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07.心の声ダダ漏れ

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 飯屋の店内には客が戻っていた。
 鎖々木究《ささききわむ》も店に戻り、川魚をつまみながら酒などを飲んでいる。
 
「いやぁ、おかげさまで本当に助かりました。近頃は、勤皇だ。尊皇だといって、ドンちゃん騒ぎをして食い逃げをする輩が多くて難儀しておりました」

 店の主人が感謝の言葉を言う。
 それは本来であれば、鎖々木の対面でガツガツと飯を食っている由良に言うべきであろう。
 地鶏を焼いたもの。川魚。山菜などなど、結構なご馳走がならんでいる。
 それを片っ端から食べていく由良だった。

「健啖だなぁ~」
 
 鎖々木は感心するように言った。

(見た目は美麗であるなぁ~)

 鎖々木は思う。
 長い黒髪を素朴な髪留めでまとめている。
 白い肌と対照的な、黒髪は自ら光りを放っているかのようであった。
 切れ長でやや釣り目気味の双眸に大きな瞳は、子ネコのように良く動く。
 さらに、眸の縁を彩るかのように睫毛まつげが長い。
 そして何より、屈託の無い明るい表情がなんとも魅力的だった。

 また、あのような武勇を見せたとは信じられぬほどに、体が細くたおやかである。
 細身の身体に不釣合いなほどに胸が膨らんでいた。
 サラシで押さえ込むのもきついであろうな、と鎖々木は思う。
 ジッと視線を合わせながら。そこに。双丘に。

「あははは、お侍さん、そんなにジッと見られとったら食べにくわ。って食べるけど」
 
 そう言って、川魚をがブッと頭から食べる。

「い、いや、惚れ惚れする食べっぷりゆえ」

「ほんま? 別のとこ見ていたんと違うの?」

 ちょっと挑発的な光りを瞳に湛え、由良は言った。
 
 彼の経験の中にはちょっといないタイプの女であった。
 というか、鎖々木は女が苦手であったで、出会った女の数自体が少ない。

 決して男色が趣味というわけではない。
 心底、女が良いのであるが、女の前にでると緊張してしまうのだ。
 だから、女を買っても最後まで抱けたためしがない。
 緊張のあまり勃たないのである。股間の物が。

「ねぇ、うちもお酒飲んでいいかな?」

 由良が笑みを浮かべて言った。
 拒否などできない。というか手柄本来由良のものだ。

「ん、良いのではないか?」

 店主はニコニコして酒をもってくる。
 
「あはははは、お酒は久しぶりやわ」

 そう言って徳利から一気に飲む。
 豪快だった。
 酌などする気もない。その点も、鎖々木は気にいった。
 鎖々木は手酌で飲んだ。

「由良殿は、女武芸者かなにかか?」

 女であっても武芸をたしなむ者はいる。
 先ほどの戦いで見せた勇猛さは「幕末」という時代であれば高評価であった。
 男であろうが女であろうが、武勇をみせることは評価されるものだと、鎖々木は思う。

 といっても――
 鎖々木の女性観がこの幕末の一般的で普遍的でメジャーであるかというと、ちょっと違っていた。
 鎖々木の性癖はやはり他人と違っていたのだ。

「あ―― ウチは…… 誰にもいわんといて…… 秘密やねん」
「ほう」

 由良は身体を伸ばし、鎖々木の耳元に唇を寄せる。
 甘い吐息が耳朶に触れる。

「うち、忍者や」
「に、にんじゃ……」

 その言葉に、鎖々木は幕命のことを思い出す。
 カツラを奪い、幕府の権威を失墜させ、ぺるりに江戸砲撃の口実を与えた男。
 天牙独尊を見つけるため、最強忍者の強力をえなければならぬこと。
 そして、今はその途上であることを。

「ゆ、由良どのは忍者なのか? 「くノ一くのいち」という者か」
「せや、まあ良く女忍者は『くのいち』ってゆわれるけど、あれ女装の術のことやで」
「そうなのか」
「せやで」

 まあ、そんな豆知識は鎖々木にはどうでもよかった。
 それよりも、耳にかかる由良の吐息が心地よかった。

(ああ、俺は強い女がすきなのだなぁ~)

 と、半分よっぱらった頭で思う。
 強い女に床の上で、いっぱい甘えさせてもらえれば、股間の物も勃つのではないか?
 無垢童貞ではなくなるのではないか?
 これは、うまくいくとその機会ではないのか?

 そんなことを思いながらも、由良の胸を見つめたりなんかする。
 鎖々木究は真面目な男であったがその点はかなり「ムッツリ」であった。

「ああ、由良とねんごろになりたい物よ……」

 鎖々木は心の声をダダ漏れにしていた。
 酔っ払いすぎていたのだ。
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