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おかわり。
番外編-2 煮込みハンバーグ。
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まったく。
ミオったら、どうしてこんな時にまで家事をやろうとするんだろ。
取り上げたスポンジ。
やりかけの食器洗いにため息をつく。
そりゃあ、私もよくないよ?
仕事にかまけて、家事を一切あの子にやらせてたわけだし。受験日まで間違えて覚えてたし。
頼りすぎて悪いなって気はあるのよ。これでも。
だから、せめて受験の前ぐらい、「勉強で忙しいから、ピザでも取っていい?」とかなんとか言えばいいのに。
まったく不器用なんだから。
甘えたりワガママ言うの、下手なんだもん。
自分さえってかんじで、ガマンしちゃう性質たちみたいだし。
ウッカリ、気づくの遅れちゃうことが多いけど、今回は気づけて良かった。
せめて、受験のときぐらい叔母として、あの子を支えてあげなくっちゃね。
* * * *
――かわいそうに。両親をいっぺんに亡くすなんてねえ。
――交通事故だって? あの子だけが生き残ったそうよ。
――まだ、五つでしょ? かわいそうに。
姉とそのダンナのお葬式。
駆けつけた時に見たのは、二人の遺影を前にして、ジッと俯いてた姪っ子、ミオ。
――これから、誰が面倒をみるんだい?
――ウチは無理よ。子どもが三人もいるんだもの。
――ウチだって無理だよ。
牽制しあう声。
あっちが。いや、こっちが。
これからのことばかり話す大人たち。
――父親の親族はどうしたんだ?
――じゃあ、母親のほうは?
誰か引き取りてはいないのか。いなければこのまま施設送りだぞ。
誰も抱いてあげないの? あんな小さな肩を震わせてるのに。
誰もあの涙に気づいてないの? あんなに拳を握りしめてガマンしてるのに。
「私が育てます。それなら文句はないですよね?」
私の言葉に、驚く大人たち。一瞬、あっけにとられたみたいだけど、すぐに面倒なことから解放されたとばかりに、ホッとしたように顔を緩めた。
「行こう、ミオちゃん」
そんな場所に一秒でも長く居たくなくて、ミオの手を握って連れ出した。
小さな手は、強く握りしめたせいで白く、涙で濡れてヒンヤリしていた。
「もう大丈夫だよ、ミオちゃん」
私の一言で、声を上げて泣き出したミオ。
両親を一度に亡くし、どれだけ辛かったか。どれだけ悲しかったか。
私も大学に入学してすぐに、唯一の親だった母親を病気で亡くしてるから、気持ちはわかる。いくつになっても、親を亡くすことは辛く悲しい。
それをこの姪は、わずか五歳で経験したのだ。それも、事故という突然断ち切られる形で失った。
――お姉ちゃん。私、この子をお姉ちゃんに代わって大事にするから。
だから、天国から見守っててね。
泣き続けるミオを抱きしめながら、私も涙を流した。
あれから十年。
ミオとの暮らしは大変だったけど、楽しかった。
「親子?」なんて訊かれるほど仲もいい。
小さく、私が握ってあげた手は、いつの間にか私と同じだけの大きさになっていた。
でもね。
こういうときぐらい、ドーンッと叔母さんに甘えなさい。ミオ!!
なーんて。
殊勝なことを考えたはいいけれど……。
ど、どうしよう。
帰りに立ち寄ったスーパーで困惑する。
何を作ったらいいの?
ミオの好物?
それとも、験を担いで「トンカツ」?
あの子、何でも食べるけど、好きなものってなんだっけ?
「トンカツ」なんてくどいもの、受験前の緊張してる時に、大丈夫? お腹にもたれない?
思考グルグル。
それに私、あの子に喜んでもらえるような料理スキル、持ってない。
どうしようもない現実。
あの子が小さい頃は、どうにか頑張ってゴハンを用意したけど、今じゃ確実に腕はあっちのほうが上。
確実に負けてる。
いやいや。
それでも、あの子に作らせるわけにはいかないでしょ。
今朝だって、ウッカリあの子にお弁当作らせちゃったし。
そんなことしなくていい、パンでも買うからって言ったら、「材料を腐らせるのはもったいない」って逆に怒られた。
どっちが大人なんだかわからない反応。
この間のおにぎりは喜んでくれたけど。
ミオが倒れた日に作ってあげたおにぎり。
不格好で、薄味すぎるおにぎりだったけど、ミオはすごく喜んでくれた。
けど、夕飯が「おにぎりっ!! それだけっ!!」ってのは……ねえ。
いくらなんでもそれはない。
病気の時ならともかく、普段にそれはあり得ない。
だとしたら……。
うーん。
思い悩んで、スマホで「子どもの好きな料理」を検索する。
1位 カレーライス、2位 寿司、3位 鶏のから揚げ、4位 ハンバーグ……。
2位の寿司は、明日、試験の後に食べに行くとして……。
鶏のから揚げはミオが作ったほうが美味しいので、真っ先に却下。
あとはカレーかハンバーグ。
どっちも、よさそうだけど……。
ふと、棚に置いてあった赤いラベルのそれが目につく。
そうだ!! たまには凝った料理に挑戦してもいいかも!!
だって、かわいいミオの激励ゴハンだもんね。
全部手の込んだ……ってのは無理だけど、ちょっとアレンジを加えて驚かせるのはアリだよね。
メニューが決まって、ルンルン気分でカゴに材料を入れていく。
ミオ、喜んでくれるといいんだけどな。
* * * *
「……奏さん、これ、なんの匂い?」
鼻を抑えながら自室から出てきたミオ。
「わーっ!! ちょっと待った!! まだ見ちゃダメッ!!」
「でも、ちょっと焦げ臭い。……ハンバーグ?」
あわてて遮るも、結局匂いでバレた私のサプライズ。あ~あ。
「ちょっと豪華に、煮込みハンバーグにするつもりだったの。だけど、ちょっと目を離したすきに焦げちゃって……」
ハンバーグを焼いてる間に、煮込むためのソースを作り。市販のデミグラスソース缶と、切った玉ねぎとしめじを煮込んでたんだけど。
ウッカリ、そっちに集中してたら、ハンバーグが少し(ココ強調!!)焦げてしまったのだ。
「大丈夫だよ、奏さん。――ちょっと、待ってて?」
冷蔵庫から何やら取り出したミオ。
「……スライスチーズ?」
「うん。コレを載せて煮込めば、そこまで気にならないよ?」
言いながら、少し(強調!!)焦げたハンバーグを、ソースのなかにそっと並べていく。
「ここからは弱火でね。でないと、今度はソースが煮詰まっちゃうから……って、こっちも煮詰まりかけてるね」
うう。
そうなのよ。
ハンバーグに気を取られてたら、今度はソースが。
「大丈夫だよ。そうなったら、お水を足せばいいんだから。ほら」
私みたいに、「カップはどこだ?」にならないミオの手際。
「で、最後にスライスチーズ。蓋して蒸らしてチーズが溶けたら完成!!」
パカッと蓋を開いて見えた完成品。湯気の上がった煮込みハンバーグは、お腹を鳴らし、涎を溢れさせるに充分な姿だった。
これ、絶対美味しいわ。
自分一人じゃどうなるかと思ったけど、どうにか美味しそうに出来た。
って!! ミオに頼ってちゃダメじゃない、私!!
軽く、ショックを受ける。
「さ、奏さん、ゴハン、食べよ?」
「うん。……って。あっ!!」
「なに?」
「――ゴメン。ご飯、炊き忘れた」
「ええーっ!?」
うん。ホント、ゴメン。
せっかく出来上がったのに。ご飯が炊き上がるまでお預けになった煮込みハンバーグ。
「大丈夫だよ。このまま蓋して蒸らしておけばいいから」
ガックリ肩を私を前に、テキパキとお米を研ぐミオ。
料理って、その腕だけじゃなく、手際も必要だったのね。
あらためて痛感する。
――その日。
煮込みハンバーグは、多少焦げ味がしたけれど、チーズとミオのおかげで、美味しく出来上がっていた。
* * * *
で。
そのリベンジ。
試験当日のお弁当。
ここはいっちょ張り切ってって思ってたら、意外にもミオのリクエストは「おにぎり」だった。それも、ただの塩むすび。
「どうして塩むすび? おかずは?」
「いらない。塩むすびだけで充分だよ」
…………?
緊張してお腹にもたれるとか、心配してるんだろうか。
あんな完璧になんでもこなすミオでも、緊張したりするのかな。まあ、人生初めての岐路だもんね。緊張ぐらいするよね。
なんか、カワイイな。
夜は、回らないお寿司ということにしておいて、弁当はリクエスト通りに塩むすびにする。
けど。
前のような失敗は許されない!!
薄味すぎる塩むすび。食べる端からボロボロと崩れる粗悪品。
あれじゃ、ダメなのよ。試験の日に「落ちた」「こぼれた」は禁句でしょ。
ということで、再び、ネットで検索。
――美味しいおにぎりの握り方。
「え? 力任せに握っちゃダメ? 優しく、ふんわりと? ご飯は、手のひらのくぼみから、中指の第二関節に入るぐらいの量? 冷めると塩味が薄く感じられる?」
なんでもかんでも、力まかせにギュッギュッギュッじゃダメなのね。ご飯も、両手で収まる量じゃいけないと。
私の作ったおにぎり。まるでソフトボールみたいな出来だったけど、あれは、思いっきりハズレ、邪道だったわけか。
崩れないための力まかせで、米を握りつぶしてたのかもしれない。
よっしゃっ!!
いっちょミオのために、最高の塩むすび、作ってやるんだから!!
朝から、静かに気合いを入れて腕まくりする。
……にしても。
ご飯、熱すぎっ!!
* * * *
極端……なんだよね。
試験途中の休憩時間。
取り出した弁当に笑いを禁じ得ない。
小さく作られたおにぎり。
形はすごいいい。海苔を別添えにして湿気らないように気を使ってくれてる。
けど。
持つと崩れる……。
どうせ、ネットとかで、「ふわっとやさしく」とか見たんだろうな。力を入れずに、フンワリと。米を潰さないように慎重に。
その気遣いはありがたいけど、完璧に裏目に出てる。
フンワリすぎて、持ち上げただけで崩れるおにぎり。
できることなら、もう少し力を入れてほしかった。
弁当から取り出そうとするたびに崩れ落ちるおにぎり。とてつもなく縁起悪い。
でも。
美味しい――。
朝から、一生懸命作ってくれたおにぎり。
「熱っ、熱っ、熱っ!!」っていう奏さんの声は、私の部屋まで聞こえてた。どうせ、炊きたてのご飯をボールに移すとかしないで、そのまま炊飯器から直接手に取って握ろうとしたんだろう。
ご飯と格闘したであろう奏さんの姿。容易に想像がつく。
崩れそうな(というか崩れた)おにぎりを海苔で補強しつつ、すべてをお腹に収める。
このおにぎりさえ食べれば、どれだけでも力が湧いてくる。
試験なんて平気。周りは賢そうな子ばかりで怯みそうになるけど、これさえあれば、絶対合格できる。それも余裕で。
見ててね、奏さん。
わたし、奏さんが喜んでくれるように、絶対合格するからね。
* * * *
「お疲れー、ミオ。迎えに来たよ~」
試験を終え、校門を出たところで待っていてくれてた奏さん。
てっきり家にいると思ってたのに。
「せっかくだからさ、このままゴハンを食べに行かないかなって」
「ゴハン? 食べに行くの?」
「そ。ミオの試験ご苦労様会。たまにはいいでしょ?」
そうなんだ。
わたし、試験も終わったことだし、ゴハン作る気満々だったんだけど。作るの好きだし。
でも、外食だなんて、奏さんも気を使ってくれてるし。
ここは素直に甘えておいた方がいいのかな。
「お寿司に行こうかなって思ってるんだけど。ミオ、なんか他に食べたいリクエスト、ある?」
「別に、ないけど……」
「じゃあ、決まりっ!! 今日は特別に、回らない寿司に行くよ~」
うれしそうに歩き出す奏さん。
昨日の焦げた煮込みハンバーグといい、今日の塩むすびといい。
奏さんなりにわたしのこと、考えてくれてるんだな。わたしの大変な時期に、わたしを支えよう、励まそうっていう叔母心。
寿司よりなにより、その気遣いが一番うれしい。
「奏さん」
「ん?」
「ありがとうございます。お弁当のおにぎり、すごく美味しかったです。また作ってくださいね」
素直にお礼を述べる。けど。
「……奏さん?」
「――ゴメン、ミオ。ちょっと待って」
なぜか、顔を押さえて明後日の方を見る奏さん。
…………!? どうしたの?
「ミオ、アンタさ、『天然』とか『タラシ』とか言われたりしない?」
へ? 天然? タラシ?
というか、「タラシ」って男性にいう言葉じゃあ。
「その笑顔、結構ヤバい。カワイイ。可愛すぎるっ!!」
「それは、叔母の欲目なんじゃあ……」
「違うっ!! ミオはカワイイッ!!」
「わっ!!」
イキナリ抱きついてきた奏さん。髪をグッシャグシャにする勢いで、わたしの顔を自分の胸に押しつける。――ち、窒息するっ!!
「私が男なら、絶対こんな可愛い子、ほっとかないって。あー、ミオが女子校希望でヨカッタ~」
そ、それってどういう意味?
「いい? ミオ。世間には、ミオみたいな可愛い子をエサにする悪ーいヤツもいるからね。気をつけなくちゃダメだよ」
「それは、奏さんの方が危険なんじゃ……」
「私は大丈夫。大人だからね」
少し離れて、エヘンと胸を叩く奏さん。その自信はどこからくるんだろ。
言い寄られても気づかない、真性の天然のくせに。
「そうだ。ミオ、合格祝いはなにがいい? なんでも言っていいよ?」
奏さんの言葉に少しだけ思案する。
「じゃあ、『圧力鍋』」
「ええっ!? もっと他のヤツ、ないの? 新しいスマホとか、パソコンとか、洋服とか」
「圧力鍋がいいんです。あれがあれば、奏さん好みのトロットロのブタ角煮とか、タップリ煮込まれたカレーとか作れるんだけど……」
「買うっ!! 買いますっ!! っていうか、合格祝いじゃなくても買う!! 即買いっ!! 今から買いに行こう!! お寿司はその後!!」
……まさか、そこまで食いつかれるとは思わなかった。
「じゃあ、明日のゴハンは角煮にしましょうか」
「うん!! やたっ!!」
すごくうれしそうな奏さん。これ、もしかしたら、このまま買いに行って、夕飯はお寿司から角煮にチェンジ!!ということになるかもしれない。
ま、それでもいいんだけど。
わたしのことを「天然」とか「タラシ」と評価した奏さんだけど、彼女のほうが、ずっと「タラシ」だと思う。
だって。
わたし、今、すごく料理を作りたくてどうしようもなくなってる。
奏さんの笑顔が見たくて、料理がしたくてたまらない。
ね、奏さん。
今日のゴハン、変更してもいいかな?
お寿司もいいけど、奏さんの「ごちそうさま」が、わたしにとって一番のプレゼントなんだよ?
「早く、早く~」
少し前を行く奏さん。
「ちょっ、待って~!!」
薄い冬の夕日が、わたしと奏さんの影を作る。追いかけるわたしの影と奏さんの影が、草むらの上で、じゃれ合うように交わった。
ミオったら、どうしてこんな時にまで家事をやろうとするんだろ。
取り上げたスポンジ。
やりかけの食器洗いにため息をつく。
そりゃあ、私もよくないよ?
仕事にかまけて、家事を一切あの子にやらせてたわけだし。受験日まで間違えて覚えてたし。
頼りすぎて悪いなって気はあるのよ。これでも。
だから、せめて受験の前ぐらい、「勉強で忙しいから、ピザでも取っていい?」とかなんとか言えばいいのに。
まったく不器用なんだから。
甘えたりワガママ言うの、下手なんだもん。
自分さえってかんじで、ガマンしちゃう性質たちみたいだし。
ウッカリ、気づくの遅れちゃうことが多いけど、今回は気づけて良かった。
せめて、受験のときぐらい叔母として、あの子を支えてあげなくっちゃね。
* * * *
――かわいそうに。両親をいっぺんに亡くすなんてねえ。
――交通事故だって? あの子だけが生き残ったそうよ。
――まだ、五つでしょ? かわいそうに。
姉とそのダンナのお葬式。
駆けつけた時に見たのは、二人の遺影を前にして、ジッと俯いてた姪っ子、ミオ。
――これから、誰が面倒をみるんだい?
――ウチは無理よ。子どもが三人もいるんだもの。
――ウチだって無理だよ。
牽制しあう声。
あっちが。いや、こっちが。
これからのことばかり話す大人たち。
――父親の親族はどうしたんだ?
――じゃあ、母親のほうは?
誰か引き取りてはいないのか。いなければこのまま施設送りだぞ。
誰も抱いてあげないの? あんな小さな肩を震わせてるのに。
誰もあの涙に気づいてないの? あんなに拳を握りしめてガマンしてるのに。
「私が育てます。それなら文句はないですよね?」
私の言葉に、驚く大人たち。一瞬、あっけにとられたみたいだけど、すぐに面倒なことから解放されたとばかりに、ホッとしたように顔を緩めた。
「行こう、ミオちゃん」
そんな場所に一秒でも長く居たくなくて、ミオの手を握って連れ出した。
小さな手は、強く握りしめたせいで白く、涙で濡れてヒンヤリしていた。
「もう大丈夫だよ、ミオちゃん」
私の一言で、声を上げて泣き出したミオ。
両親を一度に亡くし、どれだけ辛かったか。どれだけ悲しかったか。
私も大学に入学してすぐに、唯一の親だった母親を病気で亡くしてるから、気持ちはわかる。いくつになっても、親を亡くすことは辛く悲しい。
それをこの姪は、わずか五歳で経験したのだ。それも、事故という突然断ち切られる形で失った。
――お姉ちゃん。私、この子をお姉ちゃんに代わって大事にするから。
だから、天国から見守っててね。
泣き続けるミオを抱きしめながら、私も涙を流した。
あれから十年。
ミオとの暮らしは大変だったけど、楽しかった。
「親子?」なんて訊かれるほど仲もいい。
小さく、私が握ってあげた手は、いつの間にか私と同じだけの大きさになっていた。
でもね。
こういうときぐらい、ドーンッと叔母さんに甘えなさい。ミオ!!
なーんて。
殊勝なことを考えたはいいけれど……。
ど、どうしよう。
帰りに立ち寄ったスーパーで困惑する。
何を作ったらいいの?
ミオの好物?
それとも、験を担いで「トンカツ」?
あの子、何でも食べるけど、好きなものってなんだっけ?
「トンカツ」なんてくどいもの、受験前の緊張してる時に、大丈夫? お腹にもたれない?
思考グルグル。
それに私、あの子に喜んでもらえるような料理スキル、持ってない。
どうしようもない現実。
あの子が小さい頃は、どうにか頑張ってゴハンを用意したけど、今じゃ確実に腕はあっちのほうが上。
確実に負けてる。
いやいや。
それでも、あの子に作らせるわけにはいかないでしょ。
今朝だって、ウッカリあの子にお弁当作らせちゃったし。
そんなことしなくていい、パンでも買うからって言ったら、「材料を腐らせるのはもったいない」って逆に怒られた。
どっちが大人なんだかわからない反応。
この間のおにぎりは喜んでくれたけど。
ミオが倒れた日に作ってあげたおにぎり。
不格好で、薄味すぎるおにぎりだったけど、ミオはすごく喜んでくれた。
けど、夕飯が「おにぎりっ!! それだけっ!!」ってのは……ねえ。
いくらなんでもそれはない。
病気の時ならともかく、普段にそれはあり得ない。
だとしたら……。
うーん。
思い悩んで、スマホで「子どもの好きな料理」を検索する。
1位 カレーライス、2位 寿司、3位 鶏のから揚げ、4位 ハンバーグ……。
2位の寿司は、明日、試験の後に食べに行くとして……。
鶏のから揚げはミオが作ったほうが美味しいので、真っ先に却下。
あとはカレーかハンバーグ。
どっちも、よさそうだけど……。
ふと、棚に置いてあった赤いラベルのそれが目につく。
そうだ!! たまには凝った料理に挑戦してもいいかも!!
だって、かわいいミオの激励ゴハンだもんね。
全部手の込んだ……ってのは無理だけど、ちょっとアレンジを加えて驚かせるのはアリだよね。
メニューが決まって、ルンルン気分でカゴに材料を入れていく。
ミオ、喜んでくれるといいんだけどな。
* * * *
「……奏さん、これ、なんの匂い?」
鼻を抑えながら自室から出てきたミオ。
「わーっ!! ちょっと待った!! まだ見ちゃダメッ!!」
「でも、ちょっと焦げ臭い。……ハンバーグ?」
あわてて遮るも、結局匂いでバレた私のサプライズ。あ~あ。
「ちょっと豪華に、煮込みハンバーグにするつもりだったの。だけど、ちょっと目を離したすきに焦げちゃって……」
ハンバーグを焼いてる間に、煮込むためのソースを作り。市販のデミグラスソース缶と、切った玉ねぎとしめじを煮込んでたんだけど。
ウッカリ、そっちに集中してたら、ハンバーグが少し(ココ強調!!)焦げてしまったのだ。
「大丈夫だよ、奏さん。――ちょっと、待ってて?」
冷蔵庫から何やら取り出したミオ。
「……スライスチーズ?」
「うん。コレを載せて煮込めば、そこまで気にならないよ?」
言いながら、少し(強調!!)焦げたハンバーグを、ソースのなかにそっと並べていく。
「ここからは弱火でね。でないと、今度はソースが煮詰まっちゃうから……って、こっちも煮詰まりかけてるね」
うう。
そうなのよ。
ハンバーグに気を取られてたら、今度はソースが。
「大丈夫だよ。そうなったら、お水を足せばいいんだから。ほら」
私みたいに、「カップはどこだ?」にならないミオの手際。
「で、最後にスライスチーズ。蓋して蒸らしてチーズが溶けたら完成!!」
パカッと蓋を開いて見えた完成品。湯気の上がった煮込みハンバーグは、お腹を鳴らし、涎を溢れさせるに充分な姿だった。
これ、絶対美味しいわ。
自分一人じゃどうなるかと思ったけど、どうにか美味しそうに出来た。
って!! ミオに頼ってちゃダメじゃない、私!!
軽く、ショックを受ける。
「さ、奏さん、ゴハン、食べよ?」
「うん。……って。あっ!!」
「なに?」
「――ゴメン。ご飯、炊き忘れた」
「ええーっ!?」
うん。ホント、ゴメン。
せっかく出来上がったのに。ご飯が炊き上がるまでお預けになった煮込みハンバーグ。
「大丈夫だよ。このまま蓋して蒸らしておけばいいから」
ガックリ肩を私を前に、テキパキとお米を研ぐミオ。
料理って、その腕だけじゃなく、手際も必要だったのね。
あらためて痛感する。
――その日。
煮込みハンバーグは、多少焦げ味がしたけれど、チーズとミオのおかげで、美味しく出来上がっていた。
* * * *
で。
そのリベンジ。
試験当日のお弁当。
ここはいっちょ張り切ってって思ってたら、意外にもミオのリクエストは「おにぎり」だった。それも、ただの塩むすび。
「どうして塩むすび? おかずは?」
「いらない。塩むすびだけで充分だよ」
…………?
緊張してお腹にもたれるとか、心配してるんだろうか。
あんな完璧になんでもこなすミオでも、緊張したりするのかな。まあ、人生初めての岐路だもんね。緊張ぐらいするよね。
なんか、カワイイな。
夜は、回らないお寿司ということにしておいて、弁当はリクエスト通りに塩むすびにする。
けど。
前のような失敗は許されない!!
薄味すぎる塩むすび。食べる端からボロボロと崩れる粗悪品。
あれじゃ、ダメなのよ。試験の日に「落ちた」「こぼれた」は禁句でしょ。
ということで、再び、ネットで検索。
――美味しいおにぎりの握り方。
「え? 力任せに握っちゃダメ? 優しく、ふんわりと? ご飯は、手のひらのくぼみから、中指の第二関節に入るぐらいの量? 冷めると塩味が薄く感じられる?」
なんでもかんでも、力まかせにギュッギュッギュッじゃダメなのね。ご飯も、両手で収まる量じゃいけないと。
私の作ったおにぎり。まるでソフトボールみたいな出来だったけど、あれは、思いっきりハズレ、邪道だったわけか。
崩れないための力まかせで、米を握りつぶしてたのかもしれない。
よっしゃっ!!
いっちょミオのために、最高の塩むすび、作ってやるんだから!!
朝から、静かに気合いを入れて腕まくりする。
……にしても。
ご飯、熱すぎっ!!
* * * *
極端……なんだよね。
試験途中の休憩時間。
取り出した弁当に笑いを禁じ得ない。
小さく作られたおにぎり。
形はすごいいい。海苔を別添えにして湿気らないように気を使ってくれてる。
けど。
持つと崩れる……。
どうせ、ネットとかで、「ふわっとやさしく」とか見たんだろうな。力を入れずに、フンワリと。米を潰さないように慎重に。
その気遣いはありがたいけど、完璧に裏目に出てる。
フンワリすぎて、持ち上げただけで崩れるおにぎり。
できることなら、もう少し力を入れてほしかった。
弁当から取り出そうとするたびに崩れ落ちるおにぎり。とてつもなく縁起悪い。
でも。
美味しい――。
朝から、一生懸命作ってくれたおにぎり。
「熱っ、熱っ、熱っ!!」っていう奏さんの声は、私の部屋まで聞こえてた。どうせ、炊きたてのご飯をボールに移すとかしないで、そのまま炊飯器から直接手に取って握ろうとしたんだろう。
ご飯と格闘したであろう奏さんの姿。容易に想像がつく。
崩れそうな(というか崩れた)おにぎりを海苔で補強しつつ、すべてをお腹に収める。
このおにぎりさえ食べれば、どれだけでも力が湧いてくる。
試験なんて平気。周りは賢そうな子ばかりで怯みそうになるけど、これさえあれば、絶対合格できる。それも余裕で。
見ててね、奏さん。
わたし、奏さんが喜んでくれるように、絶対合格するからね。
* * * *
「お疲れー、ミオ。迎えに来たよ~」
試験を終え、校門を出たところで待っていてくれてた奏さん。
てっきり家にいると思ってたのに。
「せっかくだからさ、このままゴハンを食べに行かないかなって」
「ゴハン? 食べに行くの?」
「そ。ミオの試験ご苦労様会。たまにはいいでしょ?」
そうなんだ。
わたし、試験も終わったことだし、ゴハン作る気満々だったんだけど。作るの好きだし。
でも、外食だなんて、奏さんも気を使ってくれてるし。
ここは素直に甘えておいた方がいいのかな。
「お寿司に行こうかなって思ってるんだけど。ミオ、なんか他に食べたいリクエスト、ある?」
「別に、ないけど……」
「じゃあ、決まりっ!! 今日は特別に、回らない寿司に行くよ~」
うれしそうに歩き出す奏さん。
昨日の焦げた煮込みハンバーグといい、今日の塩むすびといい。
奏さんなりにわたしのこと、考えてくれてるんだな。わたしの大変な時期に、わたしを支えよう、励まそうっていう叔母心。
寿司よりなにより、その気遣いが一番うれしい。
「奏さん」
「ん?」
「ありがとうございます。お弁当のおにぎり、すごく美味しかったです。また作ってくださいね」
素直にお礼を述べる。けど。
「……奏さん?」
「――ゴメン、ミオ。ちょっと待って」
なぜか、顔を押さえて明後日の方を見る奏さん。
…………!? どうしたの?
「ミオ、アンタさ、『天然』とか『タラシ』とか言われたりしない?」
へ? 天然? タラシ?
というか、「タラシ」って男性にいう言葉じゃあ。
「その笑顔、結構ヤバい。カワイイ。可愛すぎるっ!!」
「それは、叔母の欲目なんじゃあ……」
「違うっ!! ミオはカワイイッ!!」
「わっ!!」
イキナリ抱きついてきた奏さん。髪をグッシャグシャにする勢いで、わたしの顔を自分の胸に押しつける。――ち、窒息するっ!!
「私が男なら、絶対こんな可愛い子、ほっとかないって。あー、ミオが女子校希望でヨカッタ~」
そ、それってどういう意味?
「いい? ミオ。世間には、ミオみたいな可愛い子をエサにする悪ーいヤツもいるからね。気をつけなくちゃダメだよ」
「それは、奏さんの方が危険なんじゃ……」
「私は大丈夫。大人だからね」
少し離れて、エヘンと胸を叩く奏さん。その自信はどこからくるんだろ。
言い寄られても気づかない、真性の天然のくせに。
「そうだ。ミオ、合格祝いはなにがいい? なんでも言っていいよ?」
奏さんの言葉に少しだけ思案する。
「じゃあ、『圧力鍋』」
「ええっ!? もっと他のヤツ、ないの? 新しいスマホとか、パソコンとか、洋服とか」
「圧力鍋がいいんです。あれがあれば、奏さん好みのトロットロのブタ角煮とか、タップリ煮込まれたカレーとか作れるんだけど……」
「買うっ!! 買いますっ!! っていうか、合格祝いじゃなくても買う!! 即買いっ!! 今から買いに行こう!! お寿司はその後!!」
……まさか、そこまで食いつかれるとは思わなかった。
「じゃあ、明日のゴハンは角煮にしましょうか」
「うん!! やたっ!!」
すごくうれしそうな奏さん。これ、もしかしたら、このまま買いに行って、夕飯はお寿司から角煮にチェンジ!!ということになるかもしれない。
ま、それでもいいんだけど。
わたしのことを「天然」とか「タラシ」と評価した奏さんだけど、彼女のほうが、ずっと「タラシ」だと思う。
だって。
わたし、今、すごく料理を作りたくてどうしようもなくなってる。
奏さんの笑顔が見たくて、料理がしたくてたまらない。
ね、奏さん。
今日のゴハン、変更してもいいかな?
お寿司もいいけど、奏さんの「ごちそうさま」が、わたしにとって一番のプレゼントなんだよ?
「早く、早く~」
少し前を行く奏さん。
「ちょっ、待って~!!」
薄い冬の夕日が、わたしと奏さんの影を作る。追いかけるわたしの影と奏さんの影が、草むらの上で、じゃれ合うように交わった。
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※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
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奴隷市場
北きつね
ライト文芸
国が少子高齢化対策の目玉として打ち出した政策が奴隷制度の導入だ。
狂った制度である事は間違いないのだが、高齢者が自分を介護させる為に、奴隷を購入する。奴隷も、介護が終われば開放される事になる。そして、住む場所やうまくすれば財産も手に入る。
男は、奴隷市場で1人の少女と出会った。
家族を無くし、親戚からは疎まれて、学校ではいじめに有っていた少女。
男は、少女に惹かれる。入札するなと言われていた、少女に男は入札した。
徐々に明らかになっていく、二人の因果。そして、その先に待ち受けていた事とは・・・。
二人が得た物は、そして失った物は?
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
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表紙は写真ACより引用しました
伊緒さんの食べものがたり
三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。
伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。
そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。
いっしょに食べると、なんだっておいしい!
『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。
『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
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攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
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