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第7話 ベクトル違いのいじらしさ

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 ――今日も頼むぞ、カイトー。
 ――実験のため、精液を注いでくれ。

 恥じらいも何もないアグネスの誘い文句。
 これは実験。あくまで実験。
 だから。

 ――これでいいか? サイトー。
 
 スルスルとなんの躊躇もなく衣を脱ぐ。
 それどころか。

 ――私だけ脱ぐのは不公平だぞ。お前も脱げ。

 こっちの衣も、強盗レベルの速さで剥ぎ取る。
 その上。

 ――よしよし。今日も問題なく勃っているな。

 股間の屹立の状況確認される。

 (俺は精液製造機じゃないぞ)

 いくらこっちが提案した実験だったとしても。そんなニコニコ満足そうに陰茎を見られてうれしいわけがない。

 (はいはい。そうですよ。俺は勃ってますよ。アンタに誘われてアンタの裸を見て興奮してますよ。悪いか)

 自棄。開き直り。
 でも、ふてくされてなんにもしない――なんて選択肢は選べない。
 アグネスの見立てどおり、俺の体はどうにも滾って、彼女を犯したくて仕方ない。
 ラオにもらった丸薬を飲ませるのが実験開始の合図。
 その唇が腫れそうなほどキスをくり返す。耳たぶを食み、首筋に唇を這わせる。下に深い影を作るぐらい豊満な胸を揉みしだき、勃ち上がる乳首を舐めて舌で押しつぶす。濡れた膣と腫れ上がった突起を舌で指で愛撫し、蕩けたそこに陰茎を突き立てる。
 時に立ったまま、柱に掴まる彼女を後ろから。時にテーブルに転がし、脚を開かせて。時に腰掛けた俺の上に跨がらせて。その細い腰を掴み、欲望のままに腰を振る。

 ――サイトー、サイトッ!

 絶頂の間際、余裕のないアグネスの声が好きだ。

 ――手を、手を繋いで。

 快楽を恐れて、必死にこちらへ手を伸ばしてくるのが好きだ。
 乱れた嬌声。揺れる乳房。上気して湿った肌。広がる髪。
 メガネを外してくれないのは不満だが、それでも、これほど愛おしいと思う存在は他にいない。これほど愛おしくて、自分を刻みつけたいと思う相手はアグネスだけだ。

 ――アアッ!

 アグネスがイくのに合わせて、逆らわず射精する。
 吐き出す快感。搾り取られる快感。
 すべてが一つに溶け合わさるような心地よさ。
 こうして毎日セックスをくり返していけば、いつかはそこに「愛しい」という感情が芽生えてくれるのだろうか。いつかは、実験じゃなく、ただの男として、アグネスに受け入れられることもあるんだろうか。
 体から始まる「愛」であっても。いつかは「愛しい」と思ってもらえるように。
 そうなったらいい。そうなればいい。
 そうしたら、丸薬など飲ませずに、心の底からの「愛しい」で彼女を満たす。自分の心を彼女に刻みつける。

          *

 「――ララリア、ですか」

 「ああ。アグネスが市場で出会った女らしい」

 薄暗く、薬の匂いのこもるラオの店。その奥まった場所で、薬に埋もれるようにして座る。

 「ララリア。南皇国生まれでしょうか」

 「わからない。だがおそらくは」

 名前からの推測だけど。

 「アグネスに、子どものかわいさは武器だと語ったとか。お湯屋に行くよう提案したのもその女だ」

 「なるほど」

 目の前に座るラオが、何度も白いあごひげを撫でる。

 「では、こちらにお任せください」

 「すまないな」

 「いえ。これしきのこと、構いませんよ」

 ホッホ。
 ラオが笑った。

 「しかし、せっかく本懐を遂げられたかと思えば。苦労が耐えませんな」

 「まったくだ」

 薬臭い空間に、深く息を吐き出す。
 アグネスに近づいてきた女、ララリア。
 本当に南皇国出身なのか? 性に疎いアグネスにお節介しているだけなのか?
 素性はもちろんのこと、目的がわからない以上、警戒するしかない。

 「にしても、これでようやく合点がいきました」

 「ラオ?」

 「先日、こちらにいらしたんですよ、アグネス様が」

 アグネスが?
 研究に必要な薬草を求めるにしても、自分からこの店に足を運ぶなんてなかったのに。
 基本、アグネスは自分から外に出かけたりしない。ほとんどが家(研究所?)に籠もって過ごす。だから、市場でララリアという女に出会ったことも、一人でお湯屋に出かけたことも驚きだったのに。

 「なんでも、風呂上がりに体につける香りのものを欲しいとおっしゃられて。なるべくアナタ様に内緒で用意して欲しいと」

 「は? なんで?」

 「乙女心……でしょうなあ。肌を晒しても、何かをまとって隠したい。そういうお心なのでしょう。いじらしいですな」

 (それは、ない。絶対、ない)

 あのアグネスだぞ?
 実験だと言って、スポーンと脱いでしまう女だぞ?
 そんな女に、せめて香りだけでもって、いじらしい乙女心があるとでも?

 「とりあえず、薔薇そうびを使った香を渡しておきましたが。お気に召しましたかな?」

 「あの香りは、お前が渡したものだったのか?」

 「ええ。まさか薬屋を営んで、香を求められるとは思いませんでしたが」

 そりゃそうだろう。
 ラオはあくまで〝薬屋〟。香物屋ではない。
 というか、こんな手近で香を手に入れていたとは。
 
 (もしかして、「膣に入れられる香袋」……とか言って求めてないだろうな)

 ラオには色々相談しているが、だからってあけすけに、アグネスから話してほしくない。けど、アグネスなら、それぐらいやりかねない。なんたって、セックス=実験なのだから。

 「おや、あの香りはお気に召しませんでしたかな? 麝香などのほうがよろしければ、後日改めてお渡ししておきますが」

 「いや、いい。あの香りは好きじゃない」

 顔を覆い、何度目かのため息を吐き出す。

 「それより、ララリアだ。ちゃんと調べてくれ」

 「承知いたしました。でも、そこまで警戒することもないのでは?」

 は?

 「とりあえず、アグネス様がその気になられたのですから。その女に出会ったことでもたらされた変化だとしたら、喜ばしいではありませんか」

 「どうしてそうなる?」

 「たとえ、実験というトンチ……いえ、一風変わった提案でも、アナタ様を男と認識して、身を任せられたのですから、良い変化だと思いますよ。以前はただの同居人、助手としての認識であらせられましたからの」

 (まあ、それはそうなんだけど)

 だからって、精液製造機扱いされてる現状は、喜ばしいことなんだろうか。

 「ホムンクルスを作るという実験をまぐわいに持ち込んだのは、他ならぬアナタ様でございますから。仕方ありませんな」

 グッ。
 反論できずに息を飲み込む。

 「悩めるだけの余裕があるのは、若者の特権ですじゃ。老いてしまえば、おちおち悩むだけの時間も余裕もありませぬ。お迎えが来てしまいますからな」

 ホッホッホ。
 ラオが笑う。

 「ということで、これを。新しい香袋ですじゃ」

 ホイと渡された小さな袋。

 「今度は、菫を中心に作ってみました。お気に召すとよろしいのですが」

 手の上で、ふわっと広がる菫の香り。アグネスに似合いそうな、優しい香り。
 こういう香りが好きなんだろ?
 細められたラオの目。すべてを見透かされてるようで居心地が悪い。
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