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玉砕するまであと100日(峰長大尉)
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長嶺大尉がX島に着任したときには、すでに施設はかなり充実していた。
飛行艇の運用を主任務とする第八〇一海軍航空隊の本部、指揮所、兵舎、桟橋――
その上、二式大艇が一四機もあった。
島に引き込む掩体もあり、この水準の設備というのは中々見たことがなかった。
「それだけこのX島が重要ということだろう」
二式大艇は、世界一の性能を誇る飛行艇だ。
(水上滑走性能はちょっと危なっかしいが……)
と、長嶺大尉は思っているが、それ以外ではその機体にほれ込んでいるといってよかった。
「米軍の攻撃で、設備が破壊されたと聞いておりましたが」
「まあな、ここまで再建するのに、いろいろあったよ」
と、司令である嵯峨大佐は言った。以前は歴戦の飛行乗りだった男であった。
「今でも米軍の跳梁は変化は無い。飛行場が整備されとるんで、少なくとも上空では米軍に好き勝手はやらせんよ」
「確かに、そうですね」
長嶺大尉は首肯する。
二式大艇の哨戒任務に際しても、行程の途中までは零戦の護衛を受けられるのだ。
零戦についても、最新型の金星千五百馬力エンジンを搭載したものだという。
五〇機以上の零戦が、三本の滑走路をもつ飛行場で運用されていた。
「まあ、設営隊の頑張りには頭が下がるよ。だが、いかんせん地上防御陣地構築が遅れておるようだな。ま、陸さんには陸さんの事情網あるだあろうが」
実際、海軍側の施設の充実に比べ、地上戦の主力ともいえる陸軍の陣地構築は遅延しているようであった。
一部には、トンネルとなった地下陣地と、通路が出来上がっていた。が、全体として工事の進捗はよくないだろうなというのは、素人の長嶺大尉でも分かるくらいだった。
それでも――
このX島には、陸軍兵力三〇〇〇名、海軍特別陸戦隊二〇〇〇名が配備されている。
合計五〇〇〇の兵力は、X島の面積を考えると十分以上に強力といえた。
「地上陣地が完成すれば、相当な力を持ちますね」
「ああ、おまけに航空戦力は充実しておるし、米軍の侵攻ルートを考えるに、この島を無視するわけにはいくまいよ」
大佐の言葉に、長嶺大尉は毛先ほどの不安を感じる。
決して怯懦な男ではないが、最近の戦況はおもわしくなく、島嶼戦での敗北が続いていた。
いわゆる味方が全滅する玉砕戦が続いていたのだ。
大佐は長嶺大尉の僅かな不安を感じ取ったかのように、彼の肩を叩く。
「ま、このX島は大丈夫だよ。陸上陣地も突貫で工事しとるらしい」
「はい」
「完成すれば、アメリカ軍が来ても、一〇年以上は戦えるはずだよ。大尉」
屈託のない笑みを浮かべ、嵯峨大佐は言った。
ただ、その眼の奥底は冷たく決して笑ってはいなかった。
飛行艇の運用を主任務とする第八〇一海軍航空隊の本部、指揮所、兵舎、桟橋――
その上、二式大艇が一四機もあった。
島に引き込む掩体もあり、この水準の設備というのは中々見たことがなかった。
「それだけこのX島が重要ということだろう」
二式大艇は、世界一の性能を誇る飛行艇だ。
(水上滑走性能はちょっと危なっかしいが……)
と、長嶺大尉は思っているが、それ以外ではその機体にほれ込んでいるといってよかった。
「米軍の攻撃で、設備が破壊されたと聞いておりましたが」
「まあな、ここまで再建するのに、いろいろあったよ」
と、司令である嵯峨大佐は言った。以前は歴戦の飛行乗りだった男であった。
「今でも米軍の跳梁は変化は無い。飛行場が整備されとるんで、少なくとも上空では米軍に好き勝手はやらせんよ」
「確かに、そうですね」
長嶺大尉は首肯する。
二式大艇の哨戒任務に際しても、行程の途中までは零戦の護衛を受けられるのだ。
零戦についても、最新型の金星千五百馬力エンジンを搭載したものだという。
五〇機以上の零戦が、三本の滑走路をもつ飛行場で運用されていた。
「まあ、設営隊の頑張りには頭が下がるよ。だが、いかんせん地上防御陣地構築が遅れておるようだな。ま、陸さんには陸さんの事情網あるだあろうが」
実際、海軍側の施設の充実に比べ、地上戦の主力ともいえる陸軍の陣地構築は遅延しているようであった。
一部には、トンネルとなった地下陣地と、通路が出来上がっていた。が、全体として工事の進捗はよくないだろうなというのは、素人の長嶺大尉でも分かるくらいだった。
それでも――
このX島には、陸軍兵力三〇〇〇名、海軍特別陸戦隊二〇〇〇名が配備されている。
合計五〇〇〇の兵力は、X島の面積を考えると十分以上に強力といえた。
「地上陣地が完成すれば、相当な力を持ちますね」
「ああ、おまけに航空戦力は充実しておるし、米軍の侵攻ルートを考えるに、この島を無視するわけにはいくまいよ」
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大佐は長嶺大尉の僅かな不安を感じ取ったかのように、彼の肩を叩く。
「ま、このX島は大丈夫だよ。陸上陣地も突貫で工事しとるらしい」
「はい」
「完成すれば、アメリカ軍が来ても、一〇年以上は戦えるはずだよ。大尉」
屈託のない笑みを浮かべ、嵯峨大佐は言った。
ただ、その眼の奥底は冷たく決して笑ってはいなかった。
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