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6.キミと恋するディスタンス
(一)
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「あ゛っぢぃぃ~~」
健太、何度目かの「あ゛っぢぃぃ~~」。
言ったところで、暑さはかわらないのに。滲む汗に顔を歪ませ、何度でも愚痴を漏らす。
今日は、校外清掃。
学校の前に広がる砂浜のゴミ拾い。
「仁木島のキレイな海を守るための清掃活動」なんだそうで。
テスト明けの、授業の必要のないこの期間に、必ず行われる。まあ、先生方がテストの採点→答案返却までの猶予期間だから、その間の時間つぶしに行われてるのかもしれないけど。
一年生から三年生までの全生徒参加のイベント。
一人一枚ゴミ袋を渡され、その袋いっぱいになるまでゴミを集めるってのがノルマ。
一応、休憩時間は設けられてるし、帽子、タオル持参可なので、そこまでキツイわけじゃないけど。
「これさあ、掃除する意味ってあるんかな」
「あるんじゃない?」
「こんなん、どんだけでも流れてくるっちゅーの」
健太が口を尖らせる。
砂浜に到着しているゴミ。
ペットボトルやレジ袋らしき残骸もあるけど、圧倒的に多いのは流木というかなんかの枝とかそういうのと、貝殻。
拾っても拾っても終わらないだけの量が、「ここまで波は到達するんですよ~」みたいなラインになって、積もり上がってる。
今、ここでキレイに片付けても、次に海が荒れれば、簡単に次の便が漂着する。エンドレス。
「山野、大丈夫?」
グダグダの健太は放っといて。
すぐそばでゴミを拾ってた山野に声をかける。
梅雨の合間の晴れ。
山野は、麦わら帽子を被ってたけど、それでも暑いのは変わらないだろう。それでなくても、山野は、体育の授業を免除されるぐらい、身体が弱い。
「うん。これぐらい、大丈夫だよ」
言って、火バサミで笹? みたいな流木を拾い上げる。
「これ全部片付けて、キレイになったら気持ちいいよね」
「うん。それはそうなんだけど……」
次に海が荒れたら、元の木阿弥。
「あ、ほら!」
「え?」
「見て! シーグラス!」
火ばさみではなく、指でそれをつまみ上げた山野。うれしそうに、僕に見せてくれる。
淡い不透明な青色シーグラス。長く海を漂って、欠けてまあるくなったビンのかけら。
「こういうのってさ、ビンを海に捨てるんじゃなーい! って怒りたくなるけど、こんなキレイなものになるのなら、まあいっかって気持ちになっちゃうんだよね」
「そんなもんかな」
「うん。清掃活動のご褒美みたいだね」
ニコッと山野が笑う。
「あ、でもだからってゴミを捨てるのはダメだよ? ゴミ、許さんぜよ! みたいな」
「なんだそれ」
誰のモノマネ?
「おい、そこ、いちゃついとらんと、ちゃんと掃除せいよ!」
僕らが笑ってるのを、立花先生が咎める。
別にいちゃついてたわけじゃないんだけど。
でも、二人で少し困って笑いあい、それを合図にまた黙々と、それぞれ別方向にむかってゴミを拾い出す。
「――未瑛っ!? アンタ、大丈夫っ!?」
どれぐらい時間が経ったのか。
ゴミ拾いに夢中になりかけてたら、後ろで夏鈴の驚く声がした。
「うん。大丈夫……だよ?」
さっきの僕への「大丈夫」とは違う。弱々しい大丈夫。
ふり返ってみれば、キレイになった砂浜で、山野が崩れるように座り込んでいた。
「山野!」
立花先生も駆け寄ってくる。
僕も、ゴミ袋を放りだして駆け寄る。
「先生、大里くん……」
麦わら帽子の影になった山野の顔。暗くてもハッキリわかるぐらい、顔が青い。胸を押さえ、暑さ由来じゃない汗をビッシリかいている。
「保健室、連れてきます!」
「えっ、ちょっ!? 大里くんっ!?」
抱き上げた山野が、僕の腕の中で驚き、声を上げる。けど、そんなこと聞いてられない。
「しっかりつかまってろよ!」
山野を抱え、学校目指して走り出す。
*
「もう大丈夫よ。あとはゆっくり休んでたら良くなるわ」
山野をカーテンの向こう、保健室のベッドに寝かせて先生が言った。
「あの、先生。山野はどっか悪い病気とか、そういうのじゃ……」
「ああ、違うちがう」
保健の先生が、軽く笑って、手をヒラヒラ払うように動かした。
「ちょっとづつないだけだって。横になって楽になったって言ってたし」
づつない?
「しばらく休ませて、それでも良くならないようなら、ご両親に連絡するから」
だから、心配しない。
「――大里くん、ゴメンね。心配かけちゃったね」
少し開いたままのカーテンの向こうから、山野が声をかけてきた。
「いいよ。それより、しっかり休んで。づつないんだろ?」
「うん」
「しんどい」と違って、その方言の意味はわからないけど、身体が辛いってことはわかる。
「じいちゃんも言ってたろ? づつない時は、誰でもいいから頼れって。無理したらあかんって」
山野がおすそ分けを持ってきた時、じいちゃんが言ってた。づつない時は誰かを頼れって。
「うん。でも……」
でも?
「悔しいなあ。最後までちゃんと参加したかった。体育と違って、ちゃんとやれると思ったのに……」
上掛けを引っ張り上げ、山野が悔しそうに呟く。少し涙ぐんだような声。
いつもは見てるだけだから。掃除ぐらいなら出来るんじゃないか。そう思って頑張ってたんだろう。
「なあ、山野」
保健室から出ていくのではなく、そのベッドの脇にあった椅子に腰掛ける。
「個性って言葉、知ってるか? 人にどうして個性があるのかどうか」
「個性?」
「そう。クローンとかと違って、人にはそれぞれ個性、出来ること、出来ないことが存在する、人がみんなおんなじ、画一的じゃない理由」
話す僕の後ろで、ドアが閉まる音がした。先生が出ていったんだろう。
「山野はさ、身体が弱い代わりに、誰よりも絵が上手い。健太はバカだけど、そのぶん誰よりも楽しくて面白い。逢生は足が速いし、夏鈴は泳ぐのが得意。榊さんは文章力に優れてるし、明音ちゃんはお化粧品に明るい。みんなそれぞれの個性、みんな同じじゃない。僕が虫苦手なのに、山野は平気。得手不得手はみんな違うんだ」
明るいという点では、健太と夏鈴と明音ちゃんは似てるけど、でも得意不得意となると違ってる。逢生と榊さんと山野も、大人しいことは同じだけど、だからって性格までいっしょじゃない。
「人ってさ。そういう得手不得手、得意不得意分野が違うことで、助け合っていく。そういう進化をとげた生き物なんじゃないのかな」
うまく説明できないけど。
僕に足りないところは、別の誰かが補う。その代わり、誰かの出来ないことは、僕が扶ける。
「人」という字は誰かと誰かが支え合って――なんてことは言わないけど、それに近いことはあるんじゃないかな。足りないところを補い合う。
「だから、誰かと同じようにやろうとしなくてもいいんだよ。辛い時は無理をしないで、誰かを頼りなよ。僕でよければ、なんでもするからさ」
「大里くん……」
「その代わり、山野は、僕に描けないような、すっごい上手い絵を描いてよ」
「絵、苦手なの?」
「あー、うん。少なくとも山野ほどは上手くない。トラを描いたら『ネコでしょ』って言われるレベル」
「ネコ?」ならいい。もしかしたらもっと別の生き物、いや、生き物にすら思ってもらえないかもしれない。
「わかった。じゃあ、大里くんの代わりに、わたしがいっぱい絵を描くね」
「うん。頼む」
笑った山野。
さっきと違って、わずかに頬に赤味が戻ってきてる。
「じゃあ、僕は戻るけど。ちゃんと休んでなよ」
「うん。ありがと、大里くん」
僕の拙い説明でも、彼女の心が少しでも軽くなったのなら。
僕が立ち上がったタイミングで先生が戻ってきたので、入れ替わりに山野を任せて教室に戻る。
「未瑛、大丈夫なのか?」
教室には、浜から戻ってきた健太たちがいた。
着替えもせず、山野のことを案じてる。
「大丈夫だよ。しばらく休めばいいって、先生がおっしゃってた」
「そっか……。よかったあ」
教室中に、安堵の息が立ち込める。
「なあ、健太。頼みがあるんだけど」
今の僕。
あんな話をしたせいか。
山野のために、なにかしたくてたまらない。
健太、何度目かの「あ゛っぢぃぃ~~」。
言ったところで、暑さはかわらないのに。滲む汗に顔を歪ませ、何度でも愚痴を漏らす。
今日は、校外清掃。
学校の前に広がる砂浜のゴミ拾い。
「仁木島のキレイな海を守るための清掃活動」なんだそうで。
テスト明けの、授業の必要のないこの期間に、必ず行われる。まあ、先生方がテストの採点→答案返却までの猶予期間だから、その間の時間つぶしに行われてるのかもしれないけど。
一年生から三年生までの全生徒参加のイベント。
一人一枚ゴミ袋を渡され、その袋いっぱいになるまでゴミを集めるってのがノルマ。
一応、休憩時間は設けられてるし、帽子、タオル持参可なので、そこまでキツイわけじゃないけど。
「これさあ、掃除する意味ってあるんかな」
「あるんじゃない?」
「こんなん、どんだけでも流れてくるっちゅーの」
健太が口を尖らせる。
砂浜に到着しているゴミ。
ペットボトルやレジ袋らしき残骸もあるけど、圧倒的に多いのは流木というかなんかの枝とかそういうのと、貝殻。
拾っても拾っても終わらないだけの量が、「ここまで波は到達するんですよ~」みたいなラインになって、積もり上がってる。
今、ここでキレイに片付けても、次に海が荒れれば、簡単に次の便が漂着する。エンドレス。
「山野、大丈夫?」
グダグダの健太は放っといて。
すぐそばでゴミを拾ってた山野に声をかける。
梅雨の合間の晴れ。
山野は、麦わら帽子を被ってたけど、それでも暑いのは変わらないだろう。それでなくても、山野は、体育の授業を免除されるぐらい、身体が弱い。
「うん。これぐらい、大丈夫だよ」
言って、火バサミで笹? みたいな流木を拾い上げる。
「これ全部片付けて、キレイになったら気持ちいいよね」
「うん。それはそうなんだけど……」
次に海が荒れたら、元の木阿弥。
「あ、ほら!」
「え?」
「見て! シーグラス!」
火ばさみではなく、指でそれをつまみ上げた山野。うれしそうに、僕に見せてくれる。
淡い不透明な青色シーグラス。長く海を漂って、欠けてまあるくなったビンのかけら。
「こういうのってさ、ビンを海に捨てるんじゃなーい! って怒りたくなるけど、こんなキレイなものになるのなら、まあいっかって気持ちになっちゃうんだよね」
「そんなもんかな」
「うん。清掃活動のご褒美みたいだね」
ニコッと山野が笑う。
「あ、でもだからってゴミを捨てるのはダメだよ? ゴミ、許さんぜよ! みたいな」
「なんだそれ」
誰のモノマネ?
「おい、そこ、いちゃついとらんと、ちゃんと掃除せいよ!」
僕らが笑ってるのを、立花先生が咎める。
別にいちゃついてたわけじゃないんだけど。
でも、二人で少し困って笑いあい、それを合図にまた黙々と、それぞれ別方向にむかってゴミを拾い出す。
「――未瑛っ!? アンタ、大丈夫っ!?」
どれぐらい時間が経ったのか。
ゴミ拾いに夢中になりかけてたら、後ろで夏鈴の驚く声がした。
「うん。大丈夫……だよ?」
さっきの僕への「大丈夫」とは違う。弱々しい大丈夫。
ふり返ってみれば、キレイになった砂浜で、山野が崩れるように座り込んでいた。
「山野!」
立花先生も駆け寄ってくる。
僕も、ゴミ袋を放りだして駆け寄る。
「先生、大里くん……」
麦わら帽子の影になった山野の顔。暗くてもハッキリわかるぐらい、顔が青い。胸を押さえ、暑さ由来じゃない汗をビッシリかいている。
「保健室、連れてきます!」
「えっ、ちょっ!? 大里くんっ!?」
抱き上げた山野が、僕の腕の中で驚き、声を上げる。けど、そんなこと聞いてられない。
「しっかりつかまってろよ!」
山野を抱え、学校目指して走り出す。
*
「もう大丈夫よ。あとはゆっくり休んでたら良くなるわ」
山野をカーテンの向こう、保健室のベッドに寝かせて先生が言った。
「あの、先生。山野はどっか悪い病気とか、そういうのじゃ……」
「ああ、違うちがう」
保健の先生が、軽く笑って、手をヒラヒラ払うように動かした。
「ちょっとづつないだけだって。横になって楽になったって言ってたし」
づつない?
「しばらく休ませて、それでも良くならないようなら、ご両親に連絡するから」
だから、心配しない。
「――大里くん、ゴメンね。心配かけちゃったね」
少し開いたままのカーテンの向こうから、山野が声をかけてきた。
「いいよ。それより、しっかり休んで。づつないんだろ?」
「うん」
「しんどい」と違って、その方言の意味はわからないけど、身体が辛いってことはわかる。
「じいちゃんも言ってたろ? づつない時は、誰でもいいから頼れって。無理したらあかんって」
山野がおすそ分けを持ってきた時、じいちゃんが言ってた。づつない時は誰かを頼れって。
「うん。でも……」
でも?
「悔しいなあ。最後までちゃんと参加したかった。体育と違って、ちゃんとやれると思ったのに……」
上掛けを引っ張り上げ、山野が悔しそうに呟く。少し涙ぐんだような声。
いつもは見てるだけだから。掃除ぐらいなら出来るんじゃないか。そう思って頑張ってたんだろう。
「なあ、山野」
保健室から出ていくのではなく、そのベッドの脇にあった椅子に腰掛ける。
「個性って言葉、知ってるか? 人にどうして個性があるのかどうか」
「個性?」
「そう。クローンとかと違って、人にはそれぞれ個性、出来ること、出来ないことが存在する、人がみんなおんなじ、画一的じゃない理由」
話す僕の後ろで、ドアが閉まる音がした。先生が出ていったんだろう。
「山野はさ、身体が弱い代わりに、誰よりも絵が上手い。健太はバカだけど、そのぶん誰よりも楽しくて面白い。逢生は足が速いし、夏鈴は泳ぐのが得意。榊さんは文章力に優れてるし、明音ちゃんはお化粧品に明るい。みんなそれぞれの個性、みんな同じじゃない。僕が虫苦手なのに、山野は平気。得手不得手はみんな違うんだ」
明るいという点では、健太と夏鈴と明音ちゃんは似てるけど、でも得意不得意となると違ってる。逢生と榊さんと山野も、大人しいことは同じだけど、だからって性格までいっしょじゃない。
「人ってさ。そういう得手不得手、得意不得意分野が違うことで、助け合っていく。そういう進化をとげた生き物なんじゃないのかな」
うまく説明できないけど。
僕に足りないところは、別の誰かが補う。その代わり、誰かの出来ないことは、僕が扶ける。
「人」という字は誰かと誰かが支え合って――なんてことは言わないけど、それに近いことはあるんじゃないかな。足りないところを補い合う。
「だから、誰かと同じようにやろうとしなくてもいいんだよ。辛い時は無理をしないで、誰かを頼りなよ。僕でよければ、なんでもするからさ」
「大里くん……」
「その代わり、山野は、僕に描けないような、すっごい上手い絵を描いてよ」
「絵、苦手なの?」
「あー、うん。少なくとも山野ほどは上手くない。トラを描いたら『ネコでしょ』って言われるレベル」
「ネコ?」ならいい。もしかしたらもっと別の生き物、いや、生き物にすら思ってもらえないかもしれない。
「わかった。じゃあ、大里くんの代わりに、わたしがいっぱい絵を描くね」
「うん。頼む」
笑った山野。
さっきと違って、わずかに頬に赤味が戻ってきてる。
「じゃあ、僕は戻るけど。ちゃんと休んでなよ」
「うん。ありがと、大里くん」
僕の拙い説明でも、彼女の心が少しでも軽くなったのなら。
僕が立ち上がったタイミングで先生が戻ってきたので、入れ替わりに山野を任せて教室に戻る。
「未瑛、大丈夫なのか?」
教室には、浜から戻ってきた健太たちがいた。
着替えもせず、山野のことを案じてる。
「大丈夫だよ。しばらく休めばいいって、先生がおっしゃってた」
「そっか……。よかったあ」
教室中に、安堵の息が立ち込める。
「なあ、健太。頼みがあるんだけど」
今の僕。
あんな話をしたせいか。
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