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その3:それはカレーという料理だ

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「こ、これは…… アンタ! ちょっと! なにを作ってるの!」

 カタリナは出された料理を見て叫んでいた。
 鬼刀は「なんで?」という顔でカタリナを見つめていた。

「これは、どうもてもアレじゃないの!! しかも下痢の! アホウか、狂っているのか!」
 
 自分より頭ふたつは大きい男に対し、臆することなく火のような視線を送った。
 カタリナは料理を冒涜するような行為は許せなかった。
 それがどんなに凶悪な相手でもだ。
 容姿の美しさを、勝気さが覆い隠すような表情をみせる。

「カレーっていう料理だけどな。知らないのかい?」
「え、料理なの…… これが」

 怪訝な顔をする。眉根をしかめ、出されたジッと料理を見つめた。

(やっぱりウンコだ。ウンコ以外に見えない)
 
 遠慮のない心の声。その料理を端的に表現した。

「匂いで分からないのかい?」
「匂い……」
 
 カタリナは黙って料理を見つめた。
 
「まあ、喰ってみれば分かるさ、さあ食べて見な」

 鬼刀は言った。内心、やはりカレーは勘違いされるかなと思ったのだ。
 爆破された会場の倉庫から業務用のカレー粉を持ちだしていた。
 カレーが好きだったからだ。
 そして、カレーには自信があった。
 
 ホッキョクグマの肉を使ったカレーは、肉の臭みを無くし、グルメたちを唸らせたものだ。
 そして、ここの暑い気候だ。
 この店にあった香辛料も数は少ないが種類は多かった。
 
『この地域の料理は辛みの強い物が好まれる』

 彼の「武装料理人」としてのキャリアがそれを教えた。

「匂い…… 匂い……」

 ブツブツとカレーを見つめ固まるカタリナ。

「どうしたんだい? 喰わねぇのかい?」
 
 ふっと鬼刀は気配を感じた。猛獣を狩るために鍛えられた感覚。調理のための繊細な感覚。
 その研ぎ澄まされた感覚がそこに三人目の存在を感じていた。

「お爺様! 持って行きます! 寝ていてください」

「ゴホ、ゴホ、ゴホ、バカ言うな。こんな旨そうな匂いをさせて、寝てられねぇよ」

 せき込みながら、言った。老人だった。
 白い蓬髪だった。額がやや後退していた。しかし、その下には只者ではない眼光。
 カタリナがお爺様と言うからには、彼女の祖父なのであろう。
 上の階にいたのだろうか。カタリナの言葉からすれば病気で寝ていたのだろう。

 鬼刀はそのような思考を一瞬でめぐらせた。

「オメェさんが、作ったのかい?」

 すっと、椅子にすわった。
 下から舐めるような視線で鬼刀を見た。
 隙がない。

「ああ、そうだよ」
「ふふん―― いい匂いじゃねェか」

 そう言って、老人は匙(さじ)をにぎった。

(こんなジジイがいるのかい。俺のジジイみてぇじゃねぇか)

 苦笑を浮かべる鬼刀。偏執狂的な料理への熱意で、彼に料理を叩きこんだ祖父のことを思いだした。
『ゲルマン流・武装料理』の奥義を極めた狂気の料理人だった。
 鬼刀は、どのような猛獣よりも、自分の祖父の方が恐ろしいと思っていた。
 その祖父に雰囲気が似ていた。

「俺は、嬢ちゃんに作ったんだがな――」

 鬼刀は言った。厳然たるルールを宣告するようにだ。

「いいんだよ。カタリナにゃ、分からねェんだよ」

 つぶやくように言った。悲しさと愛おしさとが混ざったような表情でだ。

「なんだって?」
「味が分からねェ。味覚音痴ってわけじゃねぇ。味覚と嗅覚が生まれつきねぇんだ……」
「味覚がない? 嗅覚も」
「ああ、そうだ」

 鬼刀はカタリナを見やった。
 まるでその場にいるのが罪そのものであるかのように立っていた。

「コイツのオヤジのせいさ…… クソドアホウの俺の息子のせいさ」
「お爺様…… お父様を悪く言わないで」
「ああ、すまねぇ。悪かった」

 しんみりとした空気が狭く侘しい空間に流れ出していた。
 理由は分からない。そして、鬼刀は深く立ち入る気はなかった。
 そういった身体の障害というものはあるだろう。同情はするが、それだけだ。
 なにもできない。

「分かった。爺さん、食べてくれ。いいぜ、俺のカレーを食ってくれ」
「ああ、喰ってやるぜ」

 老人は「ふひゅう」と、気管支がなるような呼気を吐いた。

 すっと隙のない所作で匙を持ち上げる。そして一気にカレーの中に入れた。
 一切の無駄のない動き。

「むぅッ」

 鬼刀は息を飲んだ。
 超一流のセレブグルメであっても、ここまでの動きができるものがいるだろうか?
 優雅であり、それでいて骨太の筋の入った所作だった。

 老人は、カレーをすくった匙を口の中に入れた。

「むッ――」

 一口味わい、動きを止めた。

「てめぇ、やったのかい?」
「やった?」
「ああ、ギガントベアだ。てめぇが仕留めたのかよ」
「ああ、名はしらないがな。おそらくそう言った物を狩ったのは俺だな」
「ふひぃぃ、いいじゃねぇか。狩りもできるのかよ――」

 たった一口で中にいれた肉の素材を見抜いた。
 そして、老人は二口目を口に運ぶ。

「なにをいれた。うちにあった一二種類の香辛料。そして、ガルムをいれたのかい。しかし、それだけじゃねぇな……」
「カレー粉に化学調味料だ」
「なんだいそいつは?」
「俺の国の香辛料だよ」
「ふうん、いいじゃねぇか」

 武装料理人が異端と言われる理由。
 彼らは、平気で「化学調味料」を使う。

 それはゲルマン的な合理性。料理の味をつくるのは舌の科学反応が、脳に信号として届くからだ。
「旨い」という信号を送れるならば、どのような手段を使ってもそれは正しい。
 自然のものだろうと、人工的なものだろうと、所詮は「分子」還元される。

 よって、化学調味料もバカバカぶち込むのだ。
 化学調味料を使いこなせない者は、ゲルマン流・武装料理人の奥義には達することはできない。
 ある意味、最も科学的な料理人。それが、武装料理人だ。
 鬼刀自身も、脳生理学、生物分子学、量子物理学で学位を持っている。

 げぷぅぅ~。

 ゲップだ。
 老人は、カレーを食べ終わった。皿がなめたように綺麗になっている。
 匙の使い方が並みのものではなかった。

 そして、鋭い目で鬼刀を見やった。
 ゆっくりと口角を上げた。カレーのついた口角。
 空気が硬質化しギチギチと音をあげるような緊張感だった。
 
「おかわりはあるのかい?」

 老人のその口がおかわりを要求していた。

        ◇◇◇◇◇◇

「う、う、う、うごけねぇ…… カタリナぁぁ、二階まで、二階までおんぶしてくれぇ~」

「お爺様、食べ過ぎです! お体を考えてください!」

 倒れているジジイ。介抱するカタリナ。
 それを見つめる鬼刀法典。

「はぁ、はぁ、しかし、おぷぅッ―― 大したもんだぜ。この料理。俺も信じられねぇ」

「まあ、喜んでくれるのはいいがな。喰いすぎはよくねぇな。ジイさん」

「雇うぜ――」

 ポツリと、まるで愛を告白するかのように、老人は言った。

「ありがたい。何をするにも、根無し草じゃどうしようもねぇからな」

 鬼刀は言った。
 この世界から脱出し、元の世界にもどるためには、まずこの世界が何なのか知る必要があった。
 そのためには、情報が必要だ。そのためには、社会から孤立はできない。
 ゲルマン的な合理思考がそのような結論を導きだしていたのだ。

「俺は、カタリナの祖父。ロウジーンだ」
「俺は、鬼刀法典。ゲルマン流・武装料理流、宗家。その系譜を継ぐものだ」
「聞いたことねェ。流派だな」
「遠い国だからな」
「そうかい。まあ、いいさ。問題は腕だ。げほ、げほ――」
「ありがたく、お世話になるぜ」

 鬼刀はそう言って、かるく頭を下げた。

「げほへげほぉぉ、うあぁ、逆流してきた。カレーが、カレーがぁぁぁ、のどが痛い。カタリナぁぁ、おじいちゃん喉がいたいよぉぉ」

 咳ともに、腹がパンパンになるまで食ったカレーが逆流。
 それが喉粘膜直撃したようだ。カタリナが慌てて、水を汲んできた。
 水は厨房の瓶に溜めてあった。

「ふひゅぅぅ~ この料理旨いが、危険だな――」
「まあな、カレーを食ってゲロを吐くと地獄だぜ」
「ふひぃ、今度から、喰いすぎには気をつけねぇとな」

 水を飲んで落ち着いたように見えるロウジーン。

「お爺様、もう寝ましょう。また咳がとまらなくなってしまいます」
「ああ――」

 カタリナは小さな体で、祖父を背負った。
 なんの力もこもっていないような自然な動きでだ。
 
「ほうぅ――」

 鬼刀が感心の声を上げた。
 力ではない。人体の重心の捉え方。自分の身体の使い方。
 それが理にかなっているのだ。ゲルマン・武装料理を身に着けている鬼刀ゆえに見抜けたものだった。
 それは、日常的に病人介護をしているからだけで、身に付く物では無かった。

 二階に上がっていく祖父を背負った少女。
 味覚、嗅覚を失った少女。それは彼女の父のせいだという。
 
(まだ、なにかあるようだな。あの嬢ちゃんには――)

 その姿を見ながら鬼刀は思った。

        ◇◇◇◇◇◇

 翌日から鬼刀は厨房に立った。
 材料は少ない。
 なんでも「仕入ができない。ギルドの奴らが邪魔をするから」ということらしい。
 カタリナの説明だ。
 
 この店に閑古鳥が鳴きまくっているのは、「ギルド」の営業妨害があるからだった。
 ギルド、つまり同業者組合だ。世界史的な知識を思い起こした。
 ただ、話を聞くとこの世界のギルドは少し違う。
 言ってみれば、チェーンを展開する。巨大資本による店舗。
 しかも、フランチャイズ入りを強制するような巨大資本。
 
 そこに加入しなけば、仕入れもできない。
 食材を買うことはできる。
 普通の家庭が買うような市場で買うのだ。
 ただ、それは高くつく。
 
 商売として成り立つ物ではなかった。しかも、ギルドの店舗が競争相手となるなら、なおさらだ。 

「ろくなもんじゃねぇな」

 仕込みをしながら、彼はつぶやいた。吐き捨てるように。
 彼は権威や力を使って、弱い立場のものを潰しにかかる奴は大嫌いだった。
 かといって、弱者に同情しているわけでも、共感するわけでもない。
 ただ、ひたすら気に入らない。そういった卑劣なバカが嫌いなのだ。
 叩き潰したいという欲求が湧いてくる。

 異端の料理人。
 武装料理人の彼もまた、そのようなモノに立ち向かう立場だったのだ。

「潰すか……」

 物騒な言葉が、ポンと出てくる。本気ではない。
 ただ、自分にちょっかいをかけてきたら、分からなかった。
 自制するつもりは全く無い。

「料理勝負―― 久しぶりだな」

 料理勝負がある。
 カタリナには五日後、ギルド代表の料理人と勝負をするということを聞いていた。
 勝てば、ギルドはこの店に賭けている圧力を全て無くすと誓っている。
 負ければギルドに入って、ギルドの奴隷(比喩としての)になるわけだ。

 鬼刀は、それに出る。上等だった。
 手を抜かず叩きのめす。気に入らないからだ。
 ゲルマン流の武装料理人。
 その恐ろしさをその身に刻み込んでやろうと思っている。

「カタリナはそろそろ帰ってくるか」
 
 彼女は市場に仕入に言った。
 一般家庭が食材を買うような市場だ。
 今は仕方なかった。
 店をやるには食材が少なすぎたからだ。

 彼の持ってきたギガントベアの干し肉。
 それを売って仕入れをする。
 鬼刀は「給料で返してもらえばいい」と言った。

 カタリナにとっても背に腹は代えられなかったのだろう。
 色々言ったが、結局は納得した。

 彼にとっても、信頼を勝ち取り、恩を売っておくのは悪いことでは無かった。
 ゲルマン的な合理性の発露だ。

「ふふ、武装料理人の俺が、カレーかよ――」

 敵はいない。自分が料理した物は最強である。
 最高に旨く、無双である。無敵である。至高である。究極である。
 異端として虐げられた「武装料理人」の歴史。
 その歴史に終止符を打つ。ここが、どこだか知らないが、負ける気はない。

 彼は獰猛な笑みをうかべながら、玉ねぎに似た野菜の皮をむいていた。
 目に染みた。
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みんなの感想(1件)

にんげんだもの

これで、終わってしまうのがもったいない。すごく面白いのに。

中七七三
2016.12.12 中七七三

ありがとうございます。

解除

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