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6.江戸に巨大財閥を創れ! その1

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 一直線に続く殺風景なトンネル。

 曲がり角が一切なく、消失点が彼方に見えるダンジョンと言う感じだ。
 そのような場所を俺は、自転車でリヤカーを引いていた。
 ペダルが重い。自転車がキリキリと軋み音を上げてる気がする。
 リヤカーの方は問題ないようだが……
 
 ネットで買ったのは、大日本超積載車両工業製の、折り畳み可能アルミ製リヤカーだ。値段は12万円。
 しかし、リヤカーのメーカーにしては大げさな名だ。
 ブルドーザーでも造っているような会社の名前だなと俺は思った。
 歴史のある会社で、太平洋戦争中は、軍にもリヤカーを納入していたらしい。

 いかにも頑丈で、三五〇キロまで積んでもビクともしないという強度は頼もしいが……

「クソ重いなぁ…… やっぱ……」

 今、リヤカーの上にあって、重いのはこんな奴らだ。

 ノートパソコン×3(99,000円)が合計で10キロぐらい。
 プリンタ・スキャナ複合機も同じく揃えている。同じく10キロぐらいか。
 発電機(47,800円)が40キロ。重いで、マジで。
 ガソリン容器20リットル&ガソリン×2(6,160円)も40キロくらいあるだろう。

 ソーラー発電機は今回は見送った。こっちの方がすぐ使えると思ったからだ。
 ただ、ガソリンを買うのに専用容器が必要なのは知らなかった。
 車持ってないし、興味もなかったし。
 
 その他、電気スタンド、扇風機、時計、100円ライター、ボールペン、上質紙、ガスボンベ、ガスコンロと言う感じだ。
 インスタント食料品もある。
 薬品もネットで買った。
 
 この時代に蔓延している病気には「梅毒」がある。
 江戸は圧倒的な独身男性人口を持っており、遊郭の存在は必要不可欠だった。
 しかし、そこで梅毒が蔓延しているのだ。

「落ちそうな 鼻を団子で つけてやり」と言うような川柳もある。

 団子では鼻はつかないけどな。ピエロみたいな顔になるわ。
 江戸の粋人は、鼻が腐って落っこちる梅毒末期症状を「川柳」にして笑っていたのだ。
 凄まじい、メンタルの強さというか、やけっぱちだ。

 梅毒治療薬の抗生物質はそれほど高くない。
 これは、すごくいい商売ができそうな気がしてしょうがないのだ。

 とにかくだ――
 目いっぱい積んだリヤカーは21世紀の夢の科学が詰まっていると言って過言では無い。
 そう思えば、軋むペダルの音も歓喜の声に聞こえなくはないのだ。

 今回は、田沼親子に対する情報を提供できる機器やソフトがまず優先。
 映像コンテンツはすでにパソコンに落している。
 いくら積んでも重さが増えないが、これから田沼政権が生き残るためには情報こそ最強の武器だ。

 でもって、俺が江戸にいても、なんとか現代に近い生活ができるような日用品も積んだ。
 そして、食糧の類もだ。

 まあ、江戸でも食料はあるだろうし、日本食としての食文化はほぼ完成しているはずだ。
「醤油がねぇ」とか「味噌がねぇ」とかいう異世界とは違う。
 それでも、一応食料はもってきた。もしかしたら江戸で人気になる食料があるかもしれんし。
 食品であれば、工業製品よりも作るのは難易度は低いだろう。

 ちなみに「ラーメン」は水戸光圀が元祖といわれているが、この時代では一般的にないだろう。
 江戸と言えばソバなのだ。

「江戸のソバを食ってみてもいいかな――」

 確か二八ソバは一六文で食えるはずなのだ。

 そして、江戸で売れば金になるかなぁ~と思って持ってきた物だ。
「江戸―現代貿易」による俺の起業計画のための様々な物品。
 
 ただ、ガソリン、携帯ガスボンベ、山のような一〇〇円ライター。
 これは、リヤカーに積んだこれらのモノは、いささかの恐怖を俺に与えている。
 まあ、自然発火することは無いかと思うが……
 
 そう言ったリヤカーを俺は、引っ張っているのだ。
 一八世紀の江戸――
 日本の転換点となった可能性があった田沼の時代を目指してだ。

 この21世紀の道具が歴史を変え、江戸に大改革を起こすのだ。
 そして俺は――

        ◇◇◇◇◇◇

「あれ? お留守かね―― いないか……」

 ゲートを開けて外を見た。
 安永八(1779年)年六月だ。現代でいえば五月か?
 とにかく、田沼意次の呉服橋御門内の江戸屋敷なのは間違いない。

 立派な造りの和室。宴会できそうなほどの広さがある場所だ。

 俺は一端、ゲートを閉めた。
 閉じた状態で、ゲートが外から見えるかどうかは分からない。

 しかし、老中の江戸屋敷の広い部屋でだね‥‥…
 変な「大八車」に得体の知れまないモノを大量に積んだ男がポツンといる光景を女中辺りが見たらどう思うか?

 その女中が『変わったお客様、出入りの商人の方かしら?』とか思ってくれる可能性は限りなく低いと思う。
 俺としてはだ。

 というわけで、俺はゲートに閉じこもって、時々、開けて外をみているしかない。

(やっぱ、時計が必要だよなぁ。持って来てよかったわ)

 江戸時代も幕末になれば、機械式の時計が普及し、金持ちの旦那が懐中時計を取り出したりもする。
 しかし、18世紀終盤では、中々そうはいかない。

 一般的な庶民は「時の鐘」で時刻を知った。
 上野の寛永寺の鐘が起点となって、その音を聞いて各地の寺が鐘を鳴らすことになっている。

(そもそも江戸時代は「不定時法」だしな―― 俺と田沼親子だけは、共通の時間を調整しないといかんよなぁ)

 行ったり来たりするにしても「何時」俺が戻るのか明確しないといけない。
 まあ、今回はしょうがないが。
 江戸時代は「日の出」から「日の入り」を6等分して「一刻」としてた時間を使っている。
 要するに、季節によって「一刻」の長さは変わるのだ。

 八十年くらい後の1850年には「からくり儀衛門」と呼ばれる天才、田中久重が出現し、オーパーツのような和時計を創り上げるのだ。
 ただ、今はそんな時計は無いだろう。和時計はあっても――

 「からくり儀衛門」田中久重も今は草葉の陰で泣いているかもしれんとちょっと思った。
 彼は、日本を「代表していた」巨大電気メーカの創始者でもある。「技術の〇〇がおおくりしまーす」と、言ってた「国民的アニメ」のスポンサーだった会社。

 ま、それはどうでもいいが……

(むしろ、暦とか時間も変えるべきか―― 近代化のために)
 
 と、俺は一瞬思う。しかし、一足飛びにそこまで出来るわけがない。
 
 俺はまたゲートを少し開けた。

「あ!!」
「おお!!」
「土岐殿!!」

 田沼親子だった。
 
 俺は10日ぶりに、田沼意次、意知親子に再会したのであった。

        ◇◇◇◇◇◇

「こ、これが二三〇年後の、カラクリ…… 恐るべきよ――」

「むぅ…… なにかこれは―― 蝶番のついた箱か…… 南蛮文字?」

 俺はまずは、ノートパソコンを出した。
 バッテリーで起動できるし、田沼時代のドキュメンタリー番組とかいれてある。

「これは、この前の写真ありましたよね。あれを動かして見せる物です。声もでます。この箱の中で芝居をやってるような感じですよ」

「ぬぅッ! 箱の中で芝居? そのような小さき者「怪異」が二三〇年後にはおるのか?」

 そう理解しますか…… 田沼様…… いや、そうですよね。一八世紀の人ですからね。

「地獄の閻魔様が見る鏡ってありましたよね―― 『浄玻璃鏡』でしたっけ?」
「おお、それなら分かる。のう、意知」
「むぅ、すさまじい。二三〇年後には閻魔様より『浄玻璃鏡』を奪って――」

 意知それは違う。あくまでも「オマージュ」、「比喩」だからさ。

「喩えですよ。喩えです。『浄玻璃鏡』が生前の亡者の行いを映すように、これは、自由に色々なモノが映るんですよ。その場に行かなくとも芝居でも相撲でも、なんでも見れるように」

「土岐殿―― なんとなくではあるが、言わんとするとこ分かった気がする。どうか? 意知」
「父上、そのようなカラクリであるということは何とはなしに……」

 電源をいれていないノートパソコンはただの箱だ。
 とにかく、見せて納得してもらうしかない。
 これから、情報を共有したり、色々やっていくためにパソコンが大きな武器になるはずだ。

「じゃあ、田沼様が二三〇年後、どのような評価をされているか、政策の評価。そういった芝居のような物を見てみますか」

「おお!! 二三〇年度、ワシは芝居となるか!」
「さすがですな、父上」

 顔に喜色を露わにする老中様とその嫡男だった。

 で、俺はパソコンに取り込んだ、「田沼意次のドキュメンタリー」を見せてやるのであった。

 パソコンが立ち上がると「おお!!」とふたりは声をあげ、後ずさる。

「大丈夫ですから! 問題ないですよ。あれです。エレキテルです。あれで動いてるんです」
「エレキテル―― 平賀源内のか?」

 安永五年に平賀源内はオランダの通詞から入手したといわれる「エレキテル」を修理したのだ。
 田沼意次がそれを知っていてもおかしくない。
 と言うか、知っていた。

「エレキテルのカラクリか…… なら、最初からそう申せばよいのだ」
「その通りにござりまするな。父上」

 威厳をただし、背筋を伸ばし、ノートパソコンの前に座った。
 18世紀の最先端科学であったエレキテル。それが進化した物がこれなのだろうと理解したようだ。
 その間もパソコンは動いて、初期画面となる。 

「いいですか! 画が動きます。音も声も出ます。全部エレキテル。エレキテルがやってます。だから大丈夫です」
「むッ、分かった」
「では、土岐殿早く――」

 意知にせかされて、俺は動画を起動。

 ババーン!!

「ひぃぃ!!」
「むぅぅ!!」
「ああ、音がでかすぎた!!」

 俺はボリュームを小さくする。
 いきなり、でかい音が出ればそれは驚く。これは俺の失敗だった。

 さすがに驚いたのは一瞬で、その後は食い入るように、彼らはモニターを見つめるのだった。

『江戸時代中後期―― 空前の大量消費と好景気、そして花開く文化――』

 ナレーションが始まった。

『この江戸中後期の庶民文化の隆盛をもたらせた陰には、一人の政治家。有能で開明的な政治家がいたのです――』

 くるぞぉぉぉ……

『その名は、田沼意次――』

「おお!! ワシじゃぁぁ! ワシがぁぁぁ!! 二三〇年後に芝居になっておる!!」
「さすが、父上にございます!」

 興奮する田沼親子。掴みはOKだった。

 画面には有名な若かりし頃の肖像画が出てたのだった。
 そして、このドキュメンタリーは本筋に入っていくのだった。
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