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1.アオハルオーバードーズ計画

(一)

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 「ああ~、アオハルしてぇ~」

 くぐもった、でも、誰かに聞かせようとしてるみたいに大きな嘆き。
 
 「健太……」

 放課後、机にダラリと突っ伏し嘆くクラスメイト、健太。
 その一番近くで聞いた(というか、強引に聞かされるハメになった)逢生あおいが、少しだけ顔をしかめて僕を見る。

 またヘンなことを考えてる。
 絶対、ロクなことじゃないぞ。

 それが逢生あおいと僕の共通認識。
 健太の言い出すことは、たいていロクなことじゃないし、絶対くだらない。

 「なあ、お前らも思わへんか? アオハルしてえってさ」

 潰れていた健太が身体を起こす。

 「アオハルって……」

 逢生あおいが呟く。それがいけなかった。

 「だって、オレら高2だぜ? 高2! 十七歳の夏! 青春真っ盛りの夏!」

 健太の喋りに火が点いた。

 「二度と訪れへん十七の夏! 人生で一番輝いとる夏!」

 そんなことないと思うけど。
 十六の夏も、十八の夏も十七と変わらない。多分、普通。

 「ってか、高2の夏が十七歳の夏なのは、お前と逢生あおいだけなんだけど?」

 僕の場合、2月生まれだから、高2の夏は十六歳の夏になる。高2の夏に十七歳なのは、このクラスで、おそらく4月生まれの健太と、もうすぐ誕生日の逢生あおいだけ。

 「うっせ。そこ、ツッコむな」

 はい。
 
 「とにかく。とにかくだ。その夏にさぁ、青春っぽいものが一つもあらへんなんて、淋しくね?」

 ペションと、また机に突っ伏した健太。感情の浮き沈みが激しい。

 「青春?」

 逢生あおいと顔を見合わせる。

 「青春言うたら、友情、努力、根性!」

 ガバっと起き上がった健太。なぜか握りこぶしつき。

 「なにそれ。マンガ?」

 スクラム組んで、敵に打ち勝つ! みたいな。
 昭和に喜ばれてたマンガの王道。

 「ちげーよ。友達とワイワイ遊んだりやな、部活に打ち込んでみたりとかやな。そのなかで育まれる熱い友情とか、挫折を乗り越え築く熱い絆とかさ。そんでもって……、その……、ここっ、こっ、恋とか?」

 「恋?」

 「そうやで。熱い友情のそばには、恋が必要やん」

 なぜか口を尖らせて、人差し指同士でツンツン。

 「必要なの?」

 「さあ?」

 健太の説明に、逢生あおいと二人、首を傾げる。

 「夕方、赤く染まる校庭で、一人スポーツに打ち込むオレ。次の大会で、ライバルに打ち勝つために。弱い自分に負けへんために努力する。それを校庭の隅、できれば電柱の影とかから、ジッと見つめて応援してくれる彼女。『健太くん……』みたいなモノローグつきで、一途に見つめてくれるんや。三つ編みおさげで、金色のヤカンを持ってさ」

 「――なんか、いろいろ混じってない?」

 「うん、混じってる」

 巨人を目指す少年の姉とか、ラグビーのマネージャーっぽいなにかが入り混じってる。

 「というか健太、部活やってねえじゃん」

 冷静に、逢生あおいがツッコむ。
 クラスで、部活に打ち込んでるのは、この逢生あおいだけ。今も、授業が終わって、部活に参加するためジャージに着替えてる最中だ。

 「うっせ。そのへんはどうでもええんやて!」

 健太がキレた。

 「とにかく! 青春言うたら恋だろ、恋! 日本の夏! 恋人の夏!」

 蚊取りのコマーシャルまで混じってきた。

 「お前らかて、恋人の一人や二人、欲しいだろ?」

 「二人は要らない」

 僕の意見に、逢生あおいが頷く。二人は……。彼女を作ったとしても、二股かける気はない。

 「というかさ。健太の場合、追試から逃げたいだけだろ」

 先に冷静に戻った逢生あおいがツッコむ。
 
 「数Ⅱに、英語に化学に日本史だっけ?」

 「日本史はギリセーフ」

 むくれた健太。

 「ってか、お前が悪いんやぞはる

 「なんで僕が?」

 「お前が、平均点をバク上げするからやろーが!」

 バク上げって。
 この高校、赤点になるかどうかは、クラスの平均点で決まる。平均点割る2。平均点が60点の場合、赤点は30点から。つまり、平均点が高ければ高いほど赤点のラインも高くなるけど。

 「僕一人で、どうにかなるってもんじゃないと思うけど」

 「うるせー。万年学年一位ににはわからへんのや、底辺の気持ちなんて」

 ブスッと、ボテッとまた机に潰れた。

 「おかげで、古典も追試や、チクショー」

 「古典は僕のせいじゃないと思うけど。満点とったの榊さんだし」

 さかき文華ふみか。このクラスの女子の一人。
 小説が好きなのか、いつも静かに本を読んでるし、よく図書室にこもっている。
 というか、日本史じゃなくて古典がアウトだったのか。

 「というかさあ。最近兄貴がうるさいんだよ。お前たちも恋をしろってさぁ」

 あ、話をすり替えた。
 思ったけど、黙っておく。

 「お前の兄貴って、航太さんか?」

 「そうやよ。最近、未瑛みえいの姉ちゃん、寧音ねねさんとくっついたからかさぁ、『お前らもちゃんと恋をしろよ! 恋はいいぞぉ』ってメッチャうるせーの」

 「なるほど」

 健太の兄、航太さんは、最近ようやく恋が叶った。高校生のころからずっと告白しては断られるを続けて、ようやくOKをもらえたところ。たしか八年越しの恋。

 「仁木島の少子化を止めるためにも恋をしろ! やて。恋人がいれば、大学で都会に行っても、ちゃんと戻ってくるやろ? 故郷で子どもを産むやろ? って」

 「人を、放流した稚魚みたいに」

 「カップルになって、いっしょに町から出ていったらどうすんのさ」

 都会の大学に進学して、そのまま居着くパターン。

 「それは知らん」

 「知らんのかい」

 「とにかく! オレはアオハルが始めてぇんだよ、ア、オ、ハ、ル! カノジョが欲しいんだ!」

 「うわ、開き直った」

 勢いよく立ち上がった健太に、逢生あおいがのけ反る。

 「兄貴にうるさく言われへんためにも! ステキな夏を迎えるためにも! なにがなんでもカノジョが欲しいんや! オレは青春したい!」

 マンガなら、きっと後ろにメラメラ燃える炎を背負ってそうな健太。その勢いに、逢生あおいと二人して、圧倒される。

 「ねえ、男子ぃ。なに、話してるの?」

 放課後、教室の外に出ていた女子が戻ってくる。
 と言っても、ゾロゾロとかワイワイという感じではない。このクラス、同級生、同学年の女子はたったの三人。

 「お、夏鈴かりんたち。ちょうどええとこに戻ってきた! 明音あかねもいるのか!」

 パアッと顔を明るくした健太。

 「な、なに? お兄ちゃん、なんか怖いんだけど」

 四人目、最後に教室に入ってきた逢生あおいの妹、明音あかねちゃんが、ニコニコ過ぎる健太に怯える。ちょっとだけ、妹を守るように動く逢生あおい
 
 「夏鈴かりん! 未瑛みえい! さかきさん! ついでに明音あかね! お前ら、よーく聴けよ!」

 ビシッと健太が彼女たちに、指を差す。

 「お前ら、今日から青春すっぞ! 名付けて〝アオハルオーバードーズ計画〟だ!」

 「――は?」

 僕と逢生あおいと女子たちと。
 六人全員の「は?」が、放課後の教室で見事にハモった。
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