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その7:異世界魔法VS米海軍潜水艦

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 辻正中佐と勇者一行は、ラバウルに到着した。
 天然の良港を備えた日本の重要拠点。ニューギニア・ソロモンのかなめ石ともいえる基地だろう。
 その天然の良港ともいえる湾内には多くの輸送船が停泊している。

 1万トンを超える船舶も見える。 

 「でかい船だ……」

 アホウのような、驚きの声をあげる勇者ネギトロ軍曹。

 ドイツの山奥「イセカイ村」出身の田舎者なので仕方ない。辻正中佐は思った。
 
 この勇者ネギトロをはじめ、魔法使い、戦士、僧侶の4人は、皇国登戸研究所が召喚した異世界の勇者なのである。
 殺人電波光線の研究中に、異世界のゲートが偶然開いてしまったのが原因だ。
 いまでも、同研究所では研究を続けているようだ。 

 しかし、辻正中佐にはそんなことは関係ない。
 彼女の明晰な頭脳の中では、西洋人の顔をした味方はドイツ人である。それで十分なのである。
 登戸研究所で説明を受けたのだか、彼女の明晰な頭脳は、忘却する力も常人以上。

 いらぬ記憶は切り捨てて、常に迷いなく「独断専行」できるように頭脳を最適化しておくこと。
 それが軍人精神の発露である。
 彼らがドイツ人であろうが、どこかの土人であろうが、鬼畜米英を殺せればそれでいいのである。

 さすがに、明晰な頭脳の辻正信子中佐であった。メガネの奥の涼やかな切れ長の目には美貌と知性があった。
 女性にして、士官学校主席卒業の恩賜組なのだ。

 ラバウルの湾を中心とする地形は、上空から見るとまさに、炎を吐かんとするドラゴンに見える。
 後に米軍から「ドラゴン・ジョーズ(竜の顎)」と恐れられることになる地形。 

 花吹山から噴煙が上がっているのが見える。活火山である。ちなみに、このラバウルには温泉もあるのだ。
 
 「中佐殿、ここに『キチクベイエイ』はいないのかよ?」
 勇者ネギトロ軍曹が言った。でかい剣を担いでいる。
 分厚い鉄板のにつつまれた鎧を着ている。
 我が皇軍工兵の機材である銃鎧より重そうだ。

 しかし、こいつも、どうやら鬼畜米英を殺したくてたまらなくなってきたようだな。
 軍人精神を理解してきたようだと辻正中佐は思った。

 勇者ネギトロ軍曹の質問に対し、少し考え回答する。

 「分からぬ。が――、鬼畜米英の手先なら、おそらく潜入している可能性が高い」

 おそらく土人のスパイがいるのではないかと思う。
 スパイは殺す。見つけたら殺す。当たり前である。
 しかし、それは今のところ、辻正中佐たちの仕事ではない。

 ガダルカナルである。
 早くガダルカナルへ行って、鬼畜米英を殺すのである。

 「ころしたい 嗚呼ころしたい ころしたい 鬼畜米英 包囲殲滅 信子――」

 思わず、美しい短歌を口ずさんでしまう辻正中佐であった。
 軍人手帳に思わず、書き留める。

 ここから、ガダルカナルまでは、海軍の船で向かう。ガダルカナルには、海軍の設営隊、陸戦隊などが残っており、その傷病者の後送をするためである。
 府抜けている。
 海軍は府抜けている。
 
 ガダルカナルに米軍上陸後、行ったのは航空隊による効果が疑問視される攻撃だけ。
 艦隊による攻撃は、駆逐艦数隻によるものが実施されたにすぎない。
 海軍は大戦果を宣伝している。絶対嘘だ。奴らは宣伝だけは上手いのだ。

 多分、この戦争が終わった後も、戦ったのは海軍だけみたいな顔をして、色々な本を出すのだろう。
 奴らは口先と筆先だけが上手い軍人精神のなってないやつらなのだ。

 辻正中佐は、殺意を覚えた。
 このまま、ラバウルの海軍本部に斬り込みをかけたくなった。
 深呼吸をする。まあ、いい。

 しかし、嘘の戦果報告なんてやっていると、その内「大本営発表」が嘘の代名詞みたいに言われることになりそうだ。
 海軍のせいで。

 しかし、弱小鬼畜米英である……
 もしかすると、インド洋に抽出されて、弱体化している皇国海軍でも赤子の手をひねるようにやってしまったのかもしれない。
 海軍はアホウであるが、偏執狂的に船を沈めることに拘るのは事実だ。それだけは上手いのだ。辻正中佐はその点は一応認めている。

 なんらかの被害は与えたのであろう。しかし、海軍の言うことは話10分の1で聞くべきである。
 辻正中佐の明晰な頭脳は結論を出した。

 辻正中佐が耳にした、駆逐艦数隻による攻撃とは、この方面の寄せ集め駆逐艦、軽巡によるガダルカナル殴り込み海戦のことであった。
 第一次ソロモン海戦。米英名「サボ島沖海戦」である。
 
 インド洋に戦力が抽出され、ソロモン方面には最低限の島嶼防衛のための戦力しか残っていない。
 量産型の駆逐艦である「松型」数隻と旧式の軽巡「天龍」だけである。

 この方面の主戦力は基地航空隊であり、海上戦力は本当に最小限の物しか残っていなかった。
 旧式軽巡洋艦の「天龍」1隻と、駆逐艦「松」、「竹」、「梅」、「桃」、「桜」、「桐」の6隻。

 この軽巡洋艦1、駆逐艦6の戦力で米豪の重巡洋艦6、軽巡洋艦2、駆逐艦8をほぼ壊滅させた。それが第一ソロモン海戦の結果だ。

 これは、米豪艦隊の連絡の不備による混乱と奇襲効果。
 日本海軍の夜戦技術の卓越などの理由があった。
 米側は重巡4隻が沈没。その他の艦も損傷を受け撤退した。

 辻正中佐は疑っていたが、海軍は結構正直に戦果発表していたのである。
 というより、この艦隊で戦果が上がったとこに海軍自体がおどいていた。

 そもそも、天龍は、廃艦寸前旧式艦。30ノット以上を出せるということ以外に取柄は無い。
 松型駆逐艦は、かつての2等駆逐艦の流れにある廉価版、安い戦時量産型駆逐艦だ。
 それでも、約28ノットの速度。12.7センチ89式高角砲を3門を備える。
 この海戦で米豪艦隊を殲滅し「ロングランス」と恐れらえれた酸素魚雷発射管は4本ある。
 当初、自発装填装置の配備は無されない予定であったが、雷撃戦力に不安があるとのことで急きょ設置されている。
 この装置を持たない、米英の駆逐艦の雷撃戦力を大きく上回る。

 純粋酸素を利用した、現時点では世界最高の魚雷。
 直径61サンチ。490キログラムの炸薬を充填した水面下の悪魔である。
 雷速は50ノット近く。後期のイタリアの技術情報で改良された型は50数ノットの速力を叩きだしている。

 この魚雷の存在が完全に、技術的な奇襲となった。

 松型駆逐艦はこの海戦で評価を高め、今後も量産されていく。基本的にコストパフォーマンスに優れた実践的な駆逐艦であった。
 今までになく、機械室とボイラーのタンデム配置など、新機軸を盛り込んだ駆逐艦である。生存性も高い。
 決して安かろう悪かろうの兵器では無かった。

 この海戦による、大きな影響はもうひとつ。
 積荷を残した米側の船舶が日本海軍の攻撃を恐れ、海域を離れてしまったのである。
 米海兵隊は、十分な物資の陸揚げができなかった。
 なんせ、日本設営隊の残した物資をありがたがったくらいである。

 フルーツジュースで米と干物を煮込んだ、狂った雑炊みたいなものまで食っている。

 しかしだ――
 いかに、頭脳明晰、士官学校主席卒業の辻正中佐であっても、こんな詳しい情報を入手することはできない。
 ただ、海軍の発表に眉唾するだけであった。

 とにかくである。
 そんなことは辻正中佐は知ったことではないのである。
 早くガダルカナルで鬼畜米英を殺したいだけだ。

 殺したい。殺したい。殺したい。
 鬼畜米英の血で、この軍刀を染め上げたい。
 今や、その明晰な頭脳はそのことでいっぱいだった。

 上空を海軍の航空機が飛ぶ。
 一式陸上攻撃機である。
 無茶苦茶燃料を積み込み、米英の4発機並みか、それ以上の航続距離を実現した機体だ。

 ただ、後世、言われてるほど落としやすい機体であったかどうかは、最近の研究では、反論もでている。
 ただ、同規模の他国機に比べ、脆弱な面があったのは事実だ。

 それでも、使い方次第では優秀といえる機体であった。そして、兵器とはそれで十分なのである。

 ガダルカナルの米軍からは、その安っぽいエンジン音から「洗濯屋のチャリ―」と言われていた。

 「あ、鉄の鳥からは何の魔力も感じない…… どうやって飛んでいるのかしら?」

 魔法使いのシラウオ一等兵が一式陸攻を見上げ、首をひねっている。
 小柄な金髪、黒づくめの女だ。
 変な気の棒を持っている。
 そんなものを持つなら、塹壕掘るための円匙(えんぴ)でも持たした方がいいと思っている。

 一度、鉄拳制裁するか? 辻正中佐は思った。

 なにが「魔力」なのか?
 どこの土人だこいつらは?
 呪術だの魔法だの未開の土人かおまえら?
 この20世紀の総力戦の時代になにをいっているのか?

 ドイツは優れた工業国と思っていたが、国内にはこんな土人を抱えているのか?
 そういえば、ヒトラー総統がオカルトにかぶれているという情報を入手したこともある。
 どこか、アホウの国なのだろう。だから先の大戦でも負けるのだ。
 まあ、今回は皇国日本がついているので、負けはしないだろうが。

 「魔力を使わず、空を飛ぶなんてありえない」

 僧侶のイクーラ一等兵が眠そうな目をしていった。
 銀髪の髪が揺れる。
 僧侶と名乗るくせに剃髪していない。殺意を覚えたのである。

 アホウか?
 辻正中佐は思った。
 こいつらのアホウ発言を聞いていると、部下とはいえ、切り捨ててしまうかもしれない。
 飛行機すら見たとこない、飛ぶのは「魔法」とか言う。
 
 ドイツの山奥の「イセカイ村」出身のこんな土人ども指揮せねばならぬのだ。
 この任務はさすがに、自分以外には無理であろう。
 辻正中佐は思ったのである。

 ラバウルに2日滞在し、やっとガダルカナルに出発した。
 乗り込んだ船は1700トンの小さな船だ。
 物資の輸送を行い、設営隊、陸戦隊の負傷者を収容し後送するのが目的である。
 その船に、辻正中佐たちも乗り込んだのだ。
 
 独航船だ。
 海軍は、自分たちの戦果を信じ、単独の船でも大丈夫と思っている節があった。
 実際は、船の手配ができないというのが本当だろう。
 その本当の理由をごまかすための理屈がつけられたにすぎない。

 辻正中佐と異世界の勇者たちを乗せた船は、ガダルカナルに向け進むのであった。

 そして、その船を狙う者たちがいたのである。

 「独航船ですね」
 ナンバーワンが言いった。日本でいうところの選任だ。
 艦長の次の責任者。米海軍潜水艦では、そのような存在をナンバーワンという。
 それだけの経験を積んだ者という意味だ。
 ドルフィンの紋章。米海軍潜水艦隊の証である。

 潜望鏡を艦長に渡す。
 潜望鏡を覗き、一瞬で下げる。
 ためらいのない動きだ。

 「いい角度だ…… 決める」
 潜水艦長は短く言った。

 シュガーボート。
 旧式ではあるが、米海軍の潜水艦である。
 S級といわれ、いまや米海軍の中でも旧式となった潜水艦であった。
 しかし、乗員の練度は高かった。

 魚雷発射緒元が、アナログコンピュータに撃ちこまれていく。

 ここに、今次大戦初の、魔法VS近代兵器の戦いが始まろうとしていた。
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