上 下
14 / 25

第14話 憶測と思惑と決意と狂乱。

しおりを挟む
 ――殿下が刺客に狙われた。
 ――誰に? どうして?
 ――ノーザンウォルドとの友好を快く思ってない連中の仕業か?
 ――それとも、別の思惑が?
 
 舞踏会以来、王宮でさまざまな憶測が飛び交う。
 
 ――殿下だけではない。ノーザンウォルドの大使も狙われたそうだ。
 ――フェリシラ姫もだ。
 ――殿下とフェリシラさまの婚姻を邪魔する者が?
 ――いや、もしかすると、王族に反旗を翻す連中かもしれん。
 ――今、この国は、殿下によって支えられている。陛下は長くご病気だからな。殿下がお亡くなりになれば、他にお世継ぎがいらっしゃらない以上、別の王族に権力が回る。
 ――シッ。滅多なことを言わないほうがいい。

 ダンス講師の助手。そして王宮の給仕係。
 今回は毒を盛って近づいてきたけど、あれがもし暗器だったりしたら。
 考えるだけでゾッとする。
 あそこまでやすやすと潜入してくる刺客だ。どれだけ警戒して警護の人員を増やしても、「次」がないとは言えない。
 いや、「次」だけじゃない。
 「次」が無理なら、「その次」。「その次」が無理なら「さらに次」。
 まさしく「次々」。
 二度撃退しただけでは、まったく安心できない。
 今だって、殿下のお部屋の窓の外から機会をうかがっているかもしれない。それぐらい危険な相手。

 (気を引き締めねば)

 殿下の護衛になっちゃった。ウフッ♡
 じゃいられないのよ。 
 敵は、多少の変装はしてたけど堂々と正面からやって来た。
 つまり、顔を見られて困ることもない、知られたところで問題なく殺れる。それだけの腕がある、自信があるってこと。
 誰がどんな思惑で雇った刺客なのかわからないけど、かなり厄介な相手であることに違いはない。

*     *     *     *

 「しばらくは、公務以外の催しへの参加は、見合わせたほうがよいようですね」

 「はい。あの刺客がどこに潜んでいるかわかりませんので。警護の者を増員いたしますが、刺客は一人とは限りませんので」

 「そうですね」

 殿下の執務室。私の言葉にライナルが頷く。
 そう、刺客は一人とは限らない。
 今、騎士団のほうでも全力をあげて捜査をして、警備を強化しているけど、敵は一人とは限らない。あの刺客を捕まえてホッとしたところで、間隙を縫うようにして新しい刺客が襲ってくるかもしれない。二人、ないしそれ以上の人数で襲ってくる可能性だってある。
 あの舞踏会の会場で、あそこまで素早く騎士たちが駆けつけられたのは、あらかじめ警戒してすぐ近くで警護にあたっていたから。だけど、その警戒をかいくぐり、あの刺客は堂々と給仕になりすまして現れていた。
 油断はできない。
 だから、できれば公務以外の行事、舞踏会とか晩餐会とか、そういった類のものへの参加はやめて欲しいのが本音。
 なんだけど。

 「ダメだよ。行事への参加は減らせない」

 「殿下、しかし……」

 ライナルが諫めようとする。

 「ご令嬢方との歓談は中止する。彼女たちの身に危険が及ぶといけないからね。けれど、それ以外のことは止めない。刺客に怯える弱い奴と思われてはいけないんだ」

 そ、それはそうなんだけど……。
 身の安全第一じゃあダメなんですか?

 「警備を担ってくれる騎士団のみんなにも、リーゼファにも迷惑をかけることになるけど。それでも、止めるわけにはいかないんだ」

 次期国王は臆病だ。

 そんな噂が流れてはいけないのだろう。
 刺客などという卑怯者を怖れはしない。来るなら来い。いつでも返り討ちにしてやる。
 そういう堂々とした態度が必要なんだろう。

 (わかるっちゃあ、わかるんだけど……)

 歯がゆい。どうにも歯がゆい。
 
 「ゴメンね、リーゼファ。キミに負担ばかりかけてしまって」

 「いえ。お気になさらず」

 それが騎士の務めですから。
 殿下が怖れずに前に出られるのなら、それを全力でお守りするのが私の役目です。
 でも――。

 (きっと、その御心は傷ついていらっしゃるわよね)

 誰かに命を狙われる。
 この世から消えて欲しいと願われ、殺意を向けられる。
 そのことを平然と受け止めることの出来る人物などいない。
 命を狙われる恐怖もあるけど、そこまで誰かに憎まれ呪われている事実に、傷つかないわけがない。
 お優しい殿下のことだ。
 今だって、傷ついた御心のことより、警護を厚くしなくてはいけなくなった騎士団に、申し訳なく思っていらっしゃるのだろう。私に対して「ゴメンね」っていうのは、そういうことだ。

 (ホント、お優しい方だわ)

 敵がどんな理由で害意や悪意を持っているのかなんて知らない。けど、ここまで他者を思いやれる御心を持つ殿下を、これ以上傷つけさせることは許さない。
 この国の未来の主は、殿下こそ相応しい。
 我ら騎士団一同、身命を賭して殿下をお守りしたい。(勝手に騎士団を参加させておく)

 「この先、公務の時は護衛として付いてきて欲しいけど……」

 はい。いつだって、殿下の盾となる覚悟です。どこにだってついて行って、お守りいたします。

 「それ以外の催し、晩餐会とかは、僕にエスコートされてくれないかな」

 ……………………は!?

 「護衛だとどうしても距離があるからね。僕のすぐそばに立って、僕を守って欲しいんだけど。――ダメかな?」

 いやいやいやいや。
 ダメとか、そういうのじゃなく。
 私が?
 護衛なのに?
 殿下に?
 エスコォトォォォッ!!

 アインツたちの代わりに、脳内の私が声の限り叫んだ。

 あの舞踏会だけでもいっぱいいっぱいだったのに?
 まだ続けるの? 殿下のお相手。

 「きみ以外のご令嬢を、エスコートするわけにはいかないからね」

 あ、そっか。
 「わたくしが」抗争も怖いけど、いつ刺客に狙われるかわからないんだもん。下手にご令嬢をそばに置いて、ウッカリ巻き込まれたら大変だもんね。
 
 この間の舞踏会、フェリシラさまのことを思う。
 毒杯からお守りすることはできたけど、もしかしたら、彼女を盾に命を狙われるなんて展開だってあり得た。それか、殿下とご一緒にフェリシラさまも凶刃に倒れるなんて可能性も。
 そう考えると、私が適任なのも頷ける。
 けど。

 (本格的にお守りするなら、私より団長とか適任者はいると思うんだけど……)

 騎士団に、私より腕の立つ者なら、いくらでもいる。
 そもそもに、私より膂力や体力など、能力が上回ってる騎士は、ゴマンといるのだ。
 別に、私を特別指定されなくてもその者たちに警護に当たらせれば――。
 って、ダメだ。
 パツンパツンの今にも引きちぎれそうなドレス。隠しきれない上腕二頭筋。 
 ドレスを着た団長を想像してしまい、軽いめまいを覚える。ナタリーさんのようなインパクトあるオカマではなく、破壊力バツグンのド変態団長の姿。宴会芸でもやって欲しくない恰好。
 
 (し、仕方ない。私だって似合うわけじゃないけど、団長ナイトメア悪夢よりはマシだろうし)

 「……承知いたしました」

 仕方ない。私以外に適任そうな者がいないんだし。そもそも女騎士っていうのが、私しかいないんだし。
 
 「じゃあ、さっそくナタリーにドレス、頼まなきゃね」

 え? 前のドレス、着るんじゃないの?
 別にただの護衛なんだし、新調しなくても。

 「せっかくエスコートするんだから。いつも同じドレス、着たきりすずめはダメだよ」

 ええーっ。もったいないです。護衛なんだから、あれで充分ですよ。

 「今度はどんなドレスが仕上がるのかな。この間のドレスもキミによく似合ってた。僕なんかが手を取ってもいいものなのか、悩むぐらいステキだったよ」

 いやいやいやいや。
 逆です、逆!! 私なんかが手を取られてもいいのかってぐらい、殿下のほうがステキでしたっ!!
 
 「あまりに魅力的で、このまま閉じ込めて僕だけのものにして、他の誰の目にも触れさせたくないって思ったよ。あまりにもキレイで美しくて、目まいがしそうだった」

 いやいやいやいや。
 その言葉、ソックリそのまま殿下にお返ししますっ!!
 というか、慣れない美辞麗句すぎて頭がクラクラします。お世辞十割だってわかっていても、殿下のその甘いお声で囁かれると、もうそれだけでどうにかなりそう。
 腰砕け。全身骨抜き。
 背筋ピシッと立ってるけど。中身はフニャフニャクラゲ状態。

 「楽しみだね。次の晩餐会」

 うう。
 精神的重圧爆上がり。そして、私の心拍も爆上がり(した気がする。変化ないけど)。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...