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第13話 生産者偽装は罪ですか?

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 「Aマル、Bマル、Cマル、Dマル……」

 一条くんの膝の上、アーンと口を開けた世那くん。覗き込んだ歯医者さんのセリフ。それを聴いた看護師さんがなにやら母子手帳に記入していくけど、……じゅ、呪文? マルはいいとして、AとかBってなに?

 「はい、次は身長と体重を測るよ~」
 
 さあさあ次へ次へと案内された世那くんと一条くん。そして、私。スポンスポンと世那くん、お洋服を脱がされちゃって、オムツ一丁。

 「身長、85.3センチ、体重は……、11.7キロ。大きいね~、せなくん」

 測ってくれた看護師さんが言う。そうか、世那くんは大きい方なのか。
 平均がわかんないから、単純に「大きい」って言葉にホッとしてしまう。大きいことはいいことだもんね。

 「次は、こちらですよ~。ちょっとポンポンするよ~」

 言ったのは、聴診器をかけたおじいちゃん先生。再び一条くんの膝の上に座した世那くんが、聴診器を当てられ診察される。
 まるでベルトコンベア。次から次へと健診場所に案内され、あちらこちらに流されていく赤ちゃんとその親。
 
 「ん~、問題ないね。次は、ちょっと歩いてみようか。お父さん、お子さんをあちらに下ろして、離れてから呼びかけてみてください」

 言われるままに一条くんも世那くんを床に下ろす。距離にして数メートル。

 「世那、こっちだよ。おいで」

 両手いっぱいに広げ、膝をつき、しゃがんで待ち構える一条くん。
 世那くんの前にこの検査を受けてた赤ちゃんは、降ろされる前からギャン泣きで、歩くどころじゃなかったけど。――世那くんはいかに?

 「アッ、アァ~」

 おっ、うれしそうに歩いてきた。いつもどおりの力強い足取りって――ん?

 「世那くん?」
 
 「タァ、ナッ!!」

 目があった途端、少し軌道をずらし、一条くんの脇に立っていた私の足に突進してきた世那くん。足にしがみつくと、「ぼく、やったよ? どう?」みたいな顔でこっちを見上げてくる。

 「おやおや。パパよりママが好きなんだね~。まあ、歩行に問題はないのでいいでしょう」

 先生の微妙なフォロー。後ろで看護師さん、口元押さえて笑ってるし。

 「世那くん」

 オムツ一丁の世那くんを抱き上げる。

 「タァ、ナッ!!」

 その柔らかい肌を、まるごとこちらに擦りつけてくる世那くん。というか、さっきから言ってる「タァ、ナッ!!」ってもしかして、私の名前、「高階」のこと?

 「それじゃあ次は、隣の部屋で発育相談と栄養相談ですから。服を着せてあげて結構ですよ」

 どうにか笑いをこらえた看護師さんから母子手帳を受け取った一条くん。

 「なんか、高階に負けた気分」

 小さく呟かれた一条くんの不満。
 「バッパ(パパ)」はこちらから言わせたけど、「タァ、ナッ(たかしな)」は世那くんの自発的発言だもんね。待ち構えてた一条くんじゃなくって私に飛び込んできたし、今だってこうやって甘えてるし。
 そのプクッと尖った一条くんの唇に、看護師さんじゃないけど、私もつい笑ってしまった。

*     *     *     *

 服を着直した世那くんと訪れたのは、成長相談と栄養相談と掲げられた部屋だった。

 「さあて、世那くん。こんにちは」

 長机の向こう、並んで座っていた二人のおばさん。保健師さんと栄養士さんかな。

 「よろしくお願いします」

 言って、私と一条くんも腰を下ろす。世那くんは引き続き私の膝の上。

 「じゃあ、いくつか遊んでみようか」

 右手のおばさんが声をかけた。こちらが保健師さんらしい。机の上にも積み木とか絵本がゴチャゴチャと置いてある。

 「さあ、世那くん。まずは、ブーブーはどれかな?」

 世那くんの目の前に置かれたシート。
 車、電車。犬、猫。ボール。さまざまなものが単純な線で描かれてる。

 「ブーブー、くるまはどれかな~」

 「アッア~」

 一瞬、「なに?」って顔した世那くんだけど、ほどなく、正解を指差す。世那くん、乗り物好きだもんね。これぐらい、楽勝か。

 「じゃあ、ワンワンはどれかな~? ワンワン、いぬさんはどれかな~」

 「ウ~アッ!!」

 すごいです、世那選手。見事にためらうことなくニャンニャンを指さしました!!

 ――生き物にはあんまり興味ないからなあ。

 これが、いつも読んでるパンケーキつくるくまさんの絵だったら上手くいったかもしれないけど。なんか悔しい。今度、ニャンニャンのたくさんいそうなところに連れて行ってあげよう。ペットショップかな。

 「じゃあ次は、積み木遊びしてみようか。世那くん、積めるかな?」

 保健師さんが、サイコロキューブサイズの積み木を三つほど取り出した。

 「ウッ?」

 どうしたらいいのか、わかんなかったらしい世那くん。積み木を前に、キョトンとしたまま、私と一条くんを交互に見る。

 「世那、つみ木だ、つみ木」

 保健師さんに代わって、一条くんがつみ木を積んでみせるけど――世那くん、反応ナシ。見てるだけ。興味ゼロ。一応、つまんではみるものの、それ以上の動きはない。「これ、どうしたらいいの?」って顔でこっちを見てくる。
 あちゃあ~。つみ木で普段遊ばないことが裏目に出た。
 
 「だいじょうぶですよ」

 保健師さんが笑う。

 「それじゃあ、代わりにこっちをやってみようか」
 
 まるで手品のように、次々に子供が興味を示しそうなものが出てくる。
 
 「ここにハマるものはどれかな~?」

 次に置かれたのはマル、サンカク、シカクの穴の空いた板と、マル、サンカク、シカクの板。はめ板パズルだ。
 ヤバい。これもやったことな――。

 「ウッ、アーッ!!」

 世那選手、今度は理解できました。保健師さんの指さした穴、マルにさっきからつまんだままだった積み木をイン!! ドヤ顔でこっちを見てきます。

 「………………」

 うん。合ってるっちゃあ、合ってるんだけどね?
 手のひらサイズの大きな丸穴に、コロンと積み木。スペース空きまくり。でも、ハマってるっちゃあ、ハマってる。
 コロンブスの卵、発想の転換……かな?

 「世那~」

 落胆と笑いの混ぜ合わさった一条くんの声。

 「大丈夫ですよ、お父さん。こちらの言うことはちゃんと理解できてる証拠ですから」

 保健師さん、フォロー。

 「発育に関しては問題ありませんね」

 そ、そうなの? これでいいの?

 「なにか、ご不安なことなど、質問はございますか? 食事のこととかでも大丈夫ですよ」

 え、えーっと。

 「じゃあ、離乳食のことを……」

 「そうですね、世那くんの発育に特に問題はありませんし。このまま離乳食を完了していけるよう、進めてもらっていいですよ」

 先に出しておいた母子手帳を確認したのだろう。ずっと微妙な笑みのまま、黙って座っていたもう一人のおばさん、栄養士さんが言った。

 「好き嫌いとか、気になること、ありますか?」

 「ええ、まあ……。トマト、嫌いみたいで」

 「ああ、酸味が苦手なのかな? でも他のお野菜は食べてるんですよね?」

 「はい」

 「なら、心配いりませんよ、お母さん。栄養は他の野菜や果物で補えばいいですし。長い目で見て食べられるようになればいいんですから」

 てっきり、「お残し許しません!!」「好き嫌いなんてとんでもない!!」て言われるかと身構えてたから、ちょっと拍子抜け。そっか。何かを嫌いでも、他のもので補えばいいのか。

 「今は食事が楽しいと思える環境づくりが大切ですから。トマトを食べてもらえなくても、おおらかに構えてもらっていいですよ。大きくなったら好きになってるってこともありますから」

 そう、そうなのか。
 少しだけ、肩の力が抜ける。
 けど。

 「他に、何かありますか?」

 「えっと、あとは……」

 私ばっかり相談してもいいのかな。
 気になってチラリと一条くんを見るけど、「いいよ」とばかりに軽くうなずかれた。

 「じゃあ、言葉が少ないなって思うんですけど」

 とっさに出た質問。
 さっき、私のことを「タァ、ナッ」って言ったけど、それ以外の言葉はあまり出てないし。
 机の上に広げられたままの母子手帳。
 「ママ、ブーブーなどの意味のある言葉をいくつか話しますか」って項目だけ、「いいえ」に丸がふってある。それが気になった。

 「大丈夫ですよ、お母さん」

 え、いや、その……。
 
 保健師さんに、ニッコリ言われたワード、「お母さん」に怯む。私、「お母さん」じゃなくて「シッターさん」なんだけど。

 「男の子は、女の子に比べて話し出すのが遅い傾向にあるんです。喋りださないな~、大丈夫かな~って気にしてたら、怒涛のおしゃべりが始まったなんてこと、よくあるんですよ」

 「は、はあ……」

 「お母さんの言ってることは理解できているみたいですし。今は、マグマのように言葉を蓄積させているんでしょうね。そのうち、爆発したように喋りだしますよ。安心してください」

 「あ、はい。ありがとう……ございます」

 二度も「お母さん」と呼ばれてしまった。いや、栄養士さんも含めたら、二回以上呼ばれてる。「お母さん」って。
 まあ、そうだよね。
 普通、こうやって赤ちゃん抱いて座ってて隣にパパがいたら、誰も私のことを「シッター」「パパの幼なじみ」だなんて思わないよね。
 母子手帳に書かれた名前。「一条 薫子」。
 それが、世那くんのお母さんの名前。ここで世那くんを抱いて座っているべき人の名前。私、「高階 明里」じゃない。

 「もし何か他に不安なことがありましたら、いつでもこちらにご相談ください」

 差し出されたカード。「ひとりで悩まないで」と書かれた、赤ちゃんを抱っこしたお母さんの絵つきのカード。

 「……ありがとうございました」

 世那くんを抱っこし直し、一礼してから立ち上がる。

 「疲れた?」

 「うん。ちょっとだけ……」

 「おいで、世那」

 私を気にかけてくれた一条くんが、世那くんを受け取ってくれた。
 どうしてだろう。
 いっぱい質問したくて自分からついてきた健診なのに。お腹の奥に砂でもねじ込まれたように、体が重く感じる。
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