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22.鷹島防衛戦・1274.1016 その1
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「まっこと凄まじき数よ」
破戒は言った。
その言葉とは裏腹に声音には心の動きを感じさせるものが無かった。
「あははは、どれくらいいるんだろうねぇ~」
余りにも屈託の無い伊乃の言葉。
同じく何を思っているのかは分からない。
「鎮西御家人だけなく、朝廷、寺社の侍までおるな。なかなか、やるではないか小僧も……」
誰を小僧といっているのか。
それは分からない。が、破戒の感情のひだが少しばかり現れる。
それは「揶揄」に近い何かだ。
「これだけいても、働き口はないんだねぇ」
「ヌシの身体に興味を持った者はおったろうが」
「あははは、ぶっ殺そうかと思った」
にっこりと笑みを浮かべ物騒なことを口にする伊乃。
伊乃にそのような興味を持たない男の方が少ないであろう。
美貌という点では飛びぬけている。
頬にうっすらと残る傷跡ですら、その美貌を彩る装飾に見える。
「万を超えるかな。虎猿よ」
「知らぬ」
虎猿は破戒の問いに千切ったような言葉を投げた。
結局のところ、鎌倉武家政権が動員した兵力は膨大なものであった。
そのような動員ができたのも、この時代の北条得宗家の力が絶頂期を迎えていたからであろう。
「族滅《ジェノサイド》」という言葉が残るほどの、血みどろの抗争の中で権力を握った北条得宗家は、征夷大将軍を傀儡とする執権の座を独占していた。
九州には、鎌倉幕府の「御恩」「奉公」の関係の中にいる御家人だけではなく「非御家人」も動員されていた。朝廷、寺社勢力の支配下にある武士だ。
筥崎宮周辺だけで二万五〇〇〇近くの兵が展開していた。
御家人、郎党、家の子、後の「工兵」的役割を期待された百姓などの「凡下」と呼ばれる武士以外の人々も少なからず存在する。
その他――
今津:一六〇〇人(補助兵力含む)
赤坂:一万人
博多:二万人
動員兵力は、合計で五万六〇〇〇を超えていた。
稲作を中心とする農業は単位面積あたりでより多くの人口を養えた。
また、鎌倉期には麦の育成を行う「二毛作」も一般化してきている。
マルサスの限界《人口の限界》に達するにはまだ余裕があった。
「どうも、対馬でのやり口を見ると――」
破戒は独り言のようにつぶやく。
「大宰府近く、また博多近くにいきなりの上陸はあり得ぬかもしれんな」
対馬では国府に対する直接上陸は無かった。
そもそも、対馬を占領するという意図が無かったことを破戒は後から知った。
では、九州に対する侵攻は――
と、考える。
(博多湾への直接の上陸は厳しかろう――)
ぬるりと脂ぎった顔に薄笑いを浮かべ、そう思う。
蒙古とて阿呆ではない。
対馬、壱岐で手痛い反撃を受けている。
九州上陸に慎重になる可能性は高い。
破戒は「戦《いくさ》」という全くもって人間臭く、覚者から程遠い事柄《キャンペーン》について思考を走らせた。なぜか、それが楽しかった。
一〇月一四日には壱岐での戦いは終了していた。
蒙古軍が来るとすれば、もういつ来てもおかしくはなかった。
「破戒」
伊乃の澄んだ声が破戒の思考を止めた。
「なにかの?」
「あそこ、ざわついてる」
伊乃が視線を送る方を破戒は見た。
虎猿も闇色の視線を投げる。
確かに、ざわざわと何やら話している。
「もし、何ぞありましたか?」
破戒はその集団に近づき、尋ねた。
「松浦党が全滅したとよっ!」
どこかの御家人の配下の者であろうか、軽装の武具を身につけた男だった。
「松浦党? 肥前《佐賀県》の?」
松浦党は肥前に根を張る有力御家人である。
その水軍の力は周囲から恐れられ、高麗沿岸まで海賊として荒らしまわる一党だった。
外海における軍事活動が可能な「海軍」という組織を持たない日本において、独立した戦力であるとはいえ貴重な海上戦力《シーパワー》とも言える存在だった。
「なんでも、鷹島に上陸してきたったらしい」
破戒が訊くまでもなく、場所を口にする男。
鷹島は博多湾からは西。
博多より二〇里《八〇キロメートル》以上ある。
「鷹島……」
黒い響きを持つ声で虎猿は言った。
落ち窪んだ双眸が日の傾く海岸の方を見つめる。
「肥前…… そんな場所にきよったかよ」
「あははは、まだ遠いねぇ~ どうする? 虎猿」
「……」
虎猿は沈黙を投げ返し、伊乃を一瞥《いちべつ》する。
「聞いてるの? 殺しちゃうよ。あははは」
「待つ」
小さく、囁くような声で虎猿は言った。
錆びた鉄塊のような男の口元にうっすらと笑みが浮かんでいた。
破戒は言った。
その言葉とは裏腹に声音には心の動きを感じさせるものが無かった。
「あははは、どれくらいいるんだろうねぇ~」
余りにも屈託の無い伊乃の言葉。
同じく何を思っているのかは分からない。
「鎮西御家人だけなく、朝廷、寺社の侍までおるな。なかなか、やるではないか小僧も……」
誰を小僧といっているのか。
それは分からない。が、破戒の感情のひだが少しばかり現れる。
それは「揶揄」に近い何かだ。
「これだけいても、働き口はないんだねぇ」
「ヌシの身体に興味を持った者はおったろうが」
「あははは、ぶっ殺そうかと思った」
にっこりと笑みを浮かべ物騒なことを口にする伊乃。
伊乃にそのような興味を持たない男の方が少ないであろう。
美貌という点では飛びぬけている。
頬にうっすらと残る傷跡ですら、その美貌を彩る装飾に見える。
「万を超えるかな。虎猿よ」
「知らぬ」
虎猿は破戒の問いに千切ったような言葉を投げた。
結局のところ、鎌倉武家政権が動員した兵力は膨大なものであった。
そのような動員ができたのも、この時代の北条得宗家の力が絶頂期を迎えていたからであろう。
「族滅《ジェノサイド》」という言葉が残るほどの、血みどろの抗争の中で権力を握った北条得宗家は、征夷大将軍を傀儡とする執権の座を独占していた。
九州には、鎌倉幕府の「御恩」「奉公」の関係の中にいる御家人だけではなく「非御家人」も動員されていた。朝廷、寺社勢力の支配下にある武士だ。
筥崎宮周辺だけで二万五〇〇〇近くの兵が展開していた。
御家人、郎党、家の子、後の「工兵」的役割を期待された百姓などの「凡下」と呼ばれる武士以外の人々も少なからず存在する。
その他――
今津:一六〇〇人(補助兵力含む)
赤坂:一万人
博多:二万人
動員兵力は、合計で五万六〇〇〇を超えていた。
稲作を中心とする農業は単位面積あたりでより多くの人口を養えた。
また、鎌倉期には麦の育成を行う「二毛作」も一般化してきている。
マルサスの限界《人口の限界》に達するにはまだ余裕があった。
「どうも、対馬でのやり口を見ると――」
破戒は独り言のようにつぶやく。
「大宰府近く、また博多近くにいきなりの上陸はあり得ぬかもしれんな」
対馬では国府に対する直接上陸は無かった。
そもそも、対馬を占領するという意図が無かったことを破戒は後から知った。
では、九州に対する侵攻は――
と、考える。
(博多湾への直接の上陸は厳しかろう――)
ぬるりと脂ぎった顔に薄笑いを浮かべ、そう思う。
蒙古とて阿呆ではない。
対馬、壱岐で手痛い反撃を受けている。
九州上陸に慎重になる可能性は高い。
破戒は「戦《いくさ》」という全くもって人間臭く、覚者から程遠い事柄《キャンペーン》について思考を走らせた。なぜか、それが楽しかった。
一〇月一四日には壱岐での戦いは終了していた。
蒙古軍が来るとすれば、もういつ来てもおかしくはなかった。
「破戒」
伊乃の澄んだ声が破戒の思考を止めた。
「なにかの?」
「あそこ、ざわついてる」
伊乃が視線を送る方を破戒は見た。
虎猿も闇色の視線を投げる。
確かに、ざわざわと何やら話している。
「もし、何ぞありましたか?」
破戒はその集団に近づき、尋ねた。
「松浦党が全滅したとよっ!」
どこかの御家人の配下の者であろうか、軽装の武具を身につけた男だった。
「松浦党? 肥前《佐賀県》の?」
松浦党は肥前に根を張る有力御家人である。
その水軍の力は周囲から恐れられ、高麗沿岸まで海賊として荒らしまわる一党だった。
外海における軍事活動が可能な「海軍」という組織を持たない日本において、独立した戦力であるとはいえ貴重な海上戦力《シーパワー》とも言える存在だった。
「なんでも、鷹島に上陸してきたったらしい」
破戒が訊くまでもなく、場所を口にする男。
鷹島は博多湾からは西。
博多より二〇里《八〇キロメートル》以上ある。
「鷹島……」
黒い響きを持つ声で虎猿は言った。
落ち窪んだ双眸が日の傾く海岸の方を見つめる。
「肥前…… そんな場所にきよったかよ」
「あははは、まだ遠いねぇ~ どうする? 虎猿」
「……」
虎猿は沈黙を投げ返し、伊乃を一瞥《いちべつ》する。
「聞いてるの? 殺しちゃうよ。あははは」
「待つ」
小さく、囁くような声で虎猿は言った。
錆びた鉄塊のような男の口元にうっすらと笑みが浮かんでいた。
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