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第2話 逃げ出すからには理由(ワケ)がある。

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 逃亡計画は失敗した。
 けど、アタシはあきらめてない。
 ヤツの目的地、港に着いてポーターが荷物を運び出しても、令嬢らしくボンネットを被せられ、柔らかなピンクのパステル地のドレスを着せられても、アタシはあきらめない。

 いつか逃げる。逃げてやる。絶対、必ず逃げてやる。

 本当は、アタシをエスコートするこの男から逃げるだけじゃなく、この状況、この世界から逃げたいんだけど。
 だって。

 「……いかがいたしましたか? お嬢さま」

 男が心配そうにアタシの顔を覗きこむ。

 「大丈夫、ですわ」

 ヤツを無視して、スタスタと令嬢らしくない速さで歩いていく。不安定なタラップを歩くため差し出された手を無視して、真っすぐに前だけを見て歩いていくから、周囲の人たちが何ごとかと驚いている。

 令嬢らしくない!? 

 当然よ。当たり前じゃない。
 だって、アタシはまともに令嬢として振る舞ったことないんだから。
 
 ――お迎えに上がりました。ティーナお嬢さま。

 ヤツがそう言って、うやうやしく頭を下げたのが八日前。
 アタシのいた寄宿学校に、突然現れた見知らぬ謎の執事。
 手にしていたのは、兄の訃報。
 8つ年上の、異母兄が事故で亡くなったというもの。
 兄、ローランド・ブランドンは、メイフォード子爵家の唯一の相続人。アタシと違って、お父さまの嫡子だったし、正統な後継者だった。三年前、お父さまが亡くなって家督を継いだものの妻子はまだ無く、家族と言えるのは、異母妹で庶子だったアタシと自身の母親だけ。去年お亡くなりになったお兄さまの母、奥さまは、アタシのことをお気に召さなかったようだけど、お兄さまは、唯一の妹として遇してくださった。
 メイフォード子爵家の子女として恥ずかしくない教育をと、アタシを寄宿学校に入れてくれた。(奥さまの嫌がらせを受けないため……でもあったけど)
 庶子であっても妹なのだからと、お兄さまは大切にしてくださった。
 そのお兄さまが。
 ヤツの持ってきた訃報に、アタシは大いに泣いた。
 わずか25歳で亡くなってしまったお兄さま。なかなかお会いすることが出来なかったのが悔やまれる。もっとお会いしたかった。もう一度だけでいいから、「ティーナ」とあの優しい声で呼んでほしかった。他愛のないことでもいいから、いっぱいお話したかった。
 お兄さまにとって、アタシが数少ない家族であったように、アタシにとっても、お兄さまがたった一人の血縁者だったから。
 そんなアタシに追い打ちをかけるように、ヤツは言った。
 
 ――新たに女子相続人として、子爵家を相続なさってください。
 
 はあ? 女子相続人!?
 普通、女子が相続するなんてことは滅多にない。大抵は、遠縁であれ、血縁のある男性が受け継ぐ。
 それを、アタシに受け継げと? 庶子のアタシに?

 ――ローランドさまのご遺言です。家督は、妹であるティーナさま、アナタさまに譲ると。

 家督を!? アタシに!? お兄さまが!?
 
 ――ただ、未成年のティーナさまが子爵家を取り仕切るのは難しいでしょうから、ローランドさまの叔父ぎみ、グレッグ・ボードウィン卿が後見人として就くこととなります。

 ボードウィン卿の後見は、アタシが成人して夫を迎えるまで。それを条件に、卿は引き受けてくれたのだと言う。

 ――つきましては、相続のために、一度ご領地へお越しくださいませ。

 そう言って、この若い執事、キース・ウィリアムズは、アタシを寄宿学校から連れ出した。用意された馬車に乗り、汽車に揺られ、船に乗り込む。
 最初は、兄のことでショックだったし、そこまで気にならなかった。
 相続しろと言われた家督のこともある。考えることだらけで、執事の言うなりになっていた。
 けど。
 途中、気づいてしまった。
 
 この執事、本物!?

 キッカケは、ささいなことだった。
 船窓から見えた星。
 寄宿学校から領地に向かうなら、船は北に進路をとる。領地は寄宿学校より北、沿岸沿いにあるから。
 なのに、船窓から見えた北極星は、ドンドン遠ざかっていた。つまり船は、北に向かわず、南に進路をとってるということ。

 どうして!?

 葬儀なら、領地で行われるはず。そこに子爵家代々の墓所がある。普通、一族はどこで亡くなったとしてもそこに葬られる。家督を継ぐ場合その葬儀に参列し、たとえ葬儀に間に合わなかったとしても、一旦領地に入って周囲から新たな後継者として認められる必要がある。子爵家の相続人と名乗るには、王都で紋章院から新たに認められなければいけないけど、それも、領地での継承が先。手順を誤ることは、まずない。
 それなのに。
 船は、ノンビリと海を渡り、河口へ入り、そして岸辺を眺めつつ河をさかのぼる。乗り換えた船は、海を走る重厚なものではなく、軽快な川船へと変わった。

 行く先は、まさか王都? 王都に向かっている?
 領地に向かわず、先に紋章院で認められる?

 仮にそうだとしても、なぜ一言も相談しないの? こんなの、執事が単独で決められるようなことじゃない。
 それに、王都に向かうことになっていたとしても、船を選んだ理由がわからない。
 寄宿学校から王都まで、わざわざ船を使わなくても、汽車だけでもじゅうぶん早くたどり着くことができる。寄宿学校は内陸にあった。一旦海に出て船という手段をとった分、大きく迂回することになり、余計に時間がかかっている。

 早くたどり着く必要がない!? そんなおかしなことってある!?

 普通の令嬢なら、気がつかずに執事の言うなりになっていたかもしれない。けど、アタシは気づける程度に星が読めた。降りた駅、港の名前から、今どこにいるのかを把握できた。だからこそ、この行程を不審に思う。

 そのうえ、アタシ、生命を狙われた。
 
 こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど。
 でもハッキリと狙われたのよ。
 船の進路がおかしい。
 そのことに気づいて、デッキで景色を眺めていたら、後ろからドンッと。
 幸いバランスを崩しかけただけで、海に落ちる……なんてことはなかった。けど、あれ、ぼんやりしてたらかなり危険だったんじゃないかな。多分、深層のご令嬢なら海まで直行、真っ逆さまだったと思う。
 そして今は、3月。万が一イルカとともに戯れるような素晴らしく泳ぎの達者なご令嬢だったとしても、その水の冷たさのなかでは、その腕を披露することはムリ。運良く助けられ、すくい上げられても凍死するか、肺炎起こしてあの世行き確定。
 船から人が転落するなんて事故、珍しいことじゃないし。誰かが突き落としたなんて、証拠がなければ疑われることもない。船に慣れていない令嬢の、不幸な事故。そう処理されるに違いない。
 いまだに背中に残る、押された時の手のひらの感覚。

 でも、それだけで執事を疑う!?

 だって、ヤツは、アタシが落ちそうになった時、一番近くにいたんだもん。なんとか手すりにつかまって事なきを得てホッとしてたら、「大丈夫ですか、マイ・レディ」って声かけてきたし。ヤツ以外、そこには誰もいなかったし。

 あれ、絶対アイツのしわざよ。

 船という犯罪を隠しやすい場所で、生命を狙ったんだわ。
 そして失敗した。
 ヤツは、その事件の直後に下船すると、半ば強引に船を変えた。そのうえ、アタシの部屋は廊下の突き当り。隣にある、ヤツと従僕の部屋の前を通らないと逃げられないって寸法。

 こんなの、完全に監禁じゃない。

 領地にも連れて行かず、連れまわす執事。
 生命を狙い、監禁する。突き落としてドボンができなかったら、次は何? 刃物でグサリ? 毒でグハア?

 それにね、アタシ、聞いちゃったのよ。船を乗り換える時、アイツが誰かと話してるのを。
 
 ――アレのことは任せろ。安心していいと伝えろ。

 って言ってるの、聞いちゃったのよ!!
 暗がりで誰に喋ってるのか、何を話してたのか、全部は聴き取れなかったけど、でも、それだけはハッキリシッカリ聞こえたのよ!!
 「アレのこと」って「あれ」だよね!? 「それ」でもなければ「これ」でもない。「どれ」って言ったら、やっぱりアタシのことだよね!?
 「アレのことを任せる」つまり、アタシのことを(どうにかするのを)任せろってこと!? (ちゃんと始末するから)安心していい、こっちに任せておけってこと!?
 すべては何かの策略!? 陰謀!?
 アタシが子爵を受け継ぐことに対して、誰かが妨害しようとしている!?
 執事は、その誰かの手先!?

 こんなのミステリー小説の読みすぎって笑われるかもしれないけど、アタシは真剣。
 どこに連れていかれるのか、わからない。どうしてこんな回りくどい道のりで王都に向かってるのかもわからない。
 けど、この先もボーッとしてたら生き残れない。
 生きるために、相手をジックリと観察してやるわ。そして、隙をついて逃げる。絶対、必ず、何があっても生き延びてやる。
 それだけを胸に、アタシは港に降り立った。
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