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第3話

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 次の日がもう第二志望者との顔合わせであった。休日だから夏希は私服、寛二は一度家に帰って背広を着直してきた。彼はもちろん休日出勤。

「残業の次は休日出勤だ。重ね重ね悪いな」
「ええんだわ。この打合せも夏希の仕事なら休みみたいなもんだし、終わればそのまま家に帰るよ」
「現場にふらっと顔出して帰る、俺みたいな休日出勤だな」
「さて、改めて履歴書には目を通しておいてくれよ」

 寛二から渡された履歴書、これも前もって見たことはあった。証明写真は無理に作ろうとしたことが判る笑顔が照れていて、クスリと夏希は笑えてしまう。

「写真の印象は非常に良いな。小林こばやし秋人あきと。16歳にしちゃ幼すぎる、というより男にしちゃ可愛すぎるな」
「声もボーイッシュな女の子みたいだったよ」
「それに俺の高校在籍ときた。いつから寮制になったんだ」
 
 秋人の本籍地はもっと都市の方だったが現住所は夏希出身の高校であり、寮の部屋番号が記されていた。調べると偏差値が上がったことから県内各地からの志望者が増え、数年前より寮制が導入され一部生徒は寮で生活しているとのことだった。

「俺が居た頃は普通のバカ田高校だったけどな。自称進学校ってやつ。バイト禁止のはずじゃ?」
「今は偏差値も随分良いみたいだな。バイトも禁止じゃないらしいし、住むところも寮以外は、親元離れる場合交通機関もしくは徒歩自転車で片道1時間以内ならどこでもいいらしい」
「何はともあれ後輩か。俺陰キャだったから大した思い出話もないけど」

 煙草喫い喫い雑談を続けて定刻、チャイムが鳴った。「はーい」と二人揃って玄関へ行き、今度こそ夏希も出迎えた。

「あ、あの、お約束していた小林秋人です!」

 二人は顔を見合わせる。背は彼らより大分低く大きな鳶色の瞳に睫毛も男にしては長い。髪も夏希の頃の校則では指導されたであろう、明るい茶に癖っ毛な女のボーイッシュヘアのよう。格好こそ昔から変わらない紺詰襟の銀ボタン五つの学生服だが、スカジャンにショートパンツでも穿かせたら元気な女の子に見えるだろう。

(女の子?)
(いや男のはず)

 目で会話を交わしていると秋人は首を傾げて不思議そうだった。犬みたいな仕草も可愛らしい。

「あ、いや、すんません。今回は応募頂きありがとうございます。俺・・・私が内山夏希です」
「こちらこそありがとうございます。あの、横溝さん、この格好で大丈夫でしたか?」
「ええ、スーツより適しています。大丈夫です。では内山さん、中でお話を」

 最後の話は何だったのだろう。夏希は案内しながら寛二に耳打ちした。

「格好って?」
「ああ、最後まで気にしてたんだよ。ビジネスカジュアルな服がないから制服でいいですかって」
「裸でなきゃ何でもよかったのに。気を遣ってくれたんだね」

 それでも流石に圭奈みたく先回りして扉を開けるまではなかった。別に今後も扉の開け閉めくらい自分でやるつもりだから問題はない。椅子に座ると前と同じく飲み物を勧めた。

「じゃあ僕コーラで・・・」

 ここも圭奈とも違う。控えめながらも遠慮から入らないのは夏希も嬉しかった。型通りの契約確認もサクサク進んだのだが。

「では小林さん、親御さんからの承諾書を。内山さんにも捺印願います」

 三通ある承諾書とやらに夏希はそれぞれ認印を捺した。これは未成年が住み込みで働く故の措置か。一部をもらって控えと為す。印の要る書類を一日十何件と作っている夏希には、PC出力のコピーで「小林」の印が作られていることがすぐに判った。
 だからどうというわけでもあるまい。原本としての価値がなくなるわけでもないし、契約書だって電子の時代。親自らの手で印が捺されないことが引っかかるのは、きっと夏希が普段一生懸命自分で印を捺している妬みなのだろうけど。

「あの・・・」

 最前と違う声色で尋ねかけるのに秋人はきょとんと首を傾げた。夏希は一言「親御さんのことは本当に大丈夫だね?」と聞こうとしただけである。しかし何か厄介な引き出しを開けそうで渋った。
 圭奈もきっとそうで、こんな怪しい求人に応募してくるんだからどうせ何か訳がある。無いのは夏希自身だけで、無いなら無いなりにおとなしくした。彼らの人生丸ごと背負えるわけでもない。

「・・・聞いてるとは思うけど、若い女性のメイドさんも一人雇って一緒に暮らします。大丈夫ですか?」
「何が?」

 無理くり変えた話題に捻り込んできたのは寛二。あからさまにいやらしく笑いかけた。彼の顔が意図することを判っちゃいるが、夏希はジトリ軽蔑の目を向ける。もっとも実際、夏希の方が寛二よりスケベではあったけれど別にそんな気はない。

「何がって、歳も性別も違う人と一緒に暮らすんです。何かと戸惑うこともありましょうよ」
「あ、そーですね」
「大丈夫だと思いますけど、どんな人ですか?」
「そうさなあ。横溝さん、月丘さんの写真ありますか」
「従業員登録用のがありますよ。これ」

 スマホから社員ページにアクセスして圭奈の写真を表示させた。履歴書と同じもので相変わらずの無表情。秋人はまじまじと見つめていた。

「月丘圭奈さん。ちょうど僕と小林さんの間くらいの歳ですね。家のことはあなたと月丘さんの二人でやってもらうことになります」
「・・・綺麗な人ですね」

 夏希の言葉は聞いていなかったらしい。じっと写真を見たまま漏らす感想に頬は少し染まる。夏希はあははと笑いながらコーヒーを啜った。

「小林さんはよほど素直なお人柄らしい。僕だって同じように魅入っちゃうくらいなかなか美人ですよ」
「あっごめんなさい!」
「謝ることもない。しかし一回しか会ってないし性格もまだ掴めなくてね。でもしっかりした人らしい。これから色々と打合せしながら決めていくけど、とりあえずは年長者の月丘さんを家事の長としてやってもらおうかと思います」
「はい。僕も年上の人が付いてくれるなら心強いです」
「じゃあまた三人で話し合いましょう。それからこれ」

 卓上の灰皿を示す。圭奈にしたのと同じ話をするつもりで煙草の箱も出した。

「僕喫煙者なんです。ここの空気清浄機は優れものでまるで臭いは残さないようになってるけど、小林さんがもしお嫌であれば別の場所で喫おうと思いますが」
「煙草は大丈夫です。慣れてるんで」
「ああ、ご家族が煙草喫みでしたか」
「いや・・・そうではないんですけど」

 この期に及んで顔が曇る。夏希の予期しない話題のはずだった。「喫茶店のバイトでもしてたんですか?」首を横に振った。

「煙草は・・・やっぱり止しましょうか」
「い、いえ!大丈夫です。臭いが苦手ってわけじゃないんです。どうぞお好きなだけ喫ってください」

 目はちゃんと笑っている。煙草に対する忌避感というのは本当に強くないのだろう。だったらなんなのだろう、一度見せたあの表情はトラウマを思い返すかのようだった。

「・・・じゃあ」

 夏希は煙草に火を点ける。隣から寛二が小突くと「俺が営業やってた頃、客はお構いなしだったぜ」そういう問題ではないのだが。

「喫わせてもらうことにします。灰は床とかに撒き散らさんようにしますから」
「はい、そうしてもらえると」

 にっこり笑う秋人の頬と煙が重なる。屈託なく佇んで、だとしたら、煙草に慣れていることだけを指摘されるのが嫌なのか。まさか自分で喫っている不良少年にも見えないけど。

「あっそれ今高いんでしょう?良いの喫ってるんですね」

 話題を見つけて嬉しそうに言う。銘柄に詳しいのも益々おかしかった。

「わあすごいですね!みんな内山さんが集めたんですか?」

 今度は夏希が嬉しそう。部屋を案内してコレクションルームも注意ついでに見せびらかす。「やっぱり男の子はこうでなくっちゃ」感心する秋人に夏希の鼻の舌が伸びた。

「リビングにも刀があるよ」
「ええっ!?本物ですか?」
「外はね。中身は模造刀身だけどホンモノそっくり」
「気づかなかったなあ。後で見てもいいですか?」
「いいよいいよ好きなだけ見てください。コレクションで遊びたい時は一声かけてくださいね」
「はい!」

 家主本人が一番はしゃいでると隣で寛二が小突いてくる。よく注意される日だった。

「あんま調子乗んなよ。合わせてくれてるだけだ」
「貴様男の癖に漢の浪漫がわからんのか」
「これだよオタクは」
「さあさあ映画シアターだってあるんです。そこの掃除もお願いすることになります。もちろん余暇には使って構いません」
「映画まで!すごい家ですね!」

 夏希は高笑いして悦に入る。気安く美少年の肩を抱くと廊下の向こうに消えていった。彼にセクハラするなと言った寛二は、圭奈にではなくむしろ秋人に手を出すのではないかと本気で心配した。

「本日はこれにて終了です。何か質問はありますか」

 同じセリフで寛二は顔合わせを締めた。秋人は質問は無いとの意味で頷いた。夏希はニヤニヤ咥え煙草の煙を吐き手を振る。

「そいじゃよろしくお願いしますね。また学校のお話も聞かせてください」
「はい!まさか内山さんが高校の大先輩だったなんてびっくりです」
「じゃ、気をつけてお帰んなさい。来週から元気にいらっしゃい」
「あと一週間・・・」

 秋人はほぅっと息を吐いた。この穏やかな顔色には覚えがあった。何か困難なことに区切りがつくときの表情である。夏希は仕事に関して退職するまではずうっと困難だろうと信じているから、最前の経験だともう何年も前の就活が終わった時のことか。あの頃の徐々に解放感が伝っていき苦労が薄らいでいくような。結局喉元過ぎた熱さはぶり返したのだけれど。
 元気に手を振りながら消えていく秋人を眺めながら寛二がぽつり呟く。

「寮がよっぽど嫌なのかなあ」
「あー」

 言われると、最後に見せた安堵に関しては納得がいく。あと一週間で住まいが変わることに安心する理由として妥当だった。

「いじめとか受けてなきゃいいんだけど」
「受けてたら内山お前が解決してやれよ。OBだろ」
「そんな度胸俺にあるかいな。転校するってんなら協力するがね、俺もあの高校嫌いだし」

 再び煙草を燻す。「別に構わんって言うなら禁煙する必要ないわな」言いながら多少は引け目を感じつつも、相変わらず脳味噌はを求めていた。
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