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おかわり。

番外編-2 煮込みハンバーグ。

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 まったく。
 ミオったら、どうしてこんな時にまで家事をやろうとするんだろ。
 取り上げたスポンジ。
 やりかけの食器洗いにため息をつく。
 そりゃあ、私もよくないよ?
 仕事にかまけて、家事を一切あの子にやらせてたわけだし。受験日まで間違えて覚えてたし。
 頼りすぎて悪いなって気はあるのよ。これでも。
 だから、せめて受験の前ぐらい、「勉強で忙しいから、ピザでも取っていい?」とかなんとか言えばいいのに。

 まったく不器用なんだから。

 甘えたりワガママ言うの、下手なんだもん。
 自分さえってかんじで、ガマンしちゃう性質たちみたいだし。
 ウッカリ、気づくの遅れちゃうことが多いけど、今回は気づけて良かった。
 せめて、受験のときぐらい叔母として、あの子を支えてあげなくっちゃね。

 *     *     *     *

 ――かわいそうに。両親をいっぺんに亡くすなんてねえ。
 ――交通事故だって? あの子だけが生き残ったそうよ。
 ――まだ、五つでしょ? かわいそうに。

 姉とそのダンナのお葬式。
 駆けつけた時に見たのは、二人の遺影を前にして、ジッと俯いてた姪っ子、ミオ。

 ――これから、誰が面倒をみるんだい?
 ――ウチは無理よ。子どもが三人もいるんだもの。
 ――ウチだって無理だよ。

 牽制しあう声。
 あっちが。いや、こっちが。
 これからのことばかり話す大人たち。
 
 ――父親の親族はどうしたんだ?
 ――じゃあ、母親のほうは? 

 誰か引き取りてはいないのか。いなければこのまま施設送りだぞ。

 誰も抱いてあげないの? あんな小さな肩を震わせてるのに。
 誰もあの涙に気づいてないの? あんなに拳を握りしめてガマンしてるのに。

 「私が育てます。それなら文句はないですよね?」

 私の言葉に、驚く大人たち。一瞬、あっけにとられたみたいだけど、すぐに面倒なことから解放されたとばかりに、ホッとしたように顔を緩めた。

 「行こう、ミオちゃん」

 そんな場所に一秒でも長く居たくなくて、ミオの手を握って連れ出した。
 小さな手は、強く握りしめたせいで白く、涙で濡れてヒンヤリしていた。

 「もう大丈夫だよ、ミオちゃん」

 私の一言で、声を上げて泣き出したミオ。
 両親を一度に亡くし、どれだけ辛かったか。どれだけ悲しかったか。
 私も大学に入学してすぐに、唯一の親だった母親を病気で亡くしてるから、気持ちはわかる。いくつになっても、親を亡くすことは辛く悲しい。
 それをこの姪は、わずか五歳で経験したのだ。それも、事故という突然断ち切られる形で失った。

 ――お姉ちゃん。私、この子をお姉ちゃんに代わって大事にするから。
 
 だから、天国から見守っててね。
 泣き続けるミオを抱きしめながら、私も涙を流した。

 あれから十年。
 ミオとの暮らしは大変だったけど、楽しかった。
 「親子?」なんて訊かれるほど仲もいい。
 小さく、私が握ってあげた手は、いつの間にか私と同じだけの大きさになっていた。
 でもね。
 こういうときぐらい、ドーンッと叔母さんに甘えなさい。ミオ!!

 なーんて。
 殊勝なことを考えたはいいけれど……。

 ど、どうしよう。

 帰りに立ち寄ったスーパーで困惑する。

 何を作ったらいいの?

 ミオの好物?
 それとも、験を担いで「トンカツ」? 
 あの子、何でも食べるけど、好きなものってなんだっけ?
 「トンカツ」なんてくどいもの、受験前の緊張してる時に、大丈夫? お腹にもたれない?

 思考グルグル。
 
 それに私、あの子に喜んでもらえるような料理スキル、持ってない。

 どうしようもない現実。
 あの子が小さい頃は、どうにか頑張ってゴハンを用意したけど、今じゃ確実に腕はあっちのほうが上。
 確実に負けてる。

 いやいや。
 それでも、あの子に作らせるわけにはいかないでしょ。
 今朝だって、ウッカリあの子にお弁当作らせちゃったし。
 そんなことしなくていい、パンでも買うからって言ったら、「材料を腐らせるのはもったいない」って逆に怒られた。
 どっちが大人なんだかわからない反応。
 
 この間のおにぎりは喜んでくれたけど。

 ミオが倒れた日に作ってあげたおにぎり。
 不格好で、薄味すぎるおにぎりだったけど、ミオはすごく喜んでくれた。
 
 けど、夕飯が「おにぎりっ!! それだけっ!!」ってのは……ねえ。
 いくらなんでもそれはない。
 病気の時ならともかく、普段にそれはあり得ない。
 だとしたら……。
 うーん。
 
 思い悩んで、スマホで「子どもの好きな料理」を検索する。

 1位 カレーライス、2位 寿司、3位 鶏のから揚げ、4位 ハンバーグ……。 

 2位の寿司は、明日、試験の後に食べに行くとして……。
 鶏のから揚げはミオが作ったほうが美味しいので、真っ先に却下。
 あとはカレーかハンバーグ。
 どっちも、よさそうだけど……。

 ふと、棚に置いてあった赤いラベルのそれが目につく。

 そうだ!! たまには凝った料理に挑戦してもいいかも!!

 だって、かわいいミオの激励ゴハンだもんね。
 全部手の込んだ……ってのは無理だけど、ちょっとアレンジを加えて驚かせるのはアリだよね。

 メニューが決まって、ルンルン気分でカゴに材料を入れていく。
 
 ミオ、喜んでくれるといいんだけどな。

*     *     *     *

 「……奏さん、これ、なんの匂い?」

 鼻を抑えながら自室から出てきたミオ。

 「わーっ!! ちょっと待った!! まだ見ちゃダメッ!!」

 「でも、ちょっと焦げ臭い。……ハンバーグ?」

 あわてて遮るも、結局匂いでバレた私のサプライズ。あ~あ。

 「ちょっと豪華に、煮込みハンバーグにするつもりだったの。だけど、ちょっと目を離したすきに焦げちゃって……」

 ハンバーグを焼いてる間に、煮込むためのソースを作り。市販のデミグラスソース缶と、切った玉ねぎとしめじを煮込んでたんだけど。
 ウッカリ、そっちに集中してたら、ハンバーグが少し(ココ強調!!)焦げてしまったのだ。

 「大丈夫だよ、奏さん。――ちょっと、待ってて?」

 冷蔵庫から何やら取り出したミオ。

 「……スライスチーズ?」

 「うん。コレを載せて煮込めば、そこまで気にならないよ?」

 言いながら、少し(強調!!)焦げたハンバーグを、ソースのなかにそっと並べていく。
 
 「ここからは弱火でね。でないと、今度はソースが煮詰まっちゃうから……って、こっちも煮詰まりかけてるね」

 うう。
 そうなのよ。
 ハンバーグに気を取られてたら、今度はソースが。

 「大丈夫だよ。そうなったら、お水を足せばいいんだから。ほら」

 私みたいに、「カップはどこだ?」にならないミオの手際。

 「で、最後にスライスチーズ。蓋して蒸らしてチーズが溶けたら完成!!」

 パカッと蓋を開いて見えた完成品。湯気の上がった煮込みハンバーグは、お腹を鳴らし、涎を溢れさせるに充分な姿だった。
 
 これ、絶対美味しいわ。

 自分一人じゃどうなるかと思ったけど、どうにか美味しそうに出来た。

 って!! ミオに頼ってちゃダメじゃない、私!!
 
 軽く、ショックを受ける。

 「さ、奏さん、ゴハン、食べよ?」

 「うん。……って。あっ!!」

 「なに?」

 「――ゴメン。ご飯、炊き忘れた」

 「ええーっ!?」

 うん。ホント、ゴメン。
 せっかく出来上がったのに。ご飯が炊き上がるまでお預けになった煮込みハンバーグ。

 「大丈夫だよ。このまま蓋して蒸らしておけばいいから」

 ガックリ肩を私を前に、テキパキとお米を研ぐミオ。
 料理って、その腕だけじゃなく、手際も必要だったのね。
 あらためて痛感する。

 ――その日。
 煮込みハンバーグは、多少焦げ味がしたけれど、チーズとミオのおかげで、美味しく出来上がっていた。

*     *     *     *

 で。
 そのリベンジ。
 試験当日のお弁当。
 ここはいっちょ張り切ってって思ってたら、意外にもミオのリクエストは「おにぎり」だった。それも、ただの塩むすび。
 
 「どうして塩むすび? おかずは?」

 「いらない。塩むすびだけで充分だよ」

 …………?
 緊張してお腹にもたれるとか、心配してるんだろうか。
 あんな完璧になんでもこなすミオでも、緊張したりするのかな。まあ、人生初めての岐路だもんね。緊張ぐらいするよね。
 なんか、カワイイな。
 
 夜は、回らないお寿司ということにしておいて、弁当はリクエスト通りに塩むすびにする。
 けど。

 前のような失敗は許されない!!

 薄味すぎる塩むすび。食べる端からボロボロと崩れる粗悪品。
 あれじゃ、ダメなのよ。試験の日に「落ちた」「こぼれた」は禁句でしょ。
 ということで、再び、ネットで検索。
 
 ――美味しいおにぎりの握り方。

 「え? 力任せに握っちゃダメ? 優しく、ふんわりと? ご飯は、手のひらのくぼみから、中指の第二関節に入るぐらいの量? 冷めると塩味が薄く感じられる?」

 なんでもかんでも、力まかせにギュッギュッギュッじゃダメなのね。ご飯も、両手で収まる量じゃいけないと。
 私の作ったおにぎり。まるでソフトボールみたいな出来だったけど、あれは、思いっきりハズレ、邪道だったわけか。
 崩れないための力まかせで、米を握りつぶしてたのかもしれない。
 
 よっしゃっ!!
 いっちょミオのために、最高の塩むすび、作ってやるんだから!!

 朝から、静かに気合いを入れて腕まくりする。
 ……にしても。

 ご飯、熱すぎっ!!

*     *     *     *

 極端……なんだよね。
 
 試験途中の休憩時間。
 取り出した弁当に笑いを禁じ得ない。

 小さく作られたおにぎり。
 形はすごいいい。海苔を別添えにして湿気らないように気を使ってくれてる。
 けど。

 持つと崩れる……。

 どうせ、ネットとかで、「ふわっとやさしく」とか見たんだろうな。力を入れずに、フンワリと。米を潰さないように慎重に。

 その気遣いはありがたいけど、完璧に裏目に出てる。

 フンワリすぎて、持ち上げただけで崩れるおにぎり。
 できることなら、もう少し力を入れてほしかった。
 弁当から取り出そうとするたびに崩れ落ちるおにぎり。とてつもなく縁起悪い。
 でも。

 美味しい――。

 朝から、一生懸命作ってくれたおにぎり。
 「熱っ、熱っ、熱っ!!」っていう奏さんの声は、私の部屋まで聞こえてた。どうせ、炊きたてのご飯をボールに移すとかしないで、そのまま炊飯器から直接手に取って握ろうとしたんだろう。
 ご飯と格闘したであろう奏さんの姿。容易に想像がつく。
 崩れそうな(というか崩れた)おにぎりを海苔で補強しつつ、すべてをお腹に収める。
 このおにぎりさえ食べれば、どれだけでも力が湧いてくる。
 試験なんて平気。周りは賢そうな子ばかりで怯みそうになるけど、これさえあれば、絶対合格できる。それも余裕で。
 
 見ててね、奏さん。

 わたし、奏さんが喜んでくれるように、絶対合格するからね。

*     *     *     *

 「お疲れー、ミオ。迎えに来たよ~」

 試験を終え、校門を出たところで待っていてくれてた奏さん。
 てっきり家にいると思ってたのに。

 「せっかくだからさ、このままゴハンを食べに行かないかなって」

 「ゴハン? 食べに行くの?」
 
 「そ。ミオの試験ご苦労様会。たまにはいいでしょ?」

 そうなんだ。
 わたし、試験も終わったことだし、ゴハン作る気満々だったんだけど。作るの好きだし。
 でも、外食だなんて、奏さんも気を使ってくれてるし。
 ここは素直に甘えておいた方がいいのかな。

 「お寿司に行こうかなって思ってるんだけど。ミオ、なんか他に食べたいリクエスト、ある?」

 「別に、ないけど……」

 「じゃあ、決まりっ!! 今日は特別に、回らない寿司に行くよ~」

 うれしそうに歩き出す奏さん。
 昨日の焦げた煮込みハンバーグといい、今日の塩むすびといい。
 奏さんなりにわたしのこと、考えてくれてるんだな。わたしの大変な時期に、わたしを支えよう、励まそうっていう叔母心。
 寿司よりなにより、その気遣いが一番うれしい。

 「奏さん」

 「ん?」

 「ありがとうございます。お弁当のおにぎり、すごく美味しかったです。また作ってくださいね」

 素直にお礼を述べる。けど。

 「……奏さん?」

 「――ゴメン、ミオ。ちょっと待って」

 なぜか、顔を押さえて明後日の方を見る奏さん。

 …………!? どうしたの?

 「ミオ、アンタさ、『天然』とか『タラシ』とか言われたりしない?」

 へ? 天然? タラシ?
 というか、「タラシ」って男性にいう言葉じゃあ。

 「その笑顔、結構ヤバい。カワイイ。可愛すぎるっ!!」

 「それは、叔母の欲目なんじゃあ……」
 「違うっ!! ミオはカワイイッ!!」
 「わっ!!」

 イキナリ抱きついてきた奏さん。髪をグッシャグシャにする勢いで、わたしの顔を自分の胸に押しつける。――ち、窒息するっ!!

 「私が男なら、絶対こんな可愛い子、ほっとかないって。あー、ミオが女子校希望でヨカッタ~」

 そ、それってどういう意味?

 「いい? ミオ。世間には、ミオみたいな可愛い子をエサにする悪ーいヤツもいるからね。気をつけなくちゃダメだよ」

 「それは、奏さんの方が危険なんじゃ……」

 「私は大丈夫。大人だからね」

 少し離れて、エヘンと胸を叩く奏さん。その自信はどこからくるんだろ。
 言い寄られても気づかない、真性の天然のくせに。

 「そうだ。ミオ、合格祝いはなにがいい? なんでも言っていいよ?」

 奏さんの言葉に少しだけ思案する。

 「じゃあ、『圧力鍋』」

 「ええっ!? もっと他のヤツ、ないの? 新しいスマホとか、パソコンとか、洋服とか」

 「圧力鍋がいいんです。あれがあれば、奏さん好みのトロットロのブタ角煮とか、タップリ煮込まれたカレーとか作れるんだけど……」
 「買うっ!! 買いますっ!! っていうか、合格祝いじゃなくても買う!! 即買いっ!! 今から買いに行こう!! お寿司はその後!!」

 ……まさか、そこまで食いつかれるとは思わなかった。

 「じゃあ、明日のゴハンは角煮にしましょうか」

 「うん!! やたっ!!」

 すごくうれしそうな奏さん。これ、もしかしたら、このまま買いに行って、夕飯はお寿司から角煮にチェンジ!!ということになるかもしれない。

 ま、それでもいいんだけど。
 
 わたしのことを「天然」とか「タラシ」と評価した奏さんだけど、彼女のほうが、ずっと「タラシ」だと思う。
 
 だって。
 
 わたし、今、すごく料理を作りたくてどうしようもなくなってる。
 奏さんの笑顔が見たくて、料理がしたくてたまらない。
 
 ね、奏さん。
 今日のゴハン、変更してもいいかな?
 お寿司もいいけど、奏さんの「ごちそうさま」が、わたしにとって一番のプレゼントなんだよ?

 「早く、早く~」

 少し前を行く奏さん。

 「ちょっ、待って~!!」

 薄い冬の夕日が、わたしと奏さんの影を作る。追いかけるわたしの影と奏さんの影が、草むらの上で、じゃれ合うように交わった。
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