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その3:それはカレーという料理だ
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「こ、これは…… アンタ! ちょっと! なにを作ってるの!」
カタリナは出された料理を見て叫んでいた。
鬼刀は「なんで?」という顔でカタリナを見つめていた。
「これは、どうもてもアレじゃないの!! しかも下痢の! アホウか、狂っているのか!」
自分より頭ふたつは大きい男に対し、臆することなく火のような視線を送った。
カタリナは料理を冒涜するような行為は許せなかった。
それがどんなに凶悪な相手でもだ。
容姿の美しさを、勝気さが覆い隠すような表情をみせる。
「カレーっていう料理だけどな。知らないのかい?」
「え、料理なの…… これが」
怪訝な顔をする。眉根をしかめ、出されたジッと料理を見つめた。
(やっぱりウンコだ。ウンコ以外に見えない)
遠慮のない心の声。その料理を端的に表現した。
「匂いで分からないのかい?」
「匂い……」
カタリナは黙って料理を見つめた。
「まあ、喰ってみれば分かるさ、さあ食べて見な」
鬼刀は言った。内心、やはりカレーは勘違いされるかなと思ったのだ。
爆破された会場の倉庫から業務用のカレー粉を持ちだしていた。
カレーが好きだったからだ。
そして、カレーには自信があった。
ホッキョクグマの肉を使ったカレーは、肉の臭みを無くし、グルメたちを唸らせたものだ。
そして、ここの暑い気候だ。
この店にあった香辛料も数は少ないが種類は多かった。
『この地域の料理は辛みの強い物が好まれる』
彼の「武装料理人」としてのキャリアがそれを教えた。
「匂い…… 匂い……」
ブツブツとカレーを見つめ固まるカタリナ。
「どうしたんだい? 喰わねぇのかい?」
ふっと鬼刀は気配を感じた。猛獣を狩るために鍛えられた感覚。調理のための繊細な感覚。
その研ぎ澄まされた感覚がそこに三人目の存在を感じていた。
「お爺様! 持って行きます! 寝ていてください」
「ゴホ、ゴホ、ゴホ、バカ言うな。こんな旨そうな匂いをさせて、寝てられねぇよ」
せき込みながら、言った。老人だった。
白い蓬髪だった。額がやや後退していた。しかし、その下には只者ではない眼光。
カタリナがお爺様と言うからには、彼女の祖父なのであろう。
上の階にいたのだろうか。カタリナの言葉からすれば病気で寝ていたのだろう。
鬼刀はそのような思考を一瞬でめぐらせた。
「オメェさんが、作ったのかい?」
すっと、椅子にすわった。
下から舐めるような視線で鬼刀を見た。
隙がない。
「ああ、そうだよ」
「ふふん―― いい匂いじゃねェか」
そう言って、老人は匙(さじ)をにぎった。
(こんなジジイがいるのかい。俺のジジイみてぇじゃねぇか)
苦笑を浮かべる鬼刀。偏執狂的な料理への熱意で、彼に料理を叩きこんだ祖父のことを思いだした。
『ゲルマン流・武装料理』の奥義を極めた狂気の料理人だった。
鬼刀は、どのような猛獣よりも、自分の祖父の方が恐ろしいと思っていた。
その祖父に雰囲気が似ていた。
「俺は、嬢ちゃんに作ったんだがな――」
鬼刀は言った。厳然たるルールを宣告するようにだ。
「いいんだよ。カタリナにゃ、分からねェんだよ」
つぶやくように言った。悲しさと愛おしさとが混ざったような表情でだ。
「なんだって?」
「味が分からねェ。味覚音痴ってわけじゃねぇ。味覚と嗅覚が生まれつきねぇんだ……」
「味覚がない? 嗅覚も」
「ああ、そうだ」
鬼刀はカタリナを見やった。
まるでその場にいるのが罪そのものであるかのように立っていた。
「コイツのオヤジのせいさ…… クソドアホウの俺の息子のせいさ」
「お爺様…… お父様を悪く言わないで」
「ああ、すまねぇ。悪かった」
しんみりとした空気が狭く侘しい空間に流れ出していた。
理由は分からない。そして、鬼刀は深く立ち入る気はなかった。
そういった身体の障害というものはあるだろう。同情はするが、それだけだ。
なにもできない。
「分かった。爺さん、食べてくれ。いいぜ、俺のカレーを食ってくれ」
「ああ、喰ってやるぜ」
老人は「ふひゅう」と、気管支がなるような呼気を吐いた。
すっと隙のない所作で匙を持ち上げる。そして一気にカレーの中に入れた。
一切の無駄のない動き。
「むぅッ」
鬼刀は息を飲んだ。
超一流のセレブグルメであっても、ここまでの動きができるものがいるだろうか?
優雅であり、それでいて骨太の筋の入った所作だった。
老人は、カレーをすくった匙を口の中に入れた。
「むッ――」
一口味わい、動きを止めた。
「てめぇ、やったのかい?」
「やった?」
「ああ、ギガントベアだ。てめぇが仕留めたのかよ」
「ああ、名はしらないがな。おそらくそう言った物を狩ったのは俺だな」
「ふひぃぃ、いいじゃねぇか。狩りもできるのかよ――」
たった一口で中にいれた肉の素材を見抜いた。
そして、老人は二口目を口に運ぶ。
「なにをいれた。うちにあった一二種類の香辛料。そして、ガルムをいれたのかい。しかし、それだけじゃねぇな……」
「カレー粉に化学調味料だ」
「なんだいそいつは?」
「俺の国の香辛料だよ」
「ふうん、いいじゃねぇか」
武装料理人が異端と言われる理由。
彼らは、平気で「化学調味料」を使う。
それはゲルマン的な合理性。料理の味をつくるのは舌の科学反応が、脳に信号として届くからだ。
「旨い」という信号を送れるならば、どのような手段を使ってもそれは正しい。
自然のものだろうと、人工的なものだろうと、所詮は「分子」還元される。
よって、化学調味料もバカバカぶち込むのだ。
化学調味料を使いこなせない者は、ゲルマン流・武装料理人の奥義には達することはできない。
ある意味、最も科学的な料理人。それが、武装料理人だ。
鬼刀自身も、脳生理学、生物分子学、量子物理学で学位を持っている。
げぷぅぅ~。
ゲップだ。
老人は、カレーを食べ終わった。皿がなめたように綺麗になっている。
匙の使い方が並みのものではなかった。
そして、鋭い目で鬼刀を見やった。
ゆっくりと口角を上げた。カレーのついた口角。
空気が硬質化しギチギチと音をあげるような緊張感だった。
「おかわりはあるのかい?」
老人のその口がおかわりを要求していた。
◇◇◇◇◇◇
「う、う、う、うごけねぇ…… カタリナぁぁ、二階まで、二階までおんぶしてくれぇ~」
「お爺様、食べ過ぎです! お体を考えてください!」
倒れているジジイ。介抱するカタリナ。
それを見つめる鬼刀法典。
「はぁ、はぁ、しかし、おぷぅッ―― 大したもんだぜ。この料理。俺も信じられねぇ」
「まあ、喜んでくれるのはいいがな。喰いすぎはよくねぇな。ジイさん」
「雇うぜ――」
ポツリと、まるで愛を告白するかのように、老人は言った。
「ありがたい。何をするにも、根無し草じゃどうしようもねぇからな」
鬼刀は言った。
この世界から脱出し、元の世界にもどるためには、まずこの世界が何なのか知る必要があった。
そのためには、情報が必要だ。そのためには、社会から孤立はできない。
ゲルマン的な合理思考がそのような結論を導きだしていたのだ。
「俺は、カタリナの祖父。ロウジーンだ」
「俺は、鬼刀法典。ゲルマン流・武装料理流、宗家。その系譜を継ぐものだ」
「聞いたことねェ。流派だな」
「遠い国だからな」
「そうかい。まあ、いいさ。問題は腕だ。げほ、げほ――」
「ありがたく、お世話になるぜ」
鬼刀はそう言って、かるく頭を下げた。
「げほへげほぉぉ、うあぁ、逆流してきた。カレーが、カレーがぁぁぁ、のどが痛い。カタリナぁぁ、おじいちゃん喉がいたいよぉぉ」
咳ともに、腹がパンパンになるまで食ったカレーが逆流。
それが喉粘膜直撃したようだ。カタリナが慌てて、水を汲んできた。
水は厨房の瓶に溜めてあった。
「ふひゅぅぅ~ この料理旨いが、危険だな――」
「まあな、カレーを食ってゲロを吐くと地獄だぜ」
「ふひぃ、今度から、喰いすぎには気をつけねぇとな」
水を飲んで落ち着いたように見えるロウジーン。
「お爺様、もう寝ましょう。また咳がとまらなくなってしまいます」
「ああ――」
カタリナは小さな体で、祖父を背負った。
なんの力もこもっていないような自然な動きでだ。
「ほうぅ――」
鬼刀が感心の声を上げた。
力ではない。人体の重心の捉え方。自分の身体の使い方。
それが理にかなっているのだ。ゲルマン・武装料理を身に着けている鬼刀ゆえに見抜けたものだった。
それは、日常的に病人介護をしているからだけで、身に付く物では無かった。
二階に上がっていく祖父を背負った少女。
味覚、嗅覚を失った少女。それは彼女の父のせいだという。
(まだ、なにかあるようだな。あの嬢ちゃんには――)
その姿を見ながら鬼刀は思った。
◇◇◇◇◇◇
翌日から鬼刀は厨房に立った。
材料は少ない。
なんでも「仕入ができない。ギルドの奴らが邪魔をするから」ということらしい。
カタリナの説明だ。
この店に閑古鳥が鳴きまくっているのは、「ギルド」の営業妨害があるからだった。
ギルド、つまり同業者組合だ。世界史的な知識を思い起こした。
ただ、話を聞くとこの世界のギルドは少し違う。
言ってみれば、チェーンを展開する。巨大資本による店舗。
しかも、フランチャイズ入りを強制するような巨大資本。
そこに加入しなけば、仕入れもできない。
食材を買うことはできる。
普通の家庭が買うような市場で買うのだ。
ただ、それは高くつく。
商売として成り立つ物ではなかった。しかも、ギルドの店舗が競争相手となるなら、なおさらだ。
「ろくなもんじゃねぇな」
仕込みをしながら、彼はつぶやいた。吐き捨てるように。
彼は権威や力を使って、弱い立場のものを潰しにかかる奴は大嫌いだった。
かといって、弱者に同情しているわけでも、共感するわけでもない。
ただ、ひたすら気に入らない。そういった卑劣なバカが嫌いなのだ。
叩き潰したいという欲求が湧いてくる。
異端の料理人。
武装料理人の彼もまた、そのようなモノに立ち向かう立場だったのだ。
「潰すか……」
物騒な言葉が、ポンと出てくる。本気ではない。
ただ、自分にちょっかいをかけてきたら、分からなかった。
自制するつもりは全く無い。
「料理勝負―― 久しぶりだな」
料理勝負がある。
カタリナには五日後、ギルド代表の料理人と勝負をするということを聞いていた。
勝てば、ギルドはこの店に賭けている圧力を全て無くすと誓っている。
負ければギルドに入って、ギルドの奴隷(比喩としての)になるわけだ。
鬼刀は、それに出る。上等だった。
手を抜かず叩きのめす。気に入らないからだ。
ゲルマン流の武装料理人。
その恐ろしさをその身に刻み込んでやろうと思っている。
「カタリナはそろそろ帰ってくるか」
彼女は市場に仕入に言った。
一般家庭が食材を買うような市場だ。
今は仕方なかった。
店をやるには食材が少なすぎたからだ。
彼の持ってきたギガントベアの干し肉。
それを売って仕入れをする。
鬼刀は「給料で返してもらえばいい」と言った。
カタリナにとっても背に腹は代えられなかったのだろう。
色々言ったが、結局は納得した。
彼にとっても、信頼を勝ち取り、恩を売っておくのは悪いことでは無かった。
ゲルマン的な合理性の発露だ。
「ふふ、武装料理人の俺が、カレーかよ――」
敵はいない。自分が料理した物は最強である。
最高に旨く、無双である。無敵である。至高である。究極である。
異端として虐げられた「武装料理人」の歴史。
その歴史に終止符を打つ。ここが、どこだか知らないが、負ける気はない。
彼は獰猛な笑みをうかべながら、玉ねぎに似た野菜の皮をむいていた。
目に染みた。
カタリナは出された料理を見て叫んでいた。
鬼刀は「なんで?」という顔でカタリナを見つめていた。
「これは、どうもてもアレじゃないの!! しかも下痢の! アホウか、狂っているのか!」
自分より頭ふたつは大きい男に対し、臆することなく火のような視線を送った。
カタリナは料理を冒涜するような行為は許せなかった。
それがどんなに凶悪な相手でもだ。
容姿の美しさを、勝気さが覆い隠すような表情をみせる。
「カレーっていう料理だけどな。知らないのかい?」
「え、料理なの…… これが」
怪訝な顔をする。眉根をしかめ、出されたジッと料理を見つめた。
(やっぱりウンコだ。ウンコ以外に見えない)
遠慮のない心の声。その料理を端的に表現した。
「匂いで分からないのかい?」
「匂い……」
カタリナは黙って料理を見つめた。
「まあ、喰ってみれば分かるさ、さあ食べて見な」
鬼刀は言った。内心、やはりカレーは勘違いされるかなと思ったのだ。
爆破された会場の倉庫から業務用のカレー粉を持ちだしていた。
カレーが好きだったからだ。
そして、カレーには自信があった。
ホッキョクグマの肉を使ったカレーは、肉の臭みを無くし、グルメたちを唸らせたものだ。
そして、ここの暑い気候だ。
この店にあった香辛料も数は少ないが種類は多かった。
『この地域の料理は辛みの強い物が好まれる』
彼の「武装料理人」としてのキャリアがそれを教えた。
「匂い…… 匂い……」
ブツブツとカレーを見つめ固まるカタリナ。
「どうしたんだい? 喰わねぇのかい?」
ふっと鬼刀は気配を感じた。猛獣を狩るために鍛えられた感覚。調理のための繊細な感覚。
その研ぎ澄まされた感覚がそこに三人目の存在を感じていた。
「お爺様! 持って行きます! 寝ていてください」
「ゴホ、ゴホ、ゴホ、バカ言うな。こんな旨そうな匂いをさせて、寝てられねぇよ」
せき込みながら、言った。老人だった。
白い蓬髪だった。額がやや後退していた。しかし、その下には只者ではない眼光。
カタリナがお爺様と言うからには、彼女の祖父なのであろう。
上の階にいたのだろうか。カタリナの言葉からすれば病気で寝ていたのだろう。
鬼刀はそのような思考を一瞬でめぐらせた。
「オメェさんが、作ったのかい?」
すっと、椅子にすわった。
下から舐めるような視線で鬼刀を見た。
隙がない。
「ああ、そうだよ」
「ふふん―― いい匂いじゃねェか」
そう言って、老人は匙(さじ)をにぎった。
(こんなジジイがいるのかい。俺のジジイみてぇじゃねぇか)
苦笑を浮かべる鬼刀。偏執狂的な料理への熱意で、彼に料理を叩きこんだ祖父のことを思いだした。
『ゲルマン流・武装料理』の奥義を極めた狂気の料理人だった。
鬼刀は、どのような猛獣よりも、自分の祖父の方が恐ろしいと思っていた。
その祖父に雰囲気が似ていた。
「俺は、嬢ちゃんに作ったんだがな――」
鬼刀は言った。厳然たるルールを宣告するようにだ。
「いいんだよ。カタリナにゃ、分からねェんだよ」
つぶやくように言った。悲しさと愛おしさとが混ざったような表情でだ。
「なんだって?」
「味が分からねェ。味覚音痴ってわけじゃねぇ。味覚と嗅覚が生まれつきねぇんだ……」
「味覚がない? 嗅覚も」
「ああ、そうだ」
鬼刀はカタリナを見やった。
まるでその場にいるのが罪そのものであるかのように立っていた。
「コイツのオヤジのせいさ…… クソドアホウの俺の息子のせいさ」
「お爺様…… お父様を悪く言わないで」
「ああ、すまねぇ。悪かった」
しんみりとした空気が狭く侘しい空間に流れ出していた。
理由は分からない。そして、鬼刀は深く立ち入る気はなかった。
そういった身体の障害というものはあるだろう。同情はするが、それだけだ。
なにもできない。
「分かった。爺さん、食べてくれ。いいぜ、俺のカレーを食ってくれ」
「ああ、喰ってやるぜ」
老人は「ふひゅう」と、気管支がなるような呼気を吐いた。
すっと隙のない所作で匙を持ち上げる。そして一気にカレーの中に入れた。
一切の無駄のない動き。
「むぅッ」
鬼刀は息を飲んだ。
超一流のセレブグルメであっても、ここまでの動きができるものがいるだろうか?
優雅であり、それでいて骨太の筋の入った所作だった。
老人は、カレーをすくった匙を口の中に入れた。
「むッ――」
一口味わい、動きを止めた。
「てめぇ、やったのかい?」
「やった?」
「ああ、ギガントベアだ。てめぇが仕留めたのかよ」
「ああ、名はしらないがな。おそらくそう言った物を狩ったのは俺だな」
「ふひぃぃ、いいじゃねぇか。狩りもできるのかよ――」
たった一口で中にいれた肉の素材を見抜いた。
そして、老人は二口目を口に運ぶ。
「なにをいれた。うちにあった一二種類の香辛料。そして、ガルムをいれたのかい。しかし、それだけじゃねぇな……」
「カレー粉に化学調味料だ」
「なんだいそいつは?」
「俺の国の香辛料だよ」
「ふうん、いいじゃねぇか」
武装料理人が異端と言われる理由。
彼らは、平気で「化学調味料」を使う。
それはゲルマン的な合理性。料理の味をつくるのは舌の科学反応が、脳に信号として届くからだ。
「旨い」という信号を送れるならば、どのような手段を使ってもそれは正しい。
自然のものだろうと、人工的なものだろうと、所詮は「分子」還元される。
よって、化学調味料もバカバカぶち込むのだ。
化学調味料を使いこなせない者は、ゲルマン流・武装料理人の奥義には達することはできない。
ある意味、最も科学的な料理人。それが、武装料理人だ。
鬼刀自身も、脳生理学、生物分子学、量子物理学で学位を持っている。
げぷぅぅ~。
ゲップだ。
老人は、カレーを食べ終わった。皿がなめたように綺麗になっている。
匙の使い方が並みのものではなかった。
そして、鋭い目で鬼刀を見やった。
ゆっくりと口角を上げた。カレーのついた口角。
空気が硬質化しギチギチと音をあげるような緊張感だった。
「おかわりはあるのかい?」
老人のその口がおかわりを要求していた。
◇◇◇◇◇◇
「う、う、う、うごけねぇ…… カタリナぁぁ、二階まで、二階までおんぶしてくれぇ~」
「お爺様、食べ過ぎです! お体を考えてください!」
倒れているジジイ。介抱するカタリナ。
それを見つめる鬼刀法典。
「はぁ、はぁ、しかし、おぷぅッ―― 大したもんだぜ。この料理。俺も信じられねぇ」
「まあ、喜んでくれるのはいいがな。喰いすぎはよくねぇな。ジイさん」
「雇うぜ――」
ポツリと、まるで愛を告白するかのように、老人は言った。
「ありがたい。何をするにも、根無し草じゃどうしようもねぇからな」
鬼刀は言った。
この世界から脱出し、元の世界にもどるためには、まずこの世界が何なのか知る必要があった。
そのためには、情報が必要だ。そのためには、社会から孤立はできない。
ゲルマン的な合理思考がそのような結論を導きだしていたのだ。
「俺は、カタリナの祖父。ロウジーンだ」
「俺は、鬼刀法典。ゲルマン流・武装料理流、宗家。その系譜を継ぐものだ」
「聞いたことねェ。流派だな」
「遠い国だからな」
「そうかい。まあ、いいさ。問題は腕だ。げほ、げほ――」
「ありがたく、お世話になるぜ」
鬼刀はそう言って、かるく頭を下げた。
「げほへげほぉぉ、うあぁ、逆流してきた。カレーが、カレーがぁぁぁ、のどが痛い。カタリナぁぁ、おじいちゃん喉がいたいよぉぉ」
咳ともに、腹がパンパンになるまで食ったカレーが逆流。
それが喉粘膜直撃したようだ。カタリナが慌てて、水を汲んできた。
水は厨房の瓶に溜めてあった。
「ふひゅぅぅ~ この料理旨いが、危険だな――」
「まあな、カレーを食ってゲロを吐くと地獄だぜ」
「ふひぃ、今度から、喰いすぎには気をつけねぇとな」
水を飲んで落ち着いたように見えるロウジーン。
「お爺様、もう寝ましょう。また咳がとまらなくなってしまいます」
「ああ――」
カタリナは小さな体で、祖父を背負った。
なんの力もこもっていないような自然な動きでだ。
「ほうぅ――」
鬼刀が感心の声を上げた。
力ではない。人体の重心の捉え方。自分の身体の使い方。
それが理にかなっているのだ。ゲルマン・武装料理を身に着けている鬼刀ゆえに見抜けたものだった。
それは、日常的に病人介護をしているからだけで、身に付く物では無かった。
二階に上がっていく祖父を背負った少女。
味覚、嗅覚を失った少女。それは彼女の父のせいだという。
(まだ、なにかあるようだな。あの嬢ちゃんには――)
その姿を見ながら鬼刀は思った。
◇◇◇◇◇◇
翌日から鬼刀は厨房に立った。
材料は少ない。
なんでも「仕入ができない。ギルドの奴らが邪魔をするから」ということらしい。
カタリナの説明だ。
この店に閑古鳥が鳴きまくっているのは、「ギルド」の営業妨害があるからだった。
ギルド、つまり同業者組合だ。世界史的な知識を思い起こした。
ただ、話を聞くとこの世界のギルドは少し違う。
言ってみれば、チェーンを展開する。巨大資本による店舗。
しかも、フランチャイズ入りを強制するような巨大資本。
そこに加入しなけば、仕入れもできない。
食材を買うことはできる。
普通の家庭が買うような市場で買うのだ。
ただ、それは高くつく。
商売として成り立つ物ではなかった。しかも、ギルドの店舗が競争相手となるなら、なおさらだ。
「ろくなもんじゃねぇな」
仕込みをしながら、彼はつぶやいた。吐き捨てるように。
彼は権威や力を使って、弱い立場のものを潰しにかかる奴は大嫌いだった。
かといって、弱者に同情しているわけでも、共感するわけでもない。
ただ、ひたすら気に入らない。そういった卑劣なバカが嫌いなのだ。
叩き潰したいという欲求が湧いてくる。
異端の料理人。
武装料理人の彼もまた、そのようなモノに立ち向かう立場だったのだ。
「潰すか……」
物騒な言葉が、ポンと出てくる。本気ではない。
ただ、自分にちょっかいをかけてきたら、分からなかった。
自制するつもりは全く無い。
「料理勝負―― 久しぶりだな」
料理勝負がある。
カタリナには五日後、ギルド代表の料理人と勝負をするということを聞いていた。
勝てば、ギルドはこの店に賭けている圧力を全て無くすと誓っている。
負ければギルドに入って、ギルドの奴隷(比喩としての)になるわけだ。
鬼刀は、それに出る。上等だった。
手を抜かず叩きのめす。気に入らないからだ。
ゲルマン流の武装料理人。
その恐ろしさをその身に刻み込んでやろうと思っている。
「カタリナはそろそろ帰ってくるか」
彼女は市場に仕入に言った。
一般家庭が食材を買うような市場だ。
今は仕方なかった。
店をやるには食材が少なすぎたからだ。
彼の持ってきたギガントベアの干し肉。
それを売って仕入れをする。
鬼刀は「給料で返してもらえばいい」と言った。
カタリナにとっても背に腹は代えられなかったのだろう。
色々言ったが、結局は納得した。
彼にとっても、信頼を勝ち取り、恩を売っておくのは悪いことでは無かった。
ゲルマン的な合理性の発露だ。
「ふふ、武装料理人の俺が、カレーかよ――」
敵はいない。自分が料理した物は最強である。
最高に旨く、無双である。無敵である。至高である。究極である。
異端として虐げられた「武装料理人」の歴史。
その歴史に終止符を打つ。ここが、どこだか知らないが、負ける気はない。
彼は獰猛な笑みをうかべながら、玉ねぎに似た野菜の皮をむいていた。
目に染みた。
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アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
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これで、終わってしまうのがもったいない。すごく面白いのに。
ありがとうございます。