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10.事と次第では、貴様を殺す――

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 まずいことになった―― 
 鎖々木究ささききわむは思った。
 
 最強の忍者を使い、天牙独尊の手からカツラを取り戻し、ぺるり提督に返す。
 この絵図が崩れると、江戸は火の海である。
 確かに、戦になれば、最終的に相手が「参った」をいうかもしれない。
 が、それは一次的なことで、第二の黒船、第三の黒船がやってくるだろう。
 そして、そうなってしまえば、どんどん交渉は難しくなっていく。

(開国は致し方ないにせよ、なるべく有利な形でなければならぬだろうし……)
 
 有利という言葉の中には「幕府の体面」という物も含まれてはいるだろう。
 それは矜持と言い換えてもいいかもしれない。
 今、この時代に幕府がそれを失ってしまえば、日本はバラバラになり、清のように異人に食い物にされる可能性もある。

「今、この里におる『最強』も力は劣らぬとは思うのだが……」

「他にも強力な忍者がいるのですか!」

「いる」

 炎上祭えんじょうさいは短く断言した。はっきりと。

「では、その忍びを」

「しかし、いろいろ問題があるのだが…… どうすべきか」

 うーんと、炎上祭は考え込む。
 腕を組み、天井を見つめる。 

「仕方が無い…… あ奴を使うしかないか」

 炎上祭はため息に似た言葉を吐くと、その名を継げた。

「おるのだろう? 羅門らもん――」

 バーン!!
 畳が吹っ飛ばされた。
 埃が舞い上がる。
 
「な、なんだ! 一体」

「羅門にございます」

(床下にいたのか…… これが忍者か……)

 床下で話を聞いていたと思われる羅門なる人物が、唐突に登場した。
 畳を下から吹っ飛ばしての登場だ。

「ワシの息子の羅門よ。すでに腕はワシの全盛期を超えておる」

「それは……」

 鎖々木は「すごい」と言いかけて言葉を止める。
 よく考えてみれば、炎上祭がたいしたこと無いという場合もあるからだ。
 組み合わせは四つあるの「すごい」とは断言できない。

 鎖々木は羅門なる忍者を見やった。
 しのび装束で、顔はよく分からないが、声からして相当若い。
 五〇くらいの炎上祭の息子である。
 であるならば、そこそこ歳がいっているやもしれないが、遅く出来た子かもしれぬので即断はできない。

「今年で十五であるが、もう数々の仕事なしておる」

「ほう……」

 くんかくんかくんか――
 
(ん? なにをしておるのだ)

 羅門は犬のように這い蹲り、匂いを嗅ぎだした。
 そして、段々と、鎖々木に近づいてくる。

「え? なんだ? この男は! やめろ気色悪い!」

「くんかくんか―― お前…… なんで姉上様の匂いがするのだ? え? え? 答え次第では……」

 ぎぎぎぎぎぎという、牙鳴りとでも言ったほうが良い、歯軋りが聞こえてきた。

「姉上って…… いったい」

「由良姉上様だ! 貴様、なぜ体からそのように濃い姉上の匂いがするのだ!」

「え? 由良」

「呼び捨て! 呼び捨てだとぉぉぉ! あ、あ、あ、あ、あ、あ!! 神が地上に使わせた生き菩薩とでも言うべき姉上を、畏れ多くも「由良」などと呼び捨てをぉぉぉぉ!」

 忍者装束の覆面から見える双眸は確かに、由良に似ている。
 ちょっと狂気じみているけど。
 あ、由良も同じか。と、鎖々木は思う。

「事と次第では、貴様を殺す――」

 羅門は、迸る殺気をそのままに、言葉をぶつけてきた。
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