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最終章

第30話 悪魔令嬢 イメルダ

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 12月の夜、雪が降り止まぬ宵時。

 王宮の自室で寝ていたセイラは、部屋の外で騒がしく人が行き来している騒音で目を覚ました。

「寒い……」

 セイラが寝起きの寒さを感じてそう呟くと、近くにいたメイドの1人がガウンをセイラの肩にかけてくれた。

 セイラの部屋にはメイドが10人程、セイラが魔法を使って外に出ない様に見張っている。

 セイラはガウンをかけてくれたメイドに、お礼と共に騒ぎについて尋ねた。

「ありがとう。ねぇ、廊下が騒がしいけれど。何かあったの?」

 メイドはセイラの質問に「聖女様、ご安心を」と一言添えてから、怯えた様子で語り出した。

「実は、何者かが王宮に侵入し、ザーグベルト殿下を襲撃したのです……」

「襲撃!?」

 そんな馬鹿な、とセイラは慌てた。本来ならばこのザーグベルトの暗殺未遂事件は、イメルダに罪が着せられる。

 しかし、10月には子供の誘拐事件を解決するという、イメルダが罪をかぶるような物語の進行を大きく変えた筈だ。

 結果、子供の誘拐事件で拐われた事になっているイメルダは被害者の立場なのだ。犯人とされるローブの女は王国に指名手配されている。

 だからローブの女は迂闊に事件を起こせず、イメルダへ罪を着せる事もできないだろうとセイラは安堵していたのだ。

 それなのにザーグベルトの暗殺未遂事件から、『イメルダが処刑されるという結末』へのストーリーは進行しているではないか。

「なんで……対策はしたのよ。それなのに……」

 小声で呟きながらセイラは居ても立っても居られず、ベッドから飛び出す。すると慌ててメイド達がセイラを止めに入った。

「聖女様! 部屋の外は危険ですわ! お待ちください!」

「嫌!」

 セイラはそう叫ぶと、制止するメイドを押し除けて廊下に出た。

 廊下の外には、フードを被った黒いローブの女がいた。
 フードの女は、黒い炎を纏った剣をどこからともなく取り出すと、セイラに向かって斬りかかった。

 セイラはそれを見て慌てて自身の身体を硬くする魔法を唱える。

「聖女魔法、硬化!」

 ぶんっと、重たいものが空気を切り裂く音が聞こえる。
 剣はセイラの顔から大きく距離を取った所で空を切っただけだった。

 私に当てる気がない? そうセイラは感じて、ローブの女に詰め寄ろうとした時だった。

「聖女様―!! ご無事ですか!!」

 王宮の衛兵がかけつけ、更に部屋からメイドが出てきてセイラとローブの女を取り囲んだ。

 ローブの女は自分が追い詰められているにもかかわらず、少しも動揺しなかった。それどころか、大袈裟に頭を抱えて、芝居がかったように喚き出す。

「聖女様! ああ憎い、わたくしのザーグベルト様を返して!」

 衛兵とメイドがどよめき、その中の一人のメイドが叫んだ。

「まさか……男爵令嬢、イメルダ様なの!?」

 また一人、メイドが叫ぶ。

「そうだわ! お二人は内密にお付き合いされていて、内定していた婚約を破棄された事をイメルダ様は恨んで!」

 違う、あれはイメルダじゃないとセイラが否定しようとした時――ローブの女はふわりと空中に浮いた。

「……魔法を使えるの!?」

 セイラは、大勢の人間の前でいとも簡単に魔法を使いこなすローブの女に驚き声をあげた。
 ローブの女はどんどん床から離れて高く昇り、後ろの大きな窓に向かって華麗に一回転する。

 衛兵は慌ててセイラの前に立ち塞がる。
 王宮中に響く様なガラスの割れる音と同時に、硝子の破片が空中に舞う。セイラは思わず目閉じて腕で顔を覆った。

 メイド達は一斉に悲鳴をあげる。そして、怒りに声を上げた。

「やっぱりそうだわ! あの濃い金髪の髪と釣り上がった険しい赤い瞳!!」

 ああ、メイドは一体何を見たのだろう。
 セイラが不安を感じながら次に目を開けた時――セイラの前に立つ衛兵二人の鎧の隙間から割れた窓の外が見える。

 吹雪の様に舞う雪と、飛び散ったガラスの破片が室内の明かりを反射して夜の闇にキラキラと輝いた。

 女のローブのフードが取れている。黒い闇に輝く、濃い金髪の美女は確かにそこにいる。

 セイラは空中で不敵に笑うイメルダと目が合ったが、すぐにイメルダは夜の闇に消えていった。



 屋敷の廊下の窓から遠い目でイメルダは、降り積もる雪を見つめていた。
 昨晩から降り続ける雪は、ハワード邸の庭を一晩で真っ白に塗りつぶしてしまった。

――ロイクは、まだ帰ってこない。

 一週間前、暇が終わる日にイメルダはメラン先生のお料理教室から帰宅してロイクの帰りを待っていた。

 ロイクが帰ってきたら何か渡したい物があった筈だが、イメルダは良く覚えていない。
 不思議な事に、お料理教室がどういう内容だったのか、イメルダも一緒に行ったメイドのシラさえも覚えていなかった。

 はっきりしているのは、ロイクが屋敷に戻らなかった事。それはイメルダにとって胸が張り裂ける様な辛さだった。

 ふと、イメルダが見る窓の外の庭に、沢山の衛兵が雪崩れ込んでいるのが見えた。

 やがて、金属が擦れる様な足音が廊下に響く。気がつけばイメルダは衛兵に取り囲まれていた。
 衛兵の1人が紙を持ちながら前に出て、イメルダに向かってその文章を読み上げる。

「男爵令嬢イメルダ・テレス・ハワード。貴様は子供の誘拐、王子と聖女暗殺未遂等、数々の罪状がある。大人しく我々に捕縛されろ!」

 衛兵が読み終わると、イメルダは後ろ手に縛り上げられる。そして乱暴に衛兵達に身体を床に倒された。

「きゃあっ……!」

 イメルダは身体が傾いた恐怖で怯えた声を上げると、横向きに身体を床に打ち付ける。

 痛い……この光景――時を遡る前もあったわね、見覚えがあるわ。

 イメルダの父ボザックと、母マリアが走ってやってきて、「何かの間違いだ」と必死に衛兵に説得を試みている。

 イメルダはその無駄な説得を聴きながら、またロイクに裏切られたのだと。そして自分の運命が死に向かっていると悲観した。
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