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第6話:魔法使いはどこだ?
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「あっ、数馬さん」
大学のキャンパスで、背後からの声を浴びた。いきなり名指しで呼ばれるのは滅多にないことだったので、僕が呼ばれたのだと認識するのに、一瞬の間が空いた。
すこし驚いて振り返ると顔を知っている女がいた。僕には相手の名前が浮かばないが、どうでもよかった。
「知り合い」と言ってしまえば、そうなのかもしれないが、同じ大学にいるというだけだ。ただ顔を知っている程度の他人というのが一番近いだろう。記憶を探れば、事務的な会話は何度かしたことがあったかもしれないが、少なくとも気安く呼びかけられる間ではなかった。妙に距離感の近い女だと思った。
「なんですか?」
相手の馴れ馴れしさのせいで、僕の声はかなり尖っていたかもしれない。
あまり好みのタイプではない。積極的に接点を持ちたいとは思わない相手だった。早々に話を終わらせたかった。しかし、女は僕の語調が尖っていようが、そうでなかろうが関係なく間合いをつめいてきた。
「昨日、あなたを見たわよ。駅前で」
「昨日の駅前って? 爆発……」
「そうそう、駅前の大爆発。本当に何て言っていいのか……震えがきちゃったわ。で、あなたもいたわよね」
「そうですね」
くだらない上に無意味で無駄な会話だった。僕は最小限の言葉で返した。言葉の気だるさを隠す気もしない。
爆発の現場に僕がいたからといって何なのか?
アナタにとって何の意味があるのか?
僕が何かしたという確証でもあるのか? あるはずはない。
ささくれた苛立ちを感じながら、僕は会話を打ち切って立ち去るタイミングを探っていた。
女はそんな僕の心情は一切斟酌せず無駄に話し続ける。
「ビルの一番上がいきなり爆発して、破片もいっぱい飛んできて。本当に怖かったわ。爆発の音で耳がキーンってなるし、で、ちょっと周囲を見たら、知ってる人がいたのね。あなた。あなたがいたのよ」
「はあ。確かにいましたけど。それが?」
「それがって……。いや、まあいいんだけど。でも、あなたさあ、あれだけの大惨事を見ても、表情が全然変わらないのね。平然とした感じで……それがちょっと気になったんで」
僕はポケットの中でキュッとスマホを握っていた。
「そうですか。あまりのことに呆然としていたのかもしれないですね」
「そうなの……。そういうこともあるかもね」
女は僕に興味を無くしたように「じゃあ」といって去っていった。
それで会話は終わった。僕は「ふぅ」と短いため息をついた。
女が僕を疑っているというのはあり得ないだろう。爆発の現場に偶然居合わせたと考えるのが普通だ。
僕があの爆発を起こしたと思うはずがない。僕が魔法使いで世界を破壊し尽くす存在であるなど想像の埒外だろう。
ただ、小さいが鋭い棘が刺さったような感覚が胸の中に残った。
僕は失敗していたのかもしれない。
不自然さを消すために――。
湧き上がる愉悦を抑え込むために――。
必要以上に感情を押し殺し過ぎたのかもしれない。無表情という仮面が疑念の虚飾を作り出していたのかもしれない。
「どうすべきか……」小さく口の中で呟いた。
それは、たった一人の女の中にある小さな違和感だろう。今は些細なことだ。しかし、小さな小さな、本当に小さな、取るに足らないような微細な傷であっても、そこから全てが崩れて行くこともあり得る。
あの女も爆死させるべきか。木端微塵に。この世に一欠けらの肉片も残ること無いよう。
その思いが一瞬浮かび、待てと、その思考にブレーキがかかる。
あの女を爆死させることは、本当に瑕疵を回復することになるのか?
僕としては多くの他人の中の一人にしか過ぎないと思っている。しかし、客観的に俯瞰的に見れば、向こうから話しかけられる程度の接点はあるということだ。
あの女を殺すことは他愛も無い。簡単すぎる。問題は僕との接点が第三者の前に浮上するかどうかだ。
例えば大量死の中に女の死を混ぜることができるなら、僕との接点も霧散してしまうだろう。けれども、それをする場合、女を尾行して最適のタイミングで爆破させなければいけない。例えばバスや電車などに乗ったときを狙って、乗り物ごと爆発させる。こんな方法を思いつく。
駄目だ。
僕は図法螺が故にくしゃくしゃに伸びた髪に手を突っ込んで頭をかいた。
乗り物を爆破しても、乗っている人間が確実に死ぬとは限らない。爆発を大きくすればいいかと、思うがそれも駄目だ。目視による「至近」で使用する爆発魔法には爆発の大きさに限度がある。
爆殺の確実を期して大きな爆発を起こせば僕まで巻き込まれてしまうかもしれない。
かといって安全距離を取ることも尾行が前提では困難だ。
どうにも確実性の加減が分らない。酷い爆発の中でも運のいい人は生き残ることがある。
まあいい。
焦ることはない。
昨日の爆発の現場に僕がいたとして、それでどうだというのか。
僕が商業ビルを爆破したという証拠を上げることは不可能だし、そもそも、その場にいた多くの人の中から僕をピックアップすることなど不可能だ。
あの女をすぐに爆殺してしまうことは、小さな傷跡を埋めようとして、大きな傷を作ることになりかねない。
どうでもいい。今は――。
僕は面倒くさくなったので考えるのを止めた。自分を守るという目的のために誰かを爆殺するということを考えるのが面倒だった。爆発は馬鹿々々しく無意味で出鱈目で没意義でなければならない。
だからこそ、狂気と歓喜の純度が高くなるのだから。
◇◇◇◇◇◇
フロアには机が並び、各員がPCを操作していた。白っぽい無機質な空間だった。
硬質な沈黙の中にキーを打つ音が響いている。恰も納期の迫ったシステム開発の会社ではないかという光景であった。
だが、ここが全国で起こっている『謎』の爆破事件捜査の司令部というべき場所であった。
「やはり、今回も爆発物の類は見つからずですね。『魔法』であることは間違いないですよ」
西木の顔がPCモニターの青い白い光に照らされる。視線はそのままに、言葉だけを上司の紅羅に投げかけた。
「決まってるでしょう」
「まあ、そうでしょうけどね」
細めた西木の眸と軽薄そうな口の端からは感情の起伏が読み取れない。少なくとも悲劇に対する慙愧の念などは微塵も見せていない。
紅羅鏡子は西木の席の脇に立っていた。スーパーモデル以上の長身を折り曲げ、モニターを覗き込む。メガネのテンプルに指で触れる。耳にかかった赤毛を手櫛でかいた。細い指の間を短く切られた髪の毛が通り抜ける。
データを目で追いかける。模倣犯はいる。が、それは無視できる程の数であり、爆発の規模も全く違っていた。
「だいたいどこの誰が、どんな連中が鉄骨コンクリート造のビルを一部とはいえ粉砕できるというの?」
「まあ、それは自衛隊か在日米軍くらいじゃないですかね」
厚めの唇に揶揄の色を見せつつ西木は言った。上司に対してもそういう態度を示すのが西木という男であった。
「それと同等の火力を持つ怪物が街中を彷徨いている」
はき捨てるように紅羅鏡子が言った。
「え――、怪物というか怪獣というか。まあ、魔法使いでも超能力者でもいいんですけどね。それって頭の悪い人が間が考える『えすえふ』じゃないですか?」
「アナタと議論する気は更々ないけど、その頭の悪い人が考えるようなことが起きているのが現在であり、それを最終的に解決するために私たちがいることを忘れないことだ」
「うぃーす」
並みの男であれば、縮みあがるような威圧感のある鏡子の姿と声音を意にかけない。いい度胸をしていた。
「本当にもう、魔法探知機とかないんですか? いったいいつになったら……あれ? これって」
「どうした? 西木」
「今、送られてきた動画なんですけどね。これ」
「ん? youtubeか?」
先日、首都圏で発生したビル爆発の動画であった。目撃した一般人が撮影したものだ。既に爆発の一撃は終わっていたが、ビルの最上階からは黒々とした煙が舞い上がり、コンクリート片が崩れ落ちていた。ビルの構造材である鉄骨は拉げ、抉りとられたような様相を呈していた。
「これ、変ですね」
「結論から言え」
鏡子は刃のような声を西木に向ける。
「えっとですね……」
西木はマウスを操作して動画をまき戻す。
「この男、スマホを持っているのに、撮影もしないでボーっと爆発を見ているんですよ。画面は小さいんで表情は見えます。別に驚くでもなく、平然と爆発を見ているというか」
「それで?」
「普通、目の前で爆発が起きたら平然とできますか? どーなんだろう、ボクだって自信はないですよ。実際のところ」
「ふーん。オマエの場合、分厚い唇に、薄笑いを浮かべそうだがな」
「それって、かなり失礼じゃないですか?」
「まあ、いい。それだけじゃないんだろ」
鏡子は身を乗り出し、モニターを見つめる。慥かに男の表情は変化していない。平然としすぎている。
「さっきも言ったんですけど、なんでこの男はスマホを持ったまま、それを耳にあてるでもなく、撮影するでもなく、だらんと下げた腕に握りっぱなしなんですかね?」
「確かに、撮影するか、誰かと通話するか……。いや、即断はできないな。何かのためにスマホを取り出した瞬間に爆発があったのかもしれない。スマホで何もしていないといっても、怪しいとは言い切れない」
「でもですね――、ほら、すぐ立ち去っちゃうんですよ。爆発を確認したら興味がないって感じで」
「なるほどね」
そう言って鏡子の真紅の唇は閉じられた。
メガネの奥の切れ長の双眸はモニターに映し出される動画を凝視していた。
実際問題、爆発を操る魔法使いの発見は困難を極めていたのだ。
爆発現場付近の監視カメラは常に徹底的にチェックされていた。群衆、野次馬に対しては顔認証システムでの洗い出しもおこなっている。しかし現場に同一人物が現れたことは数件しかなかった。
その数件とも、偶然であるということは判明していた。
「この男を調査しろ。顔認証システムでも、何でも使ってコイツを特定しろ」
「ですね。つーか、大学生? フリーター? 結構若い男ですね」
西木は言った。
大学のキャンパスで、背後からの声を浴びた。いきなり名指しで呼ばれるのは滅多にないことだったので、僕が呼ばれたのだと認識するのに、一瞬の間が空いた。
すこし驚いて振り返ると顔を知っている女がいた。僕には相手の名前が浮かばないが、どうでもよかった。
「知り合い」と言ってしまえば、そうなのかもしれないが、同じ大学にいるというだけだ。ただ顔を知っている程度の他人というのが一番近いだろう。記憶を探れば、事務的な会話は何度かしたことがあったかもしれないが、少なくとも気安く呼びかけられる間ではなかった。妙に距離感の近い女だと思った。
「なんですか?」
相手の馴れ馴れしさのせいで、僕の声はかなり尖っていたかもしれない。
あまり好みのタイプではない。積極的に接点を持ちたいとは思わない相手だった。早々に話を終わらせたかった。しかし、女は僕の語調が尖っていようが、そうでなかろうが関係なく間合いをつめいてきた。
「昨日、あなたを見たわよ。駅前で」
「昨日の駅前って? 爆発……」
「そうそう、駅前の大爆発。本当に何て言っていいのか……震えがきちゃったわ。で、あなたもいたわよね」
「そうですね」
くだらない上に無意味で無駄な会話だった。僕は最小限の言葉で返した。言葉の気だるさを隠す気もしない。
爆発の現場に僕がいたからといって何なのか?
アナタにとって何の意味があるのか?
僕が何かしたという確証でもあるのか? あるはずはない。
ささくれた苛立ちを感じながら、僕は会話を打ち切って立ち去るタイミングを探っていた。
女はそんな僕の心情は一切斟酌せず無駄に話し続ける。
「ビルの一番上がいきなり爆発して、破片もいっぱい飛んできて。本当に怖かったわ。爆発の音で耳がキーンってなるし、で、ちょっと周囲を見たら、知ってる人がいたのね。あなた。あなたがいたのよ」
「はあ。確かにいましたけど。それが?」
「それがって……。いや、まあいいんだけど。でも、あなたさあ、あれだけの大惨事を見ても、表情が全然変わらないのね。平然とした感じで……それがちょっと気になったんで」
僕はポケットの中でキュッとスマホを握っていた。
「そうですか。あまりのことに呆然としていたのかもしれないですね」
「そうなの……。そういうこともあるかもね」
女は僕に興味を無くしたように「じゃあ」といって去っていった。
それで会話は終わった。僕は「ふぅ」と短いため息をついた。
女が僕を疑っているというのはあり得ないだろう。爆発の現場に偶然居合わせたと考えるのが普通だ。
僕があの爆発を起こしたと思うはずがない。僕が魔法使いで世界を破壊し尽くす存在であるなど想像の埒外だろう。
ただ、小さいが鋭い棘が刺さったような感覚が胸の中に残った。
僕は失敗していたのかもしれない。
不自然さを消すために――。
湧き上がる愉悦を抑え込むために――。
必要以上に感情を押し殺し過ぎたのかもしれない。無表情という仮面が疑念の虚飾を作り出していたのかもしれない。
「どうすべきか……」小さく口の中で呟いた。
それは、たった一人の女の中にある小さな違和感だろう。今は些細なことだ。しかし、小さな小さな、本当に小さな、取るに足らないような微細な傷であっても、そこから全てが崩れて行くこともあり得る。
あの女も爆死させるべきか。木端微塵に。この世に一欠けらの肉片も残ること無いよう。
その思いが一瞬浮かび、待てと、その思考にブレーキがかかる。
あの女を爆死させることは、本当に瑕疵を回復することになるのか?
僕としては多くの他人の中の一人にしか過ぎないと思っている。しかし、客観的に俯瞰的に見れば、向こうから話しかけられる程度の接点はあるということだ。
あの女を殺すことは他愛も無い。簡単すぎる。問題は僕との接点が第三者の前に浮上するかどうかだ。
例えば大量死の中に女の死を混ぜることができるなら、僕との接点も霧散してしまうだろう。けれども、それをする場合、女を尾行して最適のタイミングで爆破させなければいけない。例えばバスや電車などに乗ったときを狙って、乗り物ごと爆発させる。こんな方法を思いつく。
駄目だ。
僕は図法螺が故にくしゃくしゃに伸びた髪に手を突っ込んで頭をかいた。
乗り物を爆破しても、乗っている人間が確実に死ぬとは限らない。爆発を大きくすればいいかと、思うがそれも駄目だ。目視による「至近」で使用する爆発魔法には爆発の大きさに限度がある。
爆殺の確実を期して大きな爆発を起こせば僕まで巻き込まれてしまうかもしれない。
かといって安全距離を取ることも尾行が前提では困難だ。
どうにも確実性の加減が分らない。酷い爆発の中でも運のいい人は生き残ることがある。
まあいい。
焦ることはない。
昨日の爆発の現場に僕がいたとして、それでどうだというのか。
僕が商業ビルを爆破したという証拠を上げることは不可能だし、そもそも、その場にいた多くの人の中から僕をピックアップすることなど不可能だ。
あの女をすぐに爆殺してしまうことは、小さな傷跡を埋めようとして、大きな傷を作ることになりかねない。
どうでもいい。今は――。
僕は面倒くさくなったので考えるのを止めた。自分を守るという目的のために誰かを爆殺するということを考えるのが面倒だった。爆発は馬鹿々々しく無意味で出鱈目で没意義でなければならない。
だからこそ、狂気と歓喜の純度が高くなるのだから。
◇◇◇◇◇◇
フロアには机が並び、各員がPCを操作していた。白っぽい無機質な空間だった。
硬質な沈黙の中にキーを打つ音が響いている。恰も納期の迫ったシステム開発の会社ではないかという光景であった。
だが、ここが全国で起こっている『謎』の爆破事件捜査の司令部というべき場所であった。
「やはり、今回も爆発物の類は見つからずですね。『魔法』であることは間違いないですよ」
西木の顔がPCモニターの青い白い光に照らされる。視線はそのままに、言葉だけを上司の紅羅に投げかけた。
「決まってるでしょう」
「まあ、そうでしょうけどね」
細めた西木の眸と軽薄そうな口の端からは感情の起伏が読み取れない。少なくとも悲劇に対する慙愧の念などは微塵も見せていない。
紅羅鏡子は西木の席の脇に立っていた。スーパーモデル以上の長身を折り曲げ、モニターを覗き込む。メガネのテンプルに指で触れる。耳にかかった赤毛を手櫛でかいた。細い指の間を短く切られた髪の毛が通り抜ける。
データを目で追いかける。模倣犯はいる。が、それは無視できる程の数であり、爆発の規模も全く違っていた。
「だいたいどこの誰が、どんな連中が鉄骨コンクリート造のビルを一部とはいえ粉砕できるというの?」
「まあ、それは自衛隊か在日米軍くらいじゃないですかね」
厚めの唇に揶揄の色を見せつつ西木は言った。上司に対してもそういう態度を示すのが西木という男であった。
「それと同等の火力を持つ怪物が街中を彷徨いている」
はき捨てるように紅羅鏡子が言った。
「え――、怪物というか怪獣というか。まあ、魔法使いでも超能力者でもいいんですけどね。それって頭の悪い人が間が考える『えすえふ』じゃないですか?」
「アナタと議論する気は更々ないけど、その頭の悪い人が考えるようなことが起きているのが現在であり、それを最終的に解決するために私たちがいることを忘れないことだ」
「うぃーす」
並みの男であれば、縮みあがるような威圧感のある鏡子の姿と声音を意にかけない。いい度胸をしていた。
「本当にもう、魔法探知機とかないんですか? いったいいつになったら……あれ? これって」
「どうした? 西木」
「今、送られてきた動画なんですけどね。これ」
「ん? youtubeか?」
先日、首都圏で発生したビル爆発の動画であった。目撃した一般人が撮影したものだ。既に爆発の一撃は終わっていたが、ビルの最上階からは黒々とした煙が舞い上がり、コンクリート片が崩れ落ちていた。ビルの構造材である鉄骨は拉げ、抉りとられたような様相を呈していた。
「これ、変ですね」
「結論から言え」
鏡子は刃のような声を西木に向ける。
「えっとですね……」
西木はマウスを操作して動画をまき戻す。
「この男、スマホを持っているのに、撮影もしないでボーっと爆発を見ているんですよ。画面は小さいんで表情は見えます。別に驚くでもなく、平然と爆発を見ているというか」
「それで?」
「普通、目の前で爆発が起きたら平然とできますか? どーなんだろう、ボクだって自信はないですよ。実際のところ」
「ふーん。オマエの場合、分厚い唇に、薄笑いを浮かべそうだがな」
「それって、かなり失礼じゃないですか?」
「まあ、いい。それだけじゃないんだろ」
鏡子は身を乗り出し、モニターを見つめる。慥かに男の表情は変化していない。平然としすぎている。
「さっきも言ったんですけど、なんでこの男はスマホを持ったまま、それを耳にあてるでもなく、撮影するでもなく、だらんと下げた腕に握りっぱなしなんですかね?」
「確かに、撮影するか、誰かと通話するか……。いや、即断はできないな。何かのためにスマホを取り出した瞬間に爆発があったのかもしれない。スマホで何もしていないといっても、怪しいとは言い切れない」
「でもですね――、ほら、すぐ立ち去っちゃうんですよ。爆発を確認したら興味がないって感じで」
「なるほどね」
そう言って鏡子の真紅の唇は閉じられた。
メガネの奥の切れ長の双眸はモニターに映し出される動画を凝視していた。
実際問題、爆発を操る魔法使いの発見は困難を極めていたのだ。
爆発現場付近の監視カメラは常に徹底的にチェックされていた。群衆、野次馬に対しては顔認証システムでの洗い出しもおこなっている。しかし現場に同一人物が現れたことは数件しかなかった。
その数件とも、偶然であるということは判明していた。
「この男を調査しろ。顔認証システムでも、何でも使ってコイツを特定しろ」
「ですね。つーか、大学生? フリーター? 結構若い男ですね」
西木は言った。
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