7 / 10
「おかえり」と「ごちそうさま」のカンケイ。
第7話 塩むすび。
しおりを挟む
「ささ、着替えて休んで。後のことは気にしなくていいから」
「え、いや……、でも……、仕事……」
「だーかーらー。仕事よりミオのほうが大事だって言ってんの!! 仕事は、有休とったから、大丈夫!!」
「だって、『残業』が……」
「それも大丈夫!! 子どもが余計な心配しなくていい!!」
ホラホラと背中を押され、無理矢理ベッドに押し込まれる。
「具合の悪いときは、思いっきり甘える!! ほら、なんか食べたいもの、ある? お粥でも作ろうか?」
奏さん、作ってくれるの? わたしのために?
「……おにぎり食べたい」
「オッケー。おにぎりね。ちょっと待ってて。作ってくるから」
わたしのワガママに、なぜかうれしそうな奏さん。
キッチンに行ったはいいものの……。「うわあっ!!」とか、「ええっ!!」って声が聞こえてくるんだけど……。――心配。
「ミオーッ!! できたよ~。食べられる?」
そっか。できたのか。
しばらく……というかだいぶ経ってから、お盆におにぎりとお茶を載せてきた奏さんの姿にホッとする。
(で、デカい……)
ゴロン、ゴロンとかなり大ぶりな海苔巻きおにぎり。不格好というわけじゃないけど、かなりデカい。それがいくつも皿に載せられてて……。――圧巻の男メシ。おむすびころりん……というより、おむすびごろりん。
「ゴメンね。具になるようなもの、見つけられなくって、ただの塩むすびだけど……」
やっぱり。不安的中。
冷凍しておいた鮭もあるし、カツオ節だって、しそふりかけだってストックしてある。具になるようなものを見つけられなかったあたり、なんというのか、奏さんらしい。海苔が巻いてあるのは、かなり頑張った結果のように思う。きっとあちこち探したんだろうな。海苔なんて、いっつも同じ引き出しにしか入れてないのに。
「……いただきます」
両手に余るようなおにぎり。それを大口を開けて、一口、また一口と頬張っていく。
「どう?」
「……うん。美味しい……」
わたしの言葉に、奏さんの肩から力が抜ける。
「よかった。……にしても、デカいおにぎりだよね~、これ」
ベットの脇に腰かけた奏さんも、おにぎりを一つ食べ始める。
「……ビミョウ」
塩加減のことを言ってるのだろう。どっちかというと、薄味すぎる塩むすびに、奏さんが眉をひそめた。
「でも、美味しいよ?」
「ホントに? 『精進せいよ』レベルでしょ、これ」
「違うよ。わたし、このおにぎり好きだよ?」
料理の苦手な奏さんがわたしのために、一生懸命握ってくれたおにぎり。大きかろうが、不格好だろうが、具が入ってなかろうが、薄味だろうが、食べた端から崩れるもろさだろうが、わたしには最高のおにぎりだ。
多分、あの時食べたコンビニおにぎりと同じぐらい、最高のおにぎり。
「さ、食べたら休む!!」
食後、押し倒されるようにして、強制的に寝かされた。ご丁寧に、上掛けまでかけ直してくれて。
「……牛になっちゃう」
「ミオは痩せてるんだから、ちょうどいいじゃない」
そんなことないと思うけど。
「それより、他になにかして欲しいこと、ある?」
「え? でも……」
「こういう時ぐらい甘えなさい。なんだって言っていいよ?」
優しい笑顔。優しい言葉。
ああ、なんて甘い誘惑。とろけそうなほど甘い地獄。
呑み込んでいた感情が爆発しそう。
「じゃあ……。寝るまで、手、つないでもらっても……、いい、かな?」
「手?」
「うん……」
ダメかな? 子どもっぽいかな? 甘えすぎかな?
暴れ出しそうな感情と押さえ込もうと必死な理性が、妥協の末に考え出したお願い。ちょっとだけ甘えたワガママ。
「いいけど……。ちょっと待ってね」
急いでお盆を持って部屋から出ていく奏さん。ガタガタとあっちこっちで音がして、やがて――。
「お待たせ。じゃ、一緒に寝よっか」
え? 寝る? 一緒に?
手をつなぐだけで充分厚かましいお願いだと思ったのに。まさか一緒に寝てくれるとは。
化粧を落として、パジャマに着替えて。寝る気満々の奏さんの姿に驚くしかない。
「イヤだった?」
「ううん。そんなことない」
むしろ、うれしすぎてどうにかなりそう。
「じゃあ、お邪魔するね。あー、あったか~い」
狭いシングルベッド。その上で、二人、身を寄せ合う。
「ミオってさ、怖い夢見た時とか雷の時とか、よくこうして一緒に寝たよね。手をつないでって泣きながら布団に潜り込んできて」
「そんな、昔の話じゃない」
今は、怖い夢を見てもなんとかするし、雷だって平気だもん。……少しだけだけど。
「そんな昔ってほど昔じゃないよ。つい最近の話。ほんの数年前のことじゃない。十年ぐらい?」
奏さんにしてみたら、十年なんて人生の三分の一程度の話かもしれないけど、わたしにとっては、人生の三分の二を占める、大きな年月。それを「ほんの」と言われると、ちょっと複雑。
「大きくなったと思ったけど、まだまだ子どもだったんだね~」
手をつないでほしいなんてさ。
奏さんが笑う。
「ダメ……だった?」
「ううん。そんなことない。むしろ、安心した」
「安心?」
「だって、ミオって、全然私を頼ってくれないし。甘えようともしないし。どっちかというと、私のほうが甘えてたし。ちょっと叔母として、情けないな~って思ってたんだよね」
「そう……かな?」
「そうだよ。進路だってなんだって、自分で決めちゃうしさ。大きくなったな~、大人になったな~とは思うけど、ちょっと淋しかったんだよね、私」
そうか。そうだったんだ。
奏さん、そんな風に思ってたんだ。
「だから、こうして弱ってる時だけでも甘えてくれると、すごくうれしい。ほら、奏叔母ちゃんに甘えなさい」
「うわっ!! 奏さんっ!!」
ゴローンと身体を抱きあげられ、仰向けになった奏さんの上に載せられる。
「ホラホラ、甘えて、甘えて? ミオちゃん」
「いや、充分に甘えてますって!!」
「まだまだ足りないって。ほら、いっぱい抱っこしてあげるから、甘える、甘える!!」
「寝れないってば、こんなの!!」
ジタバタ、モダモダ。
狭いベッドの上で、ああでもないこうでもないと奏さんと暴れる。
「……ねえ」
「ん?」
「手、つないで?」
「うん……」
どちらからともなく手をつなぎ、目を閉じる。
少し乱れた布団のなか。
相手の温もりと匂いと吐息だけを感じる世界。
トクントクンと伝わる心音は、わたしのものか、奏さんのものか。
どちらのものとも知れなかったけれど、その音に誘われるように、わたしは夢を見ることなく、深い眠りへと落ちていった。
「え、いや……、でも……、仕事……」
「だーかーらー。仕事よりミオのほうが大事だって言ってんの!! 仕事は、有休とったから、大丈夫!!」
「だって、『残業』が……」
「それも大丈夫!! 子どもが余計な心配しなくていい!!」
ホラホラと背中を押され、無理矢理ベッドに押し込まれる。
「具合の悪いときは、思いっきり甘える!! ほら、なんか食べたいもの、ある? お粥でも作ろうか?」
奏さん、作ってくれるの? わたしのために?
「……おにぎり食べたい」
「オッケー。おにぎりね。ちょっと待ってて。作ってくるから」
わたしのワガママに、なぜかうれしそうな奏さん。
キッチンに行ったはいいものの……。「うわあっ!!」とか、「ええっ!!」って声が聞こえてくるんだけど……。――心配。
「ミオーッ!! できたよ~。食べられる?」
そっか。できたのか。
しばらく……というかだいぶ経ってから、お盆におにぎりとお茶を載せてきた奏さんの姿にホッとする。
(で、デカい……)
ゴロン、ゴロンとかなり大ぶりな海苔巻きおにぎり。不格好というわけじゃないけど、かなりデカい。それがいくつも皿に載せられてて……。――圧巻の男メシ。おむすびころりん……というより、おむすびごろりん。
「ゴメンね。具になるようなもの、見つけられなくって、ただの塩むすびだけど……」
やっぱり。不安的中。
冷凍しておいた鮭もあるし、カツオ節だって、しそふりかけだってストックしてある。具になるようなものを見つけられなかったあたり、なんというのか、奏さんらしい。海苔が巻いてあるのは、かなり頑張った結果のように思う。きっとあちこち探したんだろうな。海苔なんて、いっつも同じ引き出しにしか入れてないのに。
「……いただきます」
両手に余るようなおにぎり。それを大口を開けて、一口、また一口と頬張っていく。
「どう?」
「……うん。美味しい……」
わたしの言葉に、奏さんの肩から力が抜ける。
「よかった。……にしても、デカいおにぎりだよね~、これ」
ベットの脇に腰かけた奏さんも、おにぎりを一つ食べ始める。
「……ビミョウ」
塩加減のことを言ってるのだろう。どっちかというと、薄味すぎる塩むすびに、奏さんが眉をひそめた。
「でも、美味しいよ?」
「ホントに? 『精進せいよ』レベルでしょ、これ」
「違うよ。わたし、このおにぎり好きだよ?」
料理の苦手な奏さんがわたしのために、一生懸命握ってくれたおにぎり。大きかろうが、不格好だろうが、具が入ってなかろうが、薄味だろうが、食べた端から崩れるもろさだろうが、わたしには最高のおにぎりだ。
多分、あの時食べたコンビニおにぎりと同じぐらい、最高のおにぎり。
「さ、食べたら休む!!」
食後、押し倒されるようにして、強制的に寝かされた。ご丁寧に、上掛けまでかけ直してくれて。
「……牛になっちゃう」
「ミオは痩せてるんだから、ちょうどいいじゃない」
そんなことないと思うけど。
「それより、他になにかして欲しいこと、ある?」
「え? でも……」
「こういう時ぐらい甘えなさい。なんだって言っていいよ?」
優しい笑顔。優しい言葉。
ああ、なんて甘い誘惑。とろけそうなほど甘い地獄。
呑み込んでいた感情が爆発しそう。
「じゃあ……。寝るまで、手、つないでもらっても……、いい、かな?」
「手?」
「うん……」
ダメかな? 子どもっぽいかな? 甘えすぎかな?
暴れ出しそうな感情と押さえ込もうと必死な理性が、妥協の末に考え出したお願い。ちょっとだけ甘えたワガママ。
「いいけど……。ちょっと待ってね」
急いでお盆を持って部屋から出ていく奏さん。ガタガタとあっちこっちで音がして、やがて――。
「お待たせ。じゃ、一緒に寝よっか」
え? 寝る? 一緒に?
手をつなぐだけで充分厚かましいお願いだと思ったのに。まさか一緒に寝てくれるとは。
化粧を落として、パジャマに着替えて。寝る気満々の奏さんの姿に驚くしかない。
「イヤだった?」
「ううん。そんなことない」
むしろ、うれしすぎてどうにかなりそう。
「じゃあ、お邪魔するね。あー、あったか~い」
狭いシングルベッド。その上で、二人、身を寄せ合う。
「ミオってさ、怖い夢見た時とか雷の時とか、よくこうして一緒に寝たよね。手をつないでって泣きながら布団に潜り込んできて」
「そんな、昔の話じゃない」
今は、怖い夢を見てもなんとかするし、雷だって平気だもん。……少しだけだけど。
「そんな昔ってほど昔じゃないよ。つい最近の話。ほんの数年前のことじゃない。十年ぐらい?」
奏さんにしてみたら、十年なんて人生の三分の一程度の話かもしれないけど、わたしにとっては、人生の三分の二を占める、大きな年月。それを「ほんの」と言われると、ちょっと複雑。
「大きくなったと思ったけど、まだまだ子どもだったんだね~」
手をつないでほしいなんてさ。
奏さんが笑う。
「ダメ……だった?」
「ううん。そんなことない。むしろ、安心した」
「安心?」
「だって、ミオって、全然私を頼ってくれないし。甘えようともしないし。どっちかというと、私のほうが甘えてたし。ちょっと叔母として、情けないな~って思ってたんだよね」
「そう……かな?」
「そうだよ。進路だってなんだって、自分で決めちゃうしさ。大きくなったな~、大人になったな~とは思うけど、ちょっと淋しかったんだよね、私」
そうか。そうだったんだ。
奏さん、そんな風に思ってたんだ。
「だから、こうして弱ってる時だけでも甘えてくれると、すごくうれしい。ほら、奏叔母ちゃんに甘えなさい」
「うわっ!! 奏さんっ!!」
ゴローンと身体を抱きあげられ、仰向けになった奏さんの上に載せられる。
「ホラホラ、甘えて、甘えて? ミオちゃん」
「いや、充分に甘えてますって!!」
「まだまだ足りないって。ほら、いっぱい抱っこしてあげるから、甘える、甘える!!」
「寝れないってば、こんなの!!」
ジタバタ、モダモダ。
狭いベッドの上で、ああでもないこうでもないと奏さんと暴れる。
「……ねえ」
「ん?」
「手、つないで?」
「うん……」
どちらからともなく手をつなぎ、目を閉じる。
少し乱れた布団のなか。
相手の温もりと匂いと吐息だけを感じる世界。
トクントクンと伝わる心音は、わたしのものか、奏さんのものか。
どちらのものとも知れなかったけれど、その音に誘われるように、わたしは夢を見ることなく、深い眠りへと落ちていった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
奴隷市場
北きつね
ライト文芸
国が少子高齢化対策の目玉として打ち出した政策が奴隷制度の導入だ。
狂った制度である事は間違いないのだが、高齢者が自分を介護させる為に、奴隷を購入する。奴隷も、介護が終われば開放される事になる。そして、住む場所やうまくすれば財産も手に入る。
男は、奴隷市場で1人の少女と出会った。
家族を無くし、親戚からは疎まれて、学校ではいじめに有っていた少女。
男は、少女に惹かれる。入札するなと言われていた、少女に男は入札した。
徐々に明らかになっていく、二人の因果。そして、その先に待ち受けていた事とは・・・。
二人が得た物は、そして失った物は?
野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~
浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。
男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕!
オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。
学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。
ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ?
頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、
なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。
周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません)
ハッピーエンドです。R15は保険です。
表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
伊緒さんの食べものがたり
三條すずしろ
ライト文芸
いっしょだと、なんだっておいしいーー。
伊緒さんだって、たまにはインスタントで済ませたり、旅先の名物に舌鼓を打ったりもするのです……。
そんな「手作らず」な料理の数々も、今度のご飯の大事なヒント。
いっしょに食べると、なんだっておいしい!
『伊緒さんのお嫁ご飯』からほんの少し未来の、異なる時間軸のお話です。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にても公開中です。
『伊緒さんのお嫁ご飯〜番外・手作らず編〜』改題。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる