチャッチャズンチャッチャと、音楽に合わせて踊るという、そういうやつ。

 「はい。その舞踏会です、レディ」

 キースの脇、銀盆に招待状を載せ、テオが眉一つ動かさずに立つ。

 「お嬢さまのお相手探しのため、舞踏会を開いてくださる。とてもお優しい方ですね」

 いや、それ、絶対違うわ。
 伯爵夫人が優しくないってわけじゃなくって、その開催する理由がちょっと不純な気がするのよ。世話焼きというか、恋愛小説のような展開を期待して楽しんでるというか。

 「舞踏会まで時間はありますが、少しダンスのレッスンをしておいたほうがよろしいかと」

 「それって、アタシが下手だと思ってる?」

 練習しなくちゃいけないくらい下手だと?

 「いえ。お上手なのであれば、さらに高みを目指してもよろしいかと。なんといっても、ご夫君となられる相手を探される場ですから」

 上手ならさらに完璧に。下手なら失笑されない程度にそれなりに。
 とりあえず、「ダンス」と呼べるだけの踊りを披露できるようになっておけ。でなきゃ、子爵家がバカにされるだろうが。
 
 「わかったわ。じゃあ、ダンスのレッスンを受けたいから先生を呼んでちょうだい」

 この調子だと、「もう先生は手配してあります」とか言って、扉を開けたら「はい先生!!」って現れそうだけど。

 「では、早速ですが始めましょうか」

 え?

 「あの、先生は?」

 呼ばないの? 扉、開けないの? 「はい先生!!」はないの?

 「僭越ながら、わたくしが講師を務めさせていただきます」

 (う、ウソでしょ?)

 アタシの隣にいたジュディスも目を丸くしてる。まさか、執事がダンスの相手をするなんて。
 驚かないのは顔色一つ変えたことないテオだけ。彼は驚くどころか当たり前ってかんじで銀盆を置くと、黙々とヴァイオリンを用意し始めた。

 「ねえ、テオがヴァイオリンを弾くの?」

 ダンス指南をする執事も驚いたけど、ヴァイオリンを弾く従僕フットマンにもビックリだわ。ヴァイオリンなんて、そうそう弾けるようになるものじゃない。下町育ちのあたしは、そういうのに縁がなかったから、令嬢扱いされてから大いに困った。

 「ええ。テオの両親は音楽で生計を立てておりましたので」

 なるほど。それなら、テオが弾けても違和感ないわね。生まれた時から音楽が身近にあったのなら、従僕フットマンであっても頷ける。
 実際、軽く左肩に載せ、音を合わせるテオはとても手慣れていた。

 「では、お手をどうぞ、レディ」

 さあ、と差し出された手。まるで、ダンスを誘う紳士のようだけど。

 (まあ、いいわ。踊れっていうのなら踊ってあげるわよ)

 これでもダンスは不得意中の不得意なのよ。エヘン。
 威張れることじゃないけど。
 だって寄宿学校じゃダンスはほとんど習わなかったし。どっちかというと、マナーとかフランス語とか刺繍とか楽器とか中心だったし。全部苦手だったけど。

 (下手くそすぎてコイツの足を踏んづけてやるのもいいかもね)

 下手なことをバカにされたくないけど、少しぐらい意趣返ししてやりたいというのも本音。踏んづけてやったら、このおすまし執事はどんな顔するんだろ。
 なんて考えると苦手なことも楽しくなってくる。

 「では……」

 アタシの右手を持ち、支えるように腰に手を回したキース。軽くテオと頷き合うと、テオがキュッと弓を引き、音を奏で始めた。

 (わわわ……っ!!)

 音と同時に滑り出したダンス。
 流れるように、流されるように。
 前へ、後ろへ。右へ、左へ。

 「お嬢さま、こちらにお顔をお向けください。下を見てはなりませんよ」

 いや、そんなこと言ったって。
 踊りだしたせいで、動き出したせいでわかったトラブル。

 (メッチャ密着してる~~!!)

 キースが前へ出たらアタシは後ろへ。右へ出たら一緒にそっちへ。
 間違えてぶつかりそうになるのも問題だけど、間違えて離れそうになるとグッと抱き寄せられちゃうから、さらに密着することになって。

 (ぶつかりたくない~~!!)

 こんなの足をどうとか下をどうとか言ってる場合じゃないのよっ!!

 「仕方ありませんね」

 軽く嘆息した後、キースがテオに合図を送る。

 (えっ!? ええええっ!?)

 タァーラーララァー、タァーラーララァーってかんじのゆっくり目だった音楽が一気にタンタンタン、タンタンタンと同じ三拍子でもメチャクチャ速くなる。それに合わせてキースのリードまで速くなって。
 
 「ちょっ、待って!! 追いつかない!!」

 もうステップとかなんとか、わけわかんない。足が、足がもつれてっ!!

 「大丈夫です。相手のリードに任せておけば――ほらっ」

 腰を力強く抱き寄せられ、グルンッと一回転、振り回されたアタシの体。それも、一度じゃない。二度も三度も。

 (きゃあああっ!!)

 グルングルンと回されるたび、フワッと広がるドレスの裾。まるで花のよう――なんてウットリする余裕はない。強引で、力強すぎるリードにただただ戸惑い、心の中で叫び声を上げるだけ。
 グルングルン回るだけじゃない。キースのリードにさらわれた体は、部屋中、あっちこっちへ引きずり回される。家具や突っ立ったままになってるジュディスにぶつからないのが不思議なぐらいの速さ。

 「お、お嬢さま……」

 目の端で、驚き不安そうにこっちを見てるジュディスを発見。祈るような手つき。
 うん、そうだよね。そうなるよね。
 こんなのダンスじゃない。ダンスの名のもとに部屋中引き回しの刑だよ。目が回ってくるし、地に足がほとんどつかなくて、ずっと振り回されてる。
 キュンッと弓を弾くように、テオが最後の一音を奏であげた。それに合わせて、グルグル回りも終了する。

 「いかがでございましょう、レディ」

 いや、いかがもどうも……。
 キースに手を離され、ペタンと床に崩れるように座り込む。

 「お気は晴れましたか?」

 晴れるもなにも……。
 そりゃあ、考えすぎて煮詰まりかけた頭はスッキリしてるけどね? 考えてたこと吹っ飛ぶぐらい、グルングルン回されたけどね? ついでに目も回りすぎて、頭クワンクワンしてきたけどね?

 (これって、何も考えずに殺される日を待ってろってこと?)

 ありえる。ありえるわ。
 推理が正解に向かわないよう、考えられなくしたのよ。
 ハーハーと乱れたままの息。バックバクの心臓を胸の上から押さえつける。

 「さあ、お嬢さま、ゆっくりしている暇はありません。もう少し練習を重ねましょうか」

 「いや、ちょ、ちょっと待って!!」

 さすがにこれ以上は無理!!

 「ですが、舞踏会まであまりお時間はありませんので」

 そんなこと言われても無理!!
 慌てて近づいてきたジュディス。その手にあったのはコップに入った水。落ち着くようにと渡されたそれを、一気に飲み干す。
 
 「あ、アタシ、ちょっと休憩するから……!!」

 「ですが」

 なおも食い下がるキース。えーい、うるさい。

 「なら、ちょっとゆっくり目にジュディスと踊って見せてよ」

 「え?」
 「ジュディスと、ですか?」

 「そうよ。アタシが休憩している間、二人で踊って見せて。それを手本にするから」

 誰かがやってるのを見るのも勉強でしょ? って、苦し紛れに思いついただけだけど。

 「それが無理ならアンタとテオでもいいわよ。ヴァイオリンぐらいアタシが弾いてあげるからさ」

 「ご遠慮します」

 目を真ん丸にしたジュディスと違って、こっちは即答拒否。眉一つ動かさないテオ。

 「じゃあ、キースとジュディスね。スローステップで踊ってあげなさいよ」

 「あ、あたい、ヤダ!!」
 「そのご命令はお受けいたしかねます、レディ」

 あら。意外にもこっちも即答。
 まあ、さっきのあのグルングルン踊りを見たら嫌がるよね。ジュディス、キースのこと怯えてるっていうか警戒してるし。

 「わたくしの相手は、レディ、貴女しかいらっしゃらないようですね」

 え? え? え?

 「大丈夫です。次はゆっくり、スローステップで踊って差し上げますよ」

 そう言って微笑むクソ執事。
 いやその笑顔、絶対なんか企んでる!! 絶対裏がある!!

 (たーすーけーてー)

 再び奏でられたヴァイオリン。
 その日アタシは疲労困憊、グッタリするまでグルグル回され続けた。
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