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35.赤坂会戦・1274.1021 その3
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薄墨色の雲がその色をより濃くしていた。
昼前に始まった戦闘は、延々と続いている。すでに夕刻に近い時間だ。
薄暗い空からポツポツと雨粒が落ちて生きている。雨足は次第に強くなっていた。
潮と泥と血の匂いをはらんだ風も、強さを増していた。
元々、赤坂方面は地面の状態が悪い。湿地と泥濘の地である。
騎馬の機動には適しておらず、鎌倉武士団主力の進出がやや遅れたのもそのような土地の性質故であった。
日本と蒙古・高麗の数万の軍勢がこの泥濘の地で激戦を続けていた。
大地には無数の骸が転がり、死の匂いが大気にこびりついていた。
戦況としては、蒙古・高麗軍の主力は撤退戦に入っていた。
主力武器たる弓の不足はいかんともしがたく、また鎌倉武士に接近戦を挑むのは自殺行為以外の何者でもなかった。
蒙古軍主力はそれでも、ある程度は秩序だった撤退が可能であった。
が、側面攻撃を行った高麗軍は散々に蹂躙され、ほぼ壊走状態で戦線を離脱するありさまであった。
全体としてみれば、鎌倉武士団の勝利であった。
が――
ここに、一部の戦力が楔のように打ち込まれていた。
包囲されつつある中、勇猛な軍団が鎌倉武士団の中に突出していたのである。
劉復享――
獰猛な北部騎馬民族・女真族を率いる将軍が指揮する軍団。
その軍団だけが、鎌倉武士団に対し突撃を繰り返していたのだ。
「馬だ! 馬を持てぇぇぇ!」
劉復享は獅子吼した。
「この地勢では――」
ドロドロとなった地面では乗馬は危険である。
部下は進言するが、将軍の尋常ならざる眼光を見て逆らうのを止める。
黒く巨大な馬が引きつられてきた。
「蹴散らしてくれるわ! 倭猿どもがぁぁっ!!」
巨大な馬に跨り、三日月のような刃をもった長刀を構える。
重く分厚い鉄塊のような刃のついた長柄武器であった。
劉復享は蹴散らすかのように鎌倉武士団の中に突撃していった。
極めて局地的ではあったが、錐を刺し込んだかのよな威力がその突撃にはあった。
馬上からは不羈《アンチェイン》な刃が陣風を巻き起こし、地の雨を降らせていた。
大鎧を身につけた御家人はともかく、軽装の歩兵部隊(家の子)兵では対抗不能であった。
「殺す! 殺す! 殺してやる! 死ね! 倭猿どもがぁぁ」
大刀が風を斬り、肉を刻む。
殺戮機械と化した劉復享をとめるのは困難のように思われた。
◇◇◇◇◇◇
日本の現地指揮官である少弐景資は状況を整理する。
敵主力はすでに撤退に入っている。
敵撃退という戦術目標は達成しているかに見えた。
「逃がすか、追うか――」
ふと口の中で小さく呟く。
負ける戦ではない。地の利があり、数でも数倍の戦力があったのだ。
ただ、ここで早期に撤退され、各地への略奪を継続されるとなると厄介だった。
一度の決戦で殲滅できなかった場合、敵が兵力を分散し、農村、町への略奪を開始することは予想できることであった。
「殿、これ以上の進撃は足場があまりに悪うございます」
部下の一人が進言する。
それは、その通りだった。
元々、泥濘、湿地帯の赤坂である。
そこに、大粒の雨が降ってきており、大地は更に泥濘を増していた。
「頃合か――」
少弐景資は歯を食いしばり、言葉を漏らす。
(するずると、戦が長引くか……)
蒙古・高麗軍が九州方面に居座り、自在な遊撃戦を展開されてしまうことは最悪だった。
大規模な兵力を動員したからこそ、決戦で一気に叩き潰す必要があった。
所詮は家ごとのバラバラの戦力だ。いつまでも北九州に貼り付けておくのは困難であった。
夕刻も迫っている――
「引け! 引くぞ!」
少弐景資は、決断した。
一度、博多まで戻り陣容を整える。
そして、明日、決戦を挑む。
今日の戦闘はこれ以上は困難であった。
が――
そときであった、巨大な黒い馬に跨った男が、凄まじい勢いで突っ込んできた。
馬も巨大だが、人も巨大―― まさしく巨人であった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
退却命令に虚を突かれた鎌倉武士団が阻止行動をとることができなかった。
弓が放たれるが、当たらない。
「くっ!」
少弐景資はすでに、馬を反転して駆けていた。
退却命令の絶好のタイミングでこの男は攻撃を仕掛けてきたのだった。
部下と思われる兵たちも併走して、こちらに向かって突き進んできていた。
「ふひゅうっ」
少弐景資は馬上で身体をひねる。
一八〇度後方。
進行方向とは真逆を向き、弓を絞った。
そして放つ。
風を切り裂き飛んでいった矢は男――
劉復享の右肩を貫いた。
世界史的には「パルティノンショット」といわれる高等技術であった。
「うぬぅぅぅっ!!」
劉復享はバランスを失いドンと落馬した。
泥が跳ね、大地が揺れる。
「将軍!!」
部下たちが慌てて、その巨体を引っ張った。
後方へであった。
「追うな! 引くぞ!」
少弐景資は叫ぶ。
すでに退却に入っていた武士団もその命に従う。
赤坂の戦闘は天候不良による両軍の退却に終わった。
が、戦術的にも戦略的にも敗北したのは、明らかに、蒙古・高麗軍であった。
特に、弓の不足は今後の継戦能力に多大な影響を与えそうであった。
昼前に始まった戦闘は、延々と続いている。すでに夕刻に近い時間だ。
薄暗い空からポツポツと雨粒が落ちて生きている。雨足は次第に強くなっていた。
潮と泥と血の匂いをはらんだ風も、強さを増していた。
元々、赤坂方面は地面の状態が悪い。湿地と泥濘の地である。
騎馬の機動には適しておらず、鎌倉武士団主力の進出がやや遅れたのもそのような土地の性質故であった。
日本と蒙古・高麗の数万の軍勢がこの泥濘の地で激戦を続けていた。
大地には無数の骸が転がり、死の匂いが大気にこびりついていた。
戦況としては、蒙古・高麗軍の主力は撤退戦に入っていた。
主力武器たる弓の不足はいかんともしがたく、また鎌倉武士に接近戦を挑むのは自殺行為以外の何者でもなかった。
蒙古軍主力はそれでも、ある程度は秩序だった撤退が可能であった。
が、側面攻撃を行った高麗軍は散々に蹂躙され、ほぼ壊走状態で戦線を離脱するありさまであった。
全体としてみれば、鎌倉武士団の勝利であった。
が――
ここに、一部の戦力が楔のように打ち込まれていた。
包囲されつつある中、勇猛な軍団が鎌倉武士団の中に突出していたのである。
劉復享――
獰猛な北部騎馬民族・女真族を率いる将軍が指揮する軍団。
その軍団だけが、鎌倉武士団に対し突撃を繰り返していたのだ。
「馬だ! 馬を持てぇぇぇ!」
劉復享は獅子吼した。
「この地勢では――」
ドロドロとなった地面では乗馬は危険である。
部下は進言するが、将軍の尋常ならざる眼光を見て逆らうのを止める。
黒く巨大な馬が引きつられてきた。
「蹴散らしてくれるわ! 倭猿どもがぁぁっ!!」
巨大な馬に跨り、三日月のような刃をもった長刀を構える。
重く分厚い鉄塊のような刃のついた長柄武器であった。
劉復享は蹴散らすかのように鎌倉武士団の中に突撃していった。
極めて局地的ではあったが、錐を刺し込んだかのよな威力がその突撃にはあった。
馬上からは不羈《アンチェイン》な刃が陣風を巻き起こし、地の雨を降らせていた。
大鎧を身につけた御家人はともかく、軽装の歩兵部隊(家の子)兵では対抗不能であった。
「殺す! 殺す! 殺してやる! 死ね! 倭猿どもがぁぁ」
大刀が風を斬り、肉を刻む。
殺戮機械と化した劉復享をとめるのは困難のように思われた。
◇◇◇◇◇◇
日本の現地指揮官である少弐景資は状況を整理する。
敵主力はすでに撤退に入っている。
敵撃退という戦術目標は達成しているかに見えた。
「逃がすか、追うか――」
ふと口の中で小さく呟く。
負ける戦ではない。地の利があり、数でも数倍の戦力があったのだ。
ただ、ここで早期に撤退され、各地への略奪を継続されるとなると厄介だった。
一度の決戦で殲滅できなかった場合、敵が兵力を分散し、農村、町への略奪を開始することは予想できることであった。
「殿、これ以上の進撃は足場があまりに悪うございます」
部下の一人が進言する。
それは、その通りだった。
元々、泥濘、湿地帯の赤坂である。
そこに、大粒の雨が降ってきており、大地は更に泥濘を増していた。
「頃合か――」
少弐景資は歯を食いしばり、言葉を漏らす。
(するずると、戦が長引くか……)
蒙古・高麗軍が九州方面に居座り、自在な遊撃戦を展開されてしまうことは最悪だった。
大規模な兵力を動員したからこそ、決戦で一気に叩き潰す必要があった。
所詮は家ごとのバラバラの戦力だ。いつまでも北九州に貼り付けておくのは困難であった。
夕刻も迫っている――
「引け! 引くぞ!」
少弐景資は、決断した。
一度、博多まで戻り陣容を整える。
そして、明日、決戦を挑む。
今日の戦闘はこれ以上は困難であった。
が――
そときであった、巨大な黒い馬に跨った男が、凄まじい勢いで突っ込んできた。
馬も巨大だが、人も巨大―― まさしく巨人であった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
退却命令に虚を突かれた鎌倉武士団が阻止行動をとることができなかった。
弓が放たれるが、当たらない。
「くっ!」
少弐景資はすでに、馬を反転して駆けていた。
退却命令の絶好のタイミングでこの男は攻撃を仕掛けてきたのだった。
部下と思われる兵たちも併走して、こちらに向かって突き進んできていた。
「ふひゅうっ」
少弐景資は馬上で身体をひねる。
一八〇度後方。
進行方向とは真逆を向き、弓を絞った。
そして放つ。
風を切り裂き飛んでいった矢は男――
劉復享の右肩を貫いた。
世界史的には「パルティノンショット」といわれる高等技術であった。
「うぬぅぅぅっ!!」
劉復享はバランスを失いドンと落馬した。
泥が跳ね、大地が揺れる。
「将軍!!」
部下たちが慌てて、その巨体を引っ張った。
後方へであった。
「追うな! 引くぞ!」
少弐景資は叫ぶ。
すでに退却に入っていた武士団もその命に従う。
赤坂の戦闘は天候不良による両軍の退却に終わった。
が、戦術的にも戦略的にも敗北したのは、明らかに、蒙古・高麗軍であった。
特に、弓の不足は今後の継戦能力に多大な影響を与えそうであった。
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