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第11話 執事の手駒は新たな看守。

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 「ご紹介が遅くなり、誠に申し訳ございません」

 タルトと本。それを抱えてアイツが頭を下げた。

 「テオは私が不在の時などに、お嬢さまのお世話をするようにと呼び寄せた者なのですが――」

 ほー、へー、ふーん。
 どうでもいいとばかりに窓際の椅子に腰掛け、そっぽ向いてテーブルに頬杖をつく。

 「アンタが不在の時なんてあるんだ」

 アタシが意図的に追い出さなきゃ、ずっとベッタリくっついてくるくせに。

 「こう見えても子爵家の執事ですからね。やることはいくらでもありますよ」

 なるほど。
 っていうか、「お世話」じゃなくて「監視」、もしくは「見張り」でしょ?

 「本来なら小間使いにその任を託していくのですが……」

 キースがチラリとジュディスに視線を送る。
 ジュディスはお茶のセットをトレーに載せたまま、所在なく部屋の隅に立っていた。
 小間使いに成りたてホヤホヤ、新米すぎるジュディスでは留守を任せるのに不満ってわけね。逃げ出すかどうか、見張りにもならないし。そもそもキースはジュディスが嫌いみたいだし。
 だから自分の手駒である従僕フットマンを呼び寄せた。ページボーイの格好をしていたのは、アタシに気づかれずに見張るためだったのかも。ま、アタシが階段から落っこちかけたせいで、正体バレちゃったけど。

 「ま、いいわ。よろしくね、テオ」

 「――よろしくお願いいたします。マイ・レディ」

 キースの手下だけど一応は、と笑顔で挨拶したのに、返ってきたのはメッチャ素っ気ない返事。顔もまったく感情が読めない無表情。それどころか、挨拶の後、プイッと視線を背けられた。

 (従僕フットマン……ねえ)

 まだ若いアタシと同い年ぐらいの黒目黒髪の少年。
 子爵家ってそれなりにかなり大きな家だと思うし。従僕フットマンの一人や二人や三人や四人それ以上いてもおかしくないけどね?

 (このテオは少なくともキースの仲間、手下ってことよね)

 そもそも、従僕フットマンは執事の下で働くもの。自分でも、「キースの下で働いてる」って言ってたもん。油断できる相手じゃないってこと。
 
 ――おい、オレが出かけてる間、コイツを見張っておけ。逃がすんじゃねえぞ。
 ――へい。

 なーんてのは、誘拐悪党の常套展開よね。逃げ出さないように見張っとけ。で、あっさりスキをついてまんまと逃げられる。やったねザマーミロ。みたいな。

 (でも、どこへ出かけるんだろ)

 ちょっとタバコを買いに? いやいや、そんなの子分に買いに行かせるでしょ。「ちょっくらタバコでも買ってこい」ですむもん。
 だとしたら、キースにしかできない用事よね。例えば……、事件の黒幕に会ってこれからのことを相談してくるとか?
 ありえる。ありえるわ。
 こうして軟禁しておいて、これからの処分方法を相談してくる。強盗殺人とか、窓からの転落死とか、病気に見せかけた毒殺とか。兄に続いて妹も亡くなるとは、あの子爵家は呪われているのかと思わせるような連続不審死。でも事件性は低いと判断されそうな、警察ヤードに目をつけられないような自然な殺し方。
 それを相談しに行く?
 で、決定したら、その方法でアタシを殺すのよね。「申し訳ありません、レディ。死んでくださると幸いです」みたいな顔して殺すの。この場合、おそらく絞殺。

 ふっざけんじゃないわよ。

 誰が「はい、わかりました。殺されて差し上げます」って首を差し出すのよ。そんなことするわけないじゃない。
 いいわ。そっちがその気なら、こっちにも覚悟ってもんがあるのよ。
 アンタが離れたスキに、アタシだって逃げ出してやる!!
 見張っとけ→へい!!は脱出成功展開の絶対条件なんだからね。これがあったら、絶対上手くいくっていう物語の伏線なんだから。まさかこのテオまで軟禁上手ってことない……わよね? ね!?
 無表情なままのテオに不安を覚える。
 コイツ、キースとは真逆で、必要最低限のことしか喋らない。
 無変化、無表情。ジッとこっちを見透かすような、感情をうかがわせない黒い目の従僕フットマン。こら、従僕フットマンってのは顔はもちろんだけど愛想も仕事の一環でしょ? 少しはにこやかにしなさいよ。
 アタシ、本当に無事なまま逃げ出せるのかな。
 
 「それよりお嬢さま、おみ足は大丈夫でしょうか?」

 「へ?」

 「テオから聞きました。なんでも階段を転げ落ちたとか。お怪我はございませんか?」

 「いや、転げ落ちてはいないし。テオに助けてもらったし」
 
 あれを「転げ」って言われるとなんか嫌。そんな間抜けじゃないわよ。

 (それよりも――)

 あれは「ウッカリ」とか「足がもつれて」とかじゃない。 
 足首に引っかかった何か。
 階段に敷き詰められた毛氈? 違う。もっと固いものだった。おそらく棒みたいな。それがアタシの足に引っ掛けられた。
 紳士が持ってたステッキ? それとも淑女が手にしたパラソル?
 わかんない。でもそれがスカートの下、アタシの足に引っ掛けられた。落ちてたものにつまづいたわけじゃない。アタシ、そんな間抜けじゃない。気が急いてたって、足元ぐらい、ちゃんと気をつけてる。

 「――やはり、おみ足が痛むのですね。顔色が優れません」

 え? は?

 「ちょちょちょっ、何すんのよ!!」

 気づけばアタシの目の前で膝を折り、かしずいた執事の姿。
 靴裏から持ち上げられた右足。足に添えられてるのは白い手袋をはめたキースの手。ジッと見つめるのはキースの目。淑女として隠すべき足(正確にはくるぶしあたり)がヤツのせいで丸見え。

 「手当てを。腫れているならば湿布をお貼りいたします」

 「結構です!!」

 ひったくるように自分の足を取り戻す。
 そもそも痛くないし。もし痛かったとしてもコイツに手当なんかされたくない。なにかあったら、ジュディスに手当してもらうわよ。あの子なら女の子だし。
 いくらアタシでも男の人に足を触られたくないの!! それぐらいの羞恥心は持ってるのよ!!

 「では、なにがございましたら、すぐに湿布をご用意いたしますので」
 
 悪びれるでもなく、クスリと笑うキース。

 まったく。
 おちおち考え込むこともできない。油断も隙もないスケベ執事だわ。
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