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第18話 ひとつ屋根の下あるある。

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 フェッ……、フェェェンッ。フェェン……。
 
 遠く潮騒のようにくり返される音。――泣き声? ああそうか。世那くんが泣いてるんだ。
 その音に手繰り寄せられるように、意識が浮かび上がってくる。
 泣かないで。泣かないで、世那くん。
 私はここにいる。ここにいるから、泣かないで――。

 「あ、気がついた?」

 フッと開いた瞼の先。私を覗き込むようにして座ってたのは一条くん。私が目を覚ましたことにホッとしたのか、腰を落ち着けて座り直した。

 「どっか、痛いところ、ない?」

 「あ、うん。大丈夫」

 とりあえずは。

 「よかった。でも、もうしばらくそのまま休んで。頭打ってるし。吐き気とかしたら、病院に連れて行くから。急に動いたりしたらダメだよ」

 「うん。ごめんね、一条くん」

 迷惑かけた。
 私が横になっていたのはリビングのソファ。頭を打って気を失った私を、一条くんがここまで運んでくれたんだろう。毛布までかけてくれて、額には冷たく濡らしたタオルつき。なんというのか、手厚い看護、至れり尽くせり。

 「ほら、世那。もう泣かない」

 見ると、私の足元の方で泣きっぱなしだった世那くんが立ち尽くしてた。さっき聞こえてたのは、やっぱり世那くんの泣き声だったのか。私が目を覚ましたことで、ウウッと体を震わせ、限界まで息を吸い上げる。

 「タァ、エクッ……ナッアッ!!」

 嗚咽混じりの名前呼び。私がぶっ倒れて、世那くん、ずっと泣いてたのかな。ずっと心配してくれてたのかな。

 「世那くん。大丈夫だよ、おいでぅえぇっ!!」

 動いた拍子にズルッと落ちた毛布。丸見えになった私の肩からお腹。毛布の下、私、下着だけっ!!

 「だから、動いちゃダメだって」

 「あ、お。うん。その――ゴメン」

 とっさに視線を反らしてくれた一条くん。グリンとあさって向き。

 「とりあえず僕は部屋に戻るから。高階はゆっくり着替えてくれていいよ」

 「わ、わかった」

 「世那おいで。今日はパパと一緒に寝るぞ」

 一条くんが、半ば無理やり世那くんを抱き上げようとするけど。

 「ヤッ!!」

 世那くんが毛布にしがみついた。

 「バッパ、ヤッ!! タァ、ナッ!!」

 ブンブンと首ふる世那くん。私のそばにいたい。パパと行かない。

 「世那くん、毛布っ、毛布、引っ張んないでぇっ!!」

 見えちゃう、見えちゃう。今度こそバッチリ見えちゃう!!
 一条くんが世那くんを抱き上げると、毛布、めくれちゃう!!

 「――わかった。世那、高階にあんまり無理言うなよ。高階も辛かったら、いつでも呼んで。世那が泣いても無理しないで」

 それだけ言うと、諦めた一条くんが足早にリビングを出ていった。世那くんに嫌われてガックリきてるのか、それとも、私の素っ裸セカンドを見せられそうになってあわてたのか。どっちだろ。
 パタリと閉められたドアに頭を下げる。
 ゴメン、一条くん。今度からはお風呂に入る時は鍵をかけることにします。一歳六ヶ月の赤ちゃんだってなめてちゃダメなんだね。扉、引き戸なら開けられるって知らなかったよ。
 リビングとか玄関とか、開き戸は無理だからって油断してた。和室のふすまが開けられるんだもん、他の引き戸も開けられるよね。

 「世那くん、もう寝ようか」

 さっき気を失ってたからか、そう眠くはないんだけど。このまま起きてたら、一条くんにさらに迷惑かけそうだし。彼、ここに入ってこられなくなるし。
 ソファの脇にチョコンとたたみ、積み上げられてた私のパジャマ。洗面所から一条くんが持ってきてくれたんだろう。急いで腕を通す。

 (にしても……)

 もう少しいい下着、つけておけばよかった。
 お値段以上でもなんでもない、お値段通りの申し訳程度にレースのついたブラとショーツ。地元ショッピングモールのワゴンセール特価品。

 (べ、別に見せるものでもないしっ!! これで充分でしょ!!)

 後悔しかけた自分を叱咤する。
 下着丸見えなんてハプニング、そう何度もあっちゃいけないことだし。次に見せる機会なんてないんだし。これで充分でしょ、私なんだから。――でも。

 (シルクの下着とかって、いくらするんだろ)

 少しだけ思った。

*     *     *     *

 「おはよう。体調はどう?」

 翌朝。和室とリビングを仕切るふすまを開けると、そこにはエプロンつけてキッチンに立つ一条くんの姿。ふすまを開けたことで、出来上がりつつある朝食のいい匂いが鼻孔をくすぐった。――今日は、パンケーキ……かな? 香ばしいバターの匂い。

 「気分悪いとか――ない?」

 「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」

 「いや、こっちこそ、急に遅くなって申し訳なかった」

 言いながら、一条くんがテーブルに皿を置いた。ゴハン、今日も手伝うことなさそう。

 「バッパ?」

 「世那、おはよう。お前も起きたか」

 「バッパ!!」

 眠そうに目をこすってたかと思えば、一条くんに向かって突進していった世那くん。配膳を続ける一条くんの足にギューッとつかまって顔をこすりつける。

 「よかった。嫌われたわけじゃないのか」

 皿を並べ終えた一条くんが、ヨイショッと世那くんを抱き上げた。昨夜の「バッパ、ヤッ!!」発言に一条くん、ダメージ受けてたんだ。

 「今日は、お前の好きなバナナとイチゴだぞ」

 しばらく抱いたあとで、ストンと世那くんを椅子に下ろす。それを見て、私も向かいの席に着く。朝食はやはり、パンケーキと果物。大人も同じ仕様。

 「いただきます」

 世那くんの隣りに座った一条くんが、手を合わせ、お手本を示す。

 「ターアスッ」

 真似た世那くん。パチンと手を叩いて軽くお辞儀。そして、手づかみ食べ、スタート。

 「高階」

 世那くんの食事を見守りながら、一条くんが切り出した。

 「申し訳ないけど、しばらくの間、帰りが遅くなりそうなんだ」

 「え? そうなの?」

 私も一条くんが作ってくれた朝食に手を伸ばす。あ、もちろん、ナイフとフォークを使って。

 「うん。ちょっと仕事が立て込んできてね。残業、増えると思う」

 「残業?」

 「ごめんね、世那のこと。今でもいっぱい助けてもらってるのに、迷惑かけて」

 「え? なぜ?」

 思わずキョトンとして食べる手を止める。

 「一条くん言ってたじゃん。苦手なことは交代するから、無理しなくていいよって」

 あの動物ふれあい広場で。
 私が苦手なのを隠してヒヨコに触ってたら、「無理しなくていい」、「僕に任せて」って言ってくれた。
 
 「いや、あれは……。でも僕は世那の父親だし」

 「おんなじだよ。一条くんが困ってるなら、私が助ける。もともとそういう理由でここに押しかけてるんだし。気にしないで仕事に全集中してきて」

 「高階……」

 「それにね。少しずつだけど、世那くんも落ち着いてきてるんだよ? 泣くことも減ったし」

 昨日だって、あんなことになったけど、お風呂は嫌がらなかったし、ゴハンだって問題なく食べてくれた。私のことだって、「タァ、ナッ」ってお気に入りのように呼んでくれるようになった。

 「だから、安心して仕事してきて」

 「ありがと」

 「あ、でもどうしてもどうにもならなくなったらSOS入れるかも。一条くん、帰ってきて~、ヘルプ~って」

 「わかった。そうなったら急いで駆けつける」

 クスクスと一条くんが笑う。ちょっとおどけて言った効果アリ。ヨシ。
 「銃後を守る」じゃないけど、頑張る一条くんをサポートしたい。ただのお節介、厚かましすぎる無理やり同居の身の上だからこそ、なるべく役に立ちたいと思ってる。

 「アッ、バッ、ブーウッ」

 世那くんがフォークを高く掲げた。まるで「ぼくもがんばる」って誓いをたてる騎士の剣。

 「そっか。じゃあ世那、高階のこと、よろしく頼んだぞ」

 ヨシヨシと一条くんが世那くんの頭を撫でる。

 「ねえ。頼む方、逆じゃない?」

 私じゃないの?
 ムッフーって、得意満面な世那くんじゃなくて。

 「ハハハッ」

 一条くんがまた笑った。
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